色気より食い気
「お帰り野島さん……戦場へ……」
「和田先輩、私向こうへ帰っていいですか」
「あなたの帰る部署は戦場よ……」
美夜が所属している部署は、良く言えばオールラウンダー、悪く言えば何でも屋である。
基本的にいろんな部署からやってくるデータと睨めっこして処理していくのだが、必要があれば直営店にも足を運ぶし、要望があれば人員を他部署へ貸し出す。なまじ対応力があるのでそのまま引き抜かれることもしばしば。
おかげで、七月だというのに終わらないデータ処理の山ができてしまい、美夜は一旦ヘルプ先から戻されることになった。元の業務も並行していたのだが、集中しないと捌けなくなったらしい。
先輩の和田の言葉ですでに逃げ腰である。
「なんで毎度こんな時期にこんなデータを投げ込んでくるのよ……私がこの部署を掌握した暁には、上に直談判してやるわ」
「お願いします。ちなみに残業は」
「させないから時間内でいけるとこまでいってちょうだい。部長と私と野島さんで一週間やればなんとかなるわ……こんなふざけた業務に残業なんてさせませんからね! あ、ちゃんと金曜は早上がりさせてあげるから頑張って」
すでに和田が掌握しているのでは、と美夜は思うが黙っている。何しろ部長の残業時間すら和田が制御している節があるのだ。
仕事量はブラックだが勤務時間はよほどのことが無い限りホワイト。それが美夜の部署である。
「本当は境君も呼び戻したかったんだけど」
「境君もヘルプですか?」
「そうよ。ほら、あそこ」
ブロック三つ向こうに、鉱太が女性社員と何か話しているのが見えた。
「あの子も新卒ね。仲良くやってるみたいよ」
「へぇ」
「たまに衝突してるわ。境君、眼鏡の度数合ってないんじゃないかしら。今度戻ってきたら視力検査勧めなきゃ」
眼鏡の会社の人間が合わない眼鏡をかけてるなんて駄目よね、などと言うが、彼のあれは距離感が近いことが原因だと思う。……いや、度数が合ってないから近づくのだろうか?
――それにしても。
もう一度、鉱太のほうを見る。
何かの資料を見ながら話している二人。鉱太は実に楽しそうである。
なるほど、鉱太はゲームとは全く関係ない恋を見つけたらしい。
美夜は安心して目の前の仕事に取り組むのであった。
******
会社の帰り道に大学時代の友人、莉奈からメッセージが届いた。
『ごめん、今週残業三昧で無理っぽい』
倒れた馬のスタンプが追加で送られてきて、相当キているようだと察する。
『いいよ、じゃあまた今度ってことで』
『もしなんなら誰か違う人と行ってもいいよ。予約取り消すのも面倒だし』
更に来たメッセージに内心首を傾げる。
莉奈とは金曜の夜、スウィーツブッフェに行く予定だった。平日の夜二日間しかやっていないブッフェで、美夜が早上がりすれば間に合うね、と久しぶりに会う予定だったのだ。
夏フルーツフェアをしているのは今だけだし気にはなるのだが、誰かといっても今から予定が合う人が思いつかない。やはりキャンセルしてもらおうと文字を打っていると、誰かからメッセージが届いた。
『先日は大変申し訳ありません。お詫びに今度食事でも奢らせてください』
加賀見――創のほうであった。
真面目で自信家という設定だったが、現実では兄のせいで苦労性が追加されているらしい。
『良かったら今度の会議の後はどうでしょうか。直帰なんです』
……さすが親友オススメ真面目肉食系眼鏡男子である。ぐいぐい来る。気にしないで欲しいと言ってもあまり効果はなさそうだ。
会議は金曜である。美夜はしばらく会議にも出席しないのだが――待てよ。
『つかぬことを伺いますが、加賀見さんは甘いものはお好きですか』
『はい?』
これで苦手だったら用事があると言って有耶無耶にしよう。
******
そして金曜日である。
……創との待ち合わせのために駅に向かっている最中である。
あの時はノリと勢いで誘ってしまったが、やはり図々しかったのではないだろうか?
了承の返信が来た時からすでに美夜は後悔していた。
いやしかしフルーツは気になる。今の時期ならブルーベリーとかマンゴーだろう。めっちゃ気になる。あのブッフェは種類はそれほどではないが質が高いと評判なのだ。軽食も美味しいし、スープは三種類が順々に出てきてうっかり食べてしまうらしい。
料金がまあまあ高いが、それに見合った内容なのである。……代金は美夜が払うと言ったメッセージはスルーされたなそういえば。気をつけなければならない。
悶々と考えながらも駅に到着する。創は改札口のすぐ脇で待っていた。
眼鏡無しで。
「――えっ?」
「野島さん、お疲れ様」
「い、いいえ。お待たせしてすみません」
「それほど待ってないよ。行こうか」
三度見くらいしてしまったが、確かに創である。廻ではない。創は生粋の眼鏡だったはずなのだが。……生粋の眼鏡って何だ。
挙動不審な美夜に気付いたのだろう、創は小さく笑った。
「眼鏡ないけど廻じゃないよ?」
「あ、はい。それはわかってます、けど」
「野島さん、こっちで眼鏡の怨敵って呼ばれてるんだけど、知ってる?」
クライアントにそんな呼ばれ方をしているのか美夜は。
何故クライアントにまでそんな話が漏れているのだろうかと思ったら、上層部同士が懇親会をした際にネタとして話したらしい。就活のときにうっかり喋った、高校生までの美夜の破壊神ぶりを。
ちなみに今日の会議に美夜が不在なのを見て、彼の上司が『あれ、彼女は欠席ですか? ほら、眼鏡の敵の』と口を滑らせたらしい。おかげで大変和やかに会議は進んだそうだ。
「どうりで私が(自分の)眼鏡割っても変な顔されないなと思ったら……ああ……」
「ああ、『これが噂の!』って思っただけだね」
「誤解です……また壊しはじめたのはつい最近なんです……」
「ははは。……それでまぁ、お詫びなんだし、食事に行くならこっちのほうがいいかなと」
創は眼鏡ケースを鞄から取り出し、軽く振ってみせた。
「眼鏡のことは気にせず、いっぱい食べよう」
楽しそうに言うので思わずふき出した。
茶目っ気をここで出さなくても。というかこんな台詞あったかな?
某ホテルのスウィーツブッフェは本当に良かったです。
コロナが落ち着いたら行きたいという気持ちを込めて。




