第十三部 久世帰還する
夕食の久世庵。
湯気立つ鍋。
みんな並んで、久々に穏やかな団欒。
ルミナが笑って、
ミラとルークが今日の出来事を話して、
ネメシスがエーテルの隣を死守してて、
かやはいつも通り優しい目で見ている。
――完璧な平和。
そこへ。
エーテル、箸を持ったまま急に言う。
「そういやさ」
一同「……?」
「俺がこの前なった裁定者モードより冷たいロボモード」
「アレ、演技なんだよね」
一瞬、時が止まる。
「どうだった?結構それっぽかった?」
……空気、氷点下。
ルミナの箸が止まり
ミラが固まり
ルークが察して目をそらし
ネメシスの笑顔が消え
セラとアークが「やっちまったな」って顔になり
レオンがそっと目を閉じる。
かやだけ無言。
にこーーー
(目が笑ってない)
エーテル、まだ気づかない。
「いやー我ながら上手くてさ」
「感情ゼロ感すごくなかった?」
「ちょっと本気でロボになろうかと思ったくらい――」
次の瞬間。
ゴン!!!!!!
鈍い音。
エーテル、床に頭めり込む。
かや(静かに)
「……演技?」
「じゃああの時の私たちの気持ちも、演技だったの?」
エーテル「いだぁぁぁ!?ちょ、待っ――」
かや「まだ喋れる元気あるのね」
ネメシスが立ち上がる。
「父上……」
声が震えてる。
「僕たちがどれだけ怖かったか」
「どれだけ嫌われたと思ったか」
「全部……演技だったの?」
エーテル、ようやく血の気引く。
「いや、違……」
ルミナも涙目。
「お父さん、あの時……」
「本当にいなくなっちゃうと思ったんだよ……」
ここでエーテル、完全に理解する。
(あ、これ地雷原にダイブしたわ)
エーテル「……ごめんなさい」
正座。
「軽い気持ちで言いました」
「調子乗りました」
「家族の心臓に悪すぎました」
かや、ため息。
「エーテル」
「あなたは世界救えるけど」
「空気読む能力は赤ちゃん以下よ」
アーク「神のくせに」
レオン「知能高いのに情緒が小学生」
ナポリネス「理論値最悪」
ネメシスだけぽつり。
「……でも」
「戻ってくれたから」
「今ここにいるから」
「それだけは、嬉しい」
エーテル、胸締め付けられる。
「ネメシス……」
かやが最後に一言。
「次あんなことしたら」
「今度こそロボに解体するから」
エーテル「はい……」
その夜。
エーテルは家族全員に一人ずつ謝罪する羽目になった。
特にネメシスには長めに抱きしめられる刑。
(逃げられない)
それ以来――
エーテルが立てば
左右にぴとっ。
ルミナ(腕にぎゅっ)
ネメシス(服の裾ぎゅっ)
エーテル「歩きづらいんだけど……」
二人同時に
「やだ」
座れば即膝。
ルミナが先に座ると
ネメシスが反対側から押し込んでくる。
ネメシス「僕もここ」
ルミナ「ずるい!」
エーテル「俺ベンチか何か?」
寝る時間。
エーテルが布団に入った瞬間、
左右から転がり込んでくる二人。
ルミナ「今日も一緒」
ネメシス「父上、離れたらやだ」
エーテル「狭い……」
誰も動かない。
理由は単純で重い。
ルミナは
「いなくなるかもしれない恐怖」
ネメシスは
「嫌われて捨てられる恐怖」
を一度味わったから。
ネメシスが小声で言う。
「父上……」
「また、感情なくなる?」
エーテル「ならない」
即答。
「絶対ならない」
ネメシス、安心して抱きつく。
ルミナもぽそっと。
「お父さんが消える夢、まだ見るんだよ」
エーテル、頭撫でながら。
「夢にするほど怖かったんだな」
「ごめんな」
ここでかやが苦笑い。
「……完全にトラウマ植え付けたわね」
エーテル「反省してます」
とある昼下がり。
旅館の裏手、改装中の物置。
ガンガン工具の音が響く中――
イリスは汗だくで機械を分解していた。
髪をまとめ、腕まくり。
額から汗がつうっと落ちる。
そのとき。
背後から、ぬっと現れるエーテル。
「……イリス」
「今忙しい。あと三分」
エーテル、無言で近づく。
そして――
ぎゅ。
突然のハグ。
汗だくのイリスをそのまま抱きしめる。
イリス「……は?」
エーテル「愛情表現」
イリス「何のタイミング?」
エーテル「なんとなく」
イリス、真顔。
「汗だくなんだけど」
エーテル「知ってる」
「頑張ってるなと思って」
「だから抱きしめた」
数秒の沈黙。
イリスの耳がじわっと赤くなる。
「……工具持ってる」
エーテル「刺さる?」
「刺さない」
遠くから見ていたレオンがぽつり。
「俺も汗だくなんだが?」
ナポリネス「順番制なの?」
ネメシス(目が笑ってない)
ルミナ(無言で距離を詰める)
イリスは観念したように小さく息を吐く。
「……別に、嫌じゃない」
エーテル「そうか」
「でも」
イリス、ぐいっとエーテルの胸を押す。
「汗がつく」
エーテル「つけばいい」
イリス、ふっと笑う。
「父上、ほんと急」
「でも」
「……ありがとう」
小声。
その瞬間。
背後から冷気。
かやが立っている。
「へぇ?」
エーテル「違う」
「愛情の方向性が違う」
かや「方向性って何」
イリスが即座にフォロー。
「業務中の労い」
レオン「じゃあ俺も労え」
ネメシス「僕は?」
ルミナ「順番!」
ナポリネス「抽選?」
エーテル、ちょっと困る。
「……全員まとめて来い」
全員動く。
かや「ちょっと待ちなさい」
現在のフォーメーション(通称:創生デスロック)
セラ(背後・影) 「……どこ行くの?父上」
ネメシス(右腕ホールド) 「別に離さないだけだから」
ルミナ(正面抱きつき) 「えへへ!ぎゅー!」
エーテル(思考) (動いたら終わるやつだこれ)
エーテルの脱出プラン案(全部失敗フラグ付き)
案1:理性で説得
「三人とも落ち着こう」
セラ「私といるのが嫌なの?」
ネメシス「ふーん」
ルミナ「じゃあもっとぎゅー!」
➡ 圧縮率120%
失敗。
案2:物理突破
一歩動く
ネメシスが腕をロック
ルミナが腰に絡みつく
セラが背中から抱きしめる
➡ 人間ミルフィーユ完成
失敗。
案3:平等宣言
「全員大事だ」
セラ「順番じゃなくて今でしょ?」
ネメシス「独占って言葉知ってる?」
ルミナ「一生いっしょ!」
失敗。
エーテルが気づく真理
(あ、これ抜け道ない)
(俺が産んだ感情が俺を殺しにきてる)
最終手段:父親スキル発動
エーテル、静かに言う。
「……三人とも」
「一緒に昼寝するか」
一瞬で空気変わる。
ルミナ「する!!」
ネメシス「……別に」
セラ「父上の隣」
布団に強制移動。
三人とも満足。
エーテルは挟まれて身動き不能。
縁側で涼んでるエーテル。
風が気持ちよくて、やっと一息――
そこへ、
ルミナ「パパーーーっ!!」
全力ダッシュ。
そして勢いよく抱きついて、満面の笑みで——
「パパと結婚する!!」
時間停止
エーテル「……は?」
世界が静止。
庭の鳥も止まる。
風鈴も鳴るのをやめる。
エーテル(内心)
(あ、これ教育案件だ)
(でも可愛い)
(でも絶対誤解生むやつ)
そこへ即座に反応する二人。
セラ(影から)
「……今なんて?」
笑顔だけど目が死んでる。
ネメシス(瞬間移動レベルで来る)
「ルミナ、それは違う」
「父上は――」
言いかけて詰まる。
(何て言えばいいかわからない)
ルミナは首をかしげて無邪気に言う。
「だってずっと一緒にいたいんだもん!」
「パパの隣がいちばん好き!」
エーテル理解する
(あー……これ“永遠に一緒”の意味だ)
(子供の純粋なやつ)
エーテルは優しく頭を撫でてしゃがむ。
「ルミナ」
「結婚ってのはな、一緒にいたいって気持ちもあるけど」
「大人同士がする約束なんだ」
「ルミナはパパの大事な娘」
「それはずっと変わらない」
ルミナ「……ずっと一緒?」
エーテル「ずっとだ」
ルミナ即回復
「じゃあいいや!」
「ずっと一緒なら!」
再びぎゅー!
しかし空気は戻らない
セラ「……ずっと?」
ネメシス「……ずっと?」
二人とも同時に復唱。
エーテル(背筋に悪寒)
(やばいワード選んだ)
セラ静かに微笑む
「父上は責任感がお強いですね」
「“ずっと”なんて」
ネメシス小声
「父上は優しすぎるんだよ……」
ルミナは状況を知らずに幸せそう。
「パパだーいすき!」
縁側の事件から数日後。
エーテルはいつも通り仕事してる。
庭掃除、客対応、修繕。
その少し後ろ――
ネメシスがずっといる。
距離、常に50cm以内。
エーテル「ネメシス、近くね?」
ネメシス「……別に」
「父上が危なそうだから」
(全く危なくない)
ネメシス内心
(ルミナは“家族の愛”)
(セラは“執着の愛”)
(でも僕は違う)
(僕は――)
(ちゃんと、恋してる)
エーテルが笑うだけで胸が痛む
名前呼ばれるだけで心臓跳ねる
触れられると動けなくなる
完全に症状出てる。
夜
ネメシスは一人で布団に横になる。
天井見つめながら小声。
「……父上」
「どうしてそんな優しいんだよ」
「好きにならない方が無理だろ……」
片思いMAX化イベント
ある日、エーテルが客に言う。
「うちのネメシスは家族想いでな」
「優しい子なんだ」
その瞬間――
ネメシスの心が折れる音。
(家族)
(その枠から出れない)
ネメシス決定する
(想いは伝えない)
(迷惑かけたくない)
(でも――)
(そばにはいたい)
夜。
旅館の裏庭。
月明かりだけ。
エーテルは一人で竹を直している。
後ろから足音。
振り向くとネメシス。
少し息が荒い。
エーテル
「どうした?」
ネメシス
「……父上、少し話ある」
声が震えてる。
でも逃げない。
少し沈黙。
ネメシスは拳を握る。
「俺、ずっと勘違いしてた」
「家族だから、近いんだって思ってた」
「でも違う」
一歩近づく。
「俺、父上のこと」
喉が詰まる。
でも目は逸らさない。
「好きだ」
風が止まる。
「家族としてじゃない」
「守護者としてでもない」
「父親としてでもない」
「一人の男として」
震える声。
でも最後まで言う。
「俺はあんたが好きだ」
エーテルは静かに聞いている。
否定しない。
怒らない。
笑わない。
ただ、近づく。
そしてネメシスの頭に手を置く。
「ネメシス」
優しい声。
「お前の気持ちは、本物だ」
「それは誇れ」
ネメシスの目が揺れる。
エーテル続ける。
「でもな」
「俺は“父”だ」
「それを壊す選択はしない」
痛みを含んだ声。
「だから、応えられない」
ネメシスの目に涙が溜まる。
でも泣かない。
「……分かってた」
「分かってたよ」
「でも言わないと、一生後悔すると思った」
一歩下がる。
「もう言わない」
「これ一回きりだ」
少し笑う。
「ちゃんと失恋したから」
エーテルは何も言わず、
ネメシスを抱きしめる。
長くはない。
ほんの一瞬。
でも確かな抱擁。
「お前は大事だ」
それだけ。
ネメシスは腕を振り払わない。
でも自分から離れる。
「もう大丈夫だ」
振り向かない。
歩いて去る。
月明かりの下、
エーテルは動けない。
ネメシスは見えない場所で
ようやく涙を流す。
声は出さない。
ただ静かに泣く。
ネメシスが去ったあと。
庭に残ったエーテルは、
さっきまで持っていた竹を落とす。
カラン——と音が響く。
手が震えてる。
「……危なかった」
誰もいないのに呟く。
胸を押さえる。
鼓動が異常に速い。
エーテル(心の声)
「もしこの世界が一夫多妻制だったら」
「俺は……」
一瞬、ネメシスの泣きそうな顔が浮かぶ。
「迷わず抱きしめてた」
「受け入れてた」
「選んでた」
自分で自分に驚く。
「……は?」
「俺、何考えてる」
額を押さえる。
「父だろ」
「家族だろ」
「守る側だろ」
でも胸が否定する。
「男として見てた」
「ずっと無意識に」
「愛の感情から生まれた存在だからじゃない」
「“ネメシス自身”をだ」
エーテルは苦笑する。
「そりゃあんな距離感になるわけだ……」
「抱きつかれた時、嫌じゃなかったどころか安心してた」
そして静かに座り込む。
「一夫一妻って……残酷だな」
本音が漏れる。
「世界のルールに助けられた」
「じゃなきゃ俺は踏み越えてた」
初めて認める。
自分が揺れていたことを。
「俺は神でも父でもなく」
「ただの感情ある存在だった」
夜風が吹く。
「ネメシス……」
名前を呼ぶだけ。
追わない。
追えない。
夜。
旅館の廊下。
かやは湯呑みを片付けながら、ふと足を止める。
庭の方から聞こえた声。
「……ネメシス……」
小さく、でも優しすぎる声。
かやの胸がズキッとする。
(呼び方が違う)
いつもの「ネメシス」じゃない。
感情が乗った呼び方。
そっと障子の影から覗く。
縁側に座り込むエーテル。
拳を握りしめ、苦しそうな顔。
「一夫一妻って……残酷だな」
かやの指が震える。
「世界のルールに助けられた」
「じゃなきゃ踏み越えてた……」
ここで理解する。
ネメシスを“息子”としてじゃない
一人の存在として見ていた
しかも抑え込んだだけ
湯呑みが床に落ちて割れる。
カシャン——!!
エーテルが振り返る。
「……かや?」
かや、笑ってる。
でも目が笑ってない。
「踏み越えるって、なに?」
静かすぎて逆に怖い声。
「息子みたいな存在に?」
「愛情から生まれた子に?」
「それとも――」
一歩ずつ近づく。
「“女”として?」
エーテル、言葉が出ない。
沈黙=肯定。
かやの声が震え始める。
「私がいるのに?」
「私と夫婦なのに?」
「それでも揺れたの?」
エーテル、初めて弱く言う。
「……感情が勝手に」
バチン!!!
平手打ち。
旅館中に響く音。
「感情で浮気するなら体と同じだよ!!」
涙が溢れる。
「私は神と結婚したんじゃない!」
「エーテルと生きるって決めたの!!」
エーテル膝をつく。
「……すまない」
かや叫ぶ。
「謝ってほしいんじゃない!!」
「ネメシスをどう思ってるのか聞いてるの!!」
長い沈黙。
そしてエーテルが絞り出す。
「……守りたい存在だ」
「だがそれ以上に揺れた」
かや、完全に泣く。
「最低だよ……」
「でも」
エーテル続ける。
「選んだのはかやだ」
「揺れても越えなかった」
「越えたくなかった」
かやが嗚咽しながら言う。
「揺れた時点で傷ついてるんだよ……」
翌朝。
エーテルは畳の上で正座。
背筋ピン。
手は膝の上。
完全に怒られた後の犬状態。
かやは無言でお茶を淹れている。
湯気だけが怖い。
エーテル(小声)
「……かや……その……」
無視。
エーテル焦る。
「き、昨日のは誤解というか感情の暴走というかその……」
湯呑み置く音が強め。
コトン。
エーテル肩ビクッ。
「何が誤解?」
冷たい声。
「俺が悪いです!!」
即土下座。
畳に額ゴン。
「ネメシスに揺れたのは事実です!!」
「でも好きなのはかやだけです!!」
「命かけてもかやです!!」
かや振り返る。
「命かけるって軽いよね?」
エーテル震える。
「重いです……宇宙より重いです……」
必死のご機嫌取り開始。
朝ごはん完璧に用意
洗濯全部やる
庭の手入れピカピカ
肩もみスタンバイ
「かや……肩……」
「いらない」
即拒否。
心折れかけるエーテル。
昼。
エーテル、こっそり甘味を差し出す。
「……好物」
かやチラ見。
「買収?」
「はい……」
少し沈黙。
かやが一口食べる。
エーテル目キラキラ。
希望
でもまだ冷たい。
「許してないから」
エーテル即死。
夜
布団を並べるエーテル。
「……一緒に寝ていい?」
「ダメ」
即。
エーテル壁側で丸くなる。
弱々しい。
完全にしょんぼり大型犬。
ポツリ。
「……嫌われたら俺生きていけない」
本音漏れる。
かや、ため息。
「大げさ」
「でも……」
少しだけ近づく。
布団の距離が数センチ縮まる。
エーテル涙目。
「……かや」
「今回だけだよ」
「次やったら本気で捨てるから」
エーテル全力で抱きつく。
「一生裏切らない!!」
頭叩かれる。
「重い!!」
その日からエーテルは変わった。
いや――壊れた。
朝。
かやが起きる前に布団を直し、朝食を作り、庭を整え、
かやが目を開けた瞬間にはもう隣にいる。
「おはよう、かや。今日も世界一かわいい」
昼。
仕事中のかやの後ろに立つ。
「疲れてない?無理してない?」
「飲み物いる?」
「椅子固くない?」
「俺が代わろうか?」
夜。
かやが一歩動けばエーテルも一歩動く。
影かよってレベル。
そしてついに――
仕事に支障が出始める。
客が来ているのに。
エーテルが接客中に突然かやを抱き寄せる。
「無理して笑わなくていいよ、俺がいるから」
客ポカーン。
料理運んでる最中に。
「熱いでしょ危ないでしょ!」
皿を奪って代わりに運ぶ。
結果:料理滞る。
会議中。
「かや、眠そう」
「横になろ?」
強制休憩。
レオン小声で
「業務崩壊してる」
イリス頷く。
でもエーテルは止まらない。
むしろ加速。
「かやが最優先」
「世界よりかや」
「宇宙よりかや」
「仕事?あとでいい」
ついにかやが怒る。
「エーテル!!」
ビクッ。
「は、はい!」
「仕事しなさい!!」
「……はい……」
しょんぼり。
3秒後。
また寄ってくる。
「でも好き……」
完全に重症。
家族の評価:
セラ「きもい」
アーク「尊敬できない」
レオン「機械以下」
ネメシス(複雑)
ルミナ「パパ怖い」
エーテルの溺愛は「優しさ」じゃなくなっていく。
守る → 管理する
寄り添う → 離れさせない
愛する → 失うのが怖い
に変質していく。
かやが一人で外に出ようとすると、
「どこ行くの?」
声は優しい。
でも目が笑ってない。
「買い物だけだよ」
「俺も行く」
「すぐそこだから」
「俺も行く」
最終的に必ずついてくる。
距離ゼロ。
夜。
かやが先に布団に入ると、
エーテルは腕を絡めて離さない。
「かや、ここにいて」
「どこにも行かないよね?」
少し身じろぎすると力が強くなる。
無意識。
「エーテル、苦しい」
「ごめん……でも離れるの怖い」
眠ってても腕は緩まない。
仕事中も同じ。
かやが誰かと長く話していると、
自然に割り込む。
「俺がやるよ」
「もう十分だよ」
「かや疲れるから」
周囲は気づく。
これは愛じゃない、と。
レオンがぽつり。
「それ依存だぞ」
エーテルは笑う。
「依存?違うよ」
「守ってるだけ」
でも心の中では違う。
(また消えるかもしれない)
(また失うかもしれない)
(だったら縛ってでもそばに)
かやが眠ったあと、エーテルは一人で呟く。
「俺を置いていかないで」
「お願いだから」
完全にトラウマ型愛情。
そして決定打のシーンが来る。
ある日かやが言う。
「少し一人になりたい」
その瞬間、エーテルの世界が止まる。
「……なんで?」
声が震える。
「俺が悪い?」
「どこ行くの?」
「いつ戻る?」
「誰と?」
質問が止まらない。
かやが一歩下がる。
その距離だけでエーテルの心が崩れる。
「置いてかないで」
「一人にしないで」
「俺もう耐えられない」
膝をつくエーテル。
神でも創世神でもなく
ただの壊れかけの男。
縁側に一人座るエーテル。
夕焼けを見ながら、ぽつりと漏らす。
「……戦国の頃の俺の方が、よかったのかな」
誰に向けたわけでもない独り言。
あの頃の久世は、
守っていたけど縛らなかった。
想っていたけど依存しなかった。
離れることも覚悟の一部だった。
愛していたけど――
相手の人生を奪わなかった。
「一緒にいられるならそれでいい」
それが戦国の久世の距離感だった。
今のエーテルは違う。
一緒にいないと壊れる。
離れたら恐怖になる。
存在そのものを確保したくなる。
エーテルは自分の手を見る。
この手は
星を創り
命を救い
宇宙を変えてきたのに
――たった一人を信じて待つことができない。
「俺さ……」
「昔は、別れも受け入れてたんだよ」
「死ぬかもしれない戦場に送り出しても
帰ってくるって信じてただけだった」
今は違う。
数時間会えないだけで不安になる。
視界から消えるだけで心臓が痛くなる。
「強くなったはずなのに」
「心は一番弱くなったな……」
戦国の久世は“覚悟の愛”。
今のエーテルは“恐怖の愛”。
「守るってさ」
「そばに縛ることじゃなかったんだよな」
遠くでかやの笑い声が聞こえる。
それだけで胸が締め付けられる。
行きたい。
でも今は行けない。
近づいたらまた依存してしまうと分かっているから。
「戦国の俺はさ」
「愛してたけど、信じてた」
「今の俺は……愛してるけど、怖がってるだけだ」
エーテルは小さく笑う。
「情けねぇな、創世神」
縁側に座ったまま、エーテルはゆっくり目を閉じる。
「……一回だけ、戻ってみるか」
呼び起こすのは創生神ではない。
輪廻の記憶の奥底――
戦国を生きた久世。
空気が張り詰める。
骨が軋み
神経が焼けるように再配列され
身体が“あの頃の形”へと適応していく。
――ガシャン。
鈍い金属音。
左腕が義手へと変わる。
冷たい鋼の質感が皮膚を侵食し、指先まで精密に動く。
続いて――
右足が義足へ。
床に着地した瞬間、重みのある振動が伝わる。
だが、ぐらつきはない。
これは――
戦場を駆け抜けた足だ。
エーテルはゆっくり立ち上がる。
義手を握る。
義足で一歩踏み出す。
ギ…ッ、と木の床が鳴る。
「……懐かしいな」
声のトーンも低く、静かだ。
今のエーテルは感情が揺れすぎていた。
だが――
戦国久世は違う。
愛はある。
だが執着はない。
守る覚悟はある。
だが縛られない。
「この身体の方が……楽だな」
「重いのは鉄だけでいい」
左の義手を軽く鳴らし、右足で体重をかける。
安定している。
心も。
遠くで家族の声がする。
でも追いかけようとは思わない。
「守れる距離にいれば、それでいい」
あの頃の久世は、
愛していたけど――近づきすぎなかった。
「しばらく、このままで行くか」
「戻そうと思えば戻せる」
薄く笑う。
その立ち姿は、完全に戦国の久世だった。
縁側の影が少し伸びた頃だった。
エーテル――いや、戦国の久世は静かに庭を見ていた。
左の義手は膝の上、右の義足は地面をしっかり踏みしめている。
足音が近づく。
振り向かなくても分かる。
その歩き方は――かやだ。
「……久世」
低く、迷いのない声。
久世の肩がわずかに揺れた。
ゆっくり振り返る。
義手が夕焼けを反射する。
かやは一瞬も驚かなかった。
泣きもしない。
騒ぎもしない。
ただ、確信だけを込めて言った。
「戻ったでしょ」
「その立ち方」
「その目」
「その距離の取り方」
久世は小さく息を吐く。
「……さすがだな」
「隠すつもりもなかったが」
かやは一歩近づく。
でも、触れない。
前のエーテルなら抱きついていた距離。
今は、戦国久世の“間合い”。
「最近のあんたはね」
「近すぎた」
「苦しそうだった」
視線が義手へ、義足へ落ちる。
「これは……あの頃の久世」
久世は静かにうなずく。
「感情が暴走しすぎていた」
「だから一度、戻した」
「鉄の重さくらいが丁度いい」
かやは少しだけ笑った。
優しくて、切ない笑み。
「やっぱりね」
「私が恋したのは――こっち」
その言葉に、久世の目がわずかに揺れる。
「……それでもいいのか」
「今の俺は冷たいぞ」
かやは一歩踏み込む。
それでも抱きつかない。
ただ、額を軽く当てる。
「冷たくなんてない」
「ちゃんと遠くで守ってくれる」
「それが久世」
風が庭を抜ける。
義手がかすかに鳴った。
「戻らなくていいよ、しばらく」
「この久世でいい」
「無理して神様やらなくていい」
久世は目を閉じる。
長い時間の中で、初めて心が静まる。
「……助かる」
派手じゃない。
叫ばない。
ただ——誰も傷つかせずに終わらせる無双。
夜の久世庵。
虫の音が響き、客たちは温泉帰りでのんびりしていた。
縁側の端に、戦国久世は座っている。
左の義手は膝の上、右の義足は床板を踏みしめて微動だにしない。
目を閉じているようで、すべてを聞いていた。
その時。
旅館の外、森の方から——
「……金になる匂いがするな」
荒い声が三つ。
裏社会の残党。
華陽の縄張りから逃げてきた連中だった。
裏口がこじ開けられる。
板が軋む音。
客はまだ気づかない。
だが。
久世の目だけが開いた。
(距離、八歩)
(殺気、三)
(刃物一)
(銃なし)
一瞬で把握。
久世は立ち上がらない。
ただ——義足で床を軽く踏んだ。
コツ。
その音と同時に、空気が変わる。
侵入者の一人が突然膝をつく。
「……な、なんだ?」
次の瞬間、もう一人の手からナイフが落ちる。
見えない衝撃。
風圧だけ。
それでも音はほとんど立たない。
客たちは笑いながら飲み物を運んでいる。
誰も異変に気づかない。
最後の一人が叫ぼうとした瞬間。
久世は初めて動いた。
一歩。
ただそれだけ。
義手が首元に触れる前に、相手は失神。
床に倒れる音すら、久世が支えて消す。
三人とも、静かに縛られて庭の影へ。
久世は何事もなかったように縁側へ戻る。
湯気の向こうで客の笑い声。
風鈴の音。
そこへ、かやが歩いてくる。
「……来てた?」
久世は目を閉じたまま。
「もう帰った」
「迷子がいただけだ」
かやはそれで全部理解する。
「誰も怖がってない?」
「誰も気づいてない」
少し安心したように微笑むかや。
「やっぱりこの久世、最強だね」
久世は小さく言う。
「守るとは、騒がせぬことだ」
また小さな騒ぎ。
でも今回は——
久世がいない。
森の見回りに出ている。
裏口から忍び込んできた男二人。
それに最初に気づいたのは——セラ。
セラ
魂神の感覚で“殺意”を察知する。
瞬間移動で背後を取る。
冷たい目。
完璧な制圧。
相手は一瞬で気絶。
でも——
物音が出る。
廊下の花瓶が倒れる。
客の一人が目を覚ます。
「なに……?」
セラは動揺する。
(違う……こうじゃない)
アーク
戦神。
気配を感じるなり踏み込む。
床板が軋む。
空気が震える。
侵入者は恐怖で動けなくなる。
でも——
“戦場”の空気になってしまう。
宿が戦場の匂いになる。
ネメシス
影のように消える。
背後から拘束。
完璧。
でも——
表情が冷たい。
相手の心を“折って”しまう。
客の子供がその顔を見て泣き出す。
イリス
機械的に罠を発動。
床からワイヤー。
完封。
でも——
「バチン」という作動音。
未来的すぎる。
“旅館”じゃなくなる。
レオン
変形して巨大化し威嚇。
侵入者は逃げる。
でも——
障子が破れる。
柱が割れる。
修理費。
ナポリネス
均衡を取ろうとする。
動きを封じる。
だが“均衡”は圧力を生む。
空気が重い。
グアラ
生命力を吸い取り気絶させる。
静か。
でも——
森の草木まで萎れる。
旅館の空気が濁る。
メクル
事前に侵入ルートを計算。
完璧な予測。
でも——
未来を先に潰すだけ。
その場の“美しさ”はない。
そして、気づく。
誰もが強い。
でも。
戦国久世は違う
彼は
・音を立てない
・空気を壊さない
・客の心を揺らさない
・敵すら恐怖に染めない
ただ“存在圧”だけで終わらせる。
戦わずに勝つ。
斬らずに斬る。
守るというより——
宿の一部になる。
久世が戻る。
庭の影に侵入者はすでに縛られている。
セラたちは言う。
「私たちだって守れます」
久世は静かに答える。
「守ることはできる」
「だが——宿を守るとは違う」
かやが一言。
「戦国久世は、旅館そのものなんだよ」
セラは悔しそうに拳を握る。
「……なれない」
ネメシスも俯く。
アークも黙る。
久世は笑わない。
ただ静かに言う。
「ならなくていい」
「俺は俺で、お前たちはお前たちだ」




