美夜と眼鏡の恋の行方
展望台に併設されているカフェのメニューは、オシャレだ。
軽食メニューが多いが種類は多く、またアルコール類も充実していた。カップルが多いのも頷ける。
そして今、美夜はオシャレなカクテルを飲みながら、外の夜景を眺めていた。
……正面を向くと穏やかに微笑む創がいる。
どうも先ほどの告白の現場にカフェのスタッフもいたらしく、時間になって行くと眺めの良い席を案内され、テーブルの上の花が他の席より豪華だった。
美夜もなるようになれ、と腹をくくってカクテルを注文したのだが、最初の一杯はあちらのお客様からです、と見知らぬ人に奢られた。どれだけ注目を集めてしまったのか。というか別に結婚するわけじゃないのよ? 告白されただけだよ? しばらく此処には来れないと思った。
「美夜さん」
「えっ」
「飲み物、おかわり頼む?」
気づいたら手にしたグラスが空だった。
メニューを差し出されたので受け取ったが、少し悩む。
「廻の奢りなのは変わらないから、遠慮なく好きなの注文してくれ」
「はい……」
一応、これが付き合って初めての食事な訳で。酒豪の片鱗を見せつけていいのかと悩んだのだが、今更誤魔化してもダメかと諦め再びカクテルを注文した。オリジナルカクテル制覇してやろう。
「美夜さん、お酒いけるクチ?」
「たしなむ程度には」
「なるほど、強そうだな」
「創さんは……」
「少なくとも外で醜態をさらすことはないかな。今度デートするときは美味しいお酒が飲めるところを探しておこう」
非常に前向きな今後を示される。
――デートでふと思い出したが、これからの美夜の眼鏡破壊率はどうなるのだろうか。
ゲームの期間が終われば、と淡い期待を抱いていたが、眼鏡を壊すのは美夜の体質というか呪いだし、大学生時代平和だったのがむしろ不思議だったのである。
……創と付き合うことにはなったが、結局眼鏡の災難は続くのでは?
「……何か悩み事?」
考え始めた美夜に、創が首を傾げる。
「えっと……ご存じかとは思いますが、眼鏡を壊し気味でして」
「そうだね?」
「なので、ちょっと暫くは行かないほうがいいかなぁと思う場所が複数あって」
「例えば?」
……言っていいのだろうか。付き合って早々眼鏡の心配する彼女ってどうなのだろう。
いやドン引きさせておいたほうが今後痛みは少ないはずだ。「やっぱりお付き合いはナシで」となるならそれまでだ。
美夜は覚悟を決めた。
「まずこういう、夜景スポット。眼鏡が紛失する」
「ああ……」
「水族館。ショーの最中に眼鏡が水没」
「え」
「動物園。ゾウに踏まれる」
「ぞう」
創のまばたきが増えているのがよく分かる。
おかしなことを言っているのはわかっている。しかし残念ながら、全て親友の考えた最強のデートシチュエーションである。
かつて親友は言った。
『こういうのはね、【かもしれない運転】の精神で考えるのよ。水族館行ったらペリカンのお散歩時間かもしれない。その時丁度鉱太の眼鏡が地面に落ちるかもしれない。ペリカンが口に入れて持っていくかもしれない。はいこれを文章にしよう』
ペリカンがそんなことしたら確実に飼育員さんが止めるでしょうよ、という美夜の言葉はスルーされた。
このように親友の想像力が逞しすぎて、眼鏡が悲惨な目にあうデートが量産されたのである。体(?)を張る眼鏡達によって攻略対象との距離が縮まる休日。ある種のつり橋効果だろうか。
『大丈夫、攻略対象達も予備の眼鏡持ってるから! スチルは全部眼鏡ついてるから!』
その心配ではない。
むしろ親友が眼鏡の敵だったのでは……と美夜が思っていると、創が口を押さえて必死に笑いを止めようとしていた。
「……笑っていいですよ。滅茶苦茶なのは百も承知です」
「くっ……すまない……ふふ……さすが眼鏡の怨敵……」
なんとか深呼吸して落ち着いたらしい。それでも顔が笑ったままだが、創は美夜をまっすぐ見る。
「君の心配はもっともだ。しばらくはオレもデートの時はコンタクトにするよ。それなら美夜さんも安心出来るだろう?」
「ものすごい申し訳ないんですけど」
「気にしないでくれ。その代わりと言ってはなんだが……」
テーブルの上にあった美夜の手を、包むように握る。
「ちゃんと、オレの傍にいてくれ」
――イケメンの攻撃力はすごいな!
美夜は天を仰いで叫びそうになるのを必死に抑えた。世の中の乙女ゲーム好きの気持ちはこういうことなのだろうか。ネタゲーばかり手を出して正直済まなかった。
このままでは美夜はチョロイン(チョロいヒロイン)である。なんとか精神を落ち着かせている間も、創は話を続けている。
「今すぐとは言わないからその丁寧口調も直してほしい。もうすぐコラボ眼鏡も完成するから、そうしたら取引先としての気遣いもしなくていいだろう? 心配なら今言ったところはしばらく行かなくても――いや、待てよ」
ふいに創が真顔になった。
「え、創さん?」
「……やっぱり、眼鏡して行こう。大丈夫、予備大量に用意するから」
「はい?」
「誰と行ったのかは聞かないけど……その思い出はオレの眼鏡で上書きする」
「ちょっと待って」
どうやら美夜の実体験だと勘違いしたらしい。確かに妄想にしても内容がピンポイント過ぎたとは思うが、まごうことなきフィクションである。
「水没しようが踏まれようが構わないから、オレとの思い出にしてほしい」
「そんなところで見ず知らずの眼鏡に敵愾心燃やさないでくれます!?」
普通の日本なのに、眼鏡のことになるといろんな人のIQが下がるのは何故だろうか。親友の呪いだろうか。
この後美夜は、創の眼鏡大量購入計画を頓挫させるのに必死になるのであった。
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『またのお越しをお待ちしています』
音声が流れた後、エレベーターの扉が開く。
――出口までの道は閑散としていた。
「もう少し上に居ても平気そうだったけど」
「いえ、もう居たたまれないので……」
食事が終わり、美夜達は早々に展望フロアを後にした。スタッフの皆さんのあたたかい視線に美夜が耐えられなかった。
終了時間間際だと混み合うかもしれないので、今くらいが妥当だろう。そう信じることにした。
「美夜さんは次の会議の日、定時であがれる? 一緒にどこかで食べないか?」
「多分大丈夫です」
前も思ったが創は昨今では珍しい肉食系男子である。次のデートの約束に余念がない。
「次までにちゃんと予備の眼鏡も準備しとくよ」
「壊す前提はちょっと悲しいものがあるんですが」
「眼鏡が取り持ってくれた仲だからね」
「どういうこと」
美夜と眼鏡の受難は続くのか。創にも眼鏡無料交換券を渡しておくべきかもしれない。
先ほどの「しばらくはコンタクトでいい」という発言はどこに行ったのか。
「まあ真面目な話、コンタクトだと廻に似るから、ちょっと複雑なんだよ」
「……一応私、見分けつきますよ?」
「……前も不思議だったんだけど、何処で見分けてるんだ? 眼鏡の度じゃないよね?」
親友の設定資料です、とは言えない。
耳下の黒子の有無です、とも言えない。
――耳の中です、とはもっと言えない。
『耳の形が一番遺伝が出るらしいんだけど、対耳輪の形くらいは違ってもよくない?』
もっとわかりやすい黒子で勘弁してほしかったよ親友。
残念ながら「秘密です」としか言えなかった。
「……美夜さんは見分けつくかもしれないけど、一応ね。眼鏡のオレを選んでくれたと思ってるから」
「いや、眼鏡だろうとなかろうと、どっちでもちゃんと創さんが好きですか、ら……」
勢いで言ったが、美夜が「好き」と言葉にしたのがこれが初めてだと気づき、語尾が小さくなる。
というか、ちゃんと好きだったのか、そうか。
自分の言葉に少々恥ずかしくなる美夜だった。……のだが。
「――美夜さん、コレ持って」
「え?」
突然創が眼鏡を外し、それを渡してきた。両手でツルを持たされて訳が分からず、創を見上げる。
創は、ゆっくり顔を近づけて。
「美夜」
――美夜に、キスをしたのだった。




