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第63話 遺志

「ベネディクトさん! 起きてください!」


 ルキウスを破ったセシルは血だまりの中に倒れているベネディクトの下に駆け寄る。


 二人の体内を蝕んでいた毒はいつの間にかなくなっていた。


 時間が経ったからか、ミアが能力を解除したのかはセシルにはわからない。


 だが、魔力の流れも安定しているはずのベネディクトが自ら応急措置もしないまま倒れている。


 それが意味するところを受け入れられないセシルは、何度もベネディクトに呼びかけ続けた。


「ベネディクトさん!」


 セシルはこれまで戦場の中に何度も送り込まれてきたが、傷の処置といった初歩的なことはまだ学んでいなかった。


 第五元素を自らの体内でどう操ればいいかは熟知していいても、他人に作用させる術を知らないのだ。


 故にセシルはベネディクトの肩を揺さぶり、名前を呼ぶしかなかった。


「……聞こえているよ、セシル君」


 弱々しくベネディクトが言葉を返した。


「ベネディクトさん! すみません! 俺、俺は……!」


 ベネディクトがまだ生きていた喜び、そして自らが重傷を負わせたという罪悪感がセシルの中でない交ぜになる。


「……いい、あれがルキウスのやり方だ。君が気にすることではないんだ。セシル君、君に伝えておきたいことが……」


「そんなことより助けを呼びましょう! フレデリカさんの治癒魔術ならまだ助けられます!」


「援軍はもう呼んであるさ……我々は反乱軍の第一陣を、後続の合流前に潰しただけだからね……」


 顔面蒼白のベネディクトの出血が止まらない。


 胸からも、脇腹からも。


 だが、その状態でも彼は現場の指揮官として冷静な判断を下していた。


 セシルは実験場の敷地に急速に魔力の反応が増えたのを感じ取る。


 反乱軍の第二陣である。


 それは反乱軍側が一度に持ち場を離れることにより、反乱が早期に露見することを避けるための措置だった。


 だが転移してきた第二陣は戦意喪失した部隊や、倒れている無数の騎士の姿を見てすぐさま臨戦態勢に入る。


 セシルとベネディクトが見つかるのは時間の問題だった。


「……場所を変えようか」


 ベネディクトが懐から血塗れの札を出す。一定範囲内での自由な転移を可能にする技術局開発の「転移の符」だった。


 一瞬の揺れるような感覚の後、二人は実験場の中央にある石造りの観測所内に転移していた。


 内部は魔導器や数値を書き記した書類が散乱しており、試作品の一つに背中を打ち付けたベネディクトがうめき声を上げる。


 セシルは駆け寄りベネディクトを気遣うが、それを見て最悪の事態を覚悟した。


 普段のベネディクトではありえない姿だったからだ。


「セシル君、君に頼みがある。特務の存続に関わる話だ……君へ背負わせるには重すぎる荷なのはわかっているけどね」


「……いいえ。何でも言ってください。俺の責任でもあるんです」


「ありがとう。あまり気負わないで欲しいが、単刀直入に言おう。エミーリアを頼ってくれ、私の妹だ」


 ベネディクトは会話機能と思考の維持に残った魔力の殆どを割いている。


「その方を頼れば、特務は存続できるのですか?」


「……少なくとも力は貸してくれるだろう。ヴァルターはいい指揮官だが、政治的な後ろ盾を持たないからね」


 セシルは口をつぐんだ。


 ベネディクトが自身の死を悟りながら、何よりもその後の特務騎士団に気をかけている。


 彼が初対面で語っていた使徒殲滅の意志。それが本物であることを改めて実感したセシル。


「俺が、俺が跡を継ぎます。『天馬』も特務に合流して、使徒を討ちます」


「……ありがとう。だが『天馬遊撃隊』の合流についてはよく皆で話し合うべきだね。仲間割れはもうごめんだよ」


 ベネディクトは割れた眼鏡越しに、セシルの目を真っ直ぐ見つめた。


「だが君がヴァルターに力添えしてくれるなら、それ以上望むことはないよ。君は民を導く光になれる」


 セシルの脳裏にプロメテウスの言葉が鮮明に蘇った。


『君が光になれ』


 二人が自分に「光」を見出した。それが偶然か、必然かまではセシルにはわからない。


 しかしセシルは使徒と戦うことを決めた夜を思い出し、ある決意を固めた。


 特務騎士団を存続させ、ロキの率いる「黒父の使徒」を打ち倒すという決意を。


「そこにいるのは誰だ!?」


 観測所に後続の反乱軍が踏み込んできたようで、セシルは咄嗟に迎撃の態勢を取る。


 敵は三人の王国騎士。


 セシルは最初にドアを開けた一人から倒そうと、白い義手に力を込める。


 そして次の瞬間、横合いから突進してきた巨岩のような物体に三人の騎士はまとめて吹き飛ばされた。


「ゴーレム!?」


 目の前に現れたのは確かにゴーレムだった。


 だがセシルが普段見慣れているアレキサンダーのゴーレムと異なるのは、倍ほどの大きさ、磨かれたような曲線的な形状。


 それはゴーレム魔術が発達する前に、魔導器として直接搭乗する古いタイプのゴーレムだった。


 そして本来頭部があるべき場所から、人間の胸から上が生えている。


 巨大なゴーレムに乗り、両腕をゴーレムの肩に突っ込んで操縦しているのは特務騎士団のフレデリカ。


「やあ……来てくれたんだね」


「ベネディクト!?」


 ベネディクトの声を聞くと観測所の壁を壊し、フレデリカは強引に中へと入ってくる。


「あなたって人は……!」


「フレデリカさん! ベネディクトさんの治療を!」


 瀕死のベネディクトを見たフレデリカは、セシルの叫びを聞いてもゴーレムから降りようとはしなかった。


 卓越した治癒魔術の使い手だからこそわかる、ベネディクトに残された短い命。


 フレデリカは目を潤ませ、今にも泣きそうになるが唇を強く噛んで堪えた。


「それでいい。今の私を助けようとするより、君にできる有益なことがあるはずだから」


「そうやってまた……わたしの決意を試すんですね。セシル君を特務で受け入れた時にのように」


「彼を、支えてくれ……」


 そう言ってベネディクトは目を閉じた。


 フレデリカは観測所から出て、ゴーレム部隊との合流を図る。


「それでいいんだ……」


 ベネディクトはゆっくりと、血塗れの手でセシルの純白の義手に触れた。


「君は私たちのようになってはいけないよ。仲間と共に、この国を照らして欲しい……」


「はい。必ず……俺が、俺達が使徒を倒します」


 セシルは力強くベネディクトの手を握り返した。


 弱々しいベネディクトの力を感じた後、徐々にそれが失われていく。


 そして王国特務魔導騎士団司令官ベネディクトは死んだ。


 だが、彼は確かにその想いをセシルに託して逝ったのだ。

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