2 わたしはようじょうしょをおとずれました。
話は数日前に遡る。
街の養生所、その廊下…
「全くもって情けない…季節の変わり目ごとに風邪をひく様になってしまうとは…」
モリガンは夫であるフィリップの診察に付き添っていた。
「でもすぐなおってよかったですね、あなた。」
「しかし…あの治癒術師、大丈夫なのかな…」
以前フィリップに、あんな失礼な診察をした男だ…
「あら、あのひとは、まちいちばんのめいいですよ?なにせあなたのびょうきを、いいあてたんですから…」
『中二病』、な…
むすっとなるフィリップの隣りで、コロコロと笑うモリガン。
そこへ…
「通してください!」
という男の声と、コホ、コホという、弱弱しい咳が後ろから聞こえて来た。
2人が道を譲ると、担架に病人を乗せた男性が2人、走って来た。が…
「コホ、コホ…」
その担架の上に乗っていたのは………
「え…エレン………!?」
「えれんちゃん…!?」
2人の友人だった、エレン。病気で入院していると聞いていたが…
「モリガンさん…フィリップ………ゴホ、ゴホっ!!!」
エレンは激しく咳をして、担架を担いでいる男たちに、
「早く、早く行って下さい!!!」
エレンに促されて男たちはそそくさと養生所を出て行った。
表からツァウベラウトのモーター音が遠ざかって行く。
「えれんちゃん…」
※ ※ ※
診察室…
「患者の事を教えて欲しい………!?」
フィリップが診てもらっている治癒術師の診察室に戻ったモリガンと、妻を止められなかったフィリップ。
変人の治癒術師は、困った顔をして言った。
「奥さん…例えば、旦那様が痔だったとします…」
「おい!!!」
治癒術師の爆弾発言にフィリップは思わず声を上げ、
「あなた…ほんとうなの…!?」
モリガンは口元に両手を当てて引いた。
「例え話だ!!お前も変な例えをするんじゃない!!」
「例えば、旦那様が性病だったとします…」
「こらーーーーーっ!!」
「ふぃ~~~り~~~ぽん~~~!!!」
モリガンの両耳が怒りで上へ上がった。
「事実無根の例え話だ~~~!!!そのオーラしまえ~~~っ!!」
結婚以来初かつ想定される最悪の修羅場に慌てふためくフィリップ。
「………その事を私が、他の人に話してしまったら…
あなたは私を、治癒術師として信頼出来ますか…!?」
「………」
モリガンは二の句を告げなかった。治癒術師は治療で知り得た患者の個人情報は他人に明かしてはならない。彼女は自分がいかに無茶な頼みをしたのかを思い知った。
「な…!?教えてもらえないと言ったろう…!?帰ろうモリガン…」
「…それにしても…今日は本当にいい天気ですねぇ…」
唐突に治癒術師は、窓の方を眺めながら言った。
「「へ………!?」」
「本当にいい天気だ………勤務中だと言うのに眠ってしまいそうだ………
……本当に眠ってしまったぞ………」
何を言ってるのだ、こいつは…!?
「………あの患者は、南街区のはずれの養生所に入りましたよ………」
寝言だからうっかり患者の個人情報を話してもしょうがないと言うのか…!?それにしても…
南街区の養生所と言えば、大きな教会の中に建っており、患者はいつでも自由に教会で祈りを捧げられる、
つまりはそういう患者が集められた場所なのだ…
「あの養生所に入るには、ここの診察書が必要だったから、今日、うちに来られたんです。
カルテを見ましたが、あの患者さんに、治癒術師がして差し上げられる事は、残念ながらもうありませんよ…
でも、あなた達なら、あるいは………」
※ ※ ※
夫が運転するツァウベラウトに乗って、南街区の外れの養生所へ行ったモリガンだったが…
「患者さんが会いたくないそうです。」
養生所の術師に、にべもなくそう告げられた。
再びツァウベラウトで自宅への道を走る2人、その車中…
「エレンとはアルバートが亡くなった際に、関係がこじれてしまったからなぁ…」
「えれんちゃんはだんなさんだけじゃなく、おうちもおかねもなくしたから、わたしにあいたくないのかも…」
「見栄という事か…!?でも…」
特にお前は、そう言う事、気にする奴じゃ無いだろう…!?
「きにするのよ。」
そう言ってモリガンは、夫に背を向け、車窓から外を眺めた。
「おんなってそういうもんだよ。あなたはまだわかっていないのよ…」
背中から主人の狼狽する声が聞こえて来た。
車窓からは大通りの街並みが次々と流れて行った。
(でもわたしは、あきらめないよ、えれんちゃん…)
※ ※ ※
それから今日に至るまで、モリガンはエレンのいる養生所に日参していたのだが…
「…奥さん、あなたもしつこいですね…ご本人が会いたくないと仰ってるんです…」
今日もまた治癒術師に、面会を断られたのだ。
「じゃあ…せめて、このおはなをわたして…」
ツァウベローラーのバスケットに入れていた花束を差し出す。が…
「そんな物渡されても、エレンさんも迷惑すると思いますよ…」
持ってきた花束は、猛スピードで走ってきたため、一輪を残して全部散っていた。
「ほら、もうお帰り下さい。そしてお願いですから二度と来ないでください。
患者さんにせめて、静かな最期を迎えさせてあげてください…」
治癒術師に背中を押されるモリガン。
「………きげんがわるかっただけだよね………
…あしたはきっと、あってくれるよね、えれんちゃん………」
その時、モリガンが持っていた花束の、最後に残っていた一輪が…
花の根本から、ポロリと落ちた。
「…………っ!!!」
モリガンは何かに弾かれたかの様にビクっと一瞬震え、そして…
踵を返して、ツカツカと養生所の中に入って行った。
「ちょ…ちょっと奥様、どこへ行かれるのですか!?
やめて、止まってください!!誰か、誰かーーーっ!!この人を止めて…」
すぐに集まった、4~5人の女性治癒術師が、モリガンの身体中にしがみついた。が、
「う ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ っ!!!」
モリガンは止まらなかった。その5~6人を引きずってなお、一歩、一歩と歩みを進めて言った。
(わたしは、まだわかっていなかった。
わたしはまだ、もりでくらしている、えるふのままだった。
もうわたしは、あのころのわたしじゃあないのに…
わたしにだって、あしたがこないかもしれない。
わたしだって、あしたには、このせかいからさよならしなければならないかもしれないのに…)
「えれんちゃん、ど こ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ!!」
7~8人をひきずったモリガンは、一番奥の病室を目指した。
エレンがどこにいるのかは分からなかった。だが、そこに近づくほど、彼女にしがみつく人の数が増えたのだ。
がちゃん!!
モリガンが病室のドアを開けると、抵抗が無駄に終わった10人の治癒術師は、モリガンの身体から崩れ落ちた。
そして、相部屋の病室の一番奥に寝かされていたのは…
「えれん………ちゃん………」
「モリガン………さ…ん…」
薬呑器で薬を飲まされているエレン。長年、病魔に蝕まれて、身体も頬も痩せこけ、血色も悪くなっていた。
「………」
「…………」
二人はしばし見つめあった末…
「………ごめん…なさい…」
治癒術師を横にどけると、よろよろと上半身を起こしたエレンの口から、その言葉がこぼれた。
「…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…
分かっていた…あの人が死んだのは、あなた達のせいじゃないって………
なのにあんなひどい事を言って………ごめんなさい……」
あとはただひたすら、謝罪の言葉が溢れて来た。
「えれんちゃん…わたしのほうこそごめん…いままでなにもしてあげられなくて…」
抱き合い、ひたすら謝罪の言葉を繰り返すモリガンとエレン。
「えれんちゃん、あしたからまいにちくるからね。
これまでのぶんも、いっぱい、いっぱい、おはなししましょうね………」
新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。




