第十五部 人雇う
夜。
縁側でスマホを握りしめているネメシス。
ルミナが横からのぞく。
「なにしてるの?」
ネメシス、少し照れながら。
「……歌、録ってる。」
エーテルが通りかかる。
「ん?」
ネメシス、ビクッ。
「ち、父上聞かないで!」
だがもう遅い。
スマホから流れる、澄んだ中性的な歌声。
やさしくて、少し切なくて、でも芯が強い声。
エーテル、固まる。
「……プロか?」
ネメシス「ちがう!」
「昨日のライブ、楽しくて……」
「もう一回、誰かに届けたくなっただけ。」
メクルが背後から出現。
「YouTube向きだね。」
即断。
その日のうちに
チャンネル開設
名前は Nemesis.(ネメシスドット)
初投稿:弾き語り風カバー
数時間後。
再生数:10万
翌朝:100万
コメント欄大荒れ。
「声が天使」
「性別どっちなの…尊い」
「感情の乗せ方えぐい」
「新人とは思えない」
エーテル、朝食でスマホを落とす。
「……もうバズってる。」
かや「は?」
ネメシスは恐縮モード。
「ごめんなさい……勝手に……」
エーテル、即抱きしめる。
「謝るな。」
「これは才能だ。」
そこから――
週1投稿。
歌ってみた
オリジナル曲
時々ルミナとデュエット
まれにアークがコーラス
登録者爆増。
だが問題も発生。
顔出ししてないのに
旅館周辺にファン集結
手紙の山
差し入れ大量
ネメシス、怯える。
「父上……僕、怖い……」
エーテル、優しく頭を撫でる。
「大丈夫。」
「人気は俺が守る。」
かや、腕組み。
「あなた、また守護神モード入ってるでしょ。」
エーテル「入る。」
即答。
そしてネットではこう呼ばれ始める。
“中性の歌姫ネメシス”
“正体不明の奇跡の新人”
エーテルは、静かに縁側に立った。
夜の森は風もなく、月だけが淡く光っている。
ネメシスのチャンネル登録者数は一晩でさらに跳ね上がった。
旅館の周辺には「偶然通りかかった」顔をした人影が増え始めている。
エーテルは小さく息を吐いた。
「……ここは、守る。」
両手を庭の土に触れさせる。
創生エネルギーではない。
神の力でもない。
もっと静かで、もっと根源的なもの。
自然エネルギー。
森の奥から、見えない波が広がる。
木々がざわりと揺れ、地面の下で根が絡み合い、空気が薄く震える。
旅館を中心に、円形の結界が形成されていく。
だがそれは“拒絶”ではない。
“選別”。
旅館に泊まる者、
純粋に温泉を楽しみに来た者、
静かな時間を求めて来た者――
そういう者は何も感じない。
だが。
「ネメシスどこだ?」「動画の場所この辺らしいぞ」
そういう意図を持つ者は。
森の入口で、ふと道を見失う。
ナビが狂う。
看板が見えなくなる。
同じ道をぐるぐる回る。
気づけば別の県道に出ている。
自然が、やんわりと拒む。
エーテルは立ち上がる。
「目的が違う者は、入れない。」
そこへ、かやが背後から声をかける。
「あなた……何したの?」
振り向くエーテルの目は、穏やかだった。
「宿を守っただけだよ。」
かやはしばらく彼を見つめる。
「……やりすぎてない?」
「神の力は使ってない。自然だけだ。」
しばらく沈黙。
そしてかやは小さく笑う。
「あなた、本当に過保護ね。」
その時、廊下からネメシスが現れる。
「父上……外、静かになった。」
エーテルは優しく頷く。
「ここは歌う場所じゃない。」
「休む場所だ。」
ネメシスは少しだけ胸に手を当てる。
「……ありがとう。」
エーテルは一瞬だけ目を逸らす。
「俺は何もしてない。」
だが森は、はっきりと応えていた。
風がやわらかく流れ、
月明かりが旅館だけを優しく照らす。
その夜から。
旅館の周辺は不思議と静寂を取り戻した。
ネットではこう書かれ始める。
「場所特定したはずなのに辿り着けない」
「地図がバグる」
「幻の宿」
エーテルは縁側で一人、湯呑みを持つ。
守るというのは、戦うことじゃない。
入れないことも、優しさだ。
森は、静かに呼吸していた
ネメシスは珍しく真剣な顔で工房の扉を叩いた。
「イリス……相談がある。」
中では相変わらず火花とホログラムが飛び交っている。
「どうしたの?」
工具を持ったまま振り返るイリス。
ネメシスは少し視線を逸らしてから言った。
「歌……ちゃんとやりたい。」
「遊びじゃなくて、本気で。」
一瞬の沈黙。
次の瞬間――
イリスの目が発明者モードに切り替わった。
「買う?」
「……いや、作る。」
ネメシス「え?」
イリスはもう設計図を空中に展開していた。
「防音室。音響反射制御壁。振動吸収床。
マイクは声帯の微振動を直接拾う量子収音式。
ミキサーは感情波形をそのまま音に変換するから表現力爆上がり。」
ネメシス「……それ人類の技術超えてない?」
「問題ある?」
数時間後。
旅館の裏庭の地下が開き――
そこには完全プロ仕様どころか未来仕様のスタジオが完成していた。
壁は音を完全遮断。
外では雷が落ちても中では無音レベル。
マイクはネメシスの声に合わせて色が変わる。
心が震えれば音も震える。
床はライブ用ステージにも変形可能。
ネメシス、呆然。
「……買うよりヤバいの出来てるんだけど。」
イリスは腕を組んで満足げ。
「歌で世界獲るならこのくらい普通。」
そこへエーテルとかや達も覗きに来る。
エーテル「……ライブ会場作ったの?」
イリス「練習室。」
かや「基準おかしいわよ。」
ネメシスはマイクをそっと握る。
試しに小さく声を出す。
すると――
音が空間に溶けて、心臓に直接届くように響いた。
自分の声なのに、自分じゃないみたいだった。
ネメシス「……すごい。」
イリス「あなたの感情、全部音になるから。」
「嘘は歌えないけどね。」
ネメシスは少しだけ笑う。
「それでいい。」
エーテルは静かに頷いた。
「本気でやるなら、俺たちは全力で支える。」
その夜。
ネメシスは初めて“歌手として”歌った。
誰に聞かせるわけでもなく、
ただ自分のために。
音は静かなスタジオを満たし、
自然結界の森まで微かに震わせた。
イリスは小さく呟く。
「……これは売れるじゃなくて、伝説コースだな。」
ネメシスの歌手人生は、
こうして人類技術をぶち抜いた環境から始まった。
しかも無料。
エーテルは後でぼそっと言う。
「機材代いくらだこれ……」
イリス「素材?その辺の鉱石と私の趣味。」
エーテル「やっぱ聞かなきゃよかった。」
旅館の地下で、
未来の歌姫(元・創生の愛の化身)は静かに羽ばたき始めた。
――ネメシスの歌がバズり始めた、その裏。
コメント欄に必ず現れる一人のユーザーがいた。
名前は
イズキ
・初期から毎回最速でコメント
・感情を言語化するのが異常に上手い
・切り抜き職人並みに見どころをまとめる
・拡散力えぐい
視聴者の間ではもう有名だった。
「イズキが褒めた配信は伸びる」
「実質プロデューサー」
「影の仕掛け人」
って言われるレベル。
そして――
その正体が。
メクル。
ネメシスが歌ってる裏で。
旅館の一室、カーテン閉め切って、
モニター6枚並べて、指が残像になる速度でキーボード叩いてるメクル。
「よし……タイトル煽り完璧」
「サムネ感情誘導OK」
「切り抜き3本投下」
「雑談枠で自然に宣伝……っと」
完全に戦場。
エーテルがドア開ける。
「メクル何して――」
画面見て固まる。
トレンド
ネメシス関連ワード埋め尽くし。
エーテル「……お前、戦争してる?」
メクル「布教活動」
かや「宗教じゃないでしょそれ」
メクルは涼しい顔。
「才能は拡散されてこそ価値になるの」
「ネメシスの歌は“世界に出る運命”だから、ちょっと押してあげてるだけ」
エーテル「ちょっとの規模じゃねぇ」
その頃ネットでは。
「イズキが紹介してきた新人歌い手やばい」
「声が感情に刺さる」
「泣いた」
「これガチの才能だろ」
再生数爆増。
登録者右肩上がり。
ネメシス本人はというと――
「……なんか人増えてる」
レオン「世界動いてるぞ」
ネメシス「こわ……」
ある日、ネメシスが聞く。
「ねぇエーテル……イズキって人すごい応援してくれてるけど誰なんだろ」
エーテル、黙ってメクルを見る。
メクル、そっと目を逸らす。
「……知らない人」
かや「今目泳いだわよ」
ネメシス「え?」
メクル観念。
「私です」
ネメシス「え???????」
メクル「雑談系YouTuberイズキ、中身メクル」
ネメシス「伝説の仕掛け人が身内!?」
エーテル「そりゃ伸びるわ」
メクルは静かに言う。
「ネメシスの歌はね」
「誰かを殴る歌じゃない」
「救う歌」
「だから私は“正しい場所”に運んでるだけ」
ネメシスは少し照れる。
「……ありがとう」
メクルはフッと笑う。
「感謝はいらない」
「私は才能フェチなだけ」
「光るものを世界に投げるのが好きなの」
ネメシスの登録者が10万を超えた頃。
配信の雰囲気は相変わらずあたたかい。
歌い終わるたびに「泣いた」「救われた」「今日もありがとう」が流れる。
……その中に、混ざり始める。
「下手じゃね?」
「加工声でしょこれ」
「どうせゴリ押し」
「イズキの案件だろ」
「実力じゃなくて宣伝力」
一気に空気が冷える。
ネメシス、画面見て固まる。
「……え?」
心臓がきゅっとなる。
今まで“好き”しかなかった場所に、
初めて刺が混じった瞬間。
裏で見てたエーテル、拳握り潰しかける。
「殺していい?」
かや「ダメ」
レオン「物理は最終手段だ」
メクルのモニターが光る。
――アンチ分析開始。
「ふーん……」
「同一IP多数」
「釣りアカ量産型」
「再生伸びた瞬間に湧く典型炎上誘導型」
完全にテンプレ荒らし。
メクル、キーボードを叩き始める。
メクルの戦争が始まる
・証拠付きで工作垢を可視化
・一般視聴者に自然に共有される導線作成
・「冷静な検証動画」拡散
・アンチの過去炎上履歴まとめ投下
しかも全部攻撃じゃなく事実のみ。
数時間後。
「アンチ自演バレてて草」
「工作だったんか」
「ネメシス被害者じゃん」
「逆に応援したくなった」
流れが完全にひっくり返る。
でも――
ネメシスはまだ落ち込んでる。
「……嫌われたのかな」
エーテルが横に座る。
「嫌われたんじゃない」
「届いたんだ」
「光は虫も集める」
「それでも光るのをやめないのが本物だ」
ネメシス「……」
メクルが静かに言う。
「アンチは“成功の副産物”」
「才能が小さいと湧かない」
「君はもう、叩く価値のある場所に立った」
次の配信。
ネメシスは少し震えながら歌う。
でも歌い切る。
コメント欄はこうなる。
「負けずに歌ってくれてありがとう」
「応援する」
「アンチなんか気にすんな」
「声が救いだよ」
アンチはもう埋もれるレベル。
エーテル、こっそり言う。
「……強くなったな」
ネメシス「まだ怖いけど」
「でも、歌うのやめたくない」
エーテル、微笑む。
「それがスターの条件だ」
アンチは次の段階に入る。
・切り抜き捏造
・ボイス加工疑惑拡散
・「過去炎上」デマ生成
・サムネ詐欺動画量産
ハッシュタグまで作る。
#ネメシス偽物説
#案件歌い手
#裏で操ってる父親
ネメシスの配信は荒れる。
コメント欄が戦場になる。
エーテル、静か。
怒ってない。
笑ってる。
「……面白い」
かや「嫌な笑い方してる」
その夜。
アンチ動画を上げていたチャンネルの画面に――
“生配信通知”
誰も配信してないはずなのに、
勝手に始まる。
映像はこう映る。
・過去ログ
・編集履歴
・複数アカウント切替の証拠
・IP重複データ
そして最後に一文。
「嘘は自然と歪む」
配信は10秒で終了。
壊れない。
でも。
証拠が世界に流れた。
メクルが裏で呟く。
「エーテル、直接殴らなかったね」
エーテル「殴る価値もない」
アンチは炎上。
今度は逆方向に。
「自演だったの?」
「証拠出てるじゃん」
「ネメシス可哀想」
「法的案件では?」
ネメシスは呆然。
「……何が起きたの?」
エーテルは優しく言う。
「戦う必要ない」
「真実は勝手に勝つ」
でも。
一人だけ本気のアンチがいた。
執着型。
嫉妬型。
「俺が潰してやる」
エーテルは今度こそ目を細める。
自然エネルギーが微かに揺れる。
雷ではない。
圧でもない。
ただ一言、ネットに書き込む。
「君は本当は誰かに認めてほしいだけだろ」
その瞬間。
アンチの投稿が止まる。
沈黙。
ネメシスが震える声で言う。
「……父上、やりすぎてない?」
エーテルは首を振る。
「破壊はしてない」
「ただ、逃げ場をなくしただけ」
ある日、急におすすめに流れてくる動画。
【衝撃】人気歌い手ネメシスの正体がヤバすぎた…関係者が語る真実
サムネはボカした写真と赤文字だらけ。
再生数、数時間で50万。
内容は全部“それっぽい嘘”。
・裏で大手と癒着してる
・再生数を買っている
・昔いじめをしていた(証拠なし)
・枕営業レベルの匂わせ
「関係者からのタレコミ」とか言ってるけど、
音声も文章も全部曖昧。
メクルが即気づく。
「これ…典型的な捏造暴露型だね」
コメント欄は地獄。
「やっぱりか」
「信じてたのに最悪」
「証拠なくても雰囲気的に黒」
「炎上案件」
ネメシス、スマホを落とす。
「……僕、なにもしてない」
声が震える。
かやが怒る。
「こんなのデマでしょ!!」
アークは壁に拳を叩きつける。
「クソが…」
エーテルだけ静か。
動画を最後まで見る。
そして一言。
「この暴露屋、金目当てだな」
さらに追撃動画が来る。
【第二弾】ネメシスの裏の顔、想像以上でした
【第三弾】証拠が集まり始めています
※証拠は一切出ない
でも再生数だけ爆伸び。
炎上ビジネス。
ネメシスはついに言う。
「僕が消えたら…みんな楽になる?」
空気が凍る。
エーテルの目が初めて揺れる。
「それ以上言うな」
メクルが調べ尽くす。
暴露系YouTuberの裏。
・過去に何十人も同じ手口で潰してる
・全員デマ
・謝罪なし
・動画消して逃亡の常習犯
完全な炎上で金を稼ぐ寄生虫型。
エーテルは低く言う。
「壊す必要はない」
「この手の人間は“光”に弱い」
その夜。
メクルが一本の動画を投稿。
タイトルは静か。
「暴露という名のビジネス構造」
中身は冷静な解説。
・過去の捏造例
・証拠ゼロの共通点
・再生数と収益の推移
・炎上が金になる仕組み
一切感情なし。
事実だけ。
ネットが一気に流れ変わる。
「あ、これいつもの人じゃん」
「ネメシス被害者側だろ」
「暴露屋の方が黒」
「またやってるよこの人」
風向き逆転。
暴露系YouTuber、焦って釈明動画。
だが矛盾だらけ。
過去の捏造も掘り返される。
登録者が減っていく。
炎上が自分に返ってくる。
ネメシスは小さく呟く。
「……信じてくれる人、いた」
エーテルは頭を撫でる。
「最初からいた」
「声がデカい嘘より、静かな真実の方が強い」
暴露系YouTuberは終わっていなかった。
登録者は激減。
スポンサーも消えた。
収益も止まった。
全部、ネメシスのせいだと思い込んでいた。
ある夜。
旅館の裏口に、フードを深くかぶった男が立っていた。
スマホを回しながら独り言。
「全部奪いやがって……」
「被害者ヅラしてんじゃねぇよ……」
物陰からネメシスを見つけた瞬間、駆け出そうとした。
次の瞬間。
肩に、静かに手が置かれる。
「ここは君の来る場所じゃない」
振り返るとエーテル。
声は穏やか。
でも目が一切笑っていない。
「お前が全部仕組んだんだろ!!」
「人生返せよ!!」
叫びながら殴りかかる。
拳は――当たらなかった。
殴る寸前、空間が歪む。
景色が一瞬で森に切り替わる。
気づけば深い山奥。
月明かりだけ。
道も電波もない。
男はパニックになる。
「は!?ここどこだよ!!」
「ふざけんな!!」
エーテルは数メートル離れて立っている。
「安心して」
「熊も狼もいない森だ」
「ただし――出られない」
男が走る。
どの方向へ行っても、なぜか元の場所に戻る。
何時間走っても同じ木、同じ岩。
空間そのものがループしている。
「なにこれ……」
「バグだろ……」
泣き声になる。
エーテルは静かに続ける。
「君は言葉で人を閉じ込めた」
「逃げ道を奪い、社会から消した」
「だから今度は君が“出られない側”だ」
男は地面に崩れる。
「ごめんなさい……」
「もうしない……」
エーテルは少し考えてから指を鳴らす。
空気が震える。
「じゃあ選ばせよう」
「ここで一生反省するか」
「それとも――」
景色が一瞬で歪む。
次の瞬間。
男は見知らぬ田舎の駅前に転がっていた。
看板には遠く離れた県名。
スマホ圏外。
財布もない。
エーテルの声だけが耳に残る。
「戻る方法はない」
「ここで普通に生きろ」
「それが一番の罰だ」
その頃旅館では。
ネメシスが不安そうに言う。
「さっき変な人いなかった?」
エーテルは微笑む。
「風に飛ばされたゴミだよ」
それ以降。
その暴露系YouTuberはネットから完全に消えた。
噂だけ残る。
「ある日突然いなくなった」
「県外で目撃されたらしい」
「精神的に壊れたらしい」
真実を知る者はいない。
ネメシスは平穏を取り戻す。
エーテルはいつも通り縁側でお茶を飲む。
まるで何もなかったかのように。
ライブ開始まで、残り30秒。
ネメシスの手が震えていた。
スマホを持つ指がうまく動かない。
画面にはもう待機コメントが流れている。
「今日顔出しってマジ?」
「ネメシスくん大丈夫?」
「応援してる!」
それを見るたび、胸がぎゅっと締めつけられる。
「……無理かもしれない」
小さく呟く。
喉が乾いて、心臓がうるさい。
あの暴露。
あの炎上。
あの男の顔。
全部フラッシュバックする。
その時、背中にそっと手が置かれた。
エーテルだった。
「震えていい」
「怖くていい」
「それでも立つなら、それは強さだ」
ネメシスは涙をこらえる。
「……また壊されたらどうしよう」
エーテルは即答する。
「壊させない」
「世界ごと敵に回しても守る」
残り5秒。
4
3
2
ネメシスは深く息を吸って、カメラをONにした。
画面に映ったのは——
中性的で、少し青白くて、でも必死に笑おうとしているネメシスの顔。
一瞬、コメントが止まる。
次の瞬間、爆発した。
「え、可愛すぎる」
「守りたい」
「震えてるの伝わる…」
「勇気出してくれてありがとう」
ネメシスの声が震えながら響く。
「……怖いです」
「正直、まだ全部怖い」
「でも……逃げたまま終わりたくなくて」
唇が震える。
「歌うことで、生きてたいって思ったから」
一瞬の沈黙。
そしてコメント欄が埋まる。
「一緒に生きよう」
「ここに居場所あるよ」
「もう一人じゃない」
「ネメシス守る隊集合」
ネメシスの目から涙がこぼれる。
「……ありがとう」
そのままマイクを握りしめる。
音楽が流れる。
最初の一音は不安定だった。
でも次第に声が伸びる。
優しくて、切なくて、必死で。
“傷ついたままでも生きていい”って伝える歌。
縁側で見ているエーテルは、拳をぎゅっと握っていた。
かやが小声で言う。
「強い子だね」
エーテルは少しだけ笑う。
「俺の自慢だ」
配信終了後。
同接数は過去最高。
トレンド入り。
切り抜きが拡散される。
《震えながら歌うネメシスに泣いた》
《勇気の顔出しライブ》
《これは伝説回》
ネメシスは画面を閉じて、へたり込む。
「……生きててよかった」
エーテルがそっと頭を撫でる。
「これからは楽しいが増えるぞ」
炎上も落ち着き、ネメシスの人気も安定した頃。
かやは帳場で静かに言った。
「もう飛び込み客は取らない」
「この旅館は――完全予約制にする」
理由は単純だった。
・変な客を入れない
・家族を守る
・ちゃんと“来たい人だけ”を迎える場所にする
エーテルも頷く。
「いい判断だ」
「ここは宿じゃなく、帰ってくる場所だな」
そして次の問題。
忙しすぎる。
掃除、配膳、布団、庭、受付、洗い場、イベント準備。
さすがに家族だけでは回らない。
かやが張り紙を書く。
【久世庵 住み込み・通いバイト募集】
・人柄重視
・経験不問
・秘密守れる人歓迎
エーテルは横でぼそっと。
「最後の一文が一番重要だな」
数日後。
応募者が列を作る。
理由はほぼ同じ。
「ここで働きたい」
「雰囲気が好き」
「ネメシスに会いたい」
「女将さんに憧れて」
面接担当はかや。
エーテルは後ろで無言の圧。
応募者がビビる。
最終的に採用されたのは——
・元旅館経験者のお姉さん(超有能)
・地元の真面目な青年(力仕事担当)
・接客好きな女子学生
・料理修行中の少年(厨房補助)
全員、“金目的じゃなく場所が好き”な人たち。
初出勤の日。
ネメシスが元気よく挨拶。
「よろしくお願いします!」
即、心を撃ち抜かれるバイト勢。
「天使いた……」
「ここ神域?」
エーテルが低く言う。
「仕事しろ」
旅館は一気に回り始める。
予約制でトラブルゼロ
客層がめちゃくちゃ良くなる
リピーターだらけ
“帰ってきました”と言う常連増加
夜、縁側でエーテルが言う。
「守る場所が、ちゃんと育ってきたな」
かやは微笑む。
「みんなで作った場所だよ」
夕方、帳場前に全員集合。
かやが手を叩く。
「今日から一緒に働く人たちを紹介するね」
エーテルは腕組みして後ろで無言の圧(威圧効果100倍)。
まず一人目。
落ち着いた雰囲気の女性が一歩前に出る。
「元・温泉旅館で仲居をしてました。
名前は 早坂 美緒 です」
礼の角度が完璧。
かやが即安心した顔になる。
「この人プロだ……」
エーテルも小さく頷く。
二人目。
背が高くて少し緊張してる青年。
「地元の工務店で働いてました。
力仕事と修理担当の 杉原 恒一 です!」
庭の石灯籠を軽く持ち上げて見せる。
一同「おぉ……」
三人目。
明るく手を振る女子学生。
「観光学部の大学生です!
接客とSNS担当の 森野 ひなた です〜!」
もうその場の空気が明るくなる。
ネメシスに向かって小声。
「本物だ……可愛い……」
即ファン。
最後。
少し背の低い少年が緊張しながら前へ。
「料理人を目指して修行中です。
厨房補助の 橘 蒼 です!」
包丁さばきだけ異様に上手い。
レオンが目を輝かせる。
「将来有望だ」
かやが微笑んで言う。
「ここは仕事の場所だけど、家族みたいなところだから」
「困ったことあったら何でも言ってね」
エーテルが一歩前へ出る。
「一つだけ守れ」
「この旅館の“日常”を壊すな」
全員ゴクリ。
でもなぜか怖いより安心感のある声だった。
その後すぐ普通の空気に戻るエーテル。
「じゃ、飯食ってから仕事始めよう」
緊張崩壊。
こうして久世庵は
プロ仲居
パワー系修理担当
明るい接客係
未来の料理人
の最強布陣になる。
久世庵・深夜
客が全員寝静まったあと。
廊下はしんと静まり返っている。
美緒は最後の見回りをしていた。
旅館歴10年以上。
音・匂い・空気の変化に異常なほど敏感な人間。
——そして、ここはおかしい。
まず気づいたのは 音。
普通、山の旅館なら
風の音
虫の声
木が揺れる音
が必ずある。
でも久世庵は違った。
「……静かすぎる」
“無音に近い静けさ”。
まるでこの敷地だけ、自然が息を止めているみたいだった。
次に 床。
夜中なのに、廊下がほんのり温かい。
床暖房なんて入れていないのに。
しかもその温もりが——
まるで脈打ってるように微妙に変化している。
美緒はしゃがみ込んでそっと触る。
「……地面が、生きてる?」
背筋がゾワっとする。
極めつけ。
庭を通ったときだった。
月明かりの中で、木々がわずかに動いた。
風じゃない。
枝が——意志を持って避けた。
美緒の体を通すように。
「…………」
プロの勘が叫んでいた。
ここは普通の旅館じゃない。
その瞬間。
背後から声。
「どうした?」
エーテルだった。
気配ゼロで立っている。
普通なら絶対に足音がする距離なのに。
美緒は一瞬で作り笑顔に戻す。
「い、いえ……夜の見回りです」
エーテルは優しく微笑む。
「寒くないか」
「無理するな」
あまりにも普通の気遣い。
だから余計に怖い。
美緒は勇気を出して聞く。
「この旅館……」
「昔から、こうなんですか?」
エーテルは少しだけ目を細める。
ほんの一瞬。
山そのものを見るような目。
「昔からだ」
「ここは、守られている」
その言葉を聞いた瞬間、美緒は確信する。
守られている、じゃない。
この人が、守っている。
旅館を。
森を。
地面を。
その夜、美緒は日誌にこう書く。
久世庵は建物ではない
生き物の中に建っている
そして番人がいる
笑顔の男が一番危険
翌朝から美緒の行動が変わる。
エーテルの位置を常に把握
夜の庭に一人で出ない
この旅館を絶対に裏切らないと決める
もはや従業員じゃなく結界の一部みたいになる。
そして後にひなたが言う。
「美緒さんだけ、ここ来てから一回も怪我しないよね」
美緒は静かに答える。
「この旅館に嫌われてないからよ」
ひなたは自分の部屋に戻って、ベッドに倒れ込みながら天井を見ていた。
「……ここ、マジで旅館?」
スマホを充電しようとして、ふと手が止まる。
コンセントの位置が完璧。
高さも角度も、コードが一切邪魔にならない。
机のライトも、
目に一切疲れがこない色温度。
空調は寒くも暑くもなく、
“今ちょうど気持ちいい”を常に維持。
布団はふかふかすぎず沈みすぎず、
寝返りのたびに身体を支え直してくれる。
ひなたは小声で呟く。
「……神が住んでるレベルの備品なんだけど」
普通の高級旅館じゃ絶対無理な快適さ。
ひなたは実は学生だけど、
ネメシスと同じく音楽活動をしている。
作曲・編曲・歌まで一人でやるタイプ。
ただ一つの悩みがあった。
音。
夜に作業するとどうしても気になる。
壁が薄いと集中できない。
意を決して、ひなたはイリスに相談した。
「すみません……防音とかって、さすがに無理ですよね?」
イリスは一瞬きょとんとして、
「防音? 簡単よ」
その場で工具も業者も呼ばずに、
壁を触った。
ゴウン……と低い振動。
壁の内部構造がその場で組み替わる音。
数秒後。
「はい、完全防音。外の雷でも聞こえないレベルにしたわ」
ひなた、固まる。
「え……え……工事は……?」
「してないわ、改造しただけ」
「か、改造???」
さらにイリスは続ける。
「ついでに音響反射も調整したから、
ここ、プロのレコーディングスタジオより精度高いわよ」
ひなたが試しに拍手すると、
音が一切濁らず、完璧に返る。
鳥肌。
「……なにここ」
「久世庵こわ」
その夜、ひなたは初めて本気で曲を作った。
集中力が異常に続く。
音が完璧。
頭が冴える。
インスピレーション止まらない。
気づけば一晩で三曲完成。
朝、目の下にクマを作りながらひなたは呟く。
「ここ……ミュージシャン堕落製造機じゃん」
「才能伸びすぎて人生狂うタイプの場所だわ……」
そして確信する。
この旅館、
くつろぎのためだけに存在してない
人の才能を最大化する場所
何かに“導かれてる”
ひなたは小声で言う。
「ここ……普通の人間が作った場所じゃないよね」
「絶対なんかいるよね……守り神レベルのやつ……」
その頃、庭で草むしりしてるエーテルがくしゃみしてる。
「誰か噂したな」
朝の久世庵の庭。
まだ露が残る芝。
遠くで風鈴が鳴っている。
エーテルはしゃがみ込んで雑草を抜いていた。
自然エネルギーは使わない。あくまで手作業。
そこにバイトの一人、杉原がやってくる。
軍手をはめて、少し気合いの入った顔。
「おはようございます!今日も全部やります!」
エーテルは手を止めずに、ちらっと見る。
「腰やらないようにね」
杉原「え?」
「若いからって油断すると、一発でくるよ」
エーテルは立ち上がり、軽く背中を伸ばす。
「あとさ、仕事は張り切らないほうがいい」
杉原は不思議そうな顔をする。
「え?でも、頑張ったほうが…」
エーテルは小さく笑う。
「頑張るのは悪くないよ。でもね」
しゃがんだまま、草を一本ずつ抜きながら言う。
「“全部自分がやる”って思い始めた瞬間に、身体も心も壊れる」
杉原は少し黙る。
エーテルは続ける。
「庭ってさ、一人で完璧にしようとすると終わらないんだよ」
「雑草はまた生えるし、葉っぱはまた落ちる」
「だから“今日できる分だけやる”が正解」
杉原は少し手を止める。
「……久世さんって、なんか…」
「なんか?」
「一回全部やりすぎた人みたいなこと言いますね」
一瞬だけ、エーテルの手が止まる。
でもすぐに、いつもの穏やかな顔に戻る。
「まぁね」
「昔ちょっと、世界規模で張り切ったことあってさ」
杉原「???」
エーテルは笑ってごまかす。
しばらく無言で作業。
鳥の鳴き声。
落ち着いた空気。
杉原がぽつりと言う。
「なんか……ここで働いてると、焦らなくなります」
エーテルは土をならしながら言う。
「それでいい」
「人は急がなくても成長する」
「急ぐとね、だいたい大事なもの見落とす」
杉原が腰をさすった。
「うわ…ちょっと来たかも」
エーテルが即座に言う。
「ほらね」
「今日はここまでにしよ」
杉原「え、まだ全然——」
「張り切らない。約束」
エーテルは立ち上がり、軽く杉原の背中を叩く。
「長く続ける方が、強いんだよ」
その様子を縁側から見ているネメシス。
ぽつりと呟く。
「……父上、昔より優しくなったね」
ルミナが隣で言う。
「優しいんじゃないよ」
「壊れたことある人の言葉なんだよ」
庭に戻るエーテル。
ふと空を見上げる。
誰にも聞こえない声で呟く。
「今度は壊れない範囲で、生きような」
朝の久世庵・厨房。
湯気。
包丁のリズム。
出汁の香り。
そこに立つのが――橘 蒼。
エプロン姿で、目は真剣。
(……レベルが違う)
実家は昔ながらの定食屋。
揚げ物も煮物も自信はあった。
でも久世庵の厨房は――
“料理”じゃなくて“作品”。
鍋一つで空気が変わる。
かやが出汁を取る音。
セラが盛り付けを整える動き。
グアラが火加減を見て一言だけ指示。
「今、弱めて」
それだけで味が完成形に近づく。
蒼はごくりと唾を飲む。
(ここ……戦場だ)
蒼が小鉢を運ぼうとした瞬間。
「蒼くん」
イリスの声。
「その角度、少し傾けて」
「え?」
「器は料理の一部。影が出ると美味しさが半減するよ」
やってみる。
……見た目が一気に高級料亭。
蒼の目が見開く。
「すご……」
レオンが横から言う。
「久世庵は味だけじゃない、体験を食わせる場所だ」
蒼「修行レベル高すぎません?」
ナポリネスが淡々と。
「ここは修行場ではない。戦場である」
蒼「こわっ」
昼の仕込み。
蒼は必死についていく。
油の温度
包丁の入れ方
盛り付けの高さ
全部が別次元。
汗だくになる。
それでも――
楽しい。
心の底から。
休憩中、蒼がぽつり。
「俺、料理には自信あったんです」
「でもここ来て、全部ひっくり返りました」
かやは優しく笑う。
「それでいいの」
「“自信あるまま成長する人”より」
「“打ち砕かれてから伸びる人”の方が強いから」
蒼は拳を握る。
「……ここで、一人前になります」
セラが微笑む。
「一人前どころか、化けると思うよ」
その様子を見ていたエーテルが縁側から一言。
「蒼は伸びる」
「目が“料理で人を幸せにしたい目”してる」
蒼「えっ……そんな分かります?」
「分かるよ」
「昔、世界を救いたい目も見てきたから」
蒼「スケールでか」




