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第68話 存続

「一割……いや二割だ。君達が必死に守った要石で保たれる結界の出力がね。これは使徒でなくても野良の異端だって出入りできる数字さ」


「そうかもしれない。俺達が死に物狂いで戦った結果が結界の二割。けど、それがどうした?」


「さっきからやけに威勢がいいな。もしや、お仲間が無事で安心したのかい?」


 椅子から身を乗り出してロキがセシルをせせら笑う。


 虚勢だと、そう断定して。


「王都が陥落しても、魔術は引き続き使えるんだろう?」


 ロキはほんの一瞬返す言葉を失った。


「この魔術世界が続くのであれば……いつか、いつか王都を再建すればいい」


「……どうやって? 魔術世界が続くという根拠は?」


「お前がわざわざこの塔を守っていることがその証拠だ。俺は戦場で『原石』に会った。この塔には似た反応がいくつもある。プロメテウスが言っていた通り、燃料にされている最中なんだろう。逆に言えばこの塔は今後のお前の目的に必要不可欠だということだ。必要なんだろう? 魔術が。だから俺達もそれを利用する。壊されても、作り直す」


 既にロキの表情は冷え切っている。


 ただの「面白い盤上の駒」と見ていたセシルが、プレイヤーであるロキの次の手を明かしてみせた。


 セシルは今この瞬間、駒ではなくプレイヤーとして対等にロキと渡り合っていた。


 その姿を見てクラリッサが感じたのは安堵ではなく、憧れだった。


 魔術を拒絶する空間。それを支配する強大な魔術師を相手にして精神的にも対等に渡り合っているセシル。


 セシルがここまで人格面で成長していたのはクラリッサも気が付かなかった。そしてこうありたいと思った。


 そして次にセシルの発した言葉もクラリッサの想定外だった。


「クラリッサ。合図と同時に転移だ」


「転移? できるものならやってみればいいさ!」


 再び勝ち誇るロキ。既に椅子から立ち上がり、両腕を広げている。


「最後に言っておく。何百年この世界を陰から操っていたか知らないが、それも俺の代までだ。お前の計画を確実に潰す」


「そうかい。次に訪れるのは旧世界の魔術師達の魔導戦国時代だ! 君達で! どうにかしてみせろ! できるものなら!」


「俺は光になる。託された灯をこの身に受けて。お前のような世界の闇を照らす存在に……」


 ロキは笑いながら前かがみになり、唾を飛ばし手を叩く。


「……今だクラリッサ!」


 それはロキの耳を第五元素のナイフが掠った瞬間だった。


 上方からの奇襲。


 ロキの頬を温かい血が伝い、そして目の前に二人がいないことを悟った。


「やってくれる……!」


 ロキは自身のいる「地下の階層で発生した魔術を打ち消す」結界を張っていた。


 だがセシルは高濃度の魔力が渦巻く「原石」達の安置された上層階で、魔力の渦に紛れるようにナイフを生成し、射出したのだ。


 ロキの結界はその中で発生した魔術を否定するもの。セシルの義手が消えなかったのもその理由だ。


 不意打ちに対し、一度結界を解除して直接ナイフを消しに動いたのがロキの失策だった。


「覚悟はしておけよ、セシル君。僕にはまだ君を殺す気はないが……その選択は地獄を見るぞ」


 そう言い捨ててロキはプロメテウスの残骸を踏みつけたぐらついた椅子に勢いよく座り、退屈そうに王都各地の映像を眺めるのだった。


 *


 二人は転移前のカリオペと出会った白い塔の前の広場に転移していた。


 既にカリオペはおらず、炭と灰になった人の残骸だけが残っている。


 まだ熱を感じる空間であったが、クラリッサは転移後にへたり込んでしまった。


「はは……焦ったあ。セシルがあんなに敵を煽るんだもん」


「アイツはああいうやり取りが嫌いじゃないし、隙も作れた。怖がらせたか?」


「ううん。ちょっとほっとしただけ。でも本気? 王都を立て直すって」


 セシルはクラリッサの問いに改めて自身の決意が試されているような気がした。


「やる。でも、すぐには無理だ。賛同してくれる仲間がいる。ヴァルターさんに特務の力を借りられないか頼もうと思う」


「違うでしょー!?」


「何が……?」


 まだ敵地であることに変わりのない場で、クラリッサはいつもの調子を取り戻していた。


「仲間候補なら目の前にいるでしょーが! 仲間第一号クラリッサ! どこまでも付いていくんだから!」


「ありがとうクラリッサ。その力、これからも頼りにしてるよ。それにそうやって前向きなところ、とてもいいと思う」


「あ、あたしはセシルが急に遠くに行っちゃったみたいでちょっと怖かったけど……いつも通りで安心した!」


 セシルが手を差し出すと、クラリッサは慌てて手汗を拭ってその手を取った。


「おーい。取り込み中にいいかい? 大体の使徒は片付いたか撤退したよ。隊長さんとクラリッサにもできれば合流して欲しいな」


 上空から翼を生やした四本腕の異形となって声をかけてきたのはヨナだった。


 クラリッサは飛び上がるようにセシルから手を離し、後ろ手に腕を組む。


 二人は簡単なやり取りでヨナが生き残りを探していたことを知った。


「合流ったって座標がわからないとどうにもならないでしょ?」


「だからこうするんだ、よっとっ!」


「ちょっ……急にやめ、わああ! あたしはどうにか合流するからー!」


 力強くヨナがセシルとクラリッサを両の腕で抱き上げ、飛び上がった。


「ヨナにこんな力あったか……?」


「ううん! ヘンリー君の使い魔に魔力を補充してもらいながらやっとだよ。ほら、近くを飛んでる蜜蜂みたいな」


 魔力が増強しただけあって凄まじい速度で飛行するヨナ。


 セシルとクラリッサは身体強化無しでは目を開けておくこともままならなかった。


 そして急な減速と共に、ゆるやかに落ちていく感覚。


 そこにはアレキサンダー、ヘンリー、シャーリーだけでなく、ヴァルターやフレデリカ。病み上がりで参戦したギルベルト等、セシルの知己が勢ぞろいだった。


 皆の視線はセシルの白い腕に向く、セシルの腕の変貌に対してどう言葉をかけるか探している様子だ。


「英雄様のご帰還だ。俺らが大立ち回りしてた間に一体何してた? 納得できねえ理由だったら殴るぜ」


 口火を切ったのはアレキサンダーだった。


 魔力が切れて自身を操縦できなくなり、シャーリーに膝枕され顔だけセシルに向けている。


「殴るって、どうやってだよ」


「お前が俺の拳の届くところまで来るんだよ。バカ」


 四肢で唯一動く右腕を掲げて言い放つアレキサンダー。


 セシルはこのやり取りで、ようやく自身が部隊に帰ってこれたという実感を得た。


 そしてセシルは寄せ集めの総員に呼びかけるように話し始める。


「教王は殺されました。使徒の首魁によって。さらに王都には旧体制が抑圧していた怪物が放たれ、独自の勢力を作り上げようとしています。そして……ベネディクトさんは戦死されました」


 一同がどよめく。


「俺は奴の言っていることを理解したくない。フレデリカ、お前はどうだ?」


「わたしもそうですが、ベネディクトについてはこの目で……」


 ヴァルターは学友であり上司でもあったベネディクトに思いを馳せてしばらく黙祷し、セシルに問うた。


「それを俺達に明かして何がしたい? セシル。事実ならこの国は滅びるだろう」


「……俺達でローレ・デダームを再建します」


 セシルは力強く、白い義手を力強く振り上げ、そう宣言した。

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