1 わたしはきょうもはしっています。
時系列は第三部21話(伯爵の共和国訪問)の数日前です。
みんなといっしょにあるいていけるようになって、25ねん。
わたしはもりがん、きょうもこのまちをはしっています。
※ ※ ※
ある日の午後、中央広場から南に延びる大通り…
ブーーーーーーーっ!! ブーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!
1台の魔動車両が、けたたましくクラクションを鳴らしながら走っていた。
ブーーーーーーーーーっ!! ブーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!
のんびり通りを歩いていた多くの人が、その音に驚いて道路の端に飛び退いた。
「ひゃっはっはっはーー!!」「どけどけーーーーい!!!」
車両の中には4人の冒険者風の若者。力を手に入れて、その力を行使する事が、自分等の当然の権利。そう思っていた。
「!!」
一人の幼い女の子が逃げ遅れた。が、魔動車両は構う事無く突っ込んで行った。
ブーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!
そのクラクションの音で、少女を殺そうとするかの様に…
大きく見開かれた少女の瞳いっぱいに魔道車両が映り、そして…
ヒ ュ ン!!
唐突に魔道車両の後ろから一台の魔動スクーター、それに乗っていたドレスを着た女性が、少女を小脇に抱えて割り込んて来た。
ツァウベローラーの前方のバスケットには花束が入っており、猛スピードで走る風を受けて花びらが軌跡を描く様に舞い散っていた。
「わーーーーーーーっ!!!」
いきなりツァウベローラーに割り込まれた魔道車両は、ハンドルを切り損ねて反転、屋根を道路に着けたまま独楽の様にグルグルと回転し、街路樹にぶつかって止まった。
一方、割り込んだツァウベローラーの方は…
「………!?」
唐突に死の淵に落とされそうになり、また唐突にそこから引き上げられた少女は、自分を抱えている女性を見て驚いた。
彼女の耳は長く尖っていた。エルフだ。しかも、エルフは歳を取らないはずなのに、彼女は自分の母親と同じくらいの年齢に見えた。
「めをとじて、みみをぎゅっとふさいで!!」
そのエルフの女性…モリガンは少女にそう言い、言われるままに少女は目を閉じて両手で耳を塞ぐと、モリガンは更に強く少女を抱きしめた。
「あ………」
自分の母親とは異質な、だが何故か共通する何かを感じ、少女はこの絶体絶命の状況なのに安らぎを覚えた。
(さて………)
次はこの、暴走魔動車両を追い抜くために、猛スピードを出したツァウベローラーを、何とかして停車させないと…
(あなた…しんじてるよ………あなたがかけてくれたまほうを…)
モリガンは開いた左手でブレーキを思いっきり握りしめ、更に車体を横に向ける。
キ キ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ィっ!!!
ツァウベローラーから悲鳴に似た甲高いブレーキ音が響き、だが暴走する魔道車両を追い抜く速さで走っていたツァウベローラーは、なおも猛スピードで滑って行った。
前方にT字路が見えた。八百屋が店を構え、店頭には真っ赤なリンゴが山の様に積まれている。
ィ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ィっ!!
花びらを散らせ、後輪ブレーキと、タイヤと道路との摩擦の嫌な臭いを漂わせながら、ツァウベローラーは徐々にスピードを落として行った。だがこのままでは、あの八百屋に突っ込む!!店主と思しき中年女性の驚く顔が、段々と近づいて来た。
「とまれーーーーーーーーっ!!!」
モリガンが叫ぶ。それが通じたかの様に、
ィ、ィ、ィ…
ツァウベローラーはリンゴの山を乗せた台に、ごくわずかにコツンとぶつかって、止まった。
モリガンも、店も、もちろん少女も、無事だ。
ぶつかった拍子にリンゴの山がわずかにグラグラと揺れ、一番上に乗っていたリンゴがコロコロと山を転がって地面に落ちた。
モリガンはそれを左手で拾い、
「おばちゃん、これちょうだい!!」
その時、モリガンの右腕に抱きかかえられていた少女が、八百屋の女店主を見て、
「母ちゃーーーん!!」
モリガンの腕の中から女店主の元に駆け寄って行く。女店主は少女を抱きとめ、それからモリガンににっこりと微笑み、
「娘の命の恩人からお金なんていただけません…」
と、そこへ…
「おいおばさん!!」
魔道車両に乗っていた4人のうち、宙づり回転を受けても辛うじて意識を失わなかった2人が、逆さになった魔道車両から降り、モリガンにツカツカと近づいて来た。
「俺達のマジックカーがあの有様だ。どうしてくれるんだ、おばさん!!」
「おばさん…」
モリガンはその言葉を反芻しながら、2人の若者ににっこりと微笑んだ。微笑みながら、背後には、彼女と同じ名前の戦女神のオーラを漂わせていた。そして…
ビシっ!!バシっ!!!「ふげーーーーーーっ!!」
先頭の一人に往復ビンタ。その手の甲に吹っ飛ばされて彼は反転していた魔道車両の突っ込んだ。
「あのこがしんでたら、あなた、このていどじゃすまなかったよ!!!」
もし目の前の女性が、全盛期にはゴブリンを素手で殴り殺した事があると知ったら、自分はまだ幸運だったと思ったであろう。
「ひ…っ!!」
なおも自分の前にツカツカと歩み寄って来るモリガンにさすがにただならぬ恐怖を感じ、もう一人の男はさすがに身をよじって逃げようとしたが…あっさりモリガンにつかまり、左腕で抱えられると右手でズボンとパンツを下げられた。
パシン!!「うげっ!!」 パシン!!「うぎゃーーーっ!!」
誰しも母親から尻を叩かれた記憶があるだろう。だが、あんないい年齢の男が、大通りのど真ん中で、公衆の面前でこれをされているのを、皆は初めて見た。
「「お、おぼえてろーーーーーっ!!」」
ようやくモリガンから解放された男たちは、反転していた魔道車両を起こして、ゆっくりと走り去って行った。
ゴールド工房のマジックカー。あの状況でも走るのか。パチモンの割には頑丈さだけはあるらしい。
数日後、この4人の男は王国のエルフを手にかけ、ライオスに殺される。
4人のうち2人に、死因とは無関係の、それぞれ頬の腫れと、尻の内出血が認められ、衛視たちは首をかしげる事になる。ともかく…
パチパチパチ…「ふぇ…!?」
一部始終を見ていた街の人たちから、拍手が沸き起こった。モリガンは耳の先端まで真っ赤にして、
「お…おほほ…ご、ごめんあそばせ…」
あわててカーテシーを作って、ツァウベローラーで走り去って行った。
「何て言うか…すごい女性だな…」
通行人たちが噂した。
「あれが…マダム・モリガン………」
※ ※ ※
このまちへやってきて、25ねん、
あのひとにであって、25ねん、
あのこがうまれて、25ねん、
みんなといっしょにあるいていけるようになって、25ねん。
わたしはもりがん。きょうもこのまちを、はしっています。
皆さま良いお年を。
『ゴールド工房』の『マジックカー』
純共和国産を謡っている魔動車両で、材料はもとより、工員も全員共和国出身のヒューマンで構成されている。まだまだ王国や異種族に悪感情を持つものは多く、この様な物の需要は存在する。
作中でスティーブが予想している通り、正体は『ツァウベラウト』のデッドコピーで、内容は無意味な構造を追加したり必要な機能を削ったりしている危なっかしい物から、理解できる構造のみで構成された原始的な物までピンキリ。作中に登場したのは後者で、構造が単純なために頑丈で、反転事故を起こした後でも王国との間を往復してみせた。
『ゴールド工房』の工房長がどの様な人物かは不明だが、『パイライトカンパニー』や『ツァウベラウト』を明らかに意識したネーミングである。フィリップは家族が共に暮らしたい一心でエルフや王国との友好のために尽力しており、各所に多くの知己とともに多くの敵を作っており、またどうしようもないことだが、寿命を得てもなお美しいモリガンと、彼女を伴うフィリップは多くの男女の嫉妬と羨望を買っている。




