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第64話 炎上

 ベネディクトの遺体を担いでセシルは観測所の建物を出た。


 ゴーレム部隊の乱入で混乱した反乱軍の騎士が道中襲ってきたが、全て義手で殴り倒した。


 義手は彼の身体の一部として定着しつつあった。


 何人打ち倒したか、彼は数えていない。


 それだけの技量の騎士達だった。


 セシルの頭には一刻も早く特務騎士団本部にこの事態を伝え、「天馬遊撃隊」の仲間と合流することしかなかった。


 セシルには技術局の新たな転移方法は扱えない。


 故に彼は、王都市民の避難誘導を完了したクラリッサ達が次に取るであろう行動を予測し、行動する。


 セシルは王都と観測所を繋ぐ街道へと駆けた。


 隊長であるセシルの指示がなくとも、最良の選択肢を採ると信じていたからだ。


 王都の混乱がある程度収束すれば、彼らは次なる戦場を制圧しに動くと踏んだ。


 セシルの予想通り、観測所からの攻撃の届かないギリギリのラインに「天馬遊撃隊」は布陣していた。


 反乱軍が王都に流れ込むのを防ぐには最適の位置。


 それぞれ数人の兵を率いて展開していたのはクラリッサ、アン、ヘンリー、ヨナ、シャーリーの五人。


 彼らに付き従うのはかつて「天馬遊撃隊」から脱退した「王都警備隊」の制服を着た若者たちだ。


 セシルはベネディクトの遺体を下ろし、彼らの隊長として振る舞おうと努めた。


 だがセシルの頬を流れたのは、一筋の涙だった。


 ベネディクトの死に対して「天馬遊撃隊」の面々は言葉を失っている。


 そんな中動いたのはクラリッサだった。


 駆け出したクラリッサは、返り血とベネディクトの血に塗れ、赤黒く汚れた「天馬」の白い制服を気にすることなくセシルを抱きしめた。


「生きててよかった……生きててくれて、本当によかったよ……」


 セシルは血に汚れた白い義手で抱きしめ返していいものか思案して、やめた。


 隊長でありながら仲間を頼らず、戦場に乗り込んだ結果が生んだ裏切りの証拠のように感じたからだ。


「みんなが無事でよかったよ……アレキサンダーとステラは?」


「警護に特務が人員を割いてくれてるから安心しろよ。それにしてもその腕。また無茶したんだな」


 ヘンリーがセシルの右腕に言及する。彼ならその魔力量や構造の異常性に一目で気付くはずだった。


「……何を言っても言い訳になるけど、敵が強かったんだ」


「いや、今詳しく問い質したりはしない。オレだってそのくらいの分別はあるさ」


「ごめん」


 咄嗟の行動に赤面したクラリッサがセシルから僅かに距離を取る。


「俺達は戦闘に合流しないのか?」


「ううん。あたし達と『王都警備隊』は実験場から王都に繋がる道を塞いでるの。『王都警備隊』は実戦経験がないから、この大きな街道にはあたし達が配置されたって感じかな」


「それにこの戦い、もう掃討戦だよ。いくら技術局新兵器の魔導器が対人戦で強力だからって、搭乗型の旧型ゴーレムに敵うはずがないからねえ」


 ヨナは大きく伸びをしてのんびりと言った。


 彼自身が自律思考し戦闘するホムンクルスという兵器なのだ。


 両軍の用いる魔導器の性能差にはヘンリーよりも詳しかった。


「あんな骨董品のゴーレム、維持も管理も大変だろうに……改めて特務は本気だと感じたよ。で、ベネディクトさんは死んだの?」


 誰も触れようとしなかった話題にヨナが切り込む。


「……ああ。ヴァルターさんにいち早く事態を伝えたい」


「使い魔のシーちゃん、持たされてる……ヴァルターさんがポコちゃんを持ってるはずだから、それなら……」


 一対の連絡用使い魔であるシーちゃんを手にシャーリーが気まずそうに会話に参加する。


 彼女が制服に格納していたウサギのぬいぐるみだ。


 すぐさまセシルはシーちゃんを通じてヴァルターに話しかける。


「ヴァルターさん、聞こえますか? ベネディクトさんが……」


「お前らの会話はさっきから聞こえている……その話は後だ。ルキウスを殺したのはセシル、お前か?」


 ぬいぐるみからヴァルターの声が返ってきた。


「……そうです」


 セシルにはミアのことを詳しく語る気はしなかった。


 彼女こそこの教王府統治による被害者の一人だったからだ。これ以上それに巻き込みたくなかったからだ。


「こちらの仕事はもうすぐ終わる。反乱軍の多くは合流する機を逸して王都の各地で捕縛されている。お前の手柄だ」


「……そうですか」


「ルキウスの奴一人を始末するのにお前が逝くのか、ベネディクト。割に合わんな……」


 それきりヴァルターは何も言わなくなった。


 しばらくして、実験場の観測所を中心に散発的に聞こえてきた「雷杖」の音がしなくなる。


 即ち、これは反乱が鎮圧されたことを意味している。


「ったく『天馬』に付いて行けなんて言われた時はどうなるもんかと思ったけど、無事に済んでよかったぜ」


 軽口を叩くのは「王都警備隊」のラルフという男。


 彼は「アカデミー」時代の成績は良かったが、使徒に襲撃された大規模演習ですっかりと心が折れてしまい「王都警備隊」への移籍を了承した。


 そして彼は、王都の動乱鎮圧にベネディクトの死という大きすぎる犠牲を払ったことを理解している「天馬遊撃隊」の隊員達ににらまれる。


「な、なんだよ……」


 セシルは「警備隊」の末端の認識などこの程度だろうと、冷めた頭脳で考える。


 ベネディクトの死後からセシルは目の前の出来事から現実感がなくなったような気がして、感情が希薄になっている自分に気付いた。


 だが無理やりにでもセシルの心を揺さぶるように、現実は彼の想定を遥かに超えていく。


 王都を丸く囲む城壁が、丸ごと炎に覆われた。


 城壁から技術局の反乱を監視していた騎士は一瞬で灰になった。


 王都を覆う結界がウルスラによって破壊された状態でも、王都の防壁は物理的防御と一定の魔力的防御を担っていた。


 それが一息で破壊されたのだ。


 無数の「ゲート」が出現し、有象無象の使徒たちが王都に侵入していく。


 何の合図もなく「天馬遊撃隊」の隊員達は貸与されたゴーレム馬に乗って駆けた。


 セシルは「王都警備隊」の誰かのゴーレム馬に飛び乗り、王都の正門を目指す。


 シャーリーが手斧の投擲で城門に入り込もうとする使徒をなぎ倒した。


 城門から見えたのは、徹底的に破壊し尽くされた王都の姿だった。


 王国騎士団の駐屯地、技術局の施設、異端審問官の宿舎。


 目につく限りでも教王府関係の施設が徹底的に燃やされていた。


 破壊された技術局の施設からは十数人の少年たちが逃げ出している。


 おそらくミアのような実験体。


 ゴーレム馬を走らせ、王都の中心地に進むと王国騎士団の本部が燃えていた。


 これまでの使徒とは桁が違い、さらに王都の構造を熟知した存在。


 そうセシルは判断した。


 つまりこれは、王都の混乱に乗じて教王府側の強力な魔術師が動き出したことを意味している。


 セシルの脳内に、かつて教王府の教えを記した冊子に記された「地獄」いう言葉がよぎった。

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