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第65話 地獄

 王都の中央にそびえる白い塔。


 その内部でロキは炎の衝撃で倒れた椅子を引き起こし、ゆっくりと座った。


 王都を焼き払った業火はこの塔にも到達しており、元来塔が持つ防壁とロキの助力でその攻撃を防ぎ切ったのだ。


「全くよくやるよ。この塔が崩壊すれば魔術体系そのものが崩れかねないというのにね。彼女にとって教王府はそれほど憎いということかな?」


 元はドロシーのものであった細い脚を組んで、ロキは目を閉じ王都全体に魔力を走らせる。


「ルキウスは……死んだ? まあ、そんなもんか。結局重要なのは『教王府の負の遺産』達が動き始めることだからね……先鋒はカリオペか」


 ロキは目を閉じたまま笑みを浮かべ、満足そうに足を揺らす。


 カリオペ。


 王都の防壁を燃やし尽くした魔術師であり、ロキからすれば古くから知る人物。


 彼女は先代教王クレマンの血縁であり、教王の教えを民に広める女司祭だった。


 教王府の重鎮だった人物が何故今になって教王府に牙を剥くのか、その理由はロキとカリオペ本人だけが知る。


 *


「生き残りを救出するぞ! 市民も騎士も、みんなだ! クラリッサは俺と、シャーリー先輩はヘンリーと組んでくれ! ヨナはアンを抱えて上空から閉じ込められた人達を助けるんだ!」


「無茶言うなあ……」


 ヨナはいつもよりも大きな翼を背中から生やし、アンを抱えて一息に飛んでいった。


 シャーリーとヘンリーは既にセシルとは別方向に駆けている。


 クラリッサはゴーレム馬で並走しながらセシルの義手をしきりに気にしている。


「その、大丈夫……? なわけないか、ごめん」


「ベネディクトさんのことはまだ心の整理がついてない。でも、やるべきことをやるだけだ」


「あたしが心配してるのはそうじゃなくって……!」


 セシルにとってベネディクトの死はショックではあった。


 だが「原石」としてさらなる力に目覚めたことが理由なのか、澄んだ魔力によって思考は冴えていた。


 セシルの全身を巡る魔力の質も、腕を失ったというのに高まっていく感覚すらあった。


「まあ、いるよな……」


 使徒と思われる二人の男が石畳の上に座り込んで、魔力を注ぎ込んでいる。


 カリオペの攻撃の隙に王都へ入り込んだ彼らは、不完全ながらまだ存在している結界を破ろうとしているのだ。


 セシルは無造作に右腕の純白の腕を打ち出し、一人を殴り飛ばす。


 呆気にとられたもう一人は、目の前に浮遊してきた腕から発射された高濃度の第五元素による魔弾で吹き飛ばされ、意識を失う。


 セシルは腕の根本から生やした第五元素の糸を収縮させ、一息に義手を回収した。


 それは奇しくもルキウスと対決したことによって身に着けた魔力で編んだ糸を操る技術だった。


 転移からの強襲を準備していたクラリッサは驚きを隠せない様子で目を見開き、セシルを見る。


「これが新しい俺だよ。クラリッサ。この腕が気になるんだろ? 気付いたんだけどさ、変わるってことは何かを代償にすることなんじゃないかな」


「……どういうこと?」


「ローレ・デダームもこれから大きく変わる。失うものだって多い。その時、俺はみんなが正しい道を進めるように手助けがしたい。だから俺の腕がなくなったことに対して同情はしなくていいんだ」


 市民の多くは酒場や宿といった人の比較的多く入る民間の施設に集中して避難していた。


 教王府関連の建造物は軒並み焼かれ、そこに逃げ込んだ市民は皆死んだらしい。


(ただの使徒の仕業じゃない……!)


 セシルが新たな敵の可能性について思案すると、クラリッサも市民からの証言を受けて怪訝な顔をしている。


 結局二人は教王府を頼るよりかは現状維持が安全だと考え、全体的な号令があるまではその場を離れないように言って回った。


 セシルは道すがら確認したが、王国騎士団も特務騎士団も本部は大きく焼けていた。


「セシル、あれって……」


 クラリッサが指で示すのは、ここまで見てきた教王府関連施設の中で唯一健在である王都の中央にそびえる白い塔。


 地下での出来事であったため、セシルは自身がその塔でプロメテウスと謁見したことを知らない。


 その場所が「原石」を搾取する場であることも。


「守備部隊が防衛しているのかもしれない。行ってみる価値はあるな」


 セシルとクラリッサは顔を合わせ、それぞれゴーレム馬に魔力を注ぎ込み、全力で駆けた。


 そして二人は塔の前の広場にたどり着き、あるものを見る。


 無数の騎士が倒れていた。


 倒れた騎士の鎧は赤熱化しており、それは騎士の虐殺を行った者が王都を炎上させた者と同一人物であることを示している。


 そして中央に赤黒いドレスを着た女が一人、ぼんやりと白い塔を眺めていた。


 熱の生む気流がドレスの裾をはためかせている。


 同様に彼女の黒い長髪は焔のように揺らめいていた。


 その女はセシル達を一瞥すると端的に告げる。


「私はカリオペ。前王クレマンに仕えた元司祭。力を恐れた教王フリードリヒに封印されることを良しとし、対使徒戦力を大きく減らした愚者……」


「何故だ! 何故教王府の者が、王都を燃やす!?」


「フリードリヒの教王府は、結局市民を守れなかった。だから私は焼き払う。国を守れなかった仕組みそのものを焼き払い……秩序を創る」


 セシルはカリオペが纏う荒々しく渦巻くような魔力を直視し、炎に照らされながらも全身を寒気が襲う。


「国を作り直す……それがお前の望みか」


「そう。でも悪いけどあなた方と問答している暇はこれ以上ないの。私の騎士と遊んでいてちょうだい」


 カリオペが指を鳴らすと、倒れた騎士達が再び燃え始めた。


 そして焦げた肉の異臭を発しながらぎこちない動きでセシルに向かってくる。


「『紅蓮の騎士』……私の炎で焼死したものは、死後私の支配下に入る。生前の信条を問わずに、燃え尽きるまで」


 燃えながら向かってくる死人達にクラリッサは臆している。


 彼女の攻撃手段である火球では彼らヘの有効打にはならないからだ。


 セシルは先頭の「紅蓮の騎士」を義手から伸ばした白剣で斬り捨てると、クラリッサの手を引いた。


「撤退だ! 俺達だけで敵う相手じゃない!」


「フリードリヒに足りなかったのは『慈愛』そのもの。私の慈愛を受け入れる者は庇護下に置こう。市民たちにはそう伝えよ」


 背中を向けたセシルに対してカリオペは宣言した。


 ゴーレム馬は既に燃え、崩れている。


 二人は走り出した。


 彼らはまだ知らない。


 カリオペ同様、教王府に封印されていた存在が目覚め始めていることに。

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