第一部 働くって難しい
宇宙船が静かに大気圏へ突入する。
青く広がる雲を抜けた先に現れた地球の姿を見て、誰もが息をのんだ。
そこには――
かつての未来都市はなかった。
空を走る乗り物も、宙に浮かぶ建築群も消えている。
代わりに広がっていたのは、
ビルが並ぶ街並み
線路を走る電車
人々の雑踏とネオンの光
まるで、恒一が生きていたあの時代そのままの地球だった。
「……戻ってる」
ミラが小さく呟く。
「退化じゃないわ」
イリスが街を解析しながら言う。
「技術水準はむしろ高い。
これは“下げた”んじゃなくて、“選んで戻した”文明構造よ」
ナポリネスが腕を組む。
「便利すぎた未来を捨てたってわけか」
エーテルは黙って街を見つめていた。
この空気。
この騒がしさ。
この人間の温度。
忘れられない世界。
「恒一の時代だな」
その一言に、かやが静かにうなずく。
その時、都市の巨大スクリーンが点灯する。
そこに映し出されたのは、記録映像だった。
【人類再構築計画・最終選択理由】
【過度な自動化により、人は生きる意味を失った】
【便利は幸福を保証しなかった】
【よって文明は“人が努力し続けられる時代”へ回帰する】
ルミナが目を丸くする。
「自分たちで…戻したの?」
「そうだ」エーテルは静かに答える。
「楽な未来を捨てて、苦労のある時代を選んだ」
華陽がぽつりと言う。
「強くなるために、不便を選んだんだ」
凛も続ける。
「神に頼らず生きるために」
エーテルは小さく息を吐く。
「人類は逃げたんじゃない」
「“自立する覚悟”をしたんだ」
恒一が命をかけて守った未来は、
神に甘えない世界へと進んでいた。
そして同時に——
それはエーテル達が守護者として不要になる時代の始まりでもあった。
久々に訪れたその家は、以前の夜叉の住処とはまるで違っていた。
庭は広く、洗濯物が風に揺れている。
玄関先には子供用の靴が何足も並び、壁には落書きの跡。
「……ここ、夜叉ん家だよな?」
難波がぽつりと呟いた瞬間。
「おーい!!」
聞き慣れた、少し低くて通る声。
扉が開き、現れたのは――相変わらず体格のいい夜叉だった。
「久しぶりだな、エーテル」
その背後から、柔らかな声が続く。
「本当に……お久しぶりです」
風夏だった。
昔と変わらない気品のある微笑み。
ただ一つ違うのは、その腕に抱かれた小さな子供。
そして、風夏の足元から、さらに二人。
「パパー!お客さん?」
「強そうな人いっぱい!」
元気な声が重なる。
「……」
エーテルは一瞬、言葉を失った。
「大家族だな」
夜叉は少し照れたように頭を掻く。
「まぁな。気づいたらこうなってた」
風夏が穏やかに補足する。
「みんな……不老不死です。
私たちと同じく、時には置いていかれる側になる存在ですから」
その言葉に、かやが静かに頷く。
「だからこそ、一緒に生きるんだね」
子供たちはエーテルの周りに集まり、興味津々に見上げる。
「ねぇねぇ!この人が噂のエーテル?」
「神さま?」
夜叉が即座に言う。
「やめとけ。
この人は神じゃない。ただの、くそ強いおじさんだ」
エーテルは思わず苦笑した。
「相変わらずだな」
夕方、食卓を囲む。
笑い声。
料理の湯気。
子供たちが取り合うように話す日常。
その光景を見ながら、エーテルは静かに思う。
――人類は自立を選んだ。
――だが、不老の者たちは「家族」を選び続けている。
守るべきものは、もう戦場だけじゃない。
「……いい家だ」
エーテルのその一言に、夜叉は少しだけ誇らしそうに笑った。
夜叉と風夏の家を出たあと、静かな時間が流れる。
朔姫がふっと立ち止まって言う。
「父上、凛と……二人で生きてみたい」
凛は少し緊張しながらも、まっすぐエーテルを見る。
「守られる側じゃなくて、並んで歩きたいんです」
エーテルはすぐ理解した。
過去でも戦場でもなく、
“生活”を選ぶ覚悟だと。
「いい選択だ」
それだけ言って、二人の頭を軽く撫でる。
かやは少し寂しそうに笑いながらも、
「喧嘩したら帰ってきなよ。ご飯あるから」
朔姫は泣きそうになりながら頷いた。
凛は深く頭を下げる。
こうして――
剣ではなく日常を選んだ夫婦が歩き出す。
難波は荷物を肩に担ぎ、豪快に笑った。
「俺は世界を見るわ!」
「戦場も宇宙も見たけどよ、
まだニーホンをちゃんと歩いたことねぇんだ」
温泉、山、海、町。
力じゃなく人と出会う旅。
「そのうち土産話持って帰る」
そう言って、振り返らず進んでいった。
そして華陽。
スーツに身を包み、スマホ片手に微笑む。
「違法はもう飽きました」
「これからは“合法で夜を支配”します」
巨大企業、歓楽街、エンタメ、金融。
全てを繋げて作る――夜の王国。
「父上、世界は金と情報で回りますよ」
「戦わずに支配する方が楽です」
エーテルは苦笑する。
「相変わらずスケールがでかい」
華陽は一礼して去っていった。
夜の帝王、完全復活。
残ったのは
エーテルとかや、ルミナ、ミラ、ルーク、イリス、レオン、ナポリネス、メクル。
戦友でも家族でもあった仲間たちは、
それぞれの人生へ散っていった。
でもこれは――別れじゃない。
“それぞれが生きる物語の始まり”だ。
エーテルは空を見上げて静かに言う。
「ようやく皆、自分の時代を生き始めたな」
かやがそっと手を握る。
「寂しい?」
「誇らしい」
その答えに、かやは笑った。
かやがふと思い出したように歩みを止める。
「……ねえエーテル」
夜叉たちと別れ、街の喧騒が遠ざかった頃だった。
「ミラとルークはさ」
「元の星に戻らなくてよかったの?」
その問いに、ミラとルークは一瞬顔を見合わせる。
エーテルは静かに答える。
「戻る選択肢もあった」
「だが二人とも、自分で決めた」
ルークが少し照れたように頭をかく。
「だってさ……あの星はもう救われたし」
「復興も進んでるし、俺たちがいなくても大丈夫なんだ」
ミラはぎゅっと拳を握って前を見る。
「それに……」
「エーテルたちと旅をして、宇宙を見て、
たくさんの星を救うのを見て」
「私は“守られる民”じゃなくなりたかった」
かやの胸が少し締めつけられる。
ミラは続ける。
「自分の足で生きて、選んで、誰かを助ける側になりたい」
ルークも力強くうなずく。
「エーテルたちが戦ってる宇宙を、
ただ安全な星で眺めるのは嫌だった」
「俺たちもこの時代を生きたいんだ」
しばらく沈黙。
エーテルは二人を見下ろし、穏やかに言う。
「だから連れてきた」
「家族でも部下でもない」
「“旅を選んだ仲間”としてな」
ミラの目が潤む。
「……エーテル」
かやは思わず笑ってしまう。
「もう完全にこの家の子じゃん」
ルークが慌てて否定する。
「ち、違うし! ただ居心地いいだけだし!」
「ご飯うまいし!」
レオンが横からぼそっと。
「完全に帰属宣言だな」
イリスがくすっと笑う。
かやは二人の頭に優しく手を置いた。
「無理に帰らなくていい」
「ここがあなたたちの選んだ場所なら」
ミラとルークは声をそろえて言う。
「うん!」
エーテルは空を見上げながら静かに締めくくる。
「星は帰る場所だが」
「生きる場所は、自分で決めるものだ」
十三人で屋敷に戻った初日の夜。
テーブルいっぱいに並ぶ料理。
笑い声。久々の“家族団らん”。
……まではよかった。
レオンが静かに端末を操作していて、ふと止まる。
「エーテル」
「資産ログ、確認した」
エーテルは余裕の表情。
「問題ないだろう。星も救ったし、神だし」
イリスが横から画面を覗いて一言。
「……ゼロですね」
一斉に静まり返る食卓。
かや「え?」
ルミナ「え???」
ナポリネス「父上、まさかとは思うが」
レオンが淡々と告げる。
「宇宙船改造」
「星再建支援」
「文明復興資金」
「緊急避難母艦の維持費」
「すべてエーテルの私財から出ていた」
グアラがぽつり。
「……宇宙を救うって、お金かかるんだね」
メクル「そりゃそうでしょ」
エーテルは腕を組んで真顔。
「つまり?」
イリスがはっきり言う。
「私たち、今――」
「無一文です」
かやがゆっくりエーテルを見る。
「……エーテル」
「まさかとは思うけど」
「これからどうやって生活するつもりだったの?」
エーテル、少し目を逸らす。
「……なんとかなると思っていた」
全員「」
セラが頭を抱える。
「創生神の生活設計が雑すぎる!!!」
アーク「戦争は完璧なのに家計管理ポンコツかよ!」
ナポリネス「父上は昔からそうだった」
ルミナ「え、じゃあ明日のご飯は?」
レオン「現時点では、ない」
ミラ「ええええ!?」
ルーク「宇宙救ったのに飢えるの!?」
沈黙。
風が吹く。
かやが深くため息をついて立ち上がる。
「はい、神様終了」
「今日から現実生活スタートです」
エーテル「……?」
かや「働きます」
「十三人分、ちゃんと生きていくために」
エーテル「我は創生神だぞ?」
かや「無職の創生神ね」
ナポリネス「的確すぎて反論不能」
ナポリネス家庭教師・初日
「時給……五千円?」
かやがスマホを見て目を見開く。
「なにこの高額案件」
条件: ・難関校受験対策
・数学専門
・短期間で偏差値20アップ希望
ナポリネス、腕を組む。
「ふむ、計算か」
「創生期では星の軌道を方程式で組み立てていたが……」
エーテル「やめろ、親が聞いたら卒倒する」
生徒宅
超豪邸。
緊張気味の中学生男子。
「ぼ、僕…数学が壊滅的で…」
ナポリネスは椅子に座ると一言。
「まず“数字を恐れるな”」
「数字は敵ではない、秩序だ」
ノートを一瞬で埋め尽くす。
途中式?
概念?
証明?
全部“構造”として説明。
30分後
生徒「……え?」
「え???」
「えええええ????」
「わかった……全部わかった……」
母親「は???」
ナポリネス式・神授業
・二次関数 → 宇宙重力モデルで説明
・確率 → 時間分岐理論
・証明問題 → “世界が成り立つ理由”として解説
生徒の脳が覚醒。
1週間後
校内テスト
数学:
28点 → 96点
学校がざわつく。
教師「不正ですか?」
生徒「家庭教師変えただけです」
口コミ爆発
「神が来た」
「数学の概念が見えるようになる」
「人生変わった」
依頼殺到。
時給5,000円 → 15,000円 → 50,000円へ。
久世家(エーテル家)に札束が積まれる
レオン「……資産回復速度、異常」
イリス「経済法則破壊してる」
ルミナ「ナポリ兄すご!」
かや「これで生活できる……!」
エーテル「我が息子、宇宙より稼ぐな」
だが問題発生
ナポリネスが真顔で言う。
「地球の数学、簡単すぎる」
「もっと高難度が欲しい」
かや「それ以上は大学院とかだよ…」
ナポリネス「行こう」
エーテル「え?」
ナポリネス「教授になる」
全員「展開早すぎ!!!!」
家庭教師無双から半年後。
ナポリネス、ある日ぽつり。
「効率が悪い」
かや「え、もう月収億超えてるけど?」
ナポリネス「個人単位で救うのは遅すぎる」
「文明ごと底上げする」
エーテル「……嫌な予感がする」
翌週。
ニュース速報。
【謎の超天才、私財で大学設立】
世界「??????」
その名も
創生理律大学
・入学試験なし
・能力ではなく“伸び代”を見る
・授業スピード:常識の30倍
しかも授業料無料。
理由:
「金で知性を選別する文明は歪んでいる」
(なお運営費はナポリネスの家庭教師収入)
開校初日。
世界中から集まる
落ちこぼれ
不登校
天才
元犯罪者
学問嫌い
ごちゃ混ぜ。
講堂に立つナポリネス。
「今日から思考の再構築を始める」
「暗記は捨てろ」
「理解だけで生きろ」
生徒「え?」
初講義。
黒板にたった一文。
「なぜ1+1=2なのか説明しろ」
誰も答えられない。
ナポリネス「そこからだ」
三週間後。
・中卒が量子理論理解
・問題児がAI開発
・数学嫌いが証明中毒
半年後。
世界の研究者たちが講義を受けに来る。
教授「先生と呼ばせてください」
ナポリネス「生徒だ」
エーテル屋敷。
レオン「大学の研究成果が国家レベル超えてます」
イリス「もう文明加速装置ですねこれ」
アーク「戦争よりやばいことしてる」
ルミナ「ナポリ兄こわ……」
そして各国政府が動く。
「協力してほしい」
「国家プロジェクトに参加を」
「技術提供を――」
ナポリネスの返答。
「知識は支配に使うな」
「発展に使え」
全て拒否。
結果。
創生理律大学出身者たちが世界中に広がり、
・医療革命
・エネルギー革命
・貧困消滅レベルの技術
が同時多発的に起きる。
戦争が成立しなくなる文明に進化。
かやが小声。
「……これエーテルが宇宙でやろうとしてた理想じゃない?」
エーテル、苦笑。
「俺が力でやろうとしたことを」
「ナポリネスは知でやり切ったな」
ナポリネス「暴力は反発を生む」
「理解は文明を変える」
ニュース最終評価。
【人類史上最大の教育革命】
【一人の男が文明を進化させた】
通称:
知の創世神 ナポリネス
アーク「なぁ父上」
「もう俺ら戦う必要なくね?」
エーテル「……否定できん」
こうして地球は
神に救われた星ではなく
教育で進化した星になっていく。
しかも黒幕は――
家庭教師から始まった創生神の息子。
かやとグアラとセラとアーク、喫茶店を開く
場所は、少し路地に入った静かな通り。
未来都市でもなく、懐かしさの残る街並み。
看板は手書き。
喫茶
――星の残り香がする場所。
名付けたのは、かや。
「派手なのはもういいでしょ。
ここは、帰ってくる場所」
店内
・木のテーブル
・柔らかい照明
・窓から差す午後の光
不思議と、入った瞬間に心が落ち着く。
理由は簡単。
**神々が本気で“穏やかに生きようとしている空間”**だから。
役割分担
かや
・店長
・接客担当
・常連の名前と好みを全部覚えてる
「いらっしゃい。今日は静かにしたい日?」
――この一言で泣く客、わりといる。
グアラ
・厨房担当
・栄養バランス完璧
・食べると不思議と元気になる
「生命は、味でも救えるのよ」
※医者が首を傾げるレベルで体調良くなる。
セラ
・パティシエ
・ケーキと焼き菓子
・見た目が美しすぎて芸術作品
「甘いものはね、生きてていいって許可を出すためにあるの」
重い。だが美味い。
アーク
・バリスタ
・無言で淹れる
・コーヒーが“刺さる”
「……言葉はいらないだろ」
一杯で人生振り返るレベルの深さ。
常連客たち
・仕事に疲れた会社員
・居場所を失った若者
・大学に通う創生理律大生
・理由もなく来る老人
誰もここで
「何者か」を問われない。
エーテルは?
最初は来ない。
遠くから、通り越すだけ。
でもある日、
夜にふらっと入ってくる。
かや、何も言わずに席に案内。
アークが黙ってコーヒーを置く。
エーテル、一口飲んで。
「……帰ってきた気がするな」
誰も答えない。
それでいい。
小さな奇跡
この喫茶店では、
・喧嘩が起きない
・泣いた人は必ず笑って帰る
・長居しても怒られない
噂が噂を呼び、
「人生に迷ったら、あの店に行け」
と言われるようになる。
神々は、もう前に出ない
支配もしない
導きすぎない
力を誇示しない
ただ、
今日もコーヒーを淹れて、ケーキを焼いて、誰かの話を聞く それだけ。
レオン × イリス
科学と技術の融合玩具会社――設立
社名はシンプルで子どもにも覚えやすい。
スターフォージ社(Star Forge)
理念はひとつ。
「世界を賢く、ちょっと楽しくする」
会社の正体(もちろん普通じゃない)
レオンの
創生期科学
エネルギー制御
意識学習AI
イリスの
超精密改造技術
形状変化素材
成長型メカ構造
これを“玩具”に落とし込む。
初代ヒット商品たち
感情反応ぬいぐるみ
・泣くと抱きしめてくる
・笑うと一緒に揺れる
・落ち込むとそっと寄ってくる
親「なんかこの子、情緒安定してきた…」
※生命神グアラ監修レベルの安心設計
組み替え無限ロボ
・パーツを付け替えると形が進化
・戦闘型、作業型、ペット型に変形
・学習して強くなる
レオン
「これは玩具だ。兵器ではない(重要)」
イリス
「強くなりすぎたら調整するわ」
星図プロジェクター
天井にリアル宇宙を投影。
しかも実在する星の成長データ付き。
子どもが遊びながら天文学マスター。
社会への影響
子どもの想像力が爆上がり
科学分野志望者が激増
日本の技術力が異常進化
世界がざわつく。
「この会社、絶対なんかおかしい」
内部の空気
レオン:理論ガチ勢
イリス:ノリで改造する天才
会議風景
レオン「安全係数を――」
イリス「飛べた方が楽しいでしょ」
レオン「玩具だぞ!?」
イリス「子どもは夢を見るの!」
→ 結果:飛ぶ
エーテルの評価
完成品を見て一言。
「……世界、進めすぎじゃないか?」
レオン
「父上、これは“遊び”です」
イリス
「平和利用よ?」
エーテル、黙認。
メクルはもう完全に“現代適応型の神”。
表では姿を見せず、
部屋にこもってモニターに囲まれながら——
投資
デジタルアート
シミュレーション予測
トレンド操作レベルの分析
全部一人で回してる。
「外に出るの無理。でも経済は私が回す」
ってタイプ。
ナポリネスの大学が“知の王国”なら、
メクルは裏から世界を動かす情報神ポジションだね。
一方ネメシスは真逆。
かつて宇宙を壊しかけた存在が——
今は庭で鬼ごっこ。
ルミナに追いかけられて転び、
ミラに笑われ、
ルークに水鉄砲撃たれて本気で逃げてる。
重圧も憎しみも全部消えて、
ようやく「兄ちゃん」になれた感じ。
ネメシスが笑うたびに、
エーテルが遠くからちょっと安心した顔で見てるのが浮かぶ。
ネメシスは基本、無言で近い。
何か話すわけでもない。
用事があるわけでもない。
ただ、エーテルの横に来て、
気づいたら肩に額を寄せている。
まるで猫。
エーテルが書き物をしていれば、
その腕に頭を乗せるし、
座っていれば背中にぴたりと張りつく。
「……重いぞ」
そう言われても離れない。
むしろ少し体重を預けてくる。
理由は本人も分かっていない。
ただ、離れると不安になるだけだ。
かやはそれを見てため息をつく。
「また始まった……」
ルミナは少しむっとする。
「近すぎ。距離感おかしい」
ナポリネスは視線を逸らしながら言う。
「……子供の頃からだ。放っておけ」
レオンはぼそっと。
「依存じゃなくて、刷り込みだな」
エーテルだけは、何も言わない。
ネメシスの頭に手を置いて、
無意識に、ゆっくり撫でる。
するとネメシスは、
ほんの一瞬だけ目を閉じる。
安心した猫みたいに。
創生の時代。
兄弟たちは皆、
エーテルの背を追って生きてきた。
その中でネメシスだけが、
「離れなかった子供」だった。
だから今でも——
宇宙が救われても、
戦争が終わっても、
ネメシスは変わらない。
ただ、
エーテルのそばにいることでしか、
自分を保てない創生の子供なんだ。
エーテルはそれを知っているから、
突き放さない。
猫が寄ってくるのと同じように、
受け入れるだけだ。
「……好きにしろ」
その一言で、
ネメシスは今日も満足そうにくっつく。
創生子供あるある。
一番危険だった存在ほど、
一番甘えん坊になる。
ネメシスは、距離感を知らない。
それは昔からだ。
エーテルが立ち上がろうとした瞬間、
ネメシスは反射的に袖を掴み、
そして――迷いもなく、顔を近づけた。
唇が触れたのは、頬の端。
一瞬の、呼吸が触れるだけの距離。
場が凍る。
かやが言葉を失い、
ルミナが目を見開き、
ナポリネスは完全に硬直する。
エーテルだけが、動じなかった。
「……おい」
軽く、指で額を弾く。
「それは違う」
声は低く、しかし叱責ではない。
ネメシスははっとして、すぐに後ずさる。
その表情は、叱られた子供そのものだった。
「……嫌、だったか」
「嫌じゃない」
エーテルはそう言って、
ネメシスの頭に手を置く。
「だが、それは“好き”の向け方を間違えている」
ネメシスは俯く。
「分からないんだ……
父上がいなくなる気がすると、
どうしていいか……」
その声は、
かつて宇宙を滅ぼした存在のものとは思えないほど、幼かった。
エーテルは深く息を吐き、
ネメシスの額に、軽く口づける。
それは祝福のようで、
子供を安心させるためのものだった。
「これは、親が子にするものだ」
「混同するな」
「お前は俺の“子供”だ」
ネメシスの目が揺れる。
そして、ゆっくり頷いた。
「……うん」
そのまま一歩下がり、
しかし距離は離れすぎない。
いつもの位置。
エーテルの隣。
かやは、少しだけ胸を撫で下ろす。
「……びっくりさせないで」
ルミナは腕を組んで言う。
「依存は治さないとね」
ナポリネスはぼそっと。
「……昔からだ。
誰よりも父に縋るくせに、
誰よりも距離を誤る」
エーテルは最後に、静かに言う。
「ネメシス」
「好きでいい。だが、越えてはいけない線は、俺が引く」
ネメシスは、小さく笑う。
「……父上は、ずるいな」
夕方。
みんながそれぞれ働きに出て、家に戻ってくる時間。
喫茶店帰りのかやは、エプロンを外しながらため息をつく。
レオンとイリスは会社の新製品の話で盛り上がり、
ナポリネスは講義の疲れを語り、
セラとアークは常連客の話をしている。
――全員、働いている。
ただ一人。
縁側で寝転んで、空を見ている男がいた。
エーテル。
かやのこめかみがピクッと動く。
「……ねぇ」
低い声。
エーテルはのんびり振り返る。
「ん?」
「今日、あなた何してたの?」
「庭でネメシスと遊んでた」
にこっと笑う。
沈黙。
風が吹く。
鳥が鳴く。
そして――
「はぁぁぁぁぁぁぁ???」
かや、ブチギレ。
「みんな働いてるの見えてる!?
喫茶店立ちっぱなしだったんだけど!?
あなたは神様気分で昼寝!?」
「いや、創生的には世界を救っ――」
「今は地球!!」
ズバァン!!!
雷のようなツッコミ。
エーテル、ちょっと背筋伸ばす。
「……かや?」
「“かや?”じゃない!」
指を突きつける。
「資産も底ついて、
私たち必死に働いて、
あなたは家でゴロゴロ!?」
「父上は存在しているだけで価値があるとか言わないでよね!?」
ネメシスがそっと耳打ち。
「父上……逃げたほうが……」
「いや、これは逃げたら死ぬやつだ」
アークが真顔。
かや、腕組み。
「エーテル」
「あなたも働くの」
静かで一番怖いトーン。
エーテルは少し考えてから言う。
「……何をすればいい」
「働く気はあるんだ」
「世界創造以外で」
かやは即答。
「接客」
「人と関わって汗かいてお金もらうやつ」
「神様禁止」
エーテル、目を逸らす。
「……接客は戦より難しい」
「逃げるな!!」
ルミナがくすくす笑う。
「お父さん、ついに社会デビューだね」
ナポリネスは肩を叩く。
「講義より過酷だぞ」
かやは最後に優しく言う。
「一緒に生きるって、そういうことだよ」
「守るだけじゃなくて、支えるの」
エーテルは小さく頷く。
「……分かった」
「働こう」
小さな喫茶店の裏口。
「アルバイト募集」の紙。
エーテルはかやに背中を押されて中へ入る。
面接官(店長・40代くらい)が履歴書を受け取る。
「えーっと……」
ペラ。
ピタッ。
無言。
「……創世神?」
「はい」
「戦国武将?」
「複数回やりました」
「野球クラブ所属?」
「人類反乱リーグ優勝経験があります」
店長、ゆっくり顔を上げる。
「……ふざけてます?」
「事実だ」
真顔。
空気が凍る。
「職歴、空白期間は?」
「宇宙戦争と星の再生をしていた」
「……」
「忙しかった」
店長、深呼吸。
「すみません、うちは普通の喫茶店なので」
「即戦力を――」
「戦なら即戦力だが」
「そういう意味じゃないです」
さらに追撃。
「特技は?」
「銀河創造」
「接客は?」
「民に崇められていた」
「それ接客じゃないです」
最後の一撃。
「希望時給は?」
「世界が平和であれば良い」
「現実的に言ってください!」
沈黙。
店長、丁寧に履歴書を返す。
「申し訳ありませんが――今回はご縁がなく」
外に出たエーテル。
かやが腕組みして待っている。
「どうだった?」
「落ちた」
即答。
「理由は?」
「世界を救ってきたから」
「それがダメなんだよ!!!」
かや、頭抱える。
「お願いだから普通の人間のフリして!」
「“元武将”とか書かないで!」
「創世神とか論外!!」
エーテル、しょんぼり。
「……誇りだったのだが」
「今は職歴詐欺に見えるの!」
ネメシスが小声。
「父上、次は“無職”って書いた方がマシです」
「それはそれで落ちる」
夕方の公園。
滑り台とブランコのある小さな広場で、
ルミナが全力で走り回り、
ネメシスが本気で鬼ごっこをし、
ミラとルークが砂場で城を作っている。
笑い声が風に混ざる。
その少し離れたベンチに――
エーテルは深く腰を下ろしていた。
両肘を膝につき、指を組み、真剣な顔。
「……働くとは、なんだ」
小さくつぶやく。
宇宙を創り
星を救い
戦争を終わらせてきた存在が
今、時給に敗北中。
ネメシスが走りながら振り返る。
「父上ー!見てください、ルミナ速いです!」
ルミナは風みたいに駆け抜けて、
「えへへ!追いつけるー?」
ミラとルークが拍手。
エーテルは微笑みかけるが、すぐまた沈む。
「……この子たちを養うために、世界を救っても金は増えぬ」
ベンチを見つめる。
「なぜ銀河創造は評価されず、皿洗いが評価されるのだ」
そこへミラが砂まみれの手で駆け寄る。
「エーテル、元気ない?」
「仕事、決まらなかったの?」
エーテルは一瞬言葉に詰まる。
「……人間社会は、厳しい」
ルークが首をかしげる。
「星を作れるのに?」
「戦争止めたのに?」
「ヒーローなのに?」
エーテル、遠くを見る。
「それは“過去の実績”らしい」
「今は……即戦力が求められる」
ネメシスが戻ってきて、隣にちょこんと座る。
「父上は世界一すごいのに」
「人間は見る目ないですね」
ルミナもベンチによじ登る。
「エーテルが働かなくても、みんなで生きればいいじゃん」
エーテルは少し笑う。
「それではかやに怒られる」
風が吹いて、木の葉が揺れる。
子どもたちはまた走り出していく。
その背中を見ながらエーテルは静かに言う。
「……宇宙より、この世界の方が難易度が高いな」
しばらくしてぽつり。
「ネメシス」
「はい父上」
「人間はどうやって生きているのだ?」
「バイトです」
「……強敵だな」
夕焼けの帰り道。
ルミナはエーテルの手を引き、
ミラとルークは石を蹴りながら歩き、
ネメシスはエーテルの服の裾を掴んで離れない。
いつもの平和な帰宅ルート――
その時。
電柱に貼られた一枚の張り紙が、風に揺れていた。
《地下格闘大会 出場者募集》
優勝賞金:100万円
エーテルの足が止まる。
じっと読む。
もう一度読む。
「……格闘技」
小さく呟く。
「……戦う」
「……勝つ」
「……金が出る」
脳内で一瞬にして宇宙規模の計算が走る。
体力問題なし
技術問題なし
経験 → 戦国・宇宙戦争・神戦争済み
時給換算したら人類最高効率
エーテルの目が静かに光る。
「……これだ」
ネメシスが見上げる。
「父上、なにがです?」
エーテルは張り紙を指差す。
「戦ってよいらしい」
「しかも勝てば金が出る」
ミラが目を輝かせる。
「えっ!?すごい!」
ルークが首をかしげる。
「また星救うの?」
「いや」
エーテルは真剣な顔で言う。
「今回は生活費を救う戦いだ」
ルミナが無邪気に聞く。
「エーテル強いからすぐ勝つよね?」
「相手、大丈夫かな?」
エーテル、少し考えてから。
「……手加減は覚えねばならぬ」
「前回は山が消えた」
ネメシスが青ざめる。
「父上、それ格闘技じゃなくて天変地異です」
エーテルは張り紙を剥がし、丁寧に折って懐にしまう。
「よし」
「今日から私は――」
少し間を置いて。
「格闘家として社会復帰する」
子どもたち一斉に。
「おおーーー!!」
(なぜか盛り上がる)
夕焼けの中、
創世神はついに“人間社会で稼ぐ方法”を見つけてしまった。
ただし――
この世界の格闘技が無事で済むかは、誰も保証していない。
子どもたちはもう帰り道から大騒ぎだった。
「ほんとに戦うの!?」 「賞金でなに買う!?」 「アイス毎日!」 「城みたいな家!」
エーテルは少し誇らしげに歩きながら、
「まずは生活の安定だ」
と、やけに大人のことを言っていた。
その夜。
エーテルは一人、張り紙に書いてあった地下施設へ向かう。
古びたビルの裏口。
階段を降りるごとに響く歓声と重低音。
――ゴウン!ドン!バキッ!
明らかに普通の格闘技じゃない。
受付には無愛想な係員。
「エントリー?」
「はい」
「強さ測定あるけど?」
「問題ない」
通されたのは地下の一角。
巨大なサンドバッグが天井から吊るされていた。
横にはデジタル表示の衝撃計測器。
係員が鼻で笑う。
「軽くでいいから殴ってみ」
「新人はだいたい300〜500な」
「1000超えたら本戦即出場」
エーテルはサンドバッグを見つめる。
少し考える。
(山を割らぬ程度……) (大気を裂かぬ程度……) (星を震わせぬ程度……)
慎重に力を落とす。
右拳を構える。
ドン。
軽く――本当に軽く触れた。
その瞬間。
ズガァァァァン!!!!!
衝撃波が地下通路を吹き抜け、 照明が揺れ、 観客の悲鳴が飛ぶ。
サンドバッグは消滅した。
金具だけが天井からぶら下がって揺れている。
計測器:
《測定不能》
《センサー破損》
《再起動中》
《再起動失敗》
煙を吹いて沈黙。
施設全体が静まり返る。
係員の口が半開きのまま固まる。
「……え?」
エーテルは拳を見て首を傾げる。
「弱すぎたか?」
奥から運営責任者っぽい男が走ってくる。
「な、なにがあった!?」
係員が震える指で天井を指す。
「バッグ……消えました……」
男がエーテルを見る。
「……君、何者?」
エーテル、正直に答える。
「無職です」
沈黙。
そして次の瞬間。
「今すぐ本戦だ!!!」
「いや特別枠だ!!!」
「今日のメインイベント変更!!!」
スタッフが走り回り始める。
エーテルは少し困った顔で呟く。
「……手加減、難しいな」
地下格闘場に、
人類の想定を完全に超えた新星が誕生した瞬間だった。




