第十二話 『囚われの姫』
色々な木の実。乾燥させた花やリボン。アルフリーダの心は躍っていた。リース作り。収穫祭の準備。まあ、なんて楽しそうなのでしょう。リーダー格のティナが親切にアルフリーダに作業を教えてくれる。分からないことは、顔を上げただけで近くの誰かがすぐに答えてくれる。
いくつかのリースを作り終えた時、女性たちの間でひときわ華やいだ笑い声が起こった。顔を上げると、アルフリーダが作ったリースとはまた違った華奢なリースを頭に乗せてはしゃいでいる。あれは、花冠だろうか。
「あ、アルフリーダも、いらっしゃいよ」
視線に気づいたティナが、アルフリーダに手招きする。言われるままにそちらに行くと、若い女性たちが、まだ未完成の花冠を互いに見せ合いながら、楽し気に手を動かしていた。
「これは?リースとは違うのですか?」
「ああ。アルフリーダは修道院にいたから知らないのね。これはね、収穫祭の踊りで使う冠なの。未婚の女たちは皆被って踊るのよ」
アルフリーダの胸がときめいた。色とりどりに工夫を凝らした冠を被って踊る乙女たち。落ち葉が彼女たちの周囲を彩り、秋の冷たい空気の中で共に舞う。ため息が自然と唇から漏れ出る。
「それは、さぞかし素敵な眺めなのでしょうね」自然な感想を言っただけなのに、ティナが吹き出した。
「なにを他人ごとみたいに言ってるの。あんたも踊るのよ。」はい、これ。と冠の材料を渡してくる。黄色に色づいた葉が付いたままの蔦や、乾燥させた花々。形も色つやもそれぞれ違う木の実たち。
柱や祭壇を飾るリースよりも、色鮮やかな材料たちだ。
「ですが、私は婚約中です。未婚というのとは違う気が・・・」
「でも、結婚はまだでしょう?いやあ、エリアスとあんたの踊り。今年一番の見ものだわ」
エリアスと?私の踊り?どういうことなの?女性たちだけの踊りではなく、舞踏会のようにパートナーと踊るの?
アルフリーダの脳裏に、城での宴の様子が浮かぶ。リアムの声を合図に楽師たちが音楽を奏で、最初のダンスをリアムと踊る。望まない、半ば強制のダンス。姫の義務だと。
弾んだ心が沈み込んでいく。手の中の木の実が、まるで気に入らない宝石のように、ずしりと重さを増した。
「それは、・・・義務なのですか?」
時が止まったような静寂。
その場にいた女性たちの顔が、凍り付いたように一斉にアルフリーダを見る。誰もが言葉を失ったまま、ただ小さく肩を震わせ、必死にこみ上げてくるものを抑え込もうとしていた。やはり・・・。アルフリーダの胸が更に重苦しく、周囲の空気を奪っていく。
が、次の瞬間、一人の漏らした「くふっ」と言う小さな音が引き金となり、濁流のような爆笑が周囲を飲み込んだ。
「ちょっと待って!無理!」「違う違う。ただの求婚のダンスよ」「相手がいる人が先に踊ってくれないと、ボッチの男たちが女を誘いにくいじゃない?」
「はあ・・・」
きょとんとしているアルフリーダにティナがポンッと肩を叩いた。まだ笑いの余韻を引きずり、目尻を指で拭っている。
「あのね。まず未婚女性たちが冠を被って踊る。ここまでいいわね?」
アルフリーダはコクリと頷いた。
「で、女の踊りが終わったら、次は男たちが女を誘うようにダンスで返してくる。その踊りの最後に、お目当ての女に手を差し伸べてくるの」
「それでね」と、黒髪の女性がティナの代わりに話を継いだ。
「恋人がいる人は、その彼の手を取って今度は二人で踊るってわけ」
「いない人は?どうなるのでしょう?」
また女たちの笑い声が弾けた。「いない人は、すごすご退散するしかないわねぇ」「でも男たちは一縷の望みに懸けたいから、それでも頑張って踊るの」「そこで出来るカップルもいるのよ。確率は低いけど。ロマンチックよねえ」
「もちろん、一人の女性に複数の男が群がるなんて良くあることよ」
「え?そう言う時はどうするのですか?まさか・・・け、決闘なんてことには・・・」
一秒の絶句。先ほどを遥かに凌ぐ、もはや断末魔と言っても過言ではない笑いが弾けた。
「決闘!」「ひいい!もう勘弁してぇ!」「も、だめ。・・・お腹、お腹が・・・!」
広げた筵の上で地面を叩き、涙を流し、声にならない声で悶絶する中で、アルフリーダは一人取り残されていた。
「複数の男たちに囲まれたときは。ね?」
ようやく笑いの発作が収まった時、黒髪の女性がアルフリーダに話しかけてきた。髪に良く映える緑色の瞳が、悪戯っぽくティナに目配せする。察したティナが、まるで殿方のように気取ったし草で、黒髪の女性に手を差し伸べた。その時——。パシン!小気味よい音が響いた。黒髪の女性がティナの手のひらを打ったのだ。
「こうやって、お断りしたい気持ちを表すってわけ」
「そうそう。アルフリーダなんて美人だから、絶対いっぱい群がるわよ」
「あら。あのエリアスの目の前で?そんな猛者、この町にいたっけ?」
「エリアスならガチで決闘になるかも」
その時、笑い転げる女たちの中に、一人だけ笑っていない女性が目に入った。頬にそばかすが散っていて、それが少女のように可愛らしい。栗色の髪も柔らかく波打ち、まるで物語の妖精のような儚さとあどけなさを感じる女性だ。けれど、表情は暗く影がある。
あの方はどうされたのでしょう?
各々作業に戻っても、アルフリーダはその女性から目が離せないでいた。
なぜでしょう?どうしてあんなに顔色が優れないのでしょうか。まさか体調がお悪いのでは・・・。
「行くことないわよ」
急に冷たく突き放すようなティナの声が小さく、だがピシャリとその場を打った。女たちの声がふっと途切れた。ティナを見ても彼女の視線は手元に集中し誰も見ていない。え?え?どういうことなのでしょう?
「なぜ、花冠作りがいけないのか意味が分からないわ」
ため息とともに、ティナの目線がチラリと先ほどのそばかすの女性をかすめるように動く。よく見ると、そばかす女性の花冠を作る指が震えている。
「そ、それは・・・。兄さんが、私には・・・結婚はまだ早いって・・・」
「ハッ!」ティナの呆れたような、そして見下したような声がひと際高く一蹴する。
「バッカじゃない?なんで兄貴なんかに指図されなきゃいけないのよ。自分が結婚できないからって、妹の交際にまで口を出す権利なんてないでしょ」
「ティナ。声が大きいわ」
黒髪の女性が小声でティナをたしなめる。その緑色の目が、不安げに男たちのいる方に注がれる。アルフリーダは視線のその先を追いかけた。脱穀作業の男たち。その中に一人こちらを見ている男がいた。そばかすの女性と同じ栗色の髪。
あれがこの方のお兄様?
その視線はミレイユを食い入るように見つめ、眼にはゾクリとするほどの支配の色がある。心配とか、気になるとか言う目つきではない。
「そうでなくてもミレイユは、家の中に閉じ込められてるのに」
「と、閉じ込められてるわけじゃ・・・」
「キルト作りだって、機織りだって。共同でする作業の時は、いっつもあの兄貴が邪魔をするじゃない?今だってミレイユを呼びたいなら、目で圧かけないで堂々とこっちに来て言えばいいのよ。女の集団が怖いのかしら。腰抜けもいいとこだわ」
「ごめんなさい・・・」ミレイユが目を伏せた。その横顔には嫌と言うほど見覚えがった。——私だ。
アルフリーダの胸が痛いくらい強く脈打った。リアムの声が耳の奥で響く。
——姫は外に出るものではない。騎士の前に姿を見せるなど、姫としてあるまじき行いだ。式典も祝宴も剣術試合にも、出席をする必要はない。ただ、最初のダンスで私の相手を務めるだけでよい。——
城での暮らしが頭の中に本のページを捲るように、浮かんでは流れていく。上等な絹のタペストリー、分厚く密度の高い毛皮を何枚も重ねたベッド。いつも薪が絶えることのない暖炉。贅沢な調度類。それは、豪華で温かく快適な”檻”
息がつまりそう・・・。
質の良いガラス窓に映る自分の横顔。記憶の中の自分と、今そこにいるミレイユとが重なった。
「あ、あの。私もう行かないと、兄さんに叱られるわ・・・」
その言葉にアルフリーダの中で何かが弾けた。アルフリーダは立ち上がると、花冠の材料を取りに行くふりをして、そっとミレイユの目の前に移動した。丁度、ミレイユの兄の視線。支配の導線を遮る位置に。ミレイユが驚いて目を上げる。
「あの、私初めてで、もしよろしければ色々と教えてくださいますか?」
ミレイユの見開かれた目とアルフリーダの目とがぶつかり合う。アルフリーダはミレイユの凍えるように揺れる瞳に微笑みかけた。
「ええっと、私・・・。もう、行かないと。兄が呼んでいるので」
「呼んで?」アルフリーダはわざと小首を傾げて耳を澄ます仕草をしてから、首を横に振った。
「気のせいではありませんか?私には何も聞こえませんが。ティナ、あなたには聞こえますか?」
ティナの方を向くと、呆気にとられたような目でこちらを見て、口をパクパクさせている。
「何か聞こえるかしら?脱穀機の音で、私には何も」すかさずティナの代わりに黒髪の女性がふわりと微笑んだ。
「こんなにうるさいところで、誰かを呼ぶのなら、近くまで来ないと無理じゃない?」
「近くに誰もいなさそうだから、やっぱり気のせいよ」
他の女性たちも小首を傾げて見せ、アルフリーダは笑顔で頷いた。
「ではミレイユ、教えていただけますか?あなたの花冠、色選びがとても素敵ですから」
ミレイユの顎が、コクリと動いた。
「いやあ、アルフリーダのあのセリフ。あの仕草。痛快だったわぁ」
ティナの言葉に花冠の素材をガサガサかき回していた周囲の女性たちも、それぞれに同意の言葉を漏らす。
「アルフリーダって上品そうに見えて、やるときはやるのね」「さすがはエリアスの婚約者だけのことはあるわね」「ほんと!強い!すっきりした!」
「そ、そんなことありません。・・・でも」アルフリーダはそっとミレイユと、それから周囲の女性たち一人一人に顔を向けた。
「私に出来ることがあったら、なんでも言ってくださいね」
「ありがとう・・・」ミレイユが小さく笑った。その力ない笑顔にまた胸が疼く。
「アルフリーダ。じゃあ、一つお願いしてもいい?」
黒髪に映える緑色の瞳が、何かを見つけたようにアルフリーダを見つめてくる。
「はい。ええっと、なんでしょう?」
「うん。あのね、エリアスって自称騎士だけあって強いじゃない?」
「ジュディ、言い方!」ティナが笑って窘める。けれど——
自称騎士。その言葉がアルフリーダの胸に深く刺さった。
自称などと言われているのは自分のせいだ。あの時、もしもリアムを止められていれば。ヴェル=アリムが隣国を亡ぼすこともなく、エルノヴァもまだ国としての形を保っていられたかもしれない。騎士団も存続していただろうし、エリアスはとっくに騎士の称号を得、花形の騎士として民の憧れになっていたかもしれない。エリアスを”自称騎士”などと言う立場にしてしまったのは、他でもない自分なのだ。私は彼の未来を奪ってしまった。
「ちょっと?アルフリーダ?聞いてる?」
ティナに手のひらをヒラヒラされ、アルフリーダは目を瞬いた。
「え?あ、あの」どうしましょう。聞いていなかったわ。
「あの・・・。なぜ、ミレイユのお兄様はなぜ結婚されないのでしょうか?」
「ああ。そのこと・・・」ティナが困ったような視線をジュディに投げる。
ティナだけでなく、その場にいた全員の顔にふっと影が落ちたように見えるのは気のせいだろうか?ふっくらとした頬の女性が、人差し指を立てながら小首を傾げる。
「ええっと、ディランがクソ野郎だから?」
「言えてる!あんな束縛男、私だったら絶対逃げ出すわ」「って言うか、ディランと結婚とか絶対無理。口うるさいし細かいし」「ディランだけじゃないわ。うちの父さんも似たり寄ったりよ」「うちも!口を開けば外に出るな。男に気を許すなって、煩わしいったらないわ」女たちの調子が戻り始めたのはいいが、外に出るな?男に気を許すな?どういうことなのだろうか?さすがに、心配のし過ぎなのではないだろうか。
「それは、皆さんの安全を思ってのことではないのですか?」
また、ティナの目がふっと困ったように細くなる。
「うん・・・、まあ、そうとも言えるよね」
パチン!っとひときわ大きい音を立てて、暖炉の中で薪がはぜた。視界の焦点が急激に、広場の喧騒から煤けた絨毯へと引き戻されていく。エリアスはパチパチと、数度瞬きを繰り返した。




