第十二部 神でも人間でもいいんだ…
朝。
山の霧がゆっくり晴れていく。
旅館の庭で、エーテルは裸足で土を踏みしめていた。
目を閉じる。
呼吸を整える。
風が葉を揺らす。
地中を流れる水の音。
鳥の羽ばたき。
「……戻ったな」
創生の力はない。
世界を書き換えることもできない。
だが――
自然は、まだ応えてくれる。
エーテルが足を踏み込む。
地面がわずかに沈み、衝撃を吸収する。
指を鳴らすと、風が庭を掃くように走る。
屋根に溜まった落ち葉が一瞬で消える。
「掃除完了っと」
そこへかや。
「……相変わらずズルい」
「でも無茶しないでよ」
エーテルは笑う。
「もう神様じゃないからな」
「ちゃんと人間のペースで生きる」
厨房ではレオンとイリスが新しい調理器具を開発中。
「この包丁、振るだけで食材切れます」
「危ないだろそれ!」
ナポリネスが即ツッコミ。
庭ではネメシスが子供たちと遊んでいる。
ルミナが言う。
「エーテル見て!石積み!」
エーテルは近づき、そっと石に触れる。
地面の流れを読み、重心を整える。
一瞬で崩れない完璧なバランスに。
「うおおおお!!」
尊敬の目。
夜。
縁側で並んで座るエーテルとかや。
虫の声。
遠くの川の音。
「力、失って後悔してる?」
かやが聞く。
エーテルは少し考えてから答える。
「いや」
「守れる範囲で守れるのがちょうどいい」
「今はこの旅館と、家族が世界だ」
かやは微笑む。
「それでいい」
「神様より、旦那さんの方が好きだし」
エーテルは照れる。
「……ずるいこと言うな」
昼下がり。
山の静けさに包まれた旅館。
風が暖簾を揺らし、庭ではルミナたちの笑い声。
その空気を――
破壊するような足音が響いた。
ドン!!!
玄関の扉が乱暴に開く。
土足。
砂と泥をまき散らしながら踏み込んでくる男。
畳が汚れるのも構わず、一直線に進む。
かやが叫ぶ。
「ちょ、ちょっとお客様!!」
その瞬間――
全員が凍る。
見慣れた顔。
忘れようがない存在。
道明、ブチギレ登場
「ふざけんなぁぁぁぁ!!!!」
「どんだけ探したと思ってんだよクソ神ぃぃぃ!!!!!」
――道明。
目は血走り、髪は乱れ、完全に怒りゲージMAX。
「宇宙で置き去り!
地球帰ったら行方不明!
死んだとかニュース流れて!
生きてたと思ったら旅館経営!?」
畳を踏みつけながら叫ぶ。
「人生ジェットコースターか俺はぁぁ!!」
全員フリーズ
ルミナ「……知り合い?」
ネメシス「怒ってる人こわい」
レオン「床が死んでいく」
ナポリネス「弁償案件だな」
エーテルはゆっくり立ち上がる。
「あー……道明」
「久しぶり」
その一言。
怒りの鉄拳(もちろん効かない)
「久しぶりじゃねぇぇぇぇ!!!」
道明、渾身の右ストレート!
――だが。
エーテルは自然に体をずらし、風の流れで受け流す。
道明は勢い余って柱に激突。
「ぐえぇ!!」
怒りからの感情爆発
「お前さぁ……」
「どんだけ心配させれば気が済むんだよ……」
声が震える。
「死んだと思ったんだぞ……」
「ニュース見て……墓まで行って……」
沈黙。
エーテルの表情が曇る。
「……悪かった」
道明は歯を食いしばる。
「ふざけんな……」
「生きててよかったに決まってんだろ……」
そして一言
「でもよぉ……」
「旅館で働いてる神様とか聞いてねぇわ!!」
エーテル苦笑。
「今はただの従業員だ」
かやがため息。
「とりあえず……靴脱ぎなさい」
道明「あっ」
慌てて脱ぐ。
「す、すみません……」
嵐のあと
畳ボロボロ。
空気は一気に日常へ戻る。
道明は正座。
「……で?」
「説明しろ全部」
エーテル「長くなるぞ」
「宇宙から神から死にかけから記憶喪失から旅館まで」
道明「情報量で殺す気か」
畳が応急処置されたあと。
縁側でお茶を出され、ようやく落ち着いた道明。
エーテルの話を――
宇宙、戦争、創生神、死の偽装、記憶喪失、車椅子、旅館。
全部聞き終えたあと。
道明はしばらく無言。
湯のみを置いて、ぽつり。
「……お前さ」
「人生何周目だよ」
エーテル「自覚はない」
道明は立ち上がる。
「まぁいい」
「どうせこうなると思ってたわ」
かや「こうなるって?」
道明はニヤッと笑う。
「実はな」
「お前の話に出てきた“宇宙組”、連れてきてる」
一同「え?」
玄関の方から足音。
ゆっくり暖簾が上がる。
まず現れたのは、懐かしいあの穏やかな宇宙人。
「やぁエーテル……久しぶりだね」
ジン。
ルミナ「この人見たことある!」
ネメシス「宇宙のおじさん!」
その後ろ。
威厳ゼロなのに美人オーラだけは健在。
腕を組んでふんぞり返る女性。
「まったく……」
「地球に引きこもるなんて聞いてないんだけど!」
アストラ。
かや「……この人が総司令?」
道明「元な」
アストラ「元って言うな!!」
最後に現れたのは。
「……久世、いやエーテル」
「生きててよかった」
リオス。
一気に空気が宇宙に戻る。
エーテルは目を見開いて固まる。
「……なんでここに」
ジンが苦笑する。
「君が死んだって噂が宇宙まで広がってね」
「信じなかった人間たちが調べまくった結果」
「この旅館にたどり着いた」
アストラ腕組み。
「創生神が山奥で働いてるとか誰が信じるのよ」
リオス「でも……雰囲気ですぐ分かりました」
道明がドヤ顔。
「俺が連れてきたんだぞ?」
「地球と宇宙の架け橋、道明様な」
エーテル「うるさい」
ジンはエーテルをじっと見る。
「力を失っても」
「君は相変わらず人を守る場所にいるんだね」
「それが一番エーテルらしい」
エーテルは少し照れる。
「……もう神じゃない」
「ただの旅館の人間だ」
アストラが鼻を鳴らす。
「その割に空気がおかしいのよ」
「創生神オーラ消えても存在感だけ残ってるし」
リオスが真剣な顔になる。
「でも一つ安心しました」
「あなたは逃げたんじゃなくて、生き直してる」
その言葉に、かやの目が少し潤む。
ルミナが前に出て元気よく言う。
「この人、毎日庭掃除してるよ!」
「ご飯も運ぶし、屋根も直す!」
ジン笑う。
「宇宙を救った存在の第二の人生が旅館経営か……」
「悪くないね」
道明が腕を組む。
「でさ」
「こっからどうするよエーテル」
「宇宙戻る?神に戻る?」
「それともこのまま人間続ける?」
エーテルは旅館を見渡す。
笑ってる家族。
走り回る子供たち。
騒がしい仲間たち。
静かに言う。
「ここが俺の居場所だ」
「今はな」
ジンはゆっくりうなずく。
「なら――」
「宇宙からの客、増えるかもしれないよ?」
アストラ「観光地化する未来見えた」
道明「銀河旅館爆誕だな」
玄関先で一瞬、空気が揺らぐ。
ジンが困ったように頭をかく。
「この姿のままだとさすがに騒ぎになるからね……」
そう言った瞬間。
光がふわっと滲んで、輪郭が崩れる。
背が少し縮み、肌の色が人間に近づき、
目だけがほんのり宇宙色を残したまま――
現れたのは。
中性的
黒髪ふわっと
優しそうな青年
完全に
「想像してたとおりの宇宙人が人間になった姿」
道明「……あぁ、うん」
「予想通りだわ」
かや「ですよね」
アストラ「はいはい、絶対そうなると思ってた」
リオス「むしろその姿の方がしっくり来ます」
ルミナがじーっと見つめて一言。
「ジンさん、イケメンになった」
ジン苦笑。
「一応“地球仕様”だよ」
ネメシスがボソッと。
「またモテるやつだ……」
アーク「宇宙でも地球でも顔面強者か」
エーテルだけ少し笑って言う。
「やっぱその姿だと思った」
「前からそんな気配してた」
ジン「ばれてたか」
アストラ腕組み。
「で?そのフォーム何パターンあるの?」
ジン「本気出すと無限」
道明「やめとけ世界壊れる」
夕方。
空が茜色に染まり、旅館の暖簾が静かに揺れる。
フロントにはかや。
帳場の奥で書類をまとめるセラ。
庭から戻ってきたエーテルが、ほうきを壁に立てかけた瞬間――
玄関の戸が、ガラッと強く開いた。
「予約はしていない」
低い声。
三十代半ばくらいの男。
スーツだが、どこか場違いな空気。
目だけがやけに鋭い。
かやは柔らかく微笑む。
「本日は満室でして――」
「いや、空いているはずだ」
男の視線が旅館の奥を探る。
エーテルが一歩前に出る。
「何かお困りで?」
穏やかな声。
男はじっとエーテルを見る。
「……あんたがここの責任者か?」
「従業員です」
さらりと返す。
空気が少し張り詰める。
レオンが奥から小声で。
「怪しいな」
ナポリネス「監視の目だな」
イリス「情報系かもしれない」
ネメシスは無言でエーテルの横に立つ。
男は言う。
「部屋は一室でいい。いくら払えばいい?」
封筒を出す。
分厚い。
かやの笑顔は崩れない。
「お金の問題ではございません」
「予約制でございます」
男は一歩踏み込む。
「この旅館、最近妙に噂になってる」
「力のある人間が集まってると」
空気が凍る。
だがエーテルは微笑む。
「噂は噂です」
「ここはただの山奥の宿ですよ」
男の目が、ほんの一瞬だけ揺れる。
何かを探っている。
エーテルは静かに近づき、
男の肩に軽く手を置く。
「今夜は町の宿をご紹介しましょう」
「こちらの方が、あなたには合っている」
その瞬間。
男の背筋にぞくりと何かが走る。
恐怖ではない。
“圧”。
けれどそれは、ほんの一瞬。
すぐに消える。
男は視線を逸らす。
「……分かった」
封筒をしまい、踵を返す。
「また来る」
「お待ちしております」
かやが深く頭を下げる。
戸が閉まる。
静寂。
ネメシス「……怪しい」
アーク「探りだな」
セラ「追う?」
エーテルは首を横に振る。
「追わなくていい」
「本気の敵なら最初から来ない」
かやが小声で聞く。
「何者?」
エーテルは少し考える。
「恐らく――」
「力を測りに来ただけの人間」
「あるいは、裏の界隈の残り火」
ネメシスがエーテルの袖を掴む。
「守るよ」
エーテルは優しく頭を撫でる。
「大丈夫だ」
「ここは“静かに生きる場所”だ」
だがその夜。
山道の奥で、男は電話をかける。
「……間違いない」
「あそこには“何か”いる」
「普通じゃない」
風が吹き抜ける。
旅館の灯りが、遠くで揺れる。
翌朝。
霧がうっすら残る山道に、黒い車が二台止まっていた。
ナンバーは一般車両。だが動きが明らかに訓練されている。
スーツ姿の男たちが無言で降りる。
その中心に――
昨日の男。
彼はイヤーピースに触れる。
「対象確認」
「旅館“久世庵”――内部に高エネルギー反応の疑い」
国家公安特別監視課(極秘)
・異常身体能力者
・常識外の回復力
・裏社会急沈静化現象
・人為では説明不能な現象の中心地
→ 全てこの旅館周辺で発生
「宗教施設ではない」
「だが…“人ではない何か”がいる可能性が高い」
旅館の庭。
エーテルが薪を割っている。
ルミナとミラとルークが水を運び、
ネメシスが手伝いながらずっとエーテルの隣を離れない。
平和そのもの。
だが――
その空間を、見えない照準がいくつも捉えていた。
スナイパーの声。
「熱源異常なし」
「だが心拍数が人間と違う者が複数」
「子供に該当するが生体反応が異質」
昨日の男――
公安コードネーム《クロウ》。
低く呟く。
「……やはり普通の家族じゃない」
その瞬間。
エーテルの手が止まる。
ゆっくり空を見る。
「見られてるな」
ネメシス「敵?」
「敵じゃない」
「国家だ」
かやが不安そうに寄る。
「どうするの?」
エーテルは穏やかに笑う。
「何もしない」
「人間のルールで来てる以上、向こうは手を出せない」
だがクロウは命じる。
「段階一」
「接触調査を開始する」
数分後。
旅館の玄関にスーツ姿が現れる。
「失礼します」
「国の者です」
バッジが一瞬だけ見える。
かやが固まる。
セラが目を細める。
アークが無言で一歩前に出る。
クロウは静かに言う。
「この旅館――」
「普通ではありませんね?」
沈黙。
風が庭を抜ける。
エーテルが前に出る。
「普通ですよ」
「家族経営の、ただの宿です」
クロウは微笑む。
「ではなぜ――」
「裏社会が沈み」
「この周辺だけ犯罪率が消えるんです?」
ネメシスが小さく震える。
エーテルは一瞬だけ、昔の“創生神の眼”になる。
だがすぐ戻す。
「偶然です」
クロウは確信する。
「――あなたが原因だ」
玄関に立つクロウの表情が、完全に“決断した側の顔”に変わる。
「任意調査は終了だ」
イヤーピースに指を当てる。
「――強制捜査、実行」
その瞬間。
山の静けさが砕けた。
ドドドドドッ!!
裏口、窓、庭、屋根――
同時多発で黒装備の部隊が雪崩れ込む。
フラッシュバンが転がる。
閃光。轟音。
子供たちが悲鳴を上げる。
「国家公安特別対異常事案部隊!」
「全員動くな!!」
銃口が一斉に向けられる。
かやがルミナたちを抱き寄せる。
セラの殺気が一瞬で噴き上がる。
アークの足元の床がミシッと割れる。
ネメシスは震えながらもエーテルの前に立つ。
だが。
エーテルは動かない。
低く言う。
「……手を出すな」
「ここで暴れたら“人間社会”は終わる」
クロウが叫ぶ。
「対象エーテル!」
「あなたを国家安全保障上の脅威として拘束する!」
兵士が近づく。
拘束具――
対能力者用エネルギー封印枷。
腕を掴まれる。
ネメシス「父上!!」
アーク「触るなァ!!」
セラ「殺す気!?」
エーテルは首を振る。
「耐えろ」
「これは戦争じゃない」
「これは……社会だ」
ガチャリ。
封印枷がはめられる。
その瞬間――
エーテルの膝が崩れる。
自然エネルギーすら遮断される仕様。
血を吐く。
クロウは息を呑む。
(この存在……拘束だけでここまで弱るのか)
「連行しろ!」
エーテルは振り返る。
かやを見る。
子供たちを見る。
家族全員を見る。
微笑む。
「大丈夫だ」
「必ず帰る」
だがその声は震えていた。
装甲車に押し込まれるエーテル
旅館は家宅捜索でめちゃくちゃ
創生一家、国家監視対象へ
クロウは静かに呟く。
「神だろうが怪物だろうが」
「国家の管理下に置く」
「それが秩序だ」
そして旅館の庭に残る家族。
壊された日常。
泣くルミナ。
歯を食いしばるネメシス。
怒りで震えるアーク。
立ち尽くすかや。
装甲車の中。
封印枷がエーテルの両腕を締めつけている。
兵士たちは息を張り詰めていた。
誰一人油断していない。
だが。
エーテルは俯いたまま、口元を拭う。
血。
床に落ちた赤。
兵士がざわつく。
「……弱ってるぞ」
「やっぱり封印効いてる」
エーテル(心の中)
(よし、完璧)
(信じてるな)
次の瞬間。
カチッ
軽い音。
枷が――内側から外れた。
金属が床に転がる。
兵士「は?」
「な、何をした!?」
エーテルは首を回す。
普通に元気。
さっきまで死にかけてた存在とは思えない。
「それ、能力封じだろ?」
「俺のは自然エネルギーだ」
「そもそも“能力”じゃない」
一同凍結。
エーテルは続ける。
「血を吐いたのは演技」
「人間ってさ、弱そうに見えると油断する」
「……よくできてるな、この檻」
兵士の額から汗が噴き出す。
クロウの声が通信で飛ぶ。
「何が起きている!」
エーテルは車内カメラを見る。
ニコッ。
「枷、効いてるって報告しといて」
「その方が話しやすいから」
兵士たち絶望。
そしてエーテルは座り直す。
「安心しろ」
「逃げない」
「俺は“捕まったまま”でいい」
「ここからが本番だ」
隔離研究区画・最深部。
白一色の部屋。
分厚い強化ガラス越しにエーテルは拘束椅子に座らされていた。
外には白衣の上層研究官たち。
モニターにはこう表示されている。
《対象:創生エネルギー保持個体(元神格存在)》
上層部A
「能力は封印できた……ように見える」
上層部B
「だが念のため人体限界まで調べる」
上層部C
「神だった存在が“人間に堕ちた”なら価値は無限だ」
エーテル(内心)
(あー……始まったな)
(人類の悪い癖)
研究官が注射器を構える。
自然エネルギー反応を刺激する薬剤。
「反応を見ろ」
液体が体内へ。
一瞬だけ熱が走る。
だが——
エーテルは普通に瞬きするだけ。
「……あ、ちょっとピリッとした」
研究室ざわつく。
「数値が跳ね上がったぞ!」
「だが苦しんでいない!?」
上層部興奮。
「やはり神格の残滓がある!」
「もっと出力を上げろ!」
次々と負荷テスト。
電磁拘束
重力圧縮
精神干渉装置
本来なら人間は即気絶。
だがエーテルは――
あくび。
「これ拷問のつもり?」
「だいぶ優しいな」
研究官A
「なぜ平気なんだ……!」
エーテル(心の中)
(そりゃ宇宙創ってた存在に地球技術だもんな)
(羽虫レベル)
上層部がついに本性を出す。
「エネルギー抽出装置を起動しろ」
「この存在を“資源”に変える」
「神の力を人類の兵器にするんだ」
巨大なリング装置が稼働。
光がエーテルを包む。
その瞬間。
エーテルの目が細くなる。
(あー……それやるか)
(家族にバレたら怒られるやつ)
だがまだ耐える。
わざと苦しそうな顔を作る。
「……う、っ」
研究官たち歓喜。
「効いている!」
「出力を最大へ!」
数値爆上がり。
だが実際は――
エーテルがエネルギーを逆流させて吸っているだけ。
エーテル(内心)
(あ、これ結構うまい)
(人間エネルギー加工技術進んでるな)
そして。
装置が悲鳴を上げる。
バチバチと火花。
研究官
「停止しろ!制御不能だ!」
遅い。
エーテルがゆっくり顔を上げる。
優しい声で。
「なぁ」
「実験ってさ」
「相手が人だって忘れると失敗するんだぞ」
次の瞬間。
装置が粉砕。
ガラスが震える。
だが誰も傷つかない程度に制御されている。
上層部蒼白。
「な……封印は!?」
エーテルは拘束具を指で外しながら立ち上がる。
「だから言ったろ」
「能力じゃなく自然現象だって」
ゆっくり近づく。
圧だけで全員膝が折れる。
エーテルの声は静か。
「俺を兵器にしようとしたな」
「家族を守るために大人しくしてただけだ」
「でも」
「実験台にする覚悟があるなら」
「見られる覚悟も持て」
研究区画のモニター全部に
上層部の悪事データが一斉公開されていく。
人体実験
隠蔽
資金横流し
違法兵器開発
エーテルは微笑む。
「国家を壊すつもりはない」
「腐った部分だけ切る」
「これが“人間社会流の裁き”だろ?」
研究区画・崩壊寸前。
膝をつく上層部。
エーテルは静かに歩く。
「羽虫ほどの苦しみ、だったな」
指を鳴らす。
空間が歪む。
だが破壊ではない。
知覚だけを拡張する。
彼らの視界が変わる。
自分が今までやった人体実験の被験者の視点になる。
・拘束される恐怖
・見捨てられる絶望
・声が届かない無力感
数秒。
だが彼らの脳内では数年分の体験。
上層部Aが叫ぶ。
「やめろ……!やめてくれ……!」
エーテルの目は冷たい。
「安心しろ」
「体は壊れない」
「壊れるのは――誇りだけだ」
次に、全員の意識を完全な無力状態へ。
音も出せない
動けない
ただ“見ているだけ”
その状態で、さっき自分たちが言った言葉を
自分の声で何百回も再生される。
「資源に変える」
「兵器にする」
「価値は無限だ」
精神が崩れ始める。
だが死なない。
壊れない。
逃げられない。
エーテルがしゃがみ込む。
「命を弄ぶ苦しみはな」
「死ぬより長い」
制御を解除。
彼らはその場で倒れ込む。
呼吸はある。
生きている。
だが――
二度と人体実験など口にできない心になっている。
エーテルは振り返らない。
「羽虫は踏まない」
「見逃す」
「だが二度目はない」
研究施設のデータは全て世間へ公開済み。
上層部は逮捕確定。
社会的に完全終了。
廊下を歩きながらエーテルは小さく呟く。
「これでまだ“人間”でいられる」
研究施設の照明が落ちる。
壁一面のモニターが一斉に点灯する。
そこに映る、影に包まれた男。
声だけが歪んで響く。
「やはり来たか、エーテル。
君ほどの力なら、いずれここへ辿り着くと思っていたよ」
エーテルは無言。
怒りも殺気も出していない。
ただ――静かすぎる。
「人間の進化には犠牲が必要だ。
君は神だった存在だろう? なぜ理解できない」
エーテルは一歩前に出る。
「理解してるから止めてる」
黒幕が笑う。
「止められると思うか?
ここを潰しても、私はどこにでもいる」
その瞬間。
エーテルの足元に自然エネルギーが走る。
空気が震える。
雷が一本、天井へ突き刺さる。
――だが破壊ではない。
雷は施設の電力網へ流れ込み、
回線へ入り、
衛星通信へ跳ねる。
世界中の通信網を逆流する光。
モニターが次々とバグり、
座標データが展開されていく。
エーテルの瞳が淡く光る。
「いた」
黒幕の笑顔が一瞬、凍る。
「まさか……位置特定を……自然エネルギーで……?」
「雷は“情報”も運ぶ」
エーテルが指を鳴らす。
次の瞬間。
空間が裂けるように歪み、
雷そのものになったエーテルが
モニターの向こうへ跳んだ。
地下数百メートル。
衛星制御室。
黒幕が振り向く暇もなく――
背後に立つ影。
「こんにちは、黒幕」
静かな声。
黒幕が震える。
「どうやって……ここは世界最高レベルの遮断空間だぞ……!」
「自然に壁はない」
エーテルは首を傾ける。
「雲を止められるか?」
「雷を拒めるか?」
「風を遮断できるか?」
「自然はどこにでも行く」
黒幕が後ずさる。
「私は人類の未来を――」
エーテルの手が肩に触れる。
一切力は入れていない。
だが床がめり込む。
「未来を語る資格はな」
「命を資源にした時点で失った」
黒幕の視界が揺れる。
エーテルの声だけがはっきり響く。
「選ばせてやる」
「牢獄で生きるか」
「ここで全てを失って生きるか」
「死は与えない」
黒幕は泣き崩れる。
「生きる……生きたい……!」
エーテルは手を離す。
「じゃあ生きろ」
「地獄でな」
数分後。
世界中のニュースが一斉速報。
・人体実験組織壊滅
・黒幕確保
・衛星データ完全公開
隠蔽不可能。
施設の外。
かやたちが駆け寄る。
エーテルの表情はもう冷酷じゃない。
ただ少し疲れた顔。
かやがそっと手を握る。
「……終わった?」
エーテルは小さく頷く。
「うん」
「人間のままで」
黒い袋がずるずると畳を擦る音。
久世庵の玄関が開く。
「ただいま」
いつも通りの声。
だがその手には――
人ひとり分の重さが入った袋。
アークたちが一斉に見る。
エーテルは袋をぽん、と床に落とす。
「黒幕」
袋の中で必死にもがく音。
「逃げないよう自然エネルギーで神経だけ固定してあるから安心して」
静かすぎて逆に怖い。
かやが腕を組む。
「……好きにしていいの?」
エーテルはうなずく。
「命までは取らない」
「それ以外は自由」
その瞬間。
家族全員の空気が変わる。
まずアーク。
袋をひっくり返し、黒幕を引きずり出す。
「人体実験の記録、全部読んだ」
「よくもまぁ…人の形したまま生きてられたな」
拳は振るわない。
代わりに――殺気だけで床が割れる。
黒幕が失神寸前。
次にイリス。
「痛覚操作って知ってる?」
にこっと笑う。
「壊さず、永遠に“不快だけ”感じさせる技術」
レオンが横で補足。
「科学的には合法だよ(地獄的だけど)」
黒幕、泣き叫ぶ。
ナポリネスは静かに座り込む。
「君は法を悪用した」
「なら法で裁くより、因果で裁く」
指を鳴らすと、
黒幕の記憶に自分の被害者たちの“感情”が流れ込む。
痛みじゃない。
恐怖と絶望だけ。
これが一番効く。
グアラがぽつり。
「命を弄んだ人ほど、生きるのが一番辛いの」
回復と衰弱を交互に与える地獄ループ。
死なない。
楽にもならない。
最後にかや。
しゃがんで黒幕の目を見る。
「あなたはね」
「エーテルが優しいから生きてるだけ」
「本当なら存在ごと消されてた」
にっこり。
「感謝しなさい」
全員が一通り終えたあと。
黒幕はもう声も出ない。
ただ涙と嗚咽だけ。
エーテルが近づく。
しゃがんで目線を合わせる。
「これが“人を踏みにじった人生の結果”」
「死より重いよ」
黒幕は震えながらうなずく。
エーテルは立ち上がる。
「じゃあこの人は――」
「一生、監視付きで生かす」
「罪を忘れた瞬間、今日を思い出させる」
家族全員、満足顔。
かやがエーテルの袖を掴む。
「……やりすぎじゃない?」
エーテルは少し考えてから微笑う。
「やりすぎなくらいが二度と生まれない」
「優しさは、時々ここまでやらないと守れない」
黒幕がどうなったか――
誰も語らなかった。
ニュースにも出ない。
噂にもならない。
ただ一つだけ確かなのは、
エーテルが一切気にしなくなったことだった。
それが答えだった。
久世庵の居間。
縁側から風が入り、テレビがついている。
エーテルはぼーっと座っていた。
画面から流れる重低音。
「Yo——」
ビートが落ちる。
言葉が弾丸みたいに飛び交う。
怒り、誇り、生き様、全部を叩きつける声。
エーテルの目が、わずかに見開く。
「……ほう」
かやが台所から覗く。
「なに見てるの?」
「人間の“戦い方”」
「拳じゃなくて、言葉で殴ってる」
ラッパーが韻を踏みながら相手をねじ伏せる。
エーテルは無意識にリズムを取っていた。
ナポリネスが横に座る。
「音楽だよ」
「戦争より平和的だけど、殺気は強い」
エーテル、ぽつり。
「これ……好きだ」
一同「え?」
その夜。
エーテルはスマホで延々ラップ動画を漁っていた。
・社会への怒り
・過去の痛み
・成り上がりの誇り
全部が魂の叫び。
「人間は面白いな」
「感情を壊さず、音にして戦う」
「これなら殺さずに勝てる」
かやが苦笑。
「また変なのハマったわね…」
そして数日後。
庭から聞こえる低い声。
「Yo……久世庵 represent……」
韻がズレてる。
リズムも怪しい。
だが――
やたら迫力だけは銀河級。
子供たちが窓から覗く。
「エーテル、怖い…」
「ラップしてるのに戦闘モード…」
エーテルは本気だった。
「これを極めれば」
「怒りも悲しみも、破壊せず昇華できる」
「人間、すごい文化を作ったな」
夜の久世庵。
エーテルが縁側でスマホ片手にビートを流している。
「Yo……感情は銀河級……」
相変わらず迫力だけは最強。
そこへ——
「うるさい」
冷たい声。
振り返ると、
腕を組んだメクルが立っていた。
「それ、リズムずれてるし韻も甘い」
エーテル「……なんだと?」
メクルはスマホを取り出して一瞬で操作。
重低音の本格ビートが流れる。
「ネット文化なめないで」
「私は昔から全部見てきた」
「地下も、プロも、世界大会も」
そして――
メクル、突然ラップを始める。
完璧なテンポ。
三重韻。
意味も通ってる。
しかも煽り性能フル装備。
「神だの創生だの古すぎる設定
今は再生回数が戦場の決定権
拳じゃなくて言葉で首を取る時代
あんたの時代はもうログアウトだい?」
一瞬で空気が凍る。
ナポリネス「強すぎるだろ…」
レオン「これはプロ領域だな…」
かや「エーテル、完全に煽られてるわよ」
エーテルの目が燃える。
「ほう……戦争を仕掛けたな、メクル」
「言葉で殺し合う遊び……嫌いじゃない」
エーテル、深く息を吸う。
ビートに乗る。
最初は荒い。
だが——途中から異変。
感情がそのまま音に変わり始める。
「何千の死を背負って歩いてきた
絶望も愛も宇宙に置いてきた
お前は画面で世界を見てるだけ
俺は世界そのものを抱いてきた」
メクルの目が見開く。
「……感情の圧が異常」
エーテル続ける。
「だが人間はすげぇよ認めるぜ
壊さず闘うこの文化に敬礼
神の時代は終わったと知った
だから俺は今ここで学んでる立場だ」
沈黙。
そして——
メクル、ニヤッと笑う。
「……初心者のくせにエモで殴ってくるの反則」
「才能あるよ、エーテル」
エーテル「勝負は?」
メクル「今回は引き分け」
「でも次は容赦しないから」
かやがため息。
「またとんでもない才能開花してる…」
ナポリネス「そのうちラップ界壊すぞあの父親」
エーテルは楽しそうに笑う。
「人間文化、奥深いな」
夜の久世庵。
エーテルは縁側に座り、またビートを流していた。
「Yo……自然と感情のハーモニー……」
頭を揺らしながらノリノリ。
そこへ——
背後から、静かな足音。
エーテルはまだ気づかない。
「次の韻は宇宙規模で——」
――ゴン。
後頭部に、軽くない衝撃。
振り返ると、
にこやかな笑顔のかや。
拳が、握られている。
「エーテル」
優しい声。
だが目は笑っていない。
「今日の仕事、何?」
エーテル「……え?」
「客の案内は?」
「庭の手入れは?」
「夕飯の準備手伝いは?」
エーテル「……ビートが良くて……」
かや、深く息を吸う。
「ラップは禁止」
エーテル「は?」
「完全禁止」
「仕事終わるまで一切禁止」
エーテル、衝撃。
「え、待て、文化交流だぞこれは」
「人間を理解するための修行だぞ?」
かや「サボりの言い訳を神っぽく言わないで」
メクルが横から。
「当然だね」
「再生回数より掃除回数が先」
ナポリネス「労働は文明の基礎だ」
エーテル、膝から崩れる。
「俺のフローが……」
かや「フローより風呂掃除」
その後。
エーテルは庭で草むしりしながら、
小声で——
「Yo……雑草すらも生命……」
かや「まだやってるわね?」
「今日の夕飯抜きにするわよ」
エーテル「……黙ります」
夕方の久世庵。
日が傾き、風が少し涼しくなってきた庭で――
エーテルは無言で草をむしっていた。
ザッ、ザッ、と土の音だけ。
もうビートは流れていない。
肩、しょんぼり。
そこへ、そっと隣に座る影。
ネメシスだった。
「……父上」
エーテル「ん?」
ネメシス「ラップ……本当にやめたの?」
エーテル「やめた」
即答。
「俺は旅館の男だからな」
「草と生きる」
ネメシス、少し不満そう。
「楽しそうだったのに」
エーテル「楽しかった」
「でもな、楽しいより大事なもんもある」
「かやとの約束とか、ここでの暮らしとかな」
ネメシス、草を一本抜いて言う。
「父上はいつも自分より皆を優先する」
エーテル「父親ってのはそういう生き物だ」
少し沈黙。
虫の音だけが響く。
ネメシスはぽつりと。
「……僕は、父上が楽しんでるの見るの好きだった」
エーテル、手を止める。
そしてネメシスの頭を軽く撫でる。
「ありがとうな」
「でも今はこれが俺のステージだ」
草むしり会場。
ネメシス、くすっと笑う。
「じゃあ僕がビートやる」
口で
「ドゥン、ドゥン、チャ」
エーテル「やめろ」
「それは反則だ」
二人で笑いながら草を抜く。
エーテル「ラップはやめたけどな」
「言葉遊びまでは捨ててない」
ネメシス「どういうこと?」
エーテル、急に真顔。
「雑草にも名前がある」
「抜かれてもまた生える」
「人生も同じだ」
ネメシス「……それ詩じゃん」
エーテル「これは労働哲学だ」
遠くからかやの声。
「エーテルー!まだ半分も終わってないわよー!」
エーテル「了解でーす……」
ネメシス、小声で。
「父上、頑張れ」
エーテル「お前も抜け」
夕焼けの中、
元・創生神と愛が重い息子が並んで草むしり。
世界救った者たちの、いちばん平和な時間だった。




