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第69話 希望

 王都が陥落してから三か月の時が経った。


 王都近郊の街であり「天馬遊撃隊」と「奴隷人形部隊(マリオネット)」の決闘の地、ハーデ・ベル。


 そこに使徒にも、遺物(レムナント)にも屈しない小さな自治勢力が誕生した。


 ハーデ・ベルは付呪による殺戮のあった街だ。


 故に住人は既におらず、王都からもそう遠くない立地から皮肉にも避難場所として打ってつけだった。


 そこに「天馬遊撃隊」が中心となって誘導した避難民と、周囲の村々から集まってきた人々が元ある設備や施設を利用して自活を始めた。


 元技術局員とヘンリーの助言もあり、技術者の協力を得たそれは短時間で軌道に乗り始める。


 特務騎士団からは数名が去り、残りは新司令官ヴァルター指揮の下で街の警備に当たった。


 王国騎士団の一部や「王都警備隊」の若者達も合流し、彼らは交代で街から出た耕作地を守るようになる。


 王都市民に王都を捨てさせ、ハーデ・ベルでの生活を納得させたのにはセシルの力が大きい。


『俺の胸にあるこの勲章! 見覚えがありますね? それに俺の異名は! 俺が使徒を狩って得た二つ名は覚えていますか!?』


『守護騎士勲章……そうだ、新しい守護騎士セシル……』


『人形狩り……人形狩りのセシル……! 使徒を何人も倒した!』


『俺は命を賭けます! 皆さんにも命を賭けろとまでは言わない……でも、預けて欲しいんです!』


 セシルは教王府に利用されて得た名声を最大限利用することを厭わなかった。


 彼自身の名声と「天馬遊撃隊」の武名。


 セシルが嫌っていた教王府のやり方であり、教王府の遺した物に縋るようで抵抗はあったが、それがなければ市民は動かなかっただろう。


 そうしてセシルを旗頭として新しい小都市は成立した。


 そして教王府の遺したもう一つの物。


 セシル達が遺物(レムナント)と名付けた「旧制度に抑圧された者たち」はそれぞれ支配領域を手にした。


 ある者は旧城を。ある者は水場を。


 今は拮抗状態が続いているが、いつ戦争が起こるかはわからない。


 いつか来る日に備え、ハーデ・ベルの新住民達は生活を送るのだ。


 *


「街の名前……ですか?」


「そうです。ハーデ・ベルのままじゃ前にあった嫌な事件を思い出しますから」


 セシルの問いに答えるのは特務の新副指令となったフレデリカ。


 幹部会議として、店主がいないままの酒場で集まった「天馬遊撃隊」と大人達。


 王都が陥ちた日から消息の掴めないステラを除いた七名の「天馬」隊員。


 特務騎士団からはヴァルターとフレデリカ。


 王国騎士団の代表者は見回りに出ており、代わりとして「王都警備隊」のラルフが所在なげに参加。


「候補はあるんですか? 俺はそういうの疎くて……」


「一応、その。案は考えてきたんですけど……」


「もったいぶらずに言ってみろ。俺にもそういう学はないからな。お前の方が役に立つ」


 ヴァルターに背中を押され、フレデリカが指で空間をなぞる。


 副指令となり積極性の増したフレデリカであったが、最後にヴァルターによる後押しの必要なことが多々あった。


 魔力の跡が光り、単語が浮かんだ。


「ルー……メリア?」


 日々の勉学である程度読み書きのできるようになったセシルがそれを読み上げた。


「はい。古い言葉で『光』を意味する単語が由来です。その、ベネディクトも言っていたんでしょう?」


『君は民を導く光になれる』


 セシルはベネディクトの言葉を反芻する。そして彼ともう一人、セシルに光を見出した人物……プロメテウス。


『君が光になれ』


 二つの言葉がセシルの胸中で交わる。


「はい。『この国を照らして欲しい』と……とても、とてもいいと思います」


「お前が気に入ったならそれで十分だ。決まりだな」


「いや、他の人とか……住民の皆さんの意見は……?」


 ヴァルターはセシルの背中を勢いよく叩き、前のめりになったセシルが顔を上げた際に目を合わせて言う。


「いいか。この街のリーダーはお前だ。実務は大人がやってやる。お前の指示で戦ってやる。だがな、皆お前に付いてきたんだ。住民も俺も、他の連中もな」


「そうです。わたしじゃあるまいし、セシル君にはビシっとキメてもらいます!」


「……自分で言うな」


 ヴァルターとフレデリカの言葉を受け、大きく息を吸ってセシルは声高に宣言する。


「この街の名前は、ハーデ・ベル改め『ルーメリア』に決定します!」


 突然の大声にシャーリーは縮こまってしまった。女性陣の非難めいた目。


 それは自治領ルーメリアが誕生した瞬間だった。


 そして会議の後は各自が足早にそれぞれの持ち場に着いた。


 セシルとヴァルターは周囲の村々で情報収集してきたギルベルトとの作戦会議。


 クラリッサとアンは格上への有効打となる術式の開発修行。修行はフレデリカの指導の下で行う。


 アレキサンダーは術式の改良。ヘンリーは住民の魔導器の整備。


 シャーリーとヨナは交流のある村の護衛任務。これの報酬としてルーメリアは食料を分けてもらえる予定だ。


(希望の灯はまだ消えてない)


 セシルは自分に言い聞かせるように、そして活気の戻り始めたこの街から実際にそれを感じつつ、心の中でつぶやく。


 右手の義手を勢いよく左の手のひらにぶつけると、セシルはギルベルトの待つ家屋に入った。


「妙にやる気じゃねえか。おじさんはそういうの見るとまぶしくってなあ」


「俺はビシっとキメてないといけないですから」


 セシルは笑って答えた。


 各々の心から希望の灯はまだ消えていない。


 それを集めて、光として照らしていけるか。


 (俺達なら、きっと……)


 所在不明となったステラの情報をギルベルトに尋ねながら、セシルは小さな確信を得た。


 *


 同時刻。使徒の居城、聖ヴァルデマール城の地下室。


 玉座に座り思案するロキへと詰め寄る若者が一人、諫める中年痩身の男が一人。


「なあ、あんたが結界を二割も残して帰ってきたお陰で俺の仕事に影響が出てるんですけど?」


「言葉が過ぎるぞ、エドガー。少しは慎め」

 

「再侵攻でもなんでもいいからさあ。どうにかしてくれないと」


 上級使徒「ナンバーズ」第二位エドガーを咎めるのは、第三位リヒャルト。


 セシル達が結界の要石を死守したことは無意味ではなかった。


 むしろ「黒父の使徒」内での重要度順に数字が決定される「ナンバーズ」という組織のナンバーツーの苦言。


 それは使徒の目指す「計画」に大きな支障が生まれていることを示している。


「そのうちなんとかするよ。そのうちね」


「またそれかよ……」


 呆れてエドガーが退室し、一礼してリヒャルトも去った。


「どうかき消してやろうかな。彼の心の灯を。いや、僕が手を下すまでもないか……」


 そうつぶやいた後地下室の明かりが一斉に消え、暗闇にロキの瞳が光った。


第一部 完

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