第四十話 討伐
ファティマが俺達の元を出発してしばらくが経過した。
すると森の奥から獣の叫び声が聞こえてきた。
「ぐああぁあああぁあ!!!」
その声は徐々に徐々にこちらへと近付いてくる。
「ぐああぁああああぁああああ!!!!」
木々の枝を吹き飛ばしながら、猛烈な勢いでグリズリーがこちらへと向かってきた。
その足元にはアイネルに乗ったファティマが走る。
どうやらうまく引き寄せられたようだ。
グリズリーに捕まるか否かのギリギリのスピードでアイネルを走らせるファティマ。周りの木をも薙ぎ払うかのごとく振り回すグリズリーの腕をひらりひらりとかわしていく。
絶妙な避け方によってグリズリーのヘイトは完全にファティマへと向いている。
既にグリズリーの視界にはファティマしか入っていないようであった。
「ファティマさん、もう少しです!!」
俺は思わず声をあげる。
そしてファティマは落とし穴をジャンプして飛び越えた。
瞬間、グリズリーの片足は穴へと落ちその巨体のバランスを崩す。
グリズリーは勢いそのままに、前方へと倒れ込む。
けたたましいほどの衝撃音とともに、地震のごとく地面が一瞬振動する。
「今です!!」
俺の合図とともに、警備隊員により吊り上げられていた丸太が解き放たれた。
枷がはずされた丸太は、さながら巨大な杭のごとくグリズリーへと向かって落下していく。
その速度はみるみるうちに上がっていき、ものすごい風切り音を立てながら。
直後、鈍い音が森中にこだました。
丸太は倒れ込んだグリズリーの腹部を背側から貫通し、地面へと突き刺さっていた。
グリズリーは声をあげる間もなく絶命したようだ。
そしてグリズリーの背中には役目を終えた滑車達が転がっていた。
警備隊員から歓声があがる。
「「「「うぉおおおおおぉおおぉおおおお!!!」」」
俺達は見事化け物退治をやり遂げたのであった。
「なかなかに強敵であったのう」
この作戦の立役者であるファティマが満足そうな顔をしながら俺達の元へ合流した。
「そうですね、こんな化け物がいるとは予想だにしていなかったです……」
「ほう、そうか。お主は"ミノタウロス"の話を知らないのだな?」
"ミノタウロス"……? そういえばアレクがそんなことを……。
この時俺は、魔物には"ゴブリン"、"オーク"、"ミノタウロス"などの多種族がいることをアレクから聞いていたことを思い出していた。
「"ミノタウロス"は魔物ですよね? それがどうかしたのですか?」
「ああ、そうじゃ。その反応をみるに、お主の知識は"ミノタウロス"の名前を知っている程度のようだのう。まあ、一般人には縁遠い魔物だからお主の耳に入っていなくともわからないこともないが」
「と言いますと?」
「うむ。率直に言おう。"ミノタウロス"は先ほどのグリズリーよりも遥かに強い。まあ私も文献で読んだだけではあるが、"ミノタウロス"は体躯自体はオークと大差はないものの、その体は強靭な筋肉で覆われ、速さと強さを両立させているらしいのう。そして鋼のような硬さも兼ね備えているとも言われておる」
ファティマの話を聞く限り、"ミノタウロス"は化け物の中の化け物であるといった印象を受けた。
「──そのような資料があるということは、500年前の魔物との交戦時にも"ミノタウロス"は参戦していたと言うことですか?」
「察しがいいのう。その通りだ。しかし、その数は限りなく少なく、精々数体程度だったらしいのう。それでも一体に対して数百人の人間が犠牲になったそうだがな」
「なるほど……」
500年前と比べ、魔物の数が増えている可能性が十分にある。それは"ミノタウロス"も同様で、そんな化け物に大挙して攻め込まれてしまっては、甚大な被害が出ることは避けられないであろう。
近々の魔物の不穏な動きを鑑みるに、今の防衛体制の早急な見直しが必要かもしれない。強靭な盾に強力な矛、それらになり得るものを何とかみつけないと……。
俺の考えを察したのか、はたまた顔に出てしまっていたのか、ファティマが俺に声を掛けた。
「──お主の考えていることはわかる。出来ることが協力は惜しまない。何でも言うがいい」
「はい……。ありがとうございます! でもまずは王都に行かなくてはですね」
「ああ、そうだ。王都へはまだまだ長い道のりだからのう。だが、時間も時間だ。今日はここで野営だのう」
森の中は元々薄暗いため気付かなかったが、いつの間にやら日も暮れ始めていた。
夜間の行軍は危険が伴うため、平原に残した非戦闘員を呼び寄せ、今日はこの場で野営をすることとなった。
幸いにも先ほど倒したグリズリーが目の前にいたため、この日は盛大な肉料理にありつけたのであった。




