第十三部 守りたかったもの
青年の手が、久世の胸に触れた瞬間。
流れ込んできたのは、無限の記憶ではなかった。
ただ――
創ったこと。
そして、守れなかったこと。
何もなかった宇宙。
闇しか存在しなかった空間。
その中で久世は、最初の星を創った。
生命が芽吹き、文明が生まれる“始まりの星”。
そして孤独の中で、仲間を創り出した。
セラ。
アーク。
イリス。
レオン。
他の創生の守護者たち。
世界を守るために生まれた存在たち。
だがその星は、滅びた。
燃える空。
崩れる大地。
消えていく命。
久世は間に合わなかった。
創った世界を――守れなかった。
胸を引き裂く後悔だけが、今も残っている。
青年の声が、初めて震える。
「君は創った……そして失った」
「だから君は、守れる存在になるために何度も生まれ変わった」
身体が光へとほどけ始める。
「この痛みを忘れなければ、君は負けない」
そして、消える直前――
青年は微笑んだ。
「君の本当の名前は……」
「エーテル・スターだ」
その言葉と同時に、青年は完全に消えた。
久世は立っていられず、膝から崩れ落ちる。
自分は武将でも、英雄でもない。
星だった。
世界そのものだった。
創って、失って、それでも守ろうとする存在。
久世――
いや、エーテル・スターは、俯いたまま動かなかった。
背負うにはあまりにも大きすぎる過去を胸に。
久世はしばらく、動かなかった。
宇宙の静寂だけが流れていた。
誰も声をかけない。
かやでさえ、ただ見守っていた。
やがて、久世はゆっくり立ち上がる。
震えはない。
迷いもない。
そこにいるのは取り込まれた存在ではなく、
すべてを思い出し、それでも“今を生きる者”。
「俺は久世だ」
静かに、しかしはっきりと。
「戦国を生きた久世で、恒一と野球をした久世で、
かやの夫で、仲間の久世だ」
皆の顔を順に見渡す。
「だが――」
胸に手を当てる。
「その奥にあった名も、もう否定しない」
一拍置いて、告げる。
「俺は……エーテルだ」
空間がわずかに震える。
だが力は暴走しない。
星を壊す神ではなく、
守る存在としての波動だけが広がる。
「人格が変わったわけじゃない」
「過去に飲まれたわけでもない」
「全部思い出した“久世”として出した答えだ」
かやが一歩近づく。
「久世でも、エーテルでも……あなたはあなたでしょ」
久世は小さく笑う。
「だな」
エーテルは静かに言う。
戻らないわけじゃない。
逃げるわけでもない。
「ここで終わらせるために、ここに残る」
この星は
・最初に作った星
・守れなかった星
・仲間を失った記憶の原点
つまり――
エーテルの“罪と始まり”そのもの。
かや達に言うエーテルの言葉も刺さると思う。
「今まで俺は戦ってばかりだった」
「でもこの星には、戦いじゃなく“時間”が必要だ」
「だからここは――俺の役目だ」
永遠の別れじゃない。
“役目が終わるまでの別れ”。
かやだけはわかってる。
この人は必ず戻るって。
宇宙船のハッチが閉まる瞬間まで、
かやは振り返らなかった。
振り返ったら――きっと戻れなくなるから。
朔姫も凛も、夜叉も難波も、風夏も、華陽も、ミラもルークもジンも、
誰一人として声を出さなかった。
別れじゃないと、全員が理解していたから。
エーテルは一人、星の縁に立つ。
眼下には時空が川のように流れ、
無数の宇宙が光となって瞬いている。
その中に――
たった今旅立った小さな宇宙船があった。
エーテルは静かに手をかざす。
創生の力でも、戦いの力でもない。
**“還すための力”**を使う。
歪んだ時空がゆっくりと整い、
宇宙船は元の宇宙軸へと押し戻されていく。
まるで流れに乗せる小舟のように。
「行け」
その一言に、すべての想いが込められていた。
守れなかった過去
愛した人たち
未来への信頼
全部。
宇宙船は光の線となって消える。
エーテルはしばらくその余韻を見つめてから、
静かに背を向けた。
「さて……」
「ここからだな」
彼の足元で、
死の星だった大地がわずかに光を帯びる。
土が動き
風が生まれ
どこかで――小さな芽が芽吹く。
戦士ではなく
守護者として
宇宙船は、再び星々の海を進んでいた。
目的は変わらない。
散らばった欠片を集め、命を取り戻していく旅。
けれど――
一つだけ、以前と決定的に違うことがあった。
船内に、エーテルの気配がない。
かやは窓際に座り、流れていく星雲を見つめていた。
綺麗だと思えない。
どれほど輝いていても、胸の奥が空いたままだった。
「……エーテル……」
声に出した瞬間、堪えていたものが溢れる。
ぽろ、ぽろ、と静かに涙が落ちた。
「かや……」
レオンが細い手で近づく。
今は球体の姿に小さな腕を生やしたまま、ぎこちなく寄り添う。
「置いていかれたわけじゃないぞ」
「守るために残ったんだ」
それでもかやは首を振る。
「わかってる……わかってるけど……」
「一緒に旅してたのに……また一人で……」
イリスがそっと肩に手を置く。
「エーテルはね、逃げたんじゃない」
「“背負った”のよ」
「創生の責任も、後悔も、未来も」
「全部自分の星で受け止める覚悟をしただけ」
レオンが少しだけ声を明るくする。
「しかもあいつ、絶対またひょっこり帰ってくるタイプだ」
「創生の守護者だぞ?」
「孤独エンドで終わる器じゃない」
かやは涙を拭きながら、かすかに笑った。
「……うん」
「エーテル、絶対帰ってくるよね」
窓の向こうで、次の星が光を放つ。
欠片の反応が、静かに点灯していた。
旅は続く。
悲しみを抱えたままでも。
希望を失わずに。
そしていつか――
再びあの人と並んで星を眺める日を信じて。
その頃――
宇宙の狭間に残された、名もなき星。
灰色だった大地に、エーテルは一人立っていた。
風もない。
音もない。
ただ、時空の流れだけが空にゆっくりと揺れている。
エーテルは膝をつき、地面にそっと手を当てた。
創生の力が、指先から微かに滲む。
乾ききった土が、ゆっくりとほどけるように柔らかくなっていく。
その手の中にあったのは――
小さな、木の苗。
かつてこの宇宙が生まれる前、
命という概念そのものを象徴していた“始まりの樹”の欠片。
エーテルは静かに穴を掘り、苗を植えた。
土をかぶせ、両手で包み込む。
「……ここからだ」
低く、しかし優しい声。
「失ったものは戻らなくても」
「新しい命は、また生まれる」
創生エネルギーが大地を脈打つ。
灰色の星に、初めて“緑”が灯った。
小さな葉が震え、芽が伸びる。
その周囲の土に、水が滲み、光が宿り始める。
エーテルは空を見上げる。
遠くには、かやたちのいる銀河。
見えなくても、確かにそこにある。
「待っていろ」
「この星を、生きた世界にしてから――」
「必ず戻る」
小さな木は、静かに風もない世界で揺れていた。
それはこの宇宙に再び始まった、
再生の第一歩だった。
この星の時間は――
宇宙とは切り離されていた。
かやたちのいる宇宙で
一日が過ぎる頃。
ここでは――
千年が流れる。
エーテルが植えた、たった一本の苗。
最初の百年で、膝ほどの高さになった。
二百年で枝が伸び、葉が広がり、
影が大地に生まれた。
三百年で、根が星の奥深くまで張り巡らされる。
五百年。
その木の周囲に、草が生えた。
苔が岩を覆い始め、
微かな水の流れが地面を走った。
七百年。
苗だった木は、大樹になっていた。
その根元から、また小さな芽が生まれる。
一本が、二本に。
二本が、十本に。
命は増えることを覚えていった。
千年。
星の表面の半分が、森に変わっていた。
灰色だった大地は、
深い緑と土の香りで満ちている。
風が生まれた。
葉が擦れ合い、
この世界で初めて“音”が響いた。
二千年。
森は星を覆い尽くした。
巨大な樹々が空を突き破るほど伸び、
根が大陸のように連なった。
雲が生まれ、雨が降り、川が走った。
五千年。
湖ができ、山が隆起し、
生命の循環が完成する。
鳥に似た影が空を舞い、
小さな獣が森を駆ける。
一万年。
ここはもう――
死の星ではなかった。
完全な生命惑星だった。
そしてその中心。
最初に植えられた“始まりの樹”の下で。
エーテルは、変わらぬ姿で立っていた。
時間だけが世界を育て、
彼だけが変わらず見守り続けていた。
「……育ったな」
星そのものが、彼の答えだった。
森が星を覆い尽くしてから、さらに時が流れた。
風は意思を持つように巡り
水は道を選んで流れ
生き物たちは群れを作り始めていた。
だが――
この星にはまだ
考える者がいなかった。
エーテルは始まりの樹の前に立つ。
何千年も続いた静寂の中で、
初めて“迷い”を含んだ声を落とす。
「俺ひとりでは……世界は続かない」
守る者が一人だけの星は
いずれまた滅びに向かう。
だから――
エーテルは決めた。
地に手をつける。
銀河エネルギーが脈打つように流れ込み
森全体が淡く発光した。
だが久世だった頃のような荒々しさはない。
これは
創るための力だった。
まず、大地から人の形が浮かび上がる。
骨格、筋肉、皮膚。
だがそれだけじゃない。
エーテルはそこに――
理解する心
学ぶ力
迷い、選ぶ意志
を一つずつ刻み込んでいく。
「完璧な存在にはしない」
「間違えるからこそ、未来は生まれる」
光が収束したとき。
そこに立っていたのは
エーテルによく似ていながら、まったく違う存在。
目に宿るのは力ではなく――知性。
ゆっくりと瞼が開く。
「……ここは?」
声を持ち、問いを持つ存在。
エーテルは静かに微笑った。
「お前はこの星の第二の守護者だ」
「創り、導き、そして俺がいなくても世界を続ける者」
その存在は膝をつく。
本能で理解していた。
目の前の存在が“創生そのもの”だと。
「あなたは……神?」
エーテルは首を振る。
「違う」
「ただの始まりだ」
そして名を与える。
「お前の名は――ルミナ」
“文明に火を灯す者”。
こうしてこの星には
自然を守る創生者・エーテル
文明を育てる第二守護者・ルミナ
二つの意思が並び立った。
そしてここから始まる。
森だけの星は――
文明を持つ世界へ進化していく。
ルミナは最初、森の中を歩き回っていた。
風の流れを読み
水の湧く場所を覚え
動物たちの習性を観察する。
そしてぽつりと呟く。
「ここなら……人は生きられる」
その言葉に、エーテルは少しだけ驚く。
教えていない。
だがもう“考える文明”が芽吹いていた。
ルミナが地面に手を当てる。
エーテルほど荒々しくはないが
柔らかな光が広がり――
土から人の姿が生まれていく。
最初は数人。
男女、子ども、老人。
目を開き、息をし、震えながら世界を見る。
「……ここはどこ?」
ルミナは優しく答える。
「君たちの世界だよ」
エーテルはその後ろで静かに支える。
雨を呼び
寒さを和らげ
獣が近づかぬよう森を動かす。
直接人を導かない。
だが、失われないように世界を整える。
やがてルミナは気づく。
人が増えるほど
雨宿りが必要になることに。
「屋根がいるな……」
木を切り、石を積み、
簡素な小屋が生まれる。
それがやがて
集まり――村になる。
畑を作る者
狩りに出る者
火を扱う者
役割という概念が生まれた瞬間だった。
エーテルはそれを見て、胸が少し熱くなる。
(セラたちがいた頃と……同じだ)
だが今度は、
守るだけじゃない。
未来が自分の手を離れて動き出している。
数百年が流れる。
村は町に。
町は都市に。
道が引かれ
橋がかかり
星に初めて“文明の光”が灯る。
夜空から見ると
森の中に宝石のような街が浮かんでいた。
ルミナは言う。
「人は弱い。でも――選ぶ力を持っている」
「だから世界は進む」
エーテルは静かに頷く。
「俺は壊さぬよう支える」
「お前は未来を創れ」
この星はもう
ただの避難所じゃない。
第二の宇宙文明の始まりの星になった。
そして遠く離れた宇宙で――
欠片を集めるかやたちの知らぬ間に
エーテルは新しい“希望の世界”を完成させつつあった。
かやたちが航行していた銀河の彼方。
誰も気づかぬほど静かに――
一つの星がそこにあった。
光の爆発も、歪みもない。
ただ、最初から存在していたかのように夜空に溶け込んでいる。
ジンが星図を確認して息を呑む。
「……記録が変わっている」
「この星は“創生以前から存在していた恒星系”として登録されている」
イリスが震える指で計測する。
「時間干渉値……ゼロ」
「書き換えじゃない……再定義されている」
その星こそ――
エーテルの星。
宇宙はそれを異物として拒絶せず、
“最初からここにあった根幹の星”として受け入れていた。
かやは胸を押さえる。
なぜか懐かしい。
行ったことがあるはずなのに、
帰ってきた気がする。
「……あそこに、久世……エーテルがいる」
確信にも似た感覚。
星から微かな波動が流れ出す。
破壊されたはずの星系が安定し
生命エネルギーが宇宙全体に循環し始める。
まるで心臓が再び鼓動を打つように。
そして遠く離れたその星で。
エーテルは空を見上げていた。
「……ついに繋がったか」
彼の背後には
森と都市と、知性ある民たち。
創生はもう“孤立した世界”ではない。
宇宙そのものの中枢へと昇格した。
大気圏に入っても揺れはなく、
まるで星そのものが迎え入れているようだった。
雲を抜けた先に広がっていたのは、
かつての荒廃は一切ない世界。
無限に広がる森、光を反射する川、
空に浮かぶ都市、脈打つように流れる生命エネルギー。
そして中心。
巨大な光柱の中に――人影があった。
地面に降り立った瞬間、
全員が言葉を失う。
そこに立っていたのは久世。
いや――
エーテル。
身体は淡い銀河色の光を纏い、
髪は星屑のように揺れ、
瞳には無数の宇宙が映っている。
立っているだけで重力が歪み、
空間が呼吸していた。
それはもう「強者」ではなく――
宇宙そのものの化身だった。
朔姫が震えた声で言う。
「……父上?」
夜叉ですら片膝をつく。
難波が喉を鳴らす。
「冗談だろ……神々より上じゃねぇか……」
かやだけが歩き出す。
怖くない。
むしろ懐かしい。
光の圧に押されるはずなのに、
その光はかやだけを優しく包んだ。
エーテルが振り向く。
その瞬間、星が脈打つ。
宇宙が呼応する。
だが――その声は変わらなかった。
「……かや」
「来てくれたんだな」
かやの目に涙が溢れる。
「置いていくなんて……ずるいよ」
「一人で神様になるなんて……」
エーテルは微笑う。
その笑顔だけが、
昔の久世そのままだった。
「すまん」
「でも――ここは俺が守る場所だった」
かやはその胸に飛び込む。
光の身体なのに、
確かに“温かい”。
宇宙の鼓動が伝わってくる。
「おかえり……久世」
エーテルは静かに抱き返す。
「ただいま、かや」
その瞬間、星全体が輝き、
銀河に新たな生命波が広がった。
宇宙が再び完全に循環を始める。
ジンが呆然と呟く。
「……創生神話は、伝説じゃなかったんだ」
イリスが笑う。
「いや――今生まれ直したんだよ」
そしてエーテルは言う。
「ここはもう孤立した世界じゃない」
「宇宙の心臓だ」
「ネメシスが来るなら――」
瞳が星雲のように輝く。
「ここで終わらせる」
星の光がゆっくりと落ち着いていく。
森は呼吸するように揺れ、
都市は自律して動き、
エネルギーは循環し続けていた。
もう誰かが支え続けなくても――
この宇宙は生きている。
エーテルは空を見上げて静かに言う。
「もう大丈夫だ」
「この宇宙は、守護者がいなくても進んでいける」
ルミナが少し驚く。
「……本当に、行くの?」
エーテルは微笑った。
「俺たちが作った世界だからこそだ」
「子どもは、いつか親の手を離れる」
かやの手を握る。
「そして俺は――守る側じゃなく、生きる側に戻る」
星が一瞬だけ強く輝く。
まるで祝福のように。
ルミナもゆっくり頷いた。
「なら私も行く」
「創った世界を信じるなら、見届けるより一緒に歩こう」
宇宙船のハッチが開く。
光の神と第二の守護者が、
再び“旅の仲間”として乗り込む。
ジンが呆然とする。
「創世神と守護者が同乗とか……保険きかないだろこの船」
難波が笑う。
「宇宙最強の護衛ついたな」
夜叉は静かに頭を下げる。
「……お帰りなさい、殿」
エーテルはかつての久世のように肩をすくめる。
「大げさだ」
「ただの旅人に戻っただけだ」
かやが笑う。
「ううん」
「宇宙一強い旅人だよ」
宇宙船はゆっくりと浮上する。
背後で星は静かに輝き続ける。
もう守られる存在ではなく、
自ら生き続ける宇宙として。
そしてエーテルは前を向く。
「さて……次はどの星だ?」
エーテルとルミナが宇宙船に加わり、船内は一瞬だけ静まり返った。
神と守護者が乗っているという異常事態よりも、
久世が――エーテルが戻ってきたという事実の方が、皆には大きかった。
その沈黙を破ったのはジンだった。
「感動の再会は後にしてだな」
操縦席を叩きながら振り返る。
「次の星へ行く前に補給が必要だ」
「燃料、修復パーツ、食料、医療物資。全部底をつきかけている」
難波が腕を組む。
「つまり寄り道か」
ジンはにやりと笑う。
「寄り道じゃない、補給拠点だ」
「久々に宇宙空軍の管轄星――オルビスへ向かう」
その名を聞いた瞬間、かやが少し緊張する。
「……戦場になった場所だよね」
朔姫も思い出すように息を吐く。
「ネメシスと初めて真正面からぶつかった星」
エーテルは静かに窓の外を見る。
かつて命を賭けて守った空域。
多くの犠牲と希望が交錯した場所。
「今は復興が進んでいるはずだ」
「空軍も再編されて、防衛網は宇宙屈指になっている」
ジンが操縦桿を握る。
「つまり安全で、物資が揃ってて、人も多い」
「最高の補給星ってわけだ」
ルミナが小さく微笑う。
「平和になった場所を見るのは……悪くない」
ワープ座標が設定される。
星図に光るひとつの青い惑星。
【ORBIS】
エンジンが低く唸る。
宇宙が折りたたまれ、光が線になる。
かやはエーテルの手を握った。
「帰ってきたばかりなのに、また戦場の近くに行くね」
エーテルは優しく握り返す。
「今度は守るためじゃない」
「生きるためだ」
宇宙船は光の奔流へ突入する。
かつて戦火に包まれた星へ。
今は再生と希望の象徴となった星へ。
ワープを抜けた瞬間、窓いっぱいに広がったのは蒼く輝く巨大都市圏だった。
星全体が光の環で包まれ、無数の航路が空を走る。
かつて戦火に焼かれたとは思えないほどの平和。
「……すご」
かやが思わず声を漏らす。
朔姫は目を輝かせた。
「完全に未来都市じゃん」
ジンが誇らしげに言う。
「オルビスは宇宙空軍の本拠星だ。復興技術は銀河最高峰」
「壊れた星ほど、強く美しくなる」
着陸ゲートが開き、潮風のような人工大気が流れ込む。
市場区画、空中庭園、重力ゼロの遊歩道。
生命が溢れていた。
夜叉が周囲を見回しながら呟く。
「戦場だったとは信じられんな」
難波が笑う。
「俺たち、星一つ救ってたんだな」
エーテルは静かに街を見つめる。
創った宇宙が――ちゃんと生きている。
その隣でルミナも小さく頷いた。
「守った意味がある世界だね」
ジンが手を叩く。
「よし補給まで自由行動!」
「食べるもよし遊ぶもよし!」
一瞬で散る一同。
市場へ走る朔姫と難波
空軍博物館に向かう夜叉とルミナ
服屋に吸い込まれるかやと風夏
機械街へ消えるイリスとレオン
エーテルだけが立ち尽くしていた。
「……平和だな」
ジンが肩を叩く。
「それを守ったのがお前だ」
しばらくして再集合。
全員が袋だらけ。
朔姫は巨大肉串を抱え、
レオンは意味不明な宇宙玩具を増やし、
夜叉は戦闘シミュレーターの記録を破って誇らしげ。
かやが笑う。
「旅してる感じ、久しぶりだね」
エーテルも微笑った。
「ああ……生きてるって感じがする」
オルビスの中央市場。
重力エリアが切り替わるたびに床が浮いたり沈んだりして、人の流れが複雑に交差していた。
「わぁ……すごい……」
ミラが目を輝かせる。
「宇宙って遊園地みたいだな!」
ルークは空中広告に手を伸ばして跳ね回る。
次の瞬間。
人波が一気に動いた。
「ミラ!ルーク!」
かやが叫ぶが、もう小さな背中が見えなくなる。
エーテルはため息をついた。
「……仕方ない」
両腕を伸ばして――
ひょい。
片腕にミラ、もう片腕にルーク。
まるで軽い荷物のように持ち上げる。
「うわぁ!?たかーい!!」
「クゼすげぇ!!」
二人は楽しそうに笑う。
周囲のオルビス市民が一斉に振り返る。
「え、あの人片手で子供二人持ってる…」
「重力無視してない?」
「空軍の強化兵士か?」
かやが慌てて駆け寄る。
「エーテル、重力強い区域なんだからもっと普通に…!」
エーテルはきょとん。
「普通だが」
風夏が吹き出す。
「その“普通”が異常なんです」
ミラがぎゅっとエーテルの首にしがみつく。
「落ちないの安心!」
ルークも反対側で腕を回す。
「ずっとこうしてて!」
エーテルは少し困ったように笑った。
「……迷子防止装置だな」
朔姫が写真撮ってる。
「はい記念保存〜!」
夜叉が真顔で頷く。
「良き光景だ」
かやはその様子を見て胸がじんわり温かくなる。
宇宙を創った存在が、
今は子供を守る腕になっている。
「久世……エーテル」
小さく名前を呼ぶと、彼は振り向いた。
「なんだ?」
「平和だね」
エーテルはミラとルークを抱いたまま空を見上げる。
「ああ……これが守りたかった世界だ」
オルビスの空中回廊。
エーテルが相変わらず左右にミラとルークを抱えたまま歩いていると、
そこへ光をまとったルミナが静かに並ぶ。
柔らかい微光が子供たちを包み込む。
「ルミナも来たー!」
ミラが嬉しそうに手を伸ばす。
ルミナは微笑んでミラの頭をそっと撫でる。
「迷子防止係が二人になったわね」
「効率が上がったな」
エーテルが真顔で答える。
その時だった。
ミラがエーテルの顔をじっと見つめて、小さく言う。
「……なんか」
一瞬の間。
「パパみたい」
空気が、止まった。
かやの足が止まる。
朔姫のシャッター音も止まる。
夜叉と難波が同時に視線をそらす。
風夏は口を押さえる。
ジンはゆっくり振り返る。
「……言ったな、今」
エーテル自身が固まる。
「…………」
完全フリーズ。
宇宙を創った存在、
銀河を生み出した守護者、
今、人生最大級のダメージを受けている。
ルークが無邪気に追撃する。
「うん!パパだよな!」
「抱っこ強いし!」
「落とさないし!」
とどめ。
かやの心臓が物理的に止まりかける。
「パ……パ……」
ルミナは少し驚いたあと、静かに微笑った。
「……そう見えるのね」
エーテルがようやく声を絞り出す。
「私は……父ではない」
ミラは首をかしげる。
「でも守ってくれる」
「抱っこしてくれる」
「一緒にいる」
沈黙。
完全論破。
朔姫が小声で。
「……条件揃ってますね」
夜叉「完璧だ」
エーテルは視線をそらしたまま、珍しく動揺している。
「その呼称は……不適切だ」
「だってパパだもん」
ミラがにっこり。
ルミナが優しく言う。
「エーテル、あなたはもう“創造主”じゃなくて“誰かの居場所”なのよ」
その瞬間。
かやの目に涙がにじむ。
守る存在だった人が、
今は守られる家族の中心になっている。
エーテルは小さく息を吐いた。
「……好きに呼べ」
一斉に。
「パパーー!!」
オルビスの通路に響く声。
通行人が振り返る。
「え、あの神みたいな人パパなの?」
「宇宙の父?」
エーテルは顔を覆った。
「……騒がしい」
だが腕は緩めない。
かやが泣き笑いで言う。
「久世……いいお父さんだね」
エーテルは小さく答える。
「……守ると決めた存在だ」
オルビスの休憩区画。
エーテルの両腕には相変わらずミラとルーク。
その横にぴったりくっつくルミナ。
完全に――家族構図。
「パパ、こっちのお店きれい!」
「パパ、これ食べたい!」
「パパ見て!」
エーテルは淡々と全部対応。
「順番だ」
「走るな」
「転ぶ」
抱き上げ、撫で、守る。
完璧。
それを少し離れた場所から見る大人組。
空気が、重い。
かや(静かに死亡)
「……私の旦那だったよね?」
「なんで子供にだけあんなに優しいの?」
朔姫
「今まで私たちに見せなかった顔ですよね」
華陽
「ま…まぁ、父上も、そんな、ねぇ…」
凛(冷静にダメージ)
「理屈では理解しているが」
「感情が納得しない」
風夏(気品ある嫉妬)
「……わたくしたちには“順番だ”など言ってくださらなかったですわよね?」
夜叉(低音で)
「殿……いやエーテル殿」
「子供限定ボーナスは聞いてない」
難波(腕組み)
「守護者の父性スキル強すぎだろ」
「俺らにも一回くらい抱っこしてくれ」
イリス(研究者のくせに拗ねる)
「私なんて改造も手伝ってるのに!」
「なぜ娘判定されないの!」
レオン(変形して抗議)
「俺も球体だけど心は子供だぞ!?」
「パパって呼んでいい!?」
一斉にエーテルを見る。
エーテルは子供たちを抱いたまま淡々と。
「ルミナは私から創生された」
「血縁に最も近い」
「よって娘だ」
追撃。
「君たちは仲間だ」
仲間。
仲 間。
全員ズガーン。
かやが震えながら。
「私は……妻……だよね……?」
エーテル、間髪入れず。
「最優先存在だ」
一瞬静まる。
だがすぐ嫉妬再燃。
朔姫
「娘は?」
「無条件で抱っこ」
「妻は?」
「言質だけ」
華陽
「差がえぐい!」
ルミナが首をかしげる。
「みんなもパパに抱っこされたいの?」
全員:
「されたい!!!!」
沈黙。
エーテルは一瞬考え、静かに言う。
「……重量制限がある」
難波即死。
夜叉黙死。
レオン変形失敗。
かやだけ小さく。
「……私だけでも」
エーテルはため息をつき、片腕でかやを引き寄せる。
子供+妻抱き。
完全家族完成。
周囲の嫉妬ゲージ爆発。
華陽
「ずるい!!!」
朔姫
「贔屓です!!」
風夏
「不公平ですわ!!!」
エーテル一言。
「家族優先だ」
全員
「ぐうの音も出ねぇ……」
そしてルミナが無邪気に言う。
「パパ人気者だね!」
誰が一番エーテルに甘えられるか選手権
(主催:朔姫 参加者:大人組ほぼ全員)
会場:オルビス補給ステーション休憩区画
審査員:ミラ・ルーク・ルミナ(公平)
エーテル:状況を理解していない当事者
ルール
・エーテルに自然に甘えた者が高得点
・拒否されたら即失格
・露骨な誘惑は禁止(でも誰も守らない)
【第一走者:かや】
静かに近づき、そっと袖を掴む。
「エーテル……少しだけ、隣いい?」
エーテル即座に腕を回す。
「構わない」
かや、肩に頭を預ける。
ミラ&ルーク
「うわーパパ優しい!」
審査員満点スタート。
【第二走者:朔姫】
腕を組んで堂々。
「父上、久しぶりに肩を貸してください」
エーテル一瞬考える。
「……問題ない」
肩ポン。
抱き寄せは無し。
朔姫
「え?」
点数:中
【第三走者:風夏】
上品に裾をつまみ。
「エーテル様、お疲れでしょう。こちらへどうぞ」
エーテル椅子を引く。
「ありがとう」
だが距離保つ。
風夏
「……近くは?」
「近すぎる」
撃沈。
【第四走者:凛】
真正面から。
「甘えたい」
エーテル
「理由は」
「必要か?」
「……座れ」
隣許可のみ。
ハグなし。
凛、悔しそう。
【第五走者:華陽】
勢いで突撃。
「父上ーー!!」
抱きつく。
エーテル反射的に受け止めるが、
「重い」
そっと剥がす。
華陽
「ひど!」
失格ギリ回避。
【第六走者:夜叉】
腕組みして低音。
「一度くらい甘えてみるか」
一歩近づく。
エーテル即言う。
「近い」
即終了。
【第七走者:難波】
ニヤニヤ。
「兄貴〜」
エーテル
「その呼び方は許可していない」
失格。
【特別枠:ルミナ】
てててっと走る。
「パパー!」
エーテル即抱き上げ。
「どうした」
ルミナ笑顔。
審査員全員一致優勝。
結果
1位ルミナ(不動の王者)
2位かや(正妻パワー)
3位朔姫・凛(健闘)
その他:惨敗
大人組、床に転がる。
「ずるい……」
「血縁強すぎ……」
エーテル、静かに一言。
「順位は自然な結果だ」
かやだけ満足げにエーテルの腕の中。
ルミナは膝の上。
完全勝利構図。
ルミナはぎゅうっと、もう一段階力を込めてエーテルの首に腕を回した。
小さな体がぴたりと密着して、まるで離れる気がない。
「パパ〜」
エーテルは少しだけ目を細めて、そのまま自然に背中を支える。
完全に“抱き慣れている手つき”だった。
それを見た瞬間、かやがピシッと指を立てる。
「ルミナ!はしたないよ!そんなにくっつくものじゃありません!」
ルミナはエーテルの胸に頬をすりっとこすりつけながら、にやぁっと笑う。
「え〜?でもパパあったかいよ?」
そしてちらっと、かやを見る。
「……それとも、かやママ。羨ましいんでしょ?」
その一言に、空気が止まる。
「なっ——!?」
かやの耳まで一気に赤くなる。
「う、羨ましくなんか……!」
エーテルが静かに補足する。
「かやも抱きたいなら拒まないが」
即座に朔姫が噴き出す。
「父上それ言っちゃダメなやつです!」
華陽「戦争になるぞ父上!」
凛「もう起きてるけどな」
風夏は口元を押さえて微笑み、
夜叉と難波は遠くを見るふり。
かやは完全にフリーズ。
「……え……その……」
ルミナは勝ち誇ったようにさらにぎゅう。
「ほら〜パパ取られちゃうよ〜?」
エーテルは淡々と結論。
「ルミナは娘。かやは伴侶。どちらも重要だ」
それが逆に破壊力抜群。
かや、顔真っ赤でしゃがみ込む。
「そ、そんな正面から言わないで……!」
ルミナはくすくす笑って、
「じゃあかやママも一緒にくっつけばいいのに〜」
場の全員が一斉に見る。
エーテルも普通に腕を片方空ける。
沈黙。
次の瞬間——
かや、覚悟を決めてそっと寄る。
結果:
ルミナ+かやでエーテル両側密着状態。
大人組、完全敗北。
華陽「父上ハーレム完成してんじゃん…」
エーテル「事実ではない」
だが誰も信じなかった。




