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第67話 勝機

 空間に投影した王都の惨状について、ロキは地区ごとに映像を切り替えて眺めている。


 結界の破壊を目的に送り込んだ使徒が十分に働いているか確認しているのだ。


「順調に結界の要石は機能を停止しているね。少しばかり上手くいきすぎて拍子抜けだ」


 今回ロキが送り込んだ使徒は戦闘要員ではなく、どちらかと言えば研究職に近い。


 それ故に戦い慣れしてはいないが王国騎士程度を相手取るには十分な邪法を身に着けている。


 実際ロキが切り替えていく映像の中には防戦一方の王国騎士達の姿もあった。


 セシルとクラリッサは白い塔に囚われたまま、使徒による結界の破壊を次々と見せられている。


 無論、クラリッサも転移による逃亡を図った。


 だが「せっかくの特等席なんだ。話し相手になってくれよ」という一方的なロキの思惑から術式の発現を拒絶され、現在に至る。


 ロキは次第に退屈そうな態度になり、退屈しのぎとしてセシルに言葉を投げかける。


「君は僕の目的をどう見る? プロメテウスへの『復讐』? 間違った世界の『蹂躙』? それとも全て僕の気まぐれによる『戯れ』?」


「答える必要ないよ、セシル……」


 クラリッサにいつもの気丈さはなく、いつになく弱気だ。


 無理もないことだった。彼女の目の前には敵の首魁。得意の転移は完全に封じられている。


 始めはクラリッサの発言を咎めていたロキだったが、今はいない者同然に扱っている。


 彼女には「無力感を味わわせること」が最も効果的な精神攻撃だと理解したからだ。


「『復讐』、『蹂躙』、『戯れ』……全部なんじゃないか?」


「へえ、どうしてそう思った?」


 ロキの問いにセシルはぐるりと地下室を眺めた。


 プロメテウスの命を繋いでいた魔導器の残骸が散乱し、それらを踏みにじる形でロキはガタついた椅子に腰かけている。


「プロメテウスに対する敵意……あれは本物だ。教王府とプロメテウスが維持してきたこの世界を『蹂躙』し、破壊することも含めてお前の『復讐』なんだろう? ロキ」


「あれ? 『戯れ』についての答えは?」


「今この瞬間も俺達を生かしていること自体が『戯れ』の一つだろ。ルキウスとお前だけでこの塔を制圧できたなら、もっと早くにこの国を崩壊させられたはずだ」


 それを聞いたロキは肩を揺すってくすくすと笑った。


「ああ、いいね。君は僕をよく見ているよ。君は自分のこと以上に周囲を、敵を見ている。君はあれだけの戦果を挙げながら、あれだけの称賛を浴びながら、教王府と使徒のどちらにも警戒を怠らなかった。だからいいんだ。君は力を持つだけの凡庸な『原石』じゃない。だから僕は君にちょっかいをかけたくなるのさ」


 そういうロキの頭上で使徒の各部隊が次々と結界の要石を無力化していく。


「こうやって君を閉じ込めているのも、君が何をやらかすかわからないからだ。大勢に影響はないだろうが……何か致命的なことをやってのけるかもしれない。それを見てみたい気もするけど、これ以上計画を乱すわけにはいかないし、殺すには惜しい。共にもう少し悠久の歴史を誇るローレ・デダーム崩壊の様子を眺め……」


「もう勝ったつもりか?」


 セシルの反論にロキは一瞬反応できなかった。


 教王プロメテウス抹殺に成功し、呼応した反乱分子の蜂起によって特務騎士団司令官ベネディクトも戦死している。


 王都には多数の使徒が侵入し、結界をこじ開けようとしている。


 どう考えてもロキの、「黒父の使徒」の勝ちだ。


「……はあ?」


「その王都の映像……二つ前の地区に戻してみろ。俺達はまだ負けてない」


 黙ってロキは撤収する使徒の映像から場面を転換させた。


 二人が問答している間に流れていた映像。


 それは使徒相手に必死の抵抗を続ける「天馬遊撃隊」の隊員達だった。


 *


「付け焼刃の術式だ! 魔力消費が尋常じゃねえ! 使い魔を絶やすなよ! ヘンリー!」


「わかってる! 受け取れ! アレキサンダー!」


 毒の後遺症で身体の自由が効かなかったアレキサンダーは、つい先日自身を操縦する魔術を完成させていた。


 石くれのゴーレムとは違う人体の構造を把握するのに時間がかかっただけで、自身を魔力で動かすこと自体は彼からすれば容易なことだった。


 そんなアレキサンダーにヘンリーは蜜蜂を模した使い魔を放つ。


 二人の対峙する使徒の集団は二体のゴーレムに退路を断たれ、アレキサンダー目がけて前進するしかない。


 向かってくる使徒をアレキサンダーは岩を纏った巨腕で次々と使徒を殴り飛ばし、時には腕に仕込んだ「魔弾の原石」による砲撃で吹き飛ばした。


 次第に息切れを起こし始めるアレキサンダーの背中を蜜蜂の使い魔が刺し、魔力を補充する。


「ったく他になかったのかよ、クソ痛えぞ!」


「傷跡は残らないはずだ! 悪い!」


「そういう話じゃねえ!」


 アレキサンダーは路地という環境を最大限活かし、適宜ゴーレムで塞ぐことによって巧みに使徒をおびき寄せて撃破していた。


 そしてヘンリーはアレキサンダーの補助に徹する。


 彼らは二人で一つの要石を守り切るどころか、使徒を惑わせ撤退すら許さずに次々と打ち果たしていった。


 近くの要石では同じくヘンリーの援護を受けたヨナが、追加で生やした合計四本の腕を肘まで魔弾の発射口にし、上空から使徒を狙撃している。


 そして地上ではシャーリーが使徒を両手に持った片手剣で次々と斬り伏せる。


 シャーリーの周囲には常に回転する手斧が宙を舞い、彼女が視認し次第射出され使徒を切り刻む。


 その手斧をヨナが腕から魔力の塊で狙い撃つと、魔力を増大させた手斧は回転力を増した上でヨナに主導権が移る。


 ヨナはアレキサンダーの路地封鎖の余波を受けて迷う使徒を、上空から手斧を操作して倒していく。


「四人で要石二つか。よくやるね……それがどうした?」


 ロキは映像を見ながら嘲る姿勢を崩さない。


「言っただろ。俺達はまだ負けてないって」


 アレキサンダー、ヘンリー、シャーリー、ヨナ達の稼いだ時間。


 そしてまだ抵抗している者がいるという事実。


 それらが呼び石となり、王都へ勇士達が次々と現れた。


 特務の指揮権を返還したランドルフが急ぎ取りまとめた「首輪部隊」が「ゲート」を通じて別の要石の元に現れた。


 反乱分子をねじ伏せた後、正門から殴り込んできたフレデリカの搭乗型ゴーレム部隊が目に付く使徒を手あたり次第に吹き飛ばしていった。


 さらに特務騎士団副司令官ヴァルターが率いる正規の特務騎士がわずかな時間で接収した「雷杖」で使徒をなぎ倒す。


「『天馬遊撃隊』の俺らが王都で無様に負けて部隊の名前を汚せないだろうが!」


 アレキサンダーの咆哮。


 その姿を投影された映像越しに見て、セシルが改めて言う。


「まだ負けてない。お前もそう思うだろ? ロキ」


「大きく出たね。後悔するなよ?」


 そう言いつつもロキはセシルの言葉を認めずにはいられなかった。


 ロキの口数は減り、椅子のひじ掛けを握る手を強めた。

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