第十二部 忘却の創生星
女王は静かに微笑み、久世たちを城の奥へと案内した。
コロシアムの喧騒とは別世界のように、廊下は柔らかな光に包まれている。壁にはこの星の歴史を刻んだ絵や彫刻が並び、どれも気品に満ちていた。
やがて扉が開かれる。
そこは女王の私室に近い空間だった。
花の香りが漂い、棚には古い装飾品や書物、そして――
一枚の大きな写真が飾られていた。
久世は足を止める。
かやも、朔姫も、凛も息をのんだ。
そこに写っていたのは、若き日のセラだった。
まだ少女の面影を残しながらも、まっすぐ前を見据える瞳。
優しさと覚悟が同時に宿ったその表情は、久世の記憶にあるセラそのものだった。
「……セラ」
久世の声が、自然とこぼれる。
女王はゆっくりとうなずいた。
「この星で最初に“美”と“誇り”を示した存在。それがセラ様です」
「争いばかりだったこの世界に、競い合うことの意味を教えてくださった」
「力ではなく、生き様で」
かやは写真に近づき、そっと指先で空気をなぞる。
「この人が……久世の、大切な人……」
久世は何も否定しなかった。
ただ、目を細めて写真を見つめる。
胸の奥が、じんわりと痛んだ。
懐かしさと、喪失と、守れなかった後悔が混ざり合う。
女王は静かに続ける。
「セラ様は最後まで言っていました」
「“クゼはきっと何度生まれ変わっても、誰かを守る人になる”と」
「だからこの星は、あなたを王としてではなく——帰ってきた存在として迎えたのです」
部屋が静まり返る。
朔姫は唇を噛みしめ、凛はそっと拳を握った。
夜叉も難波も、いつもの豪快さを忘れて黙っている。
かやだけが久世の隣に立ち、そっと手を握った。
久世はその温もりで、ようやく現実に戻る。
「……セラはな」
「美の女王なんて柄じゃなかった」
「転んで泣いて、飯こぼして笑って、星を救って……忙しい女だった」
一同が思わず小さく笑う。
女王もくすりと微笑んだ。
「記録には残らない姿ですね」
「でも、きっとそれこそが本当のセラ様なのでしょう」
久世は写真に向かって小さく息を吐く。
「またずいぶん派手な星を作ったな、セラ」
「パンイチで王様やらされるとは思わなかったぞ」
空気が一気に和らぐ。
かやが小さく吹き出し、朔姫が「そこなの?」と呆れる。
女王は楽しそうに笑った。
「セラ様ならきっと言いますよ」
『クゼらしくて最高じゃない』と。
久世は少し照れたように鼻で笑う。
「……まったく、あいつは」
だがその目は、優しく潤んでいた。
セラはもういない。
けれど、この宇宙のあちこちに、確かに生きている。
その証が、この星であり、この人々なのだと——
久世はようやく実感していた。
女王はゆっくりと振り返り、部屋の奥へ歩いていく。
そこにはガラスのケースに包まれた、小さくも強く光る結晶が浮かんでいた。
淡く脈打つように輝くそれは——
間違いなく、エーテルスターの欠片だった。
「本来、これは美闘祭の優勝者にのみ授けられるもの」
「この星が最も誇る“再生の証”です」
女王はケースを開き、両手で丁寧に欠片を持ち上げる。
空気が震える。
久世の中の創生エネルギーが自然と反応し、淡く共鳴し始めた。
「ですが今回は——最初からあなたのものでした、クゼ様」
「セラ様がこの星に残した最後の欠片です」
一同が息をのむ。
かやが小さくつぶやく。
「……セラが、ここに」
女王は静かにうなずく。
「この星が滅びかけた時、セラ様はご自身の力を分け与えました」
「完全に再生するまで、この欠片だけを残して」
「いつか“クゼが帰ってきた時に渡せ”と」
久世はゆっくりと欠片に手を伸ばす。
触れた瞬間——
温もりが走った。
まるでセラがそこにいるかのような、優しくて懐かしい感覚。
映像のように、一瞬だけ声が響く。
『遅いよ、クゼ』
久世の喉が詰まる。
「……悪い」
「だいぶ寄り道した」
かやがそっと久世の腕を抱く。
朔姫も凛も、何も言わず見守っていた。
女王は微笑む。
「これで欠片は、あなたの旅に戻りました」
「この星はセラ様の想いと共に、生き続けます」
久世は欠片を胸にしまい、深く頭を下げる。
「ありがとう」
「セラも、きっと喜んでる」
その瞬間、ルミエラの空が淡く光り、星全体が祝福するかのように輝いた。
美の星は再び完全な命を取り戻したのだ。
難波がぽつりと。
「……なんか毎回、壮大だな俺たちの旅」
夜叉が腕を組む。
「慣れるもんじゃねぇ」
朔姫は涙を拭って笑う。
「でも、悪くないでしょ」
かやは久世を見上げて言う。
「セラが繋いだ旅、まだ終わらないね」
久世は小さく笑って頷く。
「ああ」
「まだまだ宇宙は広い」
「欠片も、想いも、全部拾って帰ろう」
そしてふと——
「……パンイチでな」
一同「そこは脱げ!!!」
城に笑い声が響き渡った。
ルミエラの輝く都市が、ゆっくりと宇宙の彼方へ遠ざかっていく。
改造された宇宙船は静かに加速し、光の帯の中へ滑り込んだ。
「さらば美の星〜!」
華陽が窓に張りついて手を振る。
朔姫も名残惜しそうに見ていたが、久世は腕を組んで静かに目を閉じていた。
セラの欠片の温もりが、まだ胸に残っている。
その時だった。
「……フン」
やけに大きなため息。
全員の視線が一斉に向く。
船内の床にちょこんと座り、腕(細すぎる)を組んだレオンが、明らかに拗ねていた。
「どうしたレオン?」とかや。
レオンはぷいっと顔を背ける。
「俺だけよォ……」
「誰も俺を美闘祭に出してくれなかったじゃねぇか……」
凛が即ツッコむ。
「出したら事故だろ」
「球体が転がって終わりだ」
「変形できるんだぞ!?俺は!!」
レオンはぷるぷる震えながら抗議する。
「イリスに改造されてからというもの!
誰も俺を戦力として見てねぇ!!
着せ替え人形扱いだ!!」
風夏がにこやかに言う。
「とても可愛かったですよ?」
「褒めてねぇ!!!」
難波が笑いながら肩を叩く(叩いた衝撃でレオンが少しへこむ)。
「まぁまぁ、そのうち活躍の場あるだろ」
「その“そのうち”が怖ぇんだよ!!!」
華陽が首をかしげる。
「でもレオン、ポイント稼ぎは一番だったよね」
「変形して女性陣に混ざるという禁じ手でな」
夜叉が低く言う。
「誇るな」
レオンはむくっと立ち上がる(丸い)。
「俺だってなぁ……
ダンディロボになる夢があったんだ……」
「それがどうだ!!
股間電池ロボだぞ!!」
久世が静かに近づき、ぽんとレオンの頭を叩く。
「悪くない」
「お前はお前で、唯一無二だ」
レオンは一瞬きょとんとして——
「……クゼぇ」
「そういうとこズルいんだよお前……」
ちょっと泣きそうになる。
かやが笑う。
「次の星で活躍させてあげるから」
「ほんとか!?」
「約束」
レオンは一気に機嫌を直した。
「よっしゃああああ!!!」
「次こそ俺の時代だ!!」
その瞬間——
エンジンが低く唸る。
ジンが振り返る。
「まもなく次の星域へ突入する」
「ここから先は、ネメシスの影響が強くなるぞ」
船内の空気が少し引き締まる。
久世は窓の向こうの星々を見つめながら、静かに呟いた。
「セラの欠片は戻った」
「次は……もっと深いところに踏み込むことになる」
かやがそっと手を握る。
「一緒なら大丈夫」
久世は微笑んだ。
「ああ」
その背後で——
「レオン活躍編くるなこれ!!!」
「黙れ」
宇宙船は光の海へ飛び込んでいった。
ワープを抜けた瞬間、宇宙船の窓一面に映ったのは——
色を失った巨大な星だった。
大地はひび割れ、都市の残骸が影のように沈んでいる。
光はほとんどなく、稲妻のようなエネルギーだけが地表を這っていた。
ジンが低く言う。
「ここは――ネメシス旧軍事拠点星」
「かつて銀河戦争の最前線だった場所だ」
「今は無人……だが」
久世が静かに続ける。
「罠は生きている」
着陸した瞬間、空気が重くのしかかる。
一歩踏み出した朔姫の足元で
カチリ、と嫌な音。
「動くな」
久世の声が即飛ぶ。
全員凍りつく。
地面に埋め込まれていたのは——光る紋章付きの地雷。
レオンが震える。
「うわぁぁぁ旧世代銀河破壊型だぁぁぁぁ!!」
「踏んだら星ごと消えるやつ!!」
難波「軽く言うな」
久世が指先をかざすと、創生エネルギーが地面を包み込み、地雷は静かに沈んだ。
「まだ序の口だ」
進むごとに現れる罠。
・見えないレーザー網
・重力反転ゾーン
・触れた瞬間凍結する空間
・思考を狂わせる幻覚装置
華陽が舌打ちする。
「戦うための星じゃない……殺すための星だね」
その時——
かやが目を押さえる。
「来る……罠だけじゃない」
「動いてる……この星、まだ“防衛意志”がある」
廃墟の奥から、無数の自動兵器が起動する音。
ガシャン、ガシャン、ガシャン。
ネメシス製無人守護兵。
夜叉が前に出る。
「ここは俺が道を開く」
難波も並ぶ。
「正面突破しかねぇな」
久世は首を振る。
「違う」
「ここは——ネメシスの“心理戦場”だ」
久世が地面に手を置いた瞬間、創生エネルギーが星の内部へ流れ込む。
次の瞬間。
星全体に刻まれていた罠構造が、透けて見える。
まるで迷宮の設計図。
「全部見える……」
朔姫が息を呑む。
久世は静かに道を指す。
「安全ルートは一本だけだ」
「外れれば即死」
レオン「やめろ怖ぇから!!!!」
進む一行。
ギリギリをかすめるレーザー。
頭上を落ちる重力爆弾。
一歩ズレれば奈落。
そして中央区画へ到達した時——
巨大な地下施設が姿を現す。
そこに反応する欠片。
強烈に。
「この星の核施設だ」ジンが言う。
「ネメシスはここで——大量破壊兵器と魂改造実験をしていた」
かやが震える。
「こんな場所……」
久世の目が冷える。
「だから滅びた」
その瞬間。
施設の奥から低い音が鳴り響く。
ゴゴゴゴゴ……
「防衛最終システム起動」
巨大な要塞級機械生命体が起動する。
レオン絶叫。
「うわああああ星ボス出たぁぁぁぁ!!!」
夜叉が刀を構える。
「ようやく戦場らしくなったな」
久世は一歩前へ。
「ここがネメシスの“過去”なら」
「俺たちが終わらせる」
機械の目が赤く光る。
星が震える。
――旧軍事星、最終防衛戦、開幕。
中央施設に足を踏み入れた瞬間だった。
地鳴りが――止まった。
静寂。
次の瞬間。
ズズズズズズズズズ……
都市の床が割れ、壁が反転し、砲塔へ変形していく。
崩れたビルが脚となり、地下施設が胸部へ融合する。
ジンが叫ぶ。
「まさか……旧軍事拠点そのものが戦闘兵器!?!」
「ネメシス要塞型惑星ロボ《グレイヴ・コア》!!」
星が——立ち上がった。
山ほどの質量が空を覆い、重力が歪む。
砲門が一斉展開。
都市がそのまま巨神へと変わる。
レオン半泣き。
「これ勝てるサイズじゃないよぉぉぉ!!」
かやの未来視が弾ける。
「直撃したら……宇宙船ごと消える!」
次の瞬間。
銀河級エネルギー砲が発射される。
空間が焼ける。
その前に——
ズン。
立ち塞がったのは夜叉。
そして横に並ぶ難波。
夜叉が低く言う。
「久世、後ろは任せろ」
難波が歯を見せて笑う。
「久しぶりに全力で止めるか」
ビーム直撃。
宇宙が白く飛ぶ。
だが——
消えなかった。
夜叉の身体から鬼気が爆発し、空間ごと押し止める。
難波が両腕でエネルギーを掴み取る。
ズズズズズズ……
ビームが逆流し始める。
ジン絶叫。
「受け止めてる!?!!?」
「いや押し返してる!?!?」
夜叉の足が地面を抉りながら前進する。
難波の筋肉が銀河光を弾き飛ばす。
「重てぇなこの星!!」
「だが止まらん!!」
夜叉が咆哮する。
「久世の背中に土をつけさせる気はない!!」
二人が同時に踏み込む。
ドン!!!!!
エネルギー砲が完全に押し返され、要塞ロボの胸部で大爆発。
星が悲鳴のように軋む。
朔姫が震えながら笑う。
「……化け物すぎでしょ」
かやが呆然。
「2人で……星を押してる……」
だがグレイヴ・コアはまだ動く。
巨大な腕が都市ごと振り下ろされる。
夜叉が構える。
「次は物理だな」
難波が笑う。
「そっちのが得意だ」
二人同時に突進。
拳が星にめり込む。
ゴガァァァァァン!!!!
惑星ロボが本当に後退する。
宇宙に衝撃波。
久世は静かに言う。
「……強くなったな」
夜叉「殿の背中を見てきたからな」
難波「今さら弱ぇわけねぇだろ」
旧軍事星が完全戦闘形態へ移行。
無数の砲門が開く。
だがその前に——
夜叉と難波が肩を並べる。
「ここは俺たちで止める」
「欠片と核へ行け」
久世は一瞬だけ目を閉じる。
「……死ぬなよ」
夜叉が笑う。
「死ねるかよ」
難波「星殴れる人生二度ねぇぞ」
そして二人だけで——
惑星兵器に立ち向かう。
惑星兵器グレイヴ・コアの全砲門が開いた。
都市の残骸が浮遊し、重力すら兵器へ変換されていく。
空間が歪む。
夜叉と難波の前に、星そのものが敵意を向けた。
夜叉がゆっくり息を吐く。
「……ここまで来たら隠す意味もねぇな」
難波が首を鳴らす。
「久世に見せたことねぇ力だ」
二人の足元が砕け散る。
ドン……ドン……ドン……
鼓動が宇宙に響く。
夜叉の背中から――黒い鬼神の輪郭が浮かび上がる。
角、牙、燃える瞳。
だが実体ではない。
殺気そのものが形を持ち始めている。
難波の筋肉が異常膨張。
皮膚の下を銀河光が走り、骨格が再構築されていく。
もはや人の構造じゃない。
ジンが震える。
「生体進化……いや、魂が兵器化してる……」
朔姫が呆然。
「これ……久世と同格領域……」
夜叉が低く呟く。
「俺は“久世の盾”じゃねぇ」
「久世が進む未来の――地獄そのものだ」
鬼神の幻影が完全に融合。
夜叉の瞳が赤黒く燃え上がる。
重力が彼を中心に崩れ落ちる。
難波が拳を握る。
「俺は力を抑えて生きてきた」
「だが今日は違う」
「星だろうが神だろうが——」
「殴れるなら全部倒す」
身体が巨大化。
もはや巨人兵。
一歩踏み出すだけで惑星装甲が割れる。
次の瞬間。
惑星ロボの主砲が発射。
恒星級エネルギー。
だが――
夜叉が片手で受け止める。
空間が凍りつく。
難波がそのビームを掴んでねじ曲げる。
「遅ぇ!!!!」
反転。
エネルギーが要塞内部へ叩き込まれる。
星が悲鳴を上げる。
巨大腕が振り下ろされる。
夜叉が跳ぶ。
鬼神の残像が十体分裂。
同時斬撃。
都市装甲が紙のように切断。
難波がそのまま心臓部へ拳を叩き込む。
ドォォォォン!!!!
惑星がひっくり返る。
久世が静かに呟く。
「……本気出したな」
かやが震え笑い。
「守護神じゃない……災害……」
夜叉が吠える。
「久世の道を邪魔する星は——消えろ!!!」
難波が叫ぶ。
「銀河ごと押し返してやる!!」
二人同時突撃。
拳と鬼気が重なる。
惑星兵器グレイヴ・コア、完全崩壊。
宇宙に巨大な爆光。
静寂。
破片の雨。
夜叉と難波は立ったまま息を整える。
難波「……久々に楽しかったな」
夜叉「次は銀河殴らせろ」
久世が苦笑。
「やりすぎだ」
夜叉と難波、同時に言う。
「殿の教育です」
爆散したグレイヴ・コアの残骸が、宇宙にゆっくり漂っていた。
炎は消え、
ただ灼けた金属と砕けた惑星装甲だけが静かに浮かぶ。
だが――
ジンの端末が激しく反応する。
「反応確認……強烈だ!」
「これは……欠片だ!!」
中心部。
崩壊した核融合炉の奥。
黒く焼けた装甲の裂け目から、淡く脈打つ光が漏れていた。
まるで心臓の鼓動のように。
かやが一歩踏み出す。
「……生きてるみたい」
久世が静かに頷く。
「エーテルスターの本源だ。
ネメシスはこれを動力にしていた」
夜叉が瓦礫を素手で引き裂く。
難波が炉心の外殻を持ち上げる。
その奥に――
純白と銀河色が混ざり合った結晶。
星の鼓動そのもの。
欠片は、久世に近づくほど光を強めていく。
共鳴。
まるで帰る場所を見つけたかのように。
久世がそっと手を伸ばす。
触れた瞬間、
宇宙が一瞬だけ静止した。
ドクン——
光が久世の掌に吸い寄せられる。
だが身体には入らず、結晶のまま安定する。
かやが息を呑む。
「……喜んでる」
ジンが震える声で言う。
「エーテルスター欠片、完全回収成功……」
「この規模……今までで最大級だ」
その瞬間。
遠くでネメシス通信残骸が点滅する。
ノイズ混じりの声。
『……また…一つ…戻ったか……クゼ……』
『だが……集めれば集めるほど……真実に近づくぞ……』
ブツリ。
沈黙。
夜叉が低く言う。
「嫌な言い方しやがる」
難波「だが怖がる理由はねぇ」
久世が欠片を胸に抱く。
「帰ろう」
「この星は役目を終えた」
宇宙船へ帰還。
後方では、
グレイヴ・コアの残骸が完全に崩れ、星屑となって消えていく。
破壊の後に残ったのは——
再生の希望。
ジンが操縦席で宣言する。
「次の欠片反応、すでに検出しています!」
「さらに深宇宙……ネメシスの支配圏内です!」
朔姫が笑う。
「どんどん敵地じゃん」
夜叉「燃えるな」
難波「殴りがいある」
かやが久世の手を握る。
「一緒に集めよう」
久世は静かに微笑む。
「ああ。宇宙が元に戻るまで」
ジンがワープ座標を入力する。
「ネメシス支配圏、最短ルートに接続——」
宇宙船の外縁に光の輪が走り、
空間が布のように引き伸ばされる。
いつも通りのワープ。
……の、はずだった。
次の瞬間。
ギィ……ッ
金属が悲鳴を上げる音。
船体が大きく傾ぎ、
計器が一斉に赤へ染まる。
「待って、空間が——」
ジンの声が歪む。
ワープ航路の“先”で、
時空そのものが裂けた。
裂け目は黒でも白でもない。
色を持たない“欠けた現実”。
まるで宇宙が「ここから先に来るな」と言っているようだった。
「引き戻せ!」
ジンが操縦桿を引くが、反応しない。
逆に、裂け目が船を――
掴んだ。
重力でも引力でもない。
概念そのものに引きずられる感覚。
かやが思わず久世の腕を掴む。
「……ここ、未来が見えない」
久世が即座に理解する。
「時の外だ」
「過去も未来も、観測されていない場所」
裂け目が完全に開く。
その向こうに見えたのは、
星でも、銀河でもない。
無限に重なった“失敗した可能性”の残骸。
崩れた宇宙、
途中で終わった歴史、
名前すら与えられなかった星々。
それらが層のように積み重なって漂っている。
夜叉が低く息を吐く。
「……戦場でもねぇ」
難波「生きてる場所でもないな」
朔姫が呟く。
「ここ、選ばれなかった世界の墓場……?」
その瞬間。
宇宙船が完全に裂け目へ引きずり込まれた。
ワープは強制終了。
光が弾け、
音が消え、
時間の感覚が失われる。
次に“落ちた”感覚があった時。
宇宙船は、
何もない空間に静止していた。
星はある。
だが、動かない。
光は届く。
だが、影が生まれない。
ジンが震える声で言う。
「……ここ、宇宙座標が存在しません」
「観測不能領域……」
久世は、ゆっくりと立ち上がる。
胸の奥で、
エーテルスターの欠片が――微かに脈打った。
「ネメシスに行く前に、
“通過できない場所”に落とされたな」
かやが問う。
「……誰が?」
久世は答えなかった。
ただ、前方を見つめる。
そこに――
**巨大な“扉のような構造物”**が、
最初から存在していたかのように浮かんでいた。
刻まれている文字は、
どの文明のものでもない。
だが久世だけは、読めてしまう。
「ここは選択の外側
進むなら、真実を捨てろ」
ネメシス支配圏へ向かうはずだった旅は、
宇宙そのものの裏側へと逸れた。
ここで何かを知れば、
もう“知らなかった自分”には戻れない。
ジンが静かに言う。
「……進みますか?」
久世は即答しない。
かやを見る。
仲間を見る。
そして、扉を見る。
扉が、音もなく開いた。
爆風も、光もない。
ただ――空間がめくれるように裏返った。
その向こうにあったのは、
星ひとつ。
本当にそれだけだった。
銀河も星雲もなく、
背景は完全な虚無。
まるで宇宙がこの星だけを
隔離して保存しているようだった。
ジンが即座にスキャンを走らせる。
「重力は正常……大気もある」
「でも……軌道が存在しません」
「この星、どこにも属していない」
風夏が息をのむ。
「浮いているというより……
“置かれている”感じですわね……」
夜叉が低く唸る。
「戦場より嫌な気配だ」
久世は黙ったまま星を見つめていた。
胸の奥で、欠片が強く脈打つ。
まるで――
帰ってきた場所を前にしているように。
「着陸は危険だ」
久世が静かに言う。
「この星は守られているんじゃない」
「隔離されている」
「何かを、閉じ込めるためにな」
宇宙船は距離を保ったまま停止。
船内に簡易ホログラムが展開され、
星の立体構造が浮かび上がる。
だが――
内部スキャンはすべてノイズ。
中心だけが、完全に観測不能。
ジンが報告する。
「星核部分に……巨大構造体反応」
「人工物です」
「でも技術レベルが測れません」
朔姫が腕を組む。
「つまりさ」
「この星そのものが檻」
「で、中に“何か”が封じられてる」
難波「しかもクソでかい」
久世はゆっくり言う。
「ネメシスじゃない」
「だが、ネメシスより古い」
その場が静まり返る。
かやが小さく尋ねる。
「ここ、行く意味ある?」
久世は迷わず答える。
「ある」
「ここを知らずにネメシスとは戦えない」
「ここが“始まりの傷”だ」
作戦会議が始まる。
現状整理
・星は宇宙座標外
・中心に観測不能構造体
・エーテル欠片が異常反応
・敵影なし(逆に不気味)
ジン「直接降りるのは自殺行為です」
華陽「まず偵察用ドローンを」
夜叉「いや、反応消される」
朔姫「なら少人数突入」
難波「俺と夜叉で壁役」
風夏「後方支援を担当します」
久世が手を上げる。
「俺とかやが先行する」
即座に反対の声が上がるが、
久世は静かに続ける。
「この星は俺に反応している」
「俺以外が踏み込めば
防衛機構が動く可能性が高い」
「だが俺なら――」
一拍置いて。
「“招かれている”」
かやは迷わず頷いた。
「一緒に行く」
こうして決まる。
第一陣:久世・かや
第二陣待機:夜叉・難波・朔姫
支援:ジン・風夏・華陽・ミラ・ルーク
宇宙船のハッチがゆっくり開く。
虚無の宇宙の向こうで、
孤独な星が静かに回っていた。
まるで心臓のように――
ゆっくり、脈打ちながら。
久世が低く呟く。
「ここで全部わかる」
「俺が何者か」
「ネメシスが何を恐れているか」
「そして……」
かやを見る。
「この宇宙が、何を犠牲に生きてきたか」
レオン「俺とイリスは?」
久世「あ…」
宇宙船のホログラムが更新される。
新たに表示されたメンバー枠に、
レオン(変形ロボ)とイリス(天才改造士)の名前が加わった。
レオンが細い腕をぶんぶん振る。
「ちょ、ちょっとぉ!?
俺だけ宇宙の彼方に置き去りにされる未来とか絶対イヤなんだけど!?」
イリスは工具を回しながら平然と。
「この星、未知技術の匂いしかしないわね」
「行かない理由がないでしょ」
ジンが冷静に編成を再構築する。
偵察・解析担当
・ジン
・レオン(形態変化+内部センサー)
・イリス(構造解析&即席改造)
突入先鋒
・久世
・かや
即応戦力
・夜叉
・難波
・朔姫
後方支援
・風夏
・華陽
・ミラ
・ルーク
レオンが胸(球体)を張る。
「この星がどんなトラップだろうとさ!」
「俺の単一電池パワーで
全部スキャンしてやるから安心しな!」
イリス「その前に壊れたら即直すけどね」
レオン「扱い雑!!」
久世が星を見つめたまま言う。
「この星はただの封印じゃない」
「創生期の技術と意志が混ざっている」
「イリス、お前の頭脳が必要だ」
イリスはニヤッと笑う。
「やっと本命案件ね」
かやがレオンを見る。
「レオン、無茶しないでね」
レオン「それ死亡フラグっぽい言い方やめて!!」
宇宙船の照明が落ち、中央ホールに巨大なホログラムが展開された。
ジンが操縦席で操作する。
「偵察ドローン展開。
半径三十キロ圏内をスキャンします」
小型ドローンが静かに射出され、虚空へ消える。
数秒後――
モニターが点灯した。
映し出されたのは、
本当に一つの星しか存在しない空間。
背景には銀河も恒星もなく、
ただ深い闇の中に浮かぶ灰白色の惑星だけ。
ドローンが高度を下げていく。
地表には――
都市の跡。
巨大な塔の残骸。
崩れた橋と広場。
だが生命反応はゼロ。
まるで文明が一瞬で消されたような光景だった。
朔姫が息を呑む。
「……滅ぼされた星?」
夜叉「いや、違う」
「“切り取られた”感じだ」
その時。
イリスが無意識に胸を押さえた。
「……変」
「この地形、初めて見るはずなのに」
「懐かしい」
レオンも球体を小刻みに震わせる。
「俺もだ……」
「データには無いのに、ここ……知ってる気がする」
かやが不安そうに二人を見る。
「記憶、あるの?」
イリスは首を振る。
「ないのに、ある感じ」
「説明できない」
モニターの映像が、ひとつの巨大構造物を捉えた。
星の中心へと続く、
螺旋状の深い裂け目。
その奥で、微弱な光が脈打っている。
ジンの声が低くなる。
「この星……」
「エーテルスター欠片反応、異常値です」
「まるで星そのものが欠片でできているかのような……」
久世が静かに言う。
「ここは創生期の“隔離星”だ」
「世界を壊すほど危険なものを封じた場所」
「ネメシスが触れようとしている核心だ」
イリスが震える声で呟く。
「だから懐かしいのか……」
「私たちの技術の原点……」
レオン「つまりここ、超ヤバい星ってこと!?」
久世は目を細める。
「ヤバいどころじゃない」
「ここに宇宙の“始まりと崩壊の答え”が眠っている」
空間の奥で、星がかすかに脈動する。
まるで彼らを呼んでいるかのように。
宇宙船が静かに地表へ降り立つ。
灰色の大地。
崩壊した都市。
音のない世界。
ハッチが開き、一行が足を踏み出した瞬間――
広場の中心に、
一人の青年が立っていた。
透き通る身体。
淡く光る輪郭。
生きてはいない。
だが、消えもしない。
そこにあるのは――意志だけ。
青年の幻影は、静かに背を向ける。
振り返らず、ただ歩き出した。
久世たちは自然と後を追う。
しばらく進んだその瞬間。
空が震えた。
いや――星そのものが震えた。
次の瞬間、
世界が光に包まれる。
都市の上空、地平線、空、大地。
星全体に巨大なホログラムが展開される。
もはやスクリーンではない。
星そのものが映写機だった。
最初に映し出されたのは――
青く輝くこの星の誕生。
海が生まれ、森が広がり、都市が築かれていく。
笑う人々。
空を飛ぶ乗り物。
光に満ちた文明。
だが映像はやがて歪み始める。
空が裂け、黒い艦隊が現れる。
ネメシス。
都市が炎に包まれ、星が崩れていく。
誰も声を出せない。
ただ見ていることしかできない。
そして最後に映し出されたのは――
この青年。
仲間たちを逃がし、たった一人で装置を起動する姿。
星の核へと封印を施す瞬間。
その身体が光に溶け、意志だけが残る。
ホログラムが消える。
静寂が戻る。
青年の幻影は、初めて久世の方を向く。
ゆっくりと胸に手を当て、軽く頭を下げる。
感謝か、託す意志か。
かやが小さく呟く。
「……この星を、守ってたんだ」
イリスが震える声で言う。
「星そのものを記憶装置にした文明……」
「これは……宇宙遺産級よ」
レオン「いや……それ以上だ」
「これは“犠牲で維持されてる星”だ」
青年は最後に、星の中心へと歩き出す。
その背中が薄れていく。
その先に眠るのは――
まだ開かれていない“真の核”。
青年の幻影が、ゆっくりと手を上げる。
星の大気がまた震える。
再び――
星全体にホログラムが広がった。
だが今度は戦争ではなかった。
そこに映ったのは――
幼いイリス。
工具を振り回しながら転び、泣いている姿。
小さなレオン。
必死に星の模型を組み立てて、崩してまた作る姿。
まだ無邪気なアーク。
誰よりも速く空を駆け回って笑っている姿。
そしてセラ。
花を抱えて微笑む、あどけない少女。
その中心に――
あの青年がいた。
言葉は一切発しない。
それでも、
抱き上げ、笑い、手を引き、見守り続けている。
転べば起こし
泣けば頭を撫で
夢を語れば静かに頷く
まるで――
父であり、兄であり、守護者だった存在。
季節が流れる。
子供たちは成長し、才能を開花させていく。
イリスは機械を創り
レオンは星を設計し
アークは戦士となり
セラは癒しと光の象徴となる
それでも青年は変わらない。
年を取らない。
ただそばで微笑み続けている。
かやの目に涙が浮かぶ。
「……この人が、みんなを育てたんだ」
久世は拳を握りしめる。
言葉が出ない。
胸が、痛む。
理由も分からないのに。
ホログラムの最後。
子供たちが青年に抱きつく。
皆で笑っている。
その瞬間だけが――
この星で一番明るい光だった。
そして映像は、ゆっくりと暗転していく。
残るのは、青年の静かな背中だけ。
イリスが震える声で呟く。
「……あの人は」
「私たちの“始まり”だわ」
レオンも静かに頷く。
「創生を導いた、最初の守護者……」
青年の幻影が、初めて唇を動かした。
星が、微かに鳴動する。
まるでこの世界そのものが――
彼の声を待っていたかのように。
「……ここは」
静かで、優しい声だった。
けれど宇宙より深い重みを持っていた。
「宇宙が出来る前の場所だ」
一同が息を呑む。
「創生の守護者――
イリス、レオン、アーク、セラ、ナポリネス、メクル、グアラ」
名前が呼ばれるたび、
星の空間に淡い光が灯る。
「彼らが誕生する前に」
青年は足元を見つめる。
「僕が、最初に作った星」
沈黙。
それは世界創造の告白だった。
「宇宙には秩序が必要だった
生命には導きが必要だった」
「だから僕は――
“始まりの居場所”を作った」
かやが震える声で聞く。
「……あなたは、誰なの?」
青年はゆっくり顔を上げる。
その瞳は星々を映していた。
「僕は名を持たない存在だった」
「ただ――創生を見守る意志」
久世の胸が激しく脈打つ。
理由もなく、涙が滲む。
青年は久世を見つめて微笑む。
「そしてその意志は、何度も輪廻し」
「形を得て――」
一歩、久世へ近づく。
「君になった」
星が共鳴する。
幻影が揺れる。
「久世」
「君は創生の守護者であり」
「僕の転生体だ」
「宇宙を導くために生まれ続けた存在だよ」




