74話
この物語には自己解釈やオリジナル設定が含まれています。
オリジナルの妖怪が登場することもあります。
素人がただ思い付きで書いている物語なので最後まで温かい目で読んでいただければと思います。
夢の中に現れた惣領。
志乃は何とかして陽葵とハラミだけでも現実世界に戻そうとするが子供の姿に引っ張られて力が出ない。
そして惣領は誰一人返すつもりはないらしい。
志乃「私に用があるのであれば他は関係ないだろ。」
惣領「ふん、確かに用は主1人にある。だが使えるものを使わぬ道理などない。」
そう言って惣領は手を伸ばし志乃の腕を掴むと、力の加減など一切なくそのまま頭上へと押し上げる。
陽葵「浜名瀬さん!」
志乃「お前らは動くな!」
惣領「お前にやらせる事がある。事が終わるまでは誰も返すことは叶わぬ。」
陽葵「浜名瀬さんに何をさせるの。」
惣領「お前が施したこの封印を解いてもらおうか。」
志乃「やっぱりそれが目的か。」
惣領「折角印を施したというのに役立たん。一時は声も届いたが結局お前の心を折るには足りなんだ。」
陽葵「それはどういう事?」
志乃「聞くな!」
惣領「ほう、こやつに我が目的を語ってみせればお前など容易く折れるのではないか?」
それを聞いて志乃は惣領を睨みつける。
惣領「だがお前の心を確実に折るのであれば、こやつを現実世界で見つけ出し、お前の眼前で嬲る方が良いか。」
志乃「そんな事させると思っているのか?」
そんな事を言っていると惣領の後ろに浜辺に来た時に見つけた2つの白い煙のようなものが立っていた。
それは最初に見た時よりも人の形に近づいており、くねくねとした動きは今はない。
惣領はそれに気がつき後ろを向く。
惣領「やはりお前ら、こやつの内に残っていたか。」
???「離れなさい。その子はお前のものではありません。」
そう女性の声が響くと惣領は志乃の腕を放し、尻もちを着く志乃に陽葵が駆け寄ろうとするがそれを志乃は手で静止させる。
その間に2つの煙は徐々に人の形に近づくと女性と男性の姿に変わるがその顔は靄が掛かったように見ることはできない。
惣領「今は亡き者に何が為せるというのだ。」
女性「確かに出来る事は少ないかもしれません。それでも出来る事はあります。」
そう言って女性が惣領に掌を押し付けると惣領は女性が触れた場所から消えていく。
惣領「ふん。お前らがいかに出張ろうとも結果は変わらぬ。こやつはお前らとは違い、もはや我の元からは逃れられぬ。何故ならこやつにはもう死という逃げ道がないのだからな。」
惣領はそう言い残し、笑い声と共に消えていった。
女性は志乃に近づくとしゃがんで顔を覗き込む。
女性「私達のせいであなたにこんな苦しみを与えてしまってごめんなさい。」
志乃の頭を撫でながらそう言う女性の顔は見えないが悲しそうな顔をしているように思えた。
陽葵「ねえ、この人達ってもしかして。」
志乃「母上?」
潮埜「そうですよ。」
ハラミ「おい、陽葵。もう戻れるんだ。行くぞ。」
陽葵「え?あ、うん。そうだね。」
陽葵は扉を開けてハラミと一緒にそこを潜ると消えていった。
潮埜「優しいお友達ですね。ちゃんと大事にしてあげてください。」
志乃「はい、、」
清景「堅苦しいな。だが仕方もないか。」
潮埜「私達の顔が分からないのもこの子が顔を覚えてないからでしょうしね。」
清景「そうそう、そんな人間がいきなり親だと目の前に現れてもどうすれば良いか分からないよな。」
潮埜「ですが声は聞こえていたようで嬉しいです。こうしてお話しできるんですもの。」
清景「それでも話せるだけだ。親である私達が解決すべき事をお前に押し付けてしまった。すまない。」
清景は志乃に向かって深々と頭を下げる。
志乃「止めてください。悪いのは全てあいつなんです。」
清景「それでも私達が隠しきれなかったせいでお前は見つかって人生を狂わされた。」
志乃「父上のせいではありません。」
潮埜「私はあなたに色々と教えたい術があったのですが、それも叶いませんね。」
清景「武士の家に生まれて山伏の術を教えるのか?」
潮埜「あら、覚えておけば色々と役に立ちますよ。あの時みたいに。」
志乃「今は母上の友人の山姥に術を習っています。心配しないでください。」
潮埜「霧依に会えたのですね。」
志乃「はい。母上と父上の事も聞きました。それにその前にも師ができました。父上が思っているものとは違うかもしれませんが刀も使っています。」
清景「ということは何かと戦っているのか?」
志乃「はい。この体で苦労はありましたが良き仲間にも恵まれました。」
それから志乃はこれまであった事を潮埜と清景に話した。
夢の中の潮埜と清景は自分が知っている情報以上の事は知らず、これが自分の中に残っている潮埜の術の一部と自分の記憶から作った幻であることは分かってはいた。
だが自分の事を話す事で墓の無い2人の供養になる気がしたので志乃は2人が満足するまで話を続ける。
一方、現実世界では陽葵とハラミが無事に目を覚ますと枕返しが傍にいた。
枕返し「お、起きたか。あいつは上手くやったらしいな。」
ハラミ「お前、まだいたのか!」
陽葵「え?え?どういう事?」
ハラミ「こいつが俺達を眠らせたんだよ。」
枕返し「そうだが話を聞いてくれ。俺は騙されていたんだ。」
ハラミ「言い訳にしか聞こえねえな。」
ハラミは枕返しに対して威嚇している。
陽葵「待ってよ。本当に危ない妖怪なら浜名瀬さんが放ったまま眠ったりしないと思うの。」
ハラミ「、、それもそうか。」
枕返し「誤解が解けて良かったが、あいつはまだ起きないんだな。何かあったのか?」
陽葵「浜名瀬さんは夢の中で死んだ両親と会ってるよ。」
枕返し「そうなのか。ちゃんと戻ってくれば良いんだがな。」
陽葵「どういう事?」
枕返し「たまに夢の方が良くて戻らない奴もいるんだ。」
陽葵「浜名瀬さんなら大丈夫でしょ。私は信じてる。」
枕返し「そうか。」
それから陽葵は志乃の寝ているベッドを覗き込んでみる。
陽葵「浜名瀬さん、両親と何か話しているのかな?」
ハラミ「話す事なんてあるのかね。」
陽葵「生まれた時からいなかったって言っていたもんね。だけどいいんじゃない?折角会えたんだから言葉なんてなくてもさ。」
ハラミ「そう言えばお前は夢の中で鈴の音に悩まされていたな。その事で父親を憎んだりしたのか?」
陽葵「憎むか。憎むよりも怖かったな。他の人が同じ様に消えたり、自分が消えたら嫌だなって。そっちの方が強かったから憎むことは無かった。」
ハラミ「それでも苦しんだのは確かだろ?」
陽葵「そうだね。小学校の頃なんて私が鈴の音を怖がるって分かったらわざと鈴を持って来る奴もいたよ。だけど我慢して笑顔でいたらそれもなくなった。それからだな何があってもポジティブに考えて笑顔で対応するようになったの。」
ハラミ「いじめる奴ってのはどこにでもいるんだな。」
陽葵「そうだよね。」
陽葵は静かに志乃の顔に向かって手を伸ばす。
ハラミ「何するんだ?」
陽葵「夢の中で浜名瀬さんに頬っぺた揉まれたこと思い出したから仕返ししようかなと。」
ハラミ「あの時はお前も悪かっただろ。」
陽葵「無防備に寝てる方が悪いもん。」
ハラミ「後でバレても知らないぞ。」
陽葵は志乃の頬に手を伸ばすと志乃の顔を見ることになる。
陽葵「あれ?」
ハラミ「どうした?」
陽葵「いや、浜名瀬さん、ちょっと笑ってるなって。」
ハラミ「笑う事は何回かあっただろ。」
陽葵「ううん。そうじゃなくていつもの笑顔よりもなんて言うか、自然?な感じ。」
ハラミ「なら両親と楽しんでいるんだろ。あまり邪魔するんじゃないぞ。」
陽葵「えいっ!」
陽葵は志乃の頬を掴んで引っ張る。
ハラミ「っておい!何で続けるんだよ。」
陽葵「それはそれ。これはこれ。」
ハラミ「本当に俺は知らないからな。」
陽葵「大丈夫、大丈夫。両親といるって事は夢の中なんでしょ。枕返しが術を掛けたのなら魂自体が夢の中にいるんだから分からないって。」
志乃「ほう、ちゃんと勉強はしているようだな。」
陽葵「え?あ。」
ハラミ「俺、知ーらね。」
志乃「止めなかったお前も同罪だからな。」
ハラミ「何でだよ!」
陽葵「浜名瀬さん、戻ってたんだね。」
志乃「魂が他の場所にいても繋がっていれば体に起こった事は分かる。」
陽葵「そうなんだ。へー。」
志乃「逃げるな。」
志乃とは逆方向を向いてどこか行こうとした陽葵を志乃は捕まえて両手で陽葵の両頬を引っ張る。
陽葵「いひゃい。」
ハラミ「それなら途中で呼び戻しちまったんじゃないのか?」
志乃「そっちは大丈夫だ。」
陽葵「ほんひょに?」
志乃「ああ、あの2人は私の夢の中の人物で話したい事は全て話せたからな。」
ハラミ「お前がそれでいいなら。」
志乃「それより陽葵、お前の親が心配している。さっさと帰るぞ。」
陽葵「あ、2日経っているんだっけ。」
志乃「ああ。その分勉強も遅れているだろ。」
ハラミ「だけどこいつ勉強は頑張っているんだぜ。」
志乃「火間虫入道が出てきているんだ、それは分かる。だがあまり無理せずに寝ろよ。」
ハラミ「その火間虫入道って何なんだ?」
志乃「こいつは怠け者だった人間が死んで妖怪になった奴だ。夜なべして仕事する奴がいれば灯りを消したりして邪魔をするんだ。」
ハラミ「嫌な奴だな。」
志乃「そうだな。だが弱い奴だから陽葵にあげた数珠でも退治できたはずだ。何で使わなかった?」
陽葵「だって、あれ使うと浜名瀬さんに伝わるんでしょ?浜名瀬さんの邪魔したくなかったの。」
志乃「それでより悪い事が起これば意味ないだろ。」
陽葵「ごめんなさい。」
志乃「それと前にあげたお守りは持っているのか?」
陽葵「あ、あの精神系の術を防いでくれるやつ?」
志乃「ああ、火間虫入道の術に掛かっていたみたいだから変だなと思ってな。」
陽葵「えっと、水熊に襲われた時に落としたみたいで、、」
志乃「何故言わないんだ。と、言いたいところだがあの時じゃ言い難いか。」
陽葵「ごめんなさい。」
志乃「いい、これを持っておけ。今度は無くすなよ。」
志乃は9号に新しいお守りを持って来てもらい陽葵渡す。
陽葵「うん。ありがとう。」
志乃は陽葵を家まで送るために一緒に歩いて行く。
陽葵「ねえ、浜名瀬さん。」
志乃「何だ?」
陽葵「浜名瀬さんの夢に出てきたあのおじさんって本当に浜名瀬さんの大叔父なの?」
志乃「、、そうだな。」
陽葵「何でそんな人が浜名瀬の両親を殺すの?親戚でしょ?」
志乃「私利私欲だ。私もそこまで詳しい訳じゃないからそれ以上は言えない。」
陽葵「そんな人が浜名瀬さんの親戚にいるなんて信じられない。」
志乃「お前の親戚は明るい奴が多いからな。」
陽葵「うん。それでそのおじさんは何をしようとしているの?」
志乃「これは私の問題だ。今日の事は忘れてお前は勉強に集中しろ。」
陽葵「あ、うん、、」
それから無言で歩いて陽葵の家に着くと、美和と晴臣が出迎えて陽葵を抱き寄せている。
その様子を見て志乃は引き止められる前に屋敷へ戻るために妖ノ郷に入るとそこで山姥と出会った。
山姥「お、仲直りはできたか?」
志乃「ああ。ありがとう。」
山姥「良かった。友は大事にしろよ。」
志乃「ああ。」
山姥の話を志乃は生返事で返す。
山姥「心ここに在らずといった感じだな。」
志乃「あ、いや、、大丈夫だ。」
山姥「隠し事はあまりしないでくれ。」
志乃「隠し事ってわけじゃない。陽葵が枕返しに夢の世界に閉じ込められてそれを助けに行ったんだ。あの玉は出てこなかったよ。」
山姥「もしかしてそこで何かあったのか?」
志乃「そこで惣領と両親に会った。本物ではなかったけどな。」
山姥「なるほど。少し中を見てもいいか?」
志乃「、、ああ。」
山姥は志乃の額に手を当ててみてみる。
山姥「封印が安定しているな。」
志乃「夢の中で母上が封印してくれたからな。」
山姥「そうか。」
志乃「もう遅いし私は休むよ。」
山姥「ああ。おやすみ。」
志乃「おやすみ。」
志乃は屋敷にある自分の部屋に布団を敷いて寝転がり考える。
印の封印が続いている限り陽葵の事が本体に伝わる事はないし、陽葵も子供の姿だったのでもし伝わったとしても名前も呼んでいないから探すのには苦労するだろう。
問題はハラミだ。
ハラミの名前も呼んではないがハラミの姿は見られているのでそこから陽葵に繋がる可能性がある。
自分についている印の惣領が自分に関係のあるもの達を知り始めている。
今は安定しているが日に日に強くなっているので封印が解けるのも時間の問題だろう。
そして封印が解ければ確実に周りに危害が及ぶ。
これは自分と自分の血筋の問題で周りを巻き込むことはしたくない。
こちらから仕掛ける事も考えてこの日は眠りについた。
それから日が経ち、刀を取りに行く日になったので志乃は尾火と白焔の鍛冶場へ行くために河童達の川の近くを通ると大河童に声を掛けられる。
大河童「おう、志乃じゃねえか。短刀を取りに行くのか?」
志乃「ああ。そろそろだと思ってな。」
その時志乃はふと、大河童の腰についている物が目に入る。
志乃「それ、どこにあったんだ?」
大河童「おお、これか?水熊が出たところが荒れていたからな。直していたら見つけたんだ。もしかしてお前の物だったのか?」
志乃「私が陽葵にあげたものだが新しい物をやったからそれはお前が持っていてくれ。」
大河童「そうだったのか。だが持ち主の分かった物を持っているのもあまり気分のいい物でもないな。一応返すよ。」
大河童は腰からお守りを外して志乃に渡す。
志乃「そうか。」
志乃は渡されたお守りを見て何かに気がつく。
志乃「これ、一度発動している。なあ、最近いつもと違う事があったり変な物を見たとかないか?」
大河童「変わった事?そういや昨日、赤黒い変な玉が流れてきたな。気味が悪かったもんで誰も触らなかったがな。」
志乃「その玉はどこへ行ったか分かるか?」
大河童「もう海の方へ流されたんじゃないか?」
志乃「そうか。」
大河童「なんだ?何かあったのか?」
志乃「いや、やっぱりこれはお前が持っていてくれ。それとまたその玉を見ても誰も触らないように言っておいてくれ。」
大河童「それなら貰っとくが、あの玉はなんだったんだ?」
志乃「妖怪を凶暴化させるものとだけ言っておく。」
大河童「そうなのか。河口の方に水虎達がいるんだが大丈夫かね。」
志乃「なら短刀を取りに行ったら見てみよう。」
大河童「なら俺も一緒に行こう。水虎達とは顔馴染みだからな。」
志乃「いやいい。1人で行きたい。」
大河童「まあ、比較的大人しい奴らだからお前なら平気か。何かあれば俺の名前を出してくれ。」
志乃「ああ。ありがとう。」
志乃は短刀を取りに行くために山を登ると煙が見え、鉄を打つ音が聞こえてくる。
到着し志乃が扉を開けると白焔が鉄を打っていた。
白焔「あ、ししょー。破魔凪さん来ましたよ。」
白焔が志乃に気づき奥に向かって叫ぶと、奥から足をするように歩く足音が聞こえ、しばらくすると尾火が出てきた。
尾火「来たか。できているからこっちに来てくれ。」
志乃は尾火に付いて奥に行くと一振りの短刀が机の上に置いてあり、それを尾火は志乃に手渡す。
尾火「確かめてくれ。」
志乃「ああ。」
刀の外装は前の物と同じような素木でできており、鍔も無い物だった。
志乃は受け取った刀を一度握ると鯉口を切って刃を少し覗かせすぐに納めた。
尾火「拵は前と同じように竹筒に通りやすいように極力無くしている。」
志乃「助かる。でも良かったのか?こんなに出来の良い刀を私なんかに合わせてもらって。」
尾火「使うものもいなかったからな。前の短刀を見ても分かるようにお前さんなら大事に使ってくれるだろう。」
志乃「そうか。それで代金の方なんだが、、」
尾火「ああ、いい。いい。持って行ってくれ。」
志乃「だが前の物よりも出来がいいし、何もないのは流石に悪い。」
尾火「久しぶりに 作刀に携われたんだ。あんな気持ちになれたのは久しぶりだ。それでもというのであれば赤鍛の話をしてくれないか?」
志乃「お前、昔は聞こうともしなかったじゃないか。そんなので良いのか?」
尾火「ああ。弟子と一緒に聞きたい。」
志乃「だがその弟子は手を離せなさそうに見えたぞ。」
尾火「この音ならもう少しで手が空くだろう。それまで待ってくれ。」
志乃「引退はしたが感覚は失ってないんだな。」
尾火「もちろんだ。腰さえ悪くなってなきゃまだ鉄を打っていた。あたた。」
尾火は興奮して立ち上がるが腰を押さえてすぐに座り込んだ。
志乃「それならこれを使ってみてくれ。」
志乃は4号に大きめの葉っぱの束と壺に入った軟膏を持って来てもらう。
尾火「何だそれは。」
志乃「鎮骨葉と温和膏だ。また鉄が打てるようにまではならないが痛みを和らげることはできるだろ。」
尾火「どう使えばいいんだ?」
志乃「この葉っぱに軟膏を塗って腰に貼り付けるんだ。一度やるから寝てくれ。」
尾火「こうか?」
尾火がうつ伏せで寝ると志乃は鎮骨葉に温和膏を塗って尾火の腰に貼る。
尾火「おわっ。冷た!、、と思ったが徐々に温かくなってきたな。」
志乃「あまり動かないならこれで良いが動く時はさらし等で固定してくれ。」
尾火「なるほど、痛みがマシになった。最近温泉に行くのも辛かったがこれならもうしばらく通えそうだな。」
志乃「なら良かった。無くなったら妖ノ郷に来てくれ。私がいなくても真琴という文車妖妃が作れるはずだ。」
尾火「そうか、なら無くなれば白焔に行かせよう。これの名前は何だったか?」
志乃「鎮骨葉と温和膏だ。紙はあるか?忘れそうなら書いておこう。」
尾火「確かその棚にあったはずだ。ちょっと待ってろ。」
そう言って尾火はさっきよりもスムーズに立ち上がり歩いて紙と筆を持って来る。
志乃はそれに薬の名前を書いていると鉄を打つ音が聞こえなくなった。
尾火「休憩に入ったな。そろそろ行こうか。」
志乃「ああ。」
志乃は薬の名前を書いた紙を薬の傍に置いて尾火と共に鍛冶場へ行く。
白焔「あ、どうでした?」
尾火「気に入ったようだぞ。」
白焔「当たり前です。師匠が丹精込めて打った一振りを短刀にしたんですから。それで師匠、その腰に付けているのなんですか?」
尾火「こいつに貰った貼薬だ。腰が楽になった。」
白焔「そうだったんですね。」
志乃「鍛冶はするなよ。あくまでも痛みを緩和するだけの物だ。」
尾火「分かってる。それより本題に入ろうじゃないか。」
白焔「本題?」
尾火「前に来た時に赤鍛の話を聞けなかったからな。刀のお代として聞かせてもらおうと思ってな。」
白焔「ああ。」
志乃「それとは別に金銭を要求してもらっても構わないんだがな。」
尾火「それを大事にしてくれればいい。腰も楽になったしな。」
白焔「師匠がそういうのであれば俺も別にそれでいいです。」
志乃「そうか。なら赤鍛の事についてだが、私が最初に会ったのは師匠から貰った刀を折ってしまって師匠から製作者を聞いて行ったんだ。」
尾火「お前の師匠は人間なのか?赤鍛はあまり人を好かないと聞いていたが。」
志乃「人間だ。人間にしては変わり者だったがな。それで私も最初は師匠の名前を出しても相手にされなかった。」
尾火「それなのに名前入りの刀を打って貰えるくらいになったのか。どうやったんだ?」
志乃「あの時は普通の人間でない事を説明する為に腕を斬り付けた。」
白焔「はあ?お前正気か?というかその話本当か?」
志乃「ああ。そう言えばまだ試し切りしてなかったな。」
志乃は短刀を抜いて腕に当てる。
白焔「おいおい。本当にやるのか?」
志乃「信じてもらうのにはこれが早い。」
そう言って志乃が腕を斬るがその傷はすぐに治る。
白焔「嘘だろ。」
志乃「切れ味も上がっているな。前の短刀より力を入れなくても切れる。」
白焔「他にもやっているのか?」
志乃「お前みたいに信じない奴の方が多いからな。これが手っ取り早い。」
尾火「それでその後どうなったんだ?」
志乃「あいつも私と同じく人間でありながら異常な体質のせいで他の人間から忌避されていたからな。それから話を聞いてくれるようになった。あいつも話す事は好きだったみたいであまり人と話さないせいか拙い話し方ではあったが私が行くたびに話をしてくれるようになった。」
尾火「無口で厳しい人だったと聞いていたから意外だな。何を話していたんだ?」
志乃「近況報告がほとんどだったな。どんなことがあってどんな客が来たとかな。」
尾火「ふーん。そうなると何でその時短刀を打ってもらわなかったんだ?最初は気難しいから頼んでも駄目だったと思っていたがその調子だと頼めば打ってもらえただろ。」
志乃「昔はいらなかったんだ。刀を使う時はでかい妖怪を倒す時くらいだったから。だけど管狐が出てこれない場所に潜入することになったから懐に入る大きさの物がいるようになってお前に打ってもらったんだ。それからも使い勝手が良くて使わせてもらっている。」
尾火「そうか、大事に使ってくれよ。」
志乃「もちろんだ。ありがとう。」
白焔「他に何か特別な出来事は無かったのか?」
志乃「刀自体あれから刃こぼれすらなかったからあまり行かなかったんだよな。たまに思い出しては世間話や刀の手入れを教えてもらっていた。」
白焔「まあ、鍛冶師との関係なんてそんなもんだよな。」
志乃「特に特別な話が無くて悪いな。」
尾火「実際に会っている奴の話を聞けただけでいい。」
志乃「そうか。」
尾火「ほら、白焔。そろそろ時間だろ。」
白焔「本当だ。」
志乃「それなら私はそろそろ行く。」
尾火「ああ。良ければまた来てくれよ。」
志乃「機会があればな。」
志乃は鍛冶場から出て山を降りると川に沿って歩き、水虎の住む場所へと向かった。
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