鈍感主人公ではない
「ぜーったい! ルート入ってますって!」
「ルート言わないでよ……」
レモンサワーのグラスをドンとテーブルに叩きつけながら言う静に、美夜は冷静に言葉を返した。
……あの日以来、静とはよく話すようになった。何しろお互いゲームを知る唯一の人物である。静はいつの間にか転生していたこと、そして強迫観念が消えたことで再び不安定になってしまったが、ゲームの内容を美夜と話すようになって落ち着いてきたらしい。
美夜が落ち着きすぎ、というのは置いておいてほしい。彼女より長く生きた前世があるから、くらいに思っていただければありがたい。……毎晩のメガミの豆知識に耐えているので感覚が麻痺している可能性もあるが。
部署は違うが定時が一緒になれば、静とご飯を食べるようになった。今日はゲームで鉱太と主人公が行くはずだった飲み屋に来ている。「これは聖地巡礼なんですかね? あ、これホントにあるメニューなんだ」「違うと思いたい……おぉ、美味しそう」とか言いながら。
そしてほろ酔いになった静が、創と美夜の話を聞いて放った言葉が冒頭である。
「そしたら言い直します! 絶対惚れられてますって! あの創が! 真面目取引先の創が! 先輩との距離を狭めてきてるんですよ! しかもエンド後のイベント発生? 狙われてますって!」
「ええ……」
鼻息荒く静は言うが、同意する気にはなれない。
「先輩、ゲームじゃないって自分で言ったんじゃないですかー。好感度アップイベント無しでも好きになるときはなりますって。先輩は【ドライカレー】さんなんだから創の性格が女の子転がすような人じゃないってことも知ってるでしょ」
「いや、そりゃあね? 特に遊んでいるわけでもないはずの彼が何も考えず取引先の女性に近づくことはないとは思ってるよ? 思ってるんだけどさ」
「どこに引っかかってるんですか? このままだと先輩は鈍感主人公まっしぐらですよ! 【私はどこにでもいる平凡な女の子!】とか言いながらめっちゃ美人でスキル高い乙女ゲーヒロインになっちゃうんですよ!」
「それは嫌だ」
美夜とてわかっているだ。
ここ最近の創は、距離がおかしい。
元から距離がおかしいのは竟次と鉱太くらいである。しかしあれは眼鏡を割ったり曲げる距離感という悲しいものなのだ。
それなのに……取引先にも関わらず、創の距離はおかしい。気づいたら隣にいることは普通になり、美夜がとっているメモを見るために無駄に近づいてきたりする。
謎の補正が働いているのか、他の誰かがそれを咎めることはない。通常なら仕事しろと怒られてもいいくらいには、距離を詰められている。
美夜は決して鈍感ではない。鈍感イベントは紳士と華道家で充分だ。いや回避するけど。
それでも、認めたくないのは。
「静ちゃん……私と創さんの今まで特殊な事態ってさ、『初対面で眼鏡を吹っ飛ばす』と『破壊神伝説』と『双子入れ替わりからのお見舞い』、あと『入れ替わりお詫びの食事』くらいなのよ」
「……ふむふむ」
「…………好きになる要素って、どこ?」
好感度どうこうを言いたくはないが、今までの美夜で好きになる理由が見当たらないのである。
客観的に見ると、創にとって美夜は『眼鏡の怨敵で、廻の暴走を知り、社会的に創を糾弾出来る情報を握った女』のはずなのだ。
百歩譲って『泣いた顔が可愛い』だった場合、今後が心配すぎる。
それを言うと、静は呆れた顔をした。
「先輩……客観がドライすぎません……?」
******
『そもそも眼鏡関連がおかしすぎなんですから、その辺で興味持って段々好きになるとかもあるでしょう! あたしなんて病院ルート突き進んでたのに鉱太くんに好きになられてたんですよ!』
「……と、言われてもなあ……」
家に帰り、寝る支度をしながらも美夜はまだ悩んでいる。
回避を狙ってたのに、まさか向こうから来られるとは思っていなかった、というのが本音である。強制力が働いているのか? と思ってしまうくらいには。
……双子案件に下手に手を出したのがいけなかったのか。
『週末心理占い~!』
適当に流していたテレビからそんな声が聞こえる。
『あなたの目の前においしそうな果物! さてどれだー? いち、梨! に、葡萄! さん、桃!』
そういえばもうブドウが店に並ぶ季節である。そろそろデパ地下の果物売り場に足を運ぶべきかもしれない。
『―――葡萄を選んだあなた! 週末は予想外な人物と再会しちゃう? めいいっぱいオシャレして街歩きするといいかも!』
「ブッフォ」
口に含んだ麦茶を思わず吹いてしまった。なんの気なしに聞いていたが、これは。
『ラッキーパーソンは眼鏡をかけた人! 以上、サン=グラーシス先生の週末心理占いでしたー!』
……ゲームのランダムイベントだった。
夜パート、メガミの豆知識の後にたまに入るランダムイベント。次の行動選択の時に占いに沿って選ぶと攻略対象の中で一番好感度の高い相手と会えて好感度稼ぎが出来るお得イベントである。
ちなみに他の選択肢を選ぶと他の攻略対象がランダムで出現する。……このシステムのせいで友人Bがプログラミングに悩んでいた記憶がある。
「いやそれよりグラサン先生も実在してるの!?」
どう考えても親友の悪ノリネーミングだったのに! と思わずテレビを掴む美夜であった。




