傍迷惑なキューピット
『こんにちは、美夜さん。今日暇? 良かったら夜ご飯一緒に食べないか? そうだな、天気がいいから○○展望台のカフェはどうだろう。チケット売り場で18時に待ち合わせ。それじゃあよろしくね』
……美夜の予定だけ確認したら後は怒涛のごとく喋られていつの間にか約束したことになっていた。詳細のメッセージを受信したところで我に返って電話したが電源が入っていないアナウンス。送ったメッセージも既読がつかない。
その時点でおかしいとは思っていたが。
「やあ、美夜さん」
「……やっぱり廻さんだった……」
待ち合わせ場所にいたのは加賀見廻だった。
以前言っていたように、度入りのフチなし眼鏡にしているが、創ではなく廻だ。
美夜の呟きに、廻は笑う。
「やっぱり、なんだ?」
「創さんにしては人の話を聞かなかったので……イタズラが過ぎるのでは?」
創のフリをして美夜に電話をかけて、どうしようというのか。創にも美夜にも迷惑である。
「ごめんね。お詫びで今日は全部僕のおごり。じゃあ行こうか」
すでにチケットを買っていて、美夜に一枚差し出してくる。
怒って帰ってもいいような気がするが、交通費をかけてきたのでこのまま帰るのも癪である。ため息をついて受け取った。
……【予想外の人と再会】って、もしやここにもかかってる?
『大人のデートって言えば夜景かなー』
『ちょっとオシャレな店でご飯?』
『三十代前半までなら遊園地もアリでは? ほら、夢をみる代わりにどんどん諭吉が消えていくあのリゾート』
『おっとそこまでだ』
かつてこのようにデートスポットを挙げて、デートシナリオを作った。無論、最後の場所は出してないので安心してほしい。
特に夜景スポットは使い勝手が良かった。何しろ暗いので『眼鏡を壊すシチュエーションが考え放題だった』らしい。あの頃みんな感覚が麻痺していたが、親友の精神状態を心配するべきだったかもしれない。
さて、現在は展望台から見る夜景。
デートとしては最高のシチュエーションだが、残念ながら美夜はそんな気分ではない。
カフェが混んでいたので一時間後に席を予約し、それまで夜景を見ることになった。予約不可だと思い込んでいた、と廻は笑った。こういうところは不可のところ多いよね。
おかげで、それほど親しくもない男と外を眺めることになっている。
ちなみにゲームで展望台に来るのは幼馴染ルートで、【あっちが実家の方角だよね!】と方向転換した瞬間ぶつかって眼鏡が落ち踏み潰す。竟次は【予備があるから平気だ。――いくら壊れたって、●●を見失ったりしない】と言って主人公を慰めて甘々な雰囲気になるのだが。
今美夜が同じ破壊をした場合、すぐにスタッフを呼んで片付けを手伝ってもらわなければならない。眼鏡の破片は凶器である。絶対嫌なので気が抜けない。
「――僕と創の違いって、何だと思う?」
突然、そんな脈絡のないことを問われた。
「は?」
「ほら、僕と創は一卵性の双子だろう? 遺伝子は全く同じだ。同居していたから育った環境も一緒。学校も一緒。そうなると、僕と創を分けるものって何だと思う?」
面倒くさい。
美夜は正直に思った。はっきり言ってそんな悩みは思春期で終わらせてほしい。もうすぐ三十の男が言う言葉ではない。
親友の設定でもこんな拗れ方はしていなかったのに、ゲームより現実のほうが奇天烈すぎる。
……そういえば親友が『双子って……ファンタジーでは可能性の塊だよね……』とか言っていたが、何かこっそり詰め込んでいたのだろうか。
あの親友のことだから、『でも眼鏡と関係ないから全カットしとくかー』と設定資料から消していてもおかしくない。
「そういう疑問を、ほぼ他人の私に訊く時点で違いすぎると思いますけど」
少なくとも創は他人に突然そんなことは言わない。
ことあるごとに眼鏡に関するフレーズが飛び出してくるのは……創造神が親友だから仕方ないということにしておこう。
廻は目を瞬いて……やがて小さく笑った。
「美夜さんはさ、『双子にまつわる摩訶不思議な話』って知ってる?」
「生き別れで離れて暮らしていたのに似たような生活をしていた双子の話なら知ってますけど」
職業も奥さんの名前も子供の名前も車の種類も一緒だったとか、そこまで被ると笑い話だと思う。
「物語とかで聞かないかな。遠く離れた双子の片割れの危機を察知するとか。片方が怪我をするともう片方も痛がるとか」
「ああ、そっちですか」
「実は僕ね、創の気持ちがわかるんだ」
いきなりオカルトっぽくなった話に美夜は固まる。
「気持ちって言っても、『今楽しいことがあったんだな』とか、『怒っているな』とか、そんなフワっとしたものなんだけどね」
「は、はあ……?」
「だから、中学生くらいまでは創との境界線が曖昧だった。でも創のほうは一切感じてなかった。それが創と僕の違いかな。まあ、成長するにつれて、その感覚も減ってきたんだけど」
最近ね、久しぶりに気持ちが流れ込んできたんだ、と笑う。
「何でもない平日だった。創は仕事中のはずなんだけど、とんでもなく喜んでた。その後ワクワクしたりソワソワしたり。途中で懐かしさなんか覚えたり。何事? ってなった。日にちが過ぎてもずっと愛おしさがあふれて、もう僕胸やけだよ。早く原因特定してなんとかしなきゃと思うじゃない? だから創の風邪にかこつけて、会社にも行ってみた訳」
後から知ったんだけどね、と廻は突然美夜の耳元に顔を寄せて。
「創の気持ちが流れてきた最初の日は――あいつが会社で初めて君を見つけた日だってさ」
小さく、囁かれた。
「――廻!!」
展望デッキに鋭い声が響いた。
息を切らせた創が、こちらに駆け寄ってくる。そしてその勢いのまま、彼は兄の胸倉を掴む。
「いい加減にしろ廻。美夜さんにまで迷惑をかけて遊ぶな」
「遊んだつもりはないんだけどなあ」
「オレのスマホから連絡して、一方的に約束とりつけて、電源をわざと落として?」
そういえば彼のスマホには送った覚えのない待ち合わせ場所の指示と、美夜からの不在通知と『先ほどの待ち合わせなんですけどお話が』という未読メッセージが残っているはずである。
創はそれを見て、慌てて此処まで来たようだ。
「怒ってるなぁ、創」
「お前、」
「わかった、僕は大人しく帰る。七時にカフェ予約してるから、美夜さんと食べてね」
「……は?」
「はいお金。足りなかったら後で請求して」
「おい廻」
「それと――創が美夜さんと会って浮かれてたことは言ってあるから!」
「―――――――は?」
力が弱まったところを逃さず、廻は創の手から抜け、そのままエレベーター方面に駆け出した。
「お兄ちゃんは応援してるよ!」
……という声を残して。
シン、と静まり返った展望台には、呆然とした創と、爆弾発言に顔を赤くした美夜が取り残された。
都会のビルの最上階展望フロアを想像していただけるとありがたいです……。




