第66話 怪物
教王府に危険視されたが、それぞれの理由から始末することもできずに隔離された存在。
それらは封印や幽閉といった手段で俗世から遠ざけられた。
例えば教王フリードリヒの統治を脅かすと恐れられた女司祭。
例えば過激すぎる異端審問から逆に異端として処分された異端審問官。
そして禁じられた魔術の研究にのめり込み、処刑される寸前に自らを封印した技術局員。
彼らは教王府統治の生み出した負の側面。
闇に葬り去られ、二度と表舞台に上がることはないとされた怪物たちは王都の崩壊と共に解き放たれた。
*
焼け焦げながらもカリオペに使役される「紅蓮の騎士」達。
彼らをかいくぐってセシルとクラリッサが走る。
(入り込んだ使徒の数、王都の地形、カリオペの配下の騎士の配置が読めない以上、安易な転移は危険だ)
クラリッサの手を引きながらセシルは少しでも状況を分析することに努めた。
だが戦況は彼の想定外の方向へと展開していく。
突如として上空から無数の光る矢が「紅蓮の騎士」達を次々と射抜き、彼らを灰にした。
咄嗟に空を見上げるセシル。
彼は視力を極限にまで強化する。
そこには白い法衣を纏った片翼の青年が浮遊していた。
その法衣は異端審問官の中でも高位の存在が身に着けるものだ。
そして金色の弓と矢を手にし、魔力による輪のような光を背負っている。
青年の空虚な金色の瞳とセシルの目が合った。
途端にその青年は矢をつがえる。
彼こそが過激な思想故に異端として投獄されていた異端審問官、アリウス。
アリウスの前では王都内で剣を抜いていた「紅蓮の騎士」はもちろん、襲われていたセシル達であっても平等に王都を乱す異端だった。
「マズい魔力の気配がする……危険を承知で飛んでくれ、クラリッサ!」
光矢が放たれると同時にクラリッサは転移魔術を行使し、その場を離れた。
「ここは……」
クラリッサが転移先の条件として設定したのは、範囲内の中でセシルかクラリッサの縁のある地。
必然的に転移先はカリオペと遭遇した広場の先にそびえる白い塔となる。
つまりはセシルが一度訪れ、真の教王プロメテウスと謁見した場所だった。
そして屋根の抜けた地下室を自らの魔術で照らし、椅子に腰かけているのはロキ。
転移直後。かつて相対した使徒ドロシーの姿を見てクラリッサは驚く。
「こいつ、セシルと初めて会った時のチビ!」
即座にロキの背後に転移し、火球を浴びせようとするクラリッサに向けてセシルが叫ぶ。
「やめろ! 死ぬぞ!」
「まあまあ。僕はそんなに短慮じゃないよ。話をしよう」
クラリッサはいつの間にかセシルの隣に戻されていた。
「どういうこと……!?」
記憶とはあまりにも異なるドロシーの実力を目にし、クラリッサは言葉を失う。
「セシル君。君から説明してあげて。僕は何の話からすべきかじっくりと考えるから」
セシルはクラリッサに目の前の少女が身体を乗り換えた使徒の黒幕であることを端的に伝えた。
「どうして使徒の黒幕がこんなところまで……」
言いかけたクラリッサに対し、ロキが人差し指を口元に立てた。
「僕が話したいのは君じゃない。できれば静かにしていてくれると助かるんだけど」
「……ルキウスなら殺したぞ。恨み節なら聞くつもりはない」
冷たくセシルが応じる。
ちらりとセシルの白い腕を見てロキは満足げに頷く。そしてその言葉を否定した。
「いいや。さっき君らが出会った二人の魔術師の話さ。カリオペとアリウス。特に厄介な連中を引き当てたね」
「あんな連中を解き放って本気で王国を、この世界を滅ぼす気か?」
(ドレスの炎使いはカリオペと名乗っていた。じゃあ弓矢の男がアリウスということか?)
ロキと相対しながらセシルは思考を止めない。
「あんな奴ら、僕でも制御できる自信はないね。結論から言うとあいつらは使徒じゃない」
「なら何だと言うんだ? お前ら以外に王都を滅ぼそうとする奴らなんか……」
「もちろんいるとも。それがカリオペとアリウス……二人とも教王府が危険視して封印した存在だ。愚かな教王府は自ら育てた憎悪に飲まれて滅びるのさ……!」
言い終えると同時に哄笑するロキ。
セシルは反論する言葉を持たなかった。
ロキの言葉を全て信用するわけではなかったが、このローレ・デダームを統治する教王府が欺瞞と虚偽に満ちたものであることをセシル自身が深く理解しているからだ。
「アンタの目的は何!? セシルをたぶらかさないで!」
クラリッサが叫ぶ。そして一瞬で冷静な表情に戻るロキ。
「君の発言は求めていないけど……目的くらいなら教えてあげようか。ローレ・デダームに痛い目を見てもらおうと思って」
「ローレ・デダームを滅ぼして使徒が国を乗っ取るつもりか? 気まぐれなお前に統治が務まるとも思えないが」
「国? 国ね……それも楽しそうだけど、僕たちの最終目標はそんな次元にないんだ。悪いね、予想を外して」
セシルの発言にわずかに首を傾けてから、ロキはわずかに口角を上げた。
「見ていきなよ。君達が必死で守ってきたこの国がどうなっていくかをさ」
ロキは空間に王都の情景を投影した。
ゆっくりと王都を歩くカリオペ。「紅蓮の騎士」が王国騎士団を蹴散らしている。
空を駆けるアリウス。使徒にも王国騎士にも容赦なく無差別に矢を射かけている。
熊ほどの巨体の狼。王国騎士達が魔術で作成した土壁を一息で破り疾走している。
クラリッサはその光景を見て両膝を突く。
逆にセシルは両の拳を握り締める。
思考を巡らせるのはロキを討ち取るべきか、そもそも敵う相手なのかということ。
「油断している今なら一太刀浴びせるくらいできると思った?」
ロキがにやつきながらそう言ったのは、セシルが義手から白剣が出ないことに気付いてからだ。
クラリッサの不意打ちが通じず、セシルが攻撃をしかけることすら叶わなかった状況を鑑みて彼は一つの答えに到達する。
「魔術の否定か……!」
「これは驚いた。君の察している通りだよ……僕は魔術を『消せる』んだ。転移という結果すら否定してみせたようにね」
魔術を分析して即座に対応するベネディクト。
魔力の流れを読み取り的確に初動を抑えるルキウス。
その二者とも異なる「発現した魔術そのものの否定」というのがロキの力の一つだった。
「俺達をどうするつもりだ……!?」
圧倒的な実力と格の違いから声が震えないようにゆっくりとセシルが問う。
「ここへやってきたのは君達からだろう? まあ、死なないように保護してあげてもいいよ。ルキウスに打ち勝った褒美、とでもしておこうか」
王都を荒らす怪物達。それを遥かに超える怪物を目の前にして、セシルは無力さを噛み締めるしかなかった。
「長生きもし過ぎると退屈でね。君のように僕を驚かせてくれる存在は純粋に嬉しいのさ」
怪物は少女の姿でいたずらっぽく笑って言った。




