第二十五部 有限の命
星の心臓部。
砕けた欠片がほぼ人の形を取り戻し、淡く脈打つ光の中でエーテルは立っていた。
もう戻れる。
指輪の座標も安定している。
でも――
エーテルは小さく息を吐く。
「……すぐ帰るのも悪くねぇけどさ」
宇宙を見上げて、少し笑う。
「世話になった連中に顔出さず帰るほど、俺薄情じゃないだろ」
まず向かったのは――
再生された星々。
かつて崩壊寸前だった星で、子どもたちが走り回っている。
エーテルは姿を少しだけ人の目に映る形にして現れる。
「……え?」
「あの人……」
年老いた指導者が震える声で言う。
「創世の方……?」
エーテルは頭を軽く下げる。
「星、ちゃんと生きてるな。十分だ」
「俺はもう神でも救世主でもねぇ。ただの通りすがりだ」
涙を流しながら礼を言う人々に、手を振って去る。
次はルミエラ。
あの美の星。
かつてパンイチ騒動が伝説になっている場所(笑)
女王はすぐ気づく。
「……クゼ様?」
「いや、今はエーテルでいい」
「元気そうで何よりだ」
女王は微笑む。
「あなたがいたから、この星は笑える世界になりました」
エーテルは少し照れて頭をかく。
「大げさだって」
オルビス。
宇宙空軍の星。
整列する兵士たち。
誰かが叫ぶ。
「創世神エーテルだ!」
エーテルは即ツッコむ。
「やめろやめろ!もう引退だ!」
アストラ級の司令官たちは深く敬礼する。
「あなたの選択が宇宙を救いました」
エーテルは静かに言う。
「救ったのは俺じゃない」
「選び続けたお前らだ」
そして最後に――
あの“星の心臓”がある場所を振り返る。
ここで砕け、ここで集まり、ここで帰る決意をした場所。
「ありがとな」
小さく呟く。
エーテルは指輪の座標を感じ取る。
地球。
久世庵。
かやたちの気配。
胸がぎゅっとなる。
「……待たせすぎたな」
少し笑って、
「帰ろうか」
宇宙の光が収束し、エーテルの姿が粒子になって消えていく。
向かう先は――
家族のいる場所。
久世庵の庭は、いつもよりずっと華やかだった。
自然エネルギーで咲かせた季節外れの花々が風に揺れ、白い布が空にたなびく。
森野ひなたは純白の着物姿。
少し照れながらも、いつもの明るい笑顔。
神谷陽斗は緊張で背筋がまっすぐすぎるくらい伸びている。
周囲には――
かや、セラ、アーク、イリス、ナポリネス、グアラ、ネメシス、メクル、ルミナ、ミラ、ルーク。
そして地元の常連たち。
みんな本当に嬉しそうだった。
「ひなたちゃん綺麗よ……」
かやは目を潤ませながら拍手する。
「立派になったねぇ……」
常連のおばあちゃんたちも号泣。
ネメシスは感情ぐちゃぐちゃで、
「おめでとう……ほんとに……よかった……」
ルミナは元気よく、
「ひなたお姉ちゃん幸せになってねー!!」
誓いの言葉。
「どんな時も支え合い――」
その瞬間。
ふわっと、風が止まる。
花びらが空中で静止したように揺れた。
かやの胸が――なぜか、ぎゅっと締め付けられる。
「……え?」
指輪のあった場所が、熱く光った。
庭の奥。
誰もいないはずの場所に、
ゆっくりと“誰かの足音”が響く。
砂利を踏む音。
懐かしすぎる歩き方。
ネメシスが最初に振り返った。
目を見開いて、息が止まる。
「……うそ」
ルミナが次に気づく。
「……パパ?」
そこに立っていたのは。
少し大人びて、
少し痩せていて、
でも間違えようがない――
エーテル。
かやの手から扇子が落ちる。
声が出ない。
涙だけが一気に溢れる。
「……エー……テル……?」
エーテルは困ったように笑って、
「結婚式に遅刻する父親って最悪だよな」
「でもさ」
ゆっくり歩いてくる。
「どうしても祝いたかった」
ひなたと神谷は完全にフリーズ。
「え……?」
「エーテルさん……?」
ネメシスが崩れ落ちるように走る。
「父上ええええええ!!!」
そのまま抱きつく。
エーテルはぎゅっと抱き返す。
「ただいま」
ルミナも泣きながら飛び込む。
「ほんとに帰ってきたぁぁぁぁ!!」
「帰るって言っただろ」
セラは震える声で、
「……ばか……」
アークは歯を食いしばりながら笑う。
「遅すぎるんだよ……」
そして。
かや。
立ったまま動けない。
エーテルは静かに近づいて、
「……ただいま、かや」
一瞬の沈黙。
次の瞬間――
思いきり胸を叩かれる。
「どれだけ……どれだけ心配したと思ってるのよ……!!」
泣きながら、崩れ落ちる。
エーテルは抱きしめる。
「ごめん」
「でも、帰ってきた」
常連たちは状況が理解できず、
「え……?」
「伝説の旦那さん……?」
「生きてたの!?」
ひなたは泣き笑いで叫ぶ。
「エーテルさんが帰ってきた日に結婚できるなんて最高じゃないですか!!」
神谷も深く頭を下げる。
「帰ってきてくれてありがとうございます!!」
エーテルは照れて、
「主役取って悪いな」
空には、自然エネルギーの光がそっと舞う。
派手じゃない。
でも温かい奇跡。
久世庵に――
本当に、家族が戻った瞬間だった。
静まり返った久世庵の庭。
さっきまで涙と歓声で揺れていた空気が、自然と落ち着いていく。
エーテルは一歩前へ出る。
かやの手をそっと離して、
ひなたと神谷の前に立つ。
みんなが知ってる“神様”でも、“伝説”でもなく――
ただの家長の顔だった。
エーテルは少し照れたように頭をかく。
「えっと……こういうの初めてなんだよ」
軽い笑いが起こる。
「俺はな、長いこと生きてきた」
「戦もあったし、別れも山ほどあったし……正直、幸せってやつが何か分からなくなった時期もあった」
少しだけ、目を伏せる。
「でも久世庵に来て――」
「人が誰かのために働いて、笑って、泣いて、支え合う姿を見て」
「幸せってのは奇跡じゃなくて、積み重ねなんだって知った」
ひなたを見る。
「ひなた」
「君はいつも明るくて、周りを照らしてくれた」
「でも強がってる日もちゃんと知ってる」
神谷を見る。
「神谷」
「不器用だけど、逃げずに向き合える男だ」
「ひなたを守る背中を、何度も見てきた」
エーテルは少し声を柔らかくする。
「結婚ってな、ゴールじゃない」
「むしろスタートだ」
「楽しい日より、しんどい日の方が多いかもしれない」
「でもな――」
「そのしんどさを“二人で笑える日に変えられるかどうか”が夫婦だ」
ネメシスがこっそり鼻をすすり、
ルミナは完全に号泣。
「完璧な夫婦なんて存在しない」
「でも、離れない夫婦にはなれる」
「怒ってもいい」
「泣いてもいい」
「それでも最後に隣にいる相手を選び続けろ」
エーテルは少し微笑む。
「俺は神なんて呼ばれてたけど」
「正直、人生は何度やっても正解なんて分からない」
「だからこそ――」
「ひなた、神谷」
「迷いながら、笑いながら、二人だけの正解を作っていけ」
最後に深く頭を下げる。
「心から、結婚おめでとう」
一拍の沈黙。
そして――
拍手が嵐のように広がる。
常連たちは号泣。
「最高の式辞だよ……」
「神様なのに人間すぎる……」
ひなたは泣きながら笑って、
「エーテルさん……ありがとうございます……!」
神谷も震える声で、
「一生大切にします!!」
エーテルは照れ隠しにそっぽ向きながら、
「約束破ったら俺が人生相談じゃ済まさねぇからな」
笑いと涙が同時に溢れる。
久世庵の夜。
片付けが終わって、縁側に並んで座るエーテルとかや。
風がやさしく庭を揺らしてる。
しばらく無言だったエーテルが、ぽつっと言う。
「……かや」
「俺さ」
「一回、ちゃんと天国行ってきた」
かやの指がピクッと動く。
「……やっぱり、見たの?」
エーテルはうなずく。
「恒一がいてさ」
「鳳仙も、晴道も、久世軍のみんなも」
「戦も苦しみも全部終わっててさ」
「笑ってた」
少し目を細める。
「正直……安心した」
しばらくしてエーテルは続ける。
「でな」
「帰ろうとした時にさ……」
「変な波長を感じた」
かやが顔を上げる。
「波長……?」
「俺と、かやに似た気配」
「魂の形が、やたら近かった」
エーテルは小さく笑う。
「見つけたのが……子供だった」
「天国と生の狭間みたいな場所で、ひとりで立ってて」
「迷子みたいな顔してた」
かやの胸がぎゅっと締まる。
「それって……」
「連れてきちゃった」
エーテル、あっけらかんと。
「だって放っとけなかったんだもん」
少し沈黙。
それからエーテルが振り返る。
「なぁかや」
「俺たちに似てた」
「目も、雰囲気も、魂の温度も」
「偶然とは思えなかった」
障子の向こうから小さな足音。
そっと開く。
そこに立っていたのは、
黒髪で中性的な顔立ちの小さな子。
エーテルにも、かやにも不思議なくらい似ている。
少し不安そうに、でもどこか懐かしそうな目。
「……この子の名前」
エーテルは優しく言う。
「ヒサト」
かやの目から涙が溢れる。
「……“久翔”」
エーテル、うなずく。
「うん」
ヒサトが小さく声を出す。
「……ここ、あったかい」
その一言で、かやは完全に泣く。
抱きしめる。
「おかえり……ヒサト……」
エーテルは少し離れて見て、静かに言う。
「多分さ」
「この子は俺たちの“次”なんだと思う」
「転生とも違う、継承みたいな存在」
夜風が優しく吹く。
久世庵に、新しい命が加わった瞬間だった。
久世庵の広間。
いつもより静かで、みんなが集められている。
セラ、アーク、レオン、イリス、ナポリネス、グアラ、ネメシス、メクル、ルミナ、ミラ、ルーク。
全員が「なんだろう?」って顔。
その前に立つエーテルとかや。
かやの手は少し震えてる。
エーテルがゆっくり言う。
「みんなに紹介したい人がいる」
障子が開く。
かやの後ろから、小さな影がちょこんと出てくる。
ヒサト。
静かで、でも目はまっすぐ。
一瞬、空気が止まる。
セラが息をのむ。
アークが目を見開く。
ネメシスが理解できずに固まる。
全員が思う。
エーテルと、かやに似すぎている。
エーテルがはっきり言う。
「俺とかやから生まれた子だ」
「魂の形で、だけど間違いなく俺たちの子」
ざわ……ではなく、
しん……と静まり返る。
次の瞬間。
セラが泣く。
「……お父さんの子……?」
グアラが口を押さえて涙ぐむ。
ナポリネスが目を逸らしながら鼻をすする。
アークは笑いながら泣いてる。
「ずるいだろ……急に増えるとか……」
ネメシスは震えた声で聞く。
「……ぼくたちの……弟?」
エーテルがうなずく。
「うん」
「家族だ」
そ
の瞬間。
ルミナが走った。
ヒサトの前まで行って、しゃがんで目線を合わせる。
「……あなた、ヒサト?」
こくん、と小さくうなずくヒサト。
ルミナの目が一気に輝く。
「わたし、お姉ちゃん!!」
ぎゅーーーっと抱きしめる。
「大丈夫だよ!
パパもママも、兄弟もいっぱいいるよ!」
ヒサトが戸惑いながら、そっと抱き返す。
「……あったかい……」
その一言で、場が完全崩壊。
かやはしゃくりあげて泣き、セラは「尊い……」と床に座り込み、レオンは感極まって拍手し、メクルは録画しようとしてイリスに止められ、ネメシスは静かに涙を流す。
エーテルはその光景を見て、ぽつり。
「……守ってよかった」
ルミナはヒサトの手を引いてみんなの前に立つ。
「この子はわたしの弟!」
「いじめたら許さないからね!」
ヒサトは少し照れながら言う。
「……よろしくお願いします」
その瞬間、全員声を揃える。
「よろしく!!!」
エーテルとかやは顔を見合わせて微笑う。
家族は、また増えた。
しかも希望そのものみたいな存在が。
エーテルは静かに語る。
「ヒサトが生まれる前に、俺はもう死んでた」
「だから本来なら、会うはずもなかった」
みんなが息をのむ。
「でも天国で会ったんだ」
「初めて会ったのに――あの子、俺の顔を見るなりさ」
エーテルは少し笑って、でも目は潤んでる。
「“お父さん”って呼んでくれたんだ」
その場の空気が震える。
かやが口を押さえる。
ネメシスが拳を握る。
ルミナはヒサトの手をぎゅっと強く握る。
エーテルは続ける。
「今は幼い姿だけど」
「天国で会った時はな……」
少し間を置いて。
「子供だったり、俺より年上の老人みたいだったりした」
「成長してたんだと思う」
「時間の中で」
「俺を待ちながら」
誰も言葉を出せない。
それがどれほどの孤独だったか、全員わかってしまったから。
エーテルはぽつり。
「寂しかったんだろうな……」
「父親に会えないまま、ずっと」
その瞬間。
ヒサトが小さな手でエーテルの服をつかむ。
「……でもね」
エーテルが驚いて見下ろす。
「天国で、お父さんに会えたから」
「もう寂しくない」
「今はここにいるから」
エーテルの心が完全に崩れる。
膝をついてヒサトを抱きしめる。
「……ごめんな」
「待たせて」
「ほんとにごめんな……」
ヒサトは首を振る。
「ううん」
「会えたから、全部うれしい」
ルミナが涙ぼろぼろで叫ぶ。
「ヒサトはもう一人じゃないから!!」
「わたしたちがいる!!」
ネメシスもしゃがんで優しく頭を撫でる。
「ずっと一緒だよ」
かやは泣きながら微笑う。
「やっと……帰ってきたんだね」
エーテルは少し迷ってから、かやを見る。
「……なぁ」
「俺が死んだあと、ヒサトは……どうだった?」
かやの表情が一瞬だけ揺れる。
笑おうとして、やめて、ゆっくり息を吸う。
「ヒサトはね……強い子だったよ」
「お父さんがいないこと、口には出さなかった」
「でも、毎年あなたの命日は必ずお墓に行ってた」
エーテルの胸が締めつけられる。
「大人になって、結婚もして」
「幸せそうにしてた」
かやは少し微笑む。
「あなたに似て、優しい人と一緒になったよ」
エーテルがほっとした瞬間。
かやの声が、少しだけ震える。
「……でもね」
「ヒサトが結婚した、その翌年」
「私は——急に倒れて、そのまま……」
空気が止まる。
「久世を失ったショックが、ずっと体に残ってたみたい」
「医者には“心因性の影響が大きい”って言われた」
エーテルの目が見開かれる。
「……じゃあヒサトは」
「一人になった」
かやははっきり言う。
「まだ若かったのに」
「両親をどちらも失って」
その瞬間、ヒサトの“老人の姿”の意味が全部つながる。
待ってた時間。
耐えてきた年月。
ひとりで生き抜いた人生。
エーテルの拳が震える。
「……そんなの」
「俺のせいじゃねぇか……」
かやは首を振る。
「違う」
「あなたのせいじゃない」
「それでもヒサトは、あなたを恨まなかった」
「ずっと言ってたの」
かやの目から涙が落ちる。
「“父さんは守るために死んだ人だ”って」
「“だから誇りなんだ”って」
エーテルの心が完全に崩れる。
「……強すぎだろ」
「強くなりすぎだよ、ヒサトは……」
ヒサトは静かにエーテルの手を握る。
「でもね」
「ぼく、ずっと思ってた」
「いつか会えるって」
「お父さんと、お母さんに」
エーテルはその小さな手を包み込む。
「……もう一人にしねぇ」
「何があっても」
「今度は俺が、そばにいる」
ヒサトはにっこり笑う。
「うん」
「今度は一緒に生きよう」
エーテルはヒサトの頭をそっと撫でながら、静かに続ける。
「ヒサトはな……」
「自然エネルギーを継承してる」
「だから、かやたちと同じように――長く生きられる」
一瞬、家族の表情が明るくなる。
けれど。
エーテルの声だけが、重く沈む。
「ただし……俺は違う」
空気が張りつめる。
「俺はもう神でもない」
「人間でもない」
「輪廻からも外れてる」
かやが息をのむ。
「それって……」
エーテルは苦く笑う。
「簡単に言えば」
「俺だけ“終わりがある存在”になった」
「自然エネルギーは使える」
「体も保てる」
「でも魂はもう再生しない」
「次に死んだら――完全に消える」
沈黙。
ルミナが震える声で聞く。
「……パパは?」
「またどこかに行っちゃうの?」
エーテルはしゃがんで目線を合わせる。
「行かない」
「でも、永遠じゃない」
「ヒサトは成長して」
「ルミナたちと何百年も生きる」
「でも俺は……その途中で止まる」
ネメシスが歯を噛みしめる。
「そんなの……不公平だ……」
エーテルは優しく笑う。
「だからこそだよ」
「限りがあるから」
「今を全部抱きしめられる」
「永遠だった頃の俺は」
「守ることばっかで、生きてなかった」
「今は違う」
「一日一日が宝物だ」
かやの涙が止まらない。
「……また置いていくの?」
エーテルはそっと額を合わせる。
「今度は“逃げない別れ”だ」
「最後まで一緒に生きる」
ヒサトがぎゅっと抱きつく。
「じゃあいっぱい思い出作ろう」
「誰よりも!」
エーテルは笑って抱き返す。
「ああ」
「時間足りねぇくらいにな」
そして小さく呟く。
「……それでいい」
「神だった俺より」
「今の俺の方が、ずっと幸せだ」
ヒサト視点
朝の空気は少し冷たかった。
旅館の庭に出ると、もう父さんはそこにいた。
箒を持って、落ち葉を集めている。
背中は大きくて、まっすぐで、でも——
どこか前より少しだけ細く見えた。
(父さん、今日も早起きだ)
ヒサトは縁側に座ってその姿を眺める。
昔の話を聞くと、父さんは宇宙を救った神だったらしい。星を動かして、時間を超えて、何度も死んで生き返って。
でも今は。
ただ庭を掃いている。
それなのに——
なぜかずっと大きく見えた。
風が吹いて、落ち葉が舞う。
父さんはそれを見て笑った。
「やれやれ、自然ってのは容赦ねぇな」
ヒサトは思う。
(神様だった人が、こんなことで困ってる)
ちょっと可笑しくて、ちょっと誇らしかった。
「父さん」
声をかけると振り返る。
「お、ヒサト。寒くないか?」
「大丈夫!」
父さんはタオルで額の汗を拭いて、優しく笑う。
その笑顔は
宇宙を救った英雄の顔じゃなくて
“ただの父親”の顔だった。
ヒサトは聞いてみた。
「ねえ父さん」
「神だった頃と、今」
「どっちが好き?」
一瞬だけ、父さんは空を見る。
そして静かに言った。
「今だな」
「神の頃は世界を守ってたけど」
「今はお前たちを守れてる」
「それにさ」
父さんはヒサトの頭をくしゃっと撫でる。
「神は孤独だった」
「父親は忙しいけど、幸せだ」
その時ヒサトは気づいた。
父さんの背中には
もう“宇宙の重さ”は乗っていない。
代わりに——
家族の重さが乗っている。
でもそれは苦しそうじゃなくて
どこか誇らしげだった。
(この人は、神をやめて父親になったんだ)
(世界より、僕たちを選んだんだ)
夕方。
父さんは薪を運んでいた。
少し息が荒い。
それでも休まない。
その背中を見て、ヒサトは胸がぎゅっとなった。
(父さんは永遠じゃない)
(でも——だからこそ全力なんだ)
ヒサトは走って行って薪を持つ。
「僕もやる!」
「おっ、頼もしいな」
二人で並んで歩く。
影が地面に並ぶ。
小さな影と、大きな影。
ヒサトは心の中で誓う。
(父さんが歩けなくなるまで)
(いや、歩けなくなっても)
(僕が支える)
(宇宙を支えた人を)
(今度は僕が支える番だ)
父さんの背中はもう神の背中じゃない。
だけど。ヒサトにとっては世界で一番かっこいい背中だった。
エーテルは老いた。
……と言っても。髪が少し白くなっただけ。
皺もほとんどない。背筋も曲がらない。目も鋭いまま。けれど、前よりほんの少しだけ動きがゆっくりになった。
薪を運ぶとき、ほんの一瞬だけ呼吸を整える。団子を丸めるとき、指をほぐす仕草が増えた。
それを——
ネメシスが一番先に気づいた。
大人になった五人
・ネメシス
・ルミナ
・ミラ
・ルーク
・ヒサト
やっと、大人の姿になった。
長い時間を経て。
ようやく父の肩に手を置ける身長。
ようやく父の目線に並べる視線。
ネメシス
かつて一番距離が近かった存在。今は静かに、少しだけ後ろに立つ。でも視線はいつも父を追っている。
「父上、無理してない?」
以前なら抱きついて聞いていた。
今は隣に立って、低い声で言う。
ルミナ
無邪気だった少女は、凛とした美しい大人へ。けれど父の前では昔のまま。
「パパ、団子焦げてるよ」
からかうように笑う。
でも焦げた部分はちゃんと自分が食べる。
ミラとルーク
ミラは漫画家として名を広げ、ルークはその裏方で支えながら研究も続ける。父の姿を作品に描くときだけは誰よりも丁寧だ。
ヒサト
一番“人間らしい時間”を生きている。
だから一番、父の老いを理解している。
ある夕暮れ縁側。
五人が並び、エーテルが中央に座る。
夕日が白髪を照らす。
ルミナがぽつりと言う。
「ねぇ、パパ」
「白いの増えたね」
エーテルは笑う。
「味だろ」
ネメシスが小さく呟く。
「似合ってる」
ヒサトはその横顔を見る。
(神でもなく、人間でもなく)
(でも今は、ちゃんと“歳を重ねてる”)
体はまだ強い
冬の朝。
薪割り。
アークが止めようとする。
「父さん、俺がやる」
エーテルは斧を軽く振る。
ズン、と一撃。
薪が真っ二つ。
「まだ若ぇよ」
でも息は少し荒い。
それを五人全員が見ている。
何も言わない。
けれど——
自然と役割が変わる。
荷物を持つのはネメシス。力仕事はヒサト。庭仕事はルミナ。裏方をミラとルークが回す。誰も命令していない。ただ、そうなった。
夜
エーテルが一人で空を見る。
ヒサトが隣に座る。
「父さん」
「ん?」
「俺たち、やっと並んだね」
エーテルは少し驚いた顔をする。
そして笑う。
「そうだな」
「やっと“親離れ”か?」
ヒサトは首を振る。
「違うよ」
「やっと、父さんを支えられる高さになった」
エーテルは黙る。
そして小さく言う。
「……頼もしいな」
時間は残酷じゃない
昔のエーテルは永遠だった。
今のエーテルは有限だ。
でも。
今のほうが、幸せそうだった。
白髪を撫でるネメシス。
腕を組むルミナ。
後ろで笑うミラとルーク。
横に座るヒサト。
神だった頃より、
今のほうが“満たされている”。
五人が決めた旅行
ある朝。
エーテルが縁側で茶をすすっていると、
五人が妙にそわそわ集まってきた。
ネメシスが代表して言う。
「父上」
「今日、休み」
「……は?」
ルミナが腕を組む。
「今日は働かせません」
ミラが笑う。
「強制家族旅行です」
ルークが地図を広げる。
「温泉と海と山、全部ある場所」
ヒサトが静かに言う。
「父さん、俺たちの奢り」
エーテルは目を丸くする。
「おい待て、お前らいつの間に——」
「いいから行くの!」
ルミナが手を引っ張る。
移動中の車内
昔はエーテルが運転してた。
今日はネメシス。
後部座席でエーテルは珍しく座らされてる。
「なんか落ち着かねぇな…」
ヒサトが笑う。
「父さんが子供ポジションだから」
ミラが写真を撮る。
「レアすぎる」
ルークが言う。
「団子持ってきてる?」
「持ってきてる」
全員が自然にエーテルの好みを把握してる。
エーテルは小さく笑った。
「……成長したなぁ」
海に到着
潮風が吹く。
ルミナが即走る。
「うわー!パパ来て来て!」
エーテルは歩く速度。
ヒサトが横につく。
「ゆっくりでいいよ」
「……悪いな」
ネメシスが後ろから日傘さす。
「日焼けするから」
「過保護すぎだろ!」
でも拒まない。
砂浜で事件
ルミナが転びそうになる。
エーテルが反射で手を伸ばす。
でも少し遅れる。
ヒサトが先に支える。
「大丈夫?」
「うん!」
エーテルは一瞬だけ目を伏せる。
ネメシスが気づく。
「父上」
「俺たちがいる」
その一言でエーテルは救われる。
温泉旅館
夜。
露天風呂。
エーテルは湯に浸かって長く息を吐く。
「……生き返る」
ルークが言う。
「昔は父さんが皆を連れてきてたんだよね」
「そうだな」
ミラがにやっとする。
「今は逆」
ルミナが肩に頭を乗せる。
「パパ休んで」
ネメシスも反対側から寄る。
「今日は守られる日」
エーテルは観念する。
「……贅沢だな」
部屋で布団を並べて寝る。エーテルを中央に。昔の配置そのまま。
ヒサトが言う。
「父さんさ」
「俺たち、父さんに人生もらった」
「今度は俺たちが父さんの人生守る番」
エーテルの目が少し潤む。
「……泣かせるなよ」
ルミナが笑う。
「もう泣いてるじゃん」
「泣いてねぇ!」
ネメシスが静かに言う。
「長生きして」
「俺たちのために」
エーテルはゆっくり頷く。
「努力する」
翌朝の朝焼け
五人で海を見る。エーテルは真ん中。肩が触れ合う距離。
「なぁ」
「俺、神だった頃より今のほうが幸せだ」
誰も驚かない。全員知ってたから。
ヒサトが笑う。
「家族だもん」
久世庵・深夜
皆が寝静まったあと。
縁側の灯りだけがぽつんと残っている。
エーテルは文机を出して、和紙と筆を並べていた。
「……はぁ」
誰もいないのにため息。
「死ぬ予定はねぇんだけどな」
「なんか残したくなるんだよな」
月を見上げて、苦笑い。
エーテルの独り言
「戦国の時はな」
「明日生きてる保証なんてなかった」
「だから全部、紙に置いてきた」
筆を持つ手が少し震える。
「今は平和すぎて怖ぇ」
「幸せが続くほど、人は準備したくなるんだな」
最初に書いた言葉ゆっくり、力強く。もし俺が先にいなくなったら誰も無理に笑わなくていい。
一度止める。
「重すぎだな……」
苦笑して横線。
書き直し
かやへ
かや
俺をここまで生かしてくれてありがとう
戦場でも宇宙でも、一番強かったのはお前の笑顔だ。
無理せず生きろ
それが俺の願いだ
しばらく筆が止まる。
目をこすってから続ける。
子供たちへ
ルミナ
お前は太陽だ
周りを照らし続けろ
ネメシス
愛しすぎるのも才能だ
でも自分も大切にしろ
ミラ
世界を描き続けろ
ルーク
世界を支え続けろ
ヒサト
お前は俺の未来だ
最後の一文
しばらく悩んで、こう書く。
俺は十分生きただからこれからは
お前たちの物語を楽しみにしてる。
書き終えて
筆を置く。
エーテルは縁側に座り込む。
「……なんだこれ」
「完全に遺書じゃねぇか」
でも破らない。
丁寧に畳んで箱にしまう。
小さく笑って…
「俺ほんと戦国脳抜けてねぇな」
「平和でも覚悟だけは手放せねぇ」
空を見上げる。
「でもまぁ……」
「これも生きてる証拠か」




