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殺人少女、異界に遊ぶ  作者: 広瀬 月草
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地獄に踊る

前話までのあらすじ:里奈とドフ、膨大な魔力を手にした二人の戦いが始まる。強化した魔狼を従えるドフに対し異世界の知識で応戦する里奈。しかし森での戦い……いや、狩猟においては、ドフに一日の長がある。魔術を駆使したドフの「狩り」によって里奈は深い傷を負うことになった。

 木々の影が森に踊る。火炎に蝕まれた大木がうめき声のような音を立てて大地に倒れ込んだ。魔術によって生み出された炎は、夏の森の高い湿度をものともせず勢いを増してゆく。

 地獄の様相を呈しはじめた魔女の森。そこに剣戟の音が響く。続いて、肉体がぶつかり合う湿った音。

 ドフの突き出したナタの切っ先を、里奈がモルティーギの剣腹で受け流した。続けざまに放たれた鉄槌のような拳骨が少女の前髪を掠める。上体を逸らした里奈の動きにドフは追従できなかった。

 ドフの金的、みぞおち、顎に里奈のつま先が続けざまに打ち込まれた。

「ぬっ!」

 急所に連撃を受け動きが鈍る。対する里奈も忌々しげに自らの腹部に視線を落とす。そこにはドフの扱う狩人用の短い矢が突き刺さったままになっている。

「……やっぱり強いね、狩人さん」

 里奈は歪んだ笑みを浮かべた。

「百獣狩りのドフ……だもんね」

「もう終わりだ」

 ドフはゆっくりと鉈を構えた。

「その傷では、流石のお前でも長くは動けまい。観念することだ」

 言うが早いか滑るような動きで距離を詰める。迎え撃った里奈の抜き手を手のひらで受け止め、そのまま掴んでひねり上げた。

 里奈の口から苦痛の声が漏れた。腕力に関しては、二人の間には歴然とした差がある。掴まれてしまっては彼女のすばしこさも役には立たない。

 腹の矢を蹴り込むように放たれたドフの膝。それを里奈は足裏で踏みつけて防いだ。一瞬の拮抗。里奈は歯をむき出した。ドフの鼻先に噛みつきを仕掛ける。

 ぶちゃっ。

 おぞましい音とともに肉から皮が削ぎ落とされた。苦痛にたじろぎ、一歩後退するドフ。その途端足がもつれた。

 どさりと尻餅をついたドフに里奈が飛びかかる。逆手に握られたモルティーギがつき降ろされ、ドフの頬に確かな傷跡を刻んだ。

 ドフは咄嗟に念じた。

(吹き飛べ!)

 思いに応じて発動する魔術。不可視の力が里奈にぶつかり、しかし、そこで歪んだ音を立てた。里奈の魔力が込められたモルティーギがドフの放った衝撃を正面から受け止めていた。

「ぬぅ!」

 ドフは魔術を解除した。振り下ろされた切っ先が右腕に食い込んだその瞬間、その腕に全力で力を込めた。筋繊維を固め、刃が抜けないように。

 里奈を突き飛ばすように身体を持ち上げる。

 二人はマウントポジションを奪い合い、燃え盛る木々の間をゴロゴロと転がった。油汗と鮮血にまみれた身体に土や灰がへばりつくが、ドフも里奈も気にも留めない。お互いに考えることは一つだった。

——いかにして相手を殺すか。

 今度はドフが里奈の上に馬乗りになった。膝でしっかりと胸元を押さえつけ、左腕で鉈を振るう。

 里奈はこの修羅場にあってもなお、冷静に鉈の動きを注視していた。斬撃の直前に首を傾げ、絶妙に狙いを逸らす。鉈の切っ先が柔らかな土に食い込んだと見るや否や、柄を握るドフの指に噛み付いた。

 硬いものを削るようなゴリゴリという音。里奈の門歯が骨に触れている。無理に腕を引き戻せば肉がこそげ落ちてしまうだろう。

 文字通り身を削られる激痛の中、ドフは意趣返しのように口を開いた。右腕に突き刺さったままのモルティーギを咥え、引く抜く。一瞬頭をもたげ、頭突きの要領で里奈の首筋にモルティーギを叩き込んだ。

 少女の肉体がびくりと震えた。その目が大きく見開かれる。



 毛布のような。

 泥のような。

 暖かなものに包まれている。

 辺りは闇に包まれていた。自分の手も見えない、真の無明だ。

 私はなんとなく視線を落とした。仰向けに寝そべっていたはずだが、いつの間にか直立している。

 いや、私は殺しあっていたのではなかったか。ドフが私を押し倒し、殺したのではなかったか。

 では、ここが地獄なのだろうか。

「鬼の一人もいないんじゃ張り合いがないなぁ」

 呟いた声も響かず消える。一歩踏み出すと、硬い地面に足が触れた。

 つっ立っていても仕方がないので歩き出す。行き先はない。先さえ見えないのだから、漆黒のベルトコンベアの上で足を動かしている気分になる。

 もし死んだのだとしたら、この闇を行き場もなく彷徨うことが私に課せられた地獄の責め苦なのかもしれない。

「ねぇ」

 唐突に声をかけられ、私は振り返った。

「ここで何してるの?」

 里奈の腰くらいの身長の少女が、あどけない顔でそう尋ねた。闇の中にその少女の顔が、手足が、身にまとったピンク色のワンピースが浮かび上がって見える。

「私にも分からないの」

 里奈はそう答えた。そして尋ねる。

「あなたは、どこから来たの?」

 少女は黙って首を振った。

「じゃあ、どこに行くの?」

「下だよ」

 少女の声が歪んだ気がした。

「下?」

「ずっと下。あなたも来る?」

 少女の手が里奈の腕を掴んだ。店に並んだ牛肉のような質感の、じっとりと湿った手。

「一緒に行こうよみんな行くの」

 私は彼女を見下ろして、そして気づいた。

 この子のことは知っている。

「……ううん、行かない」

「行かないといけないんだよ?」

「私は、まだいいのよ」

「ダメだぞ」

 低い男の声。ジャージを着た少年が少女の後ろに佇んでいた。

「君も行くんだ。分かっているだろ」

 太った女性が里奈のそばで呟く。

「そうよ、あなたも同じなんだから」

 スーツ姿の男性がその隣で頷いた。

「一緒に行こう。俺は待ってたんだ」

 里奈は白けた目で彼らを……その後ろの闇に蠢く無数の人影を見やった。

 会話もままならない赤ん坊、黄色い帽子をかぶった男の子、制服を着た女の子、徒党を組んだアウトロー風の男たち、腰の曲がった老人、若いカップル……。

「待ってた……なるほどね」

 彼らは死人だ。私に恨みを持ち、ずっと待っていた死人たち。彼らは私に命を奪われ、その生命力は私の魔力の源になった。

(彼らのことを悪く言うつもりはない)

 私は恨まれるべきなのだろう。彼らにはその権利がある。

 一方、彼らのいいなりになるつもりもなかった。

(恨まれることを否定はしないけど、受け入れることはできないの)

 ゆっくりと後退して拳を握った。

「私はまだ」

「まだ、殺し足りないのですか」

 里奈の言葉を遮るように背後から声が聞こえた。

「あれだけ殺しておいて。私たちの命じゃ足りませんか」

 声の主がひたひたと歩を進める。振り返った里奈が見たのは、ローブをまとった少女。

「ミューイ……」

「あなたを帰すわけにはいかない。あなたはきっと、これからもきっと悲劇を産み続ける」

「それが私の生き様だよ」

「決して許されることのない生き様ね。いつか血と苦悶に塗れて死ぬ瞬間まで、それを続けるつもりなの?」

「俺たちはそれを許さない」

 いつしか側に立っていたウィシックがそう言った。酒場でたむろしていたゴロツキたち、剣を握ったリーヴス、赤い制服の近衛兵……異世界で手にかけた犠牲者たちが今、里奈をぐるりと取り囲んでいた。


 これはなんだ。

 心の何処かに刻まれた罪悪感が形を表した、死に際に見る幻影だろうか。

 それとも本当に、地獄の一歩手前で彼らが待ち構えていたのだろうか。

 どちらでも、やるべきことは変わらない。

 まとわりつく怨念を打ち払うために、元の世界で再び、殺戮の腕を振るうために。

 彼らには今一度、死んでもらわなければ。


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