第三十九話 滑車
警備隊の活躍により、グリズリーに深傷を負わせることが出来た。
さすがのグリズリーも怯んだ様子を見せている。
その隙に、グリズリーから追われていた人が俺達の隊列へと加わった。
「ひいぃいい。お助けくださいっ!!」
「そう言われてものう。既にやれることはやっておる」
グリズリーは残った片目でこちらを睨みつける。
俺達の一団には緊迫した空気が流れていた。
──しばらくの間、お互いに睨み合う状態が続く。
するとグリズリーはその踵を翻し元来た道を引き返していった。
「──た、助かったぁ……」
グリズリーに追われていた少年が弱弱しく声をあげた。
その少年は中性的な顔立ちで、薄幸そうな印象であった。
「こちらはミズイガハラから王都への使者になります。あなたは??」
俺は領主の一団であることをぼかしつつその少年の身元を尋ねた。
「は、はい……。 僕はアイリスといいます。助けていただいてありがとうございました」
「それで、どうしてグリズリーに追われていたんですか?」
「それが……森の中で薬の材料を採取していたら、突然襲われてしまって。この辺りにグリズリーはいないはずなので安心仕切っていました。どうしてこんなところに……」
「ほう。それは知らなかったのう。お主は野生の動植物に詳しいのか?」
「は、はい。僕は薬師で、この辺りの山や森で材料採取をしている関係で自ずと詳しくなりました」
「なるほど。それで、グリズリーがこの辺りにいないというのは本当ですか?」
「そうなんです。グリズリーは本来もっと北の地域に生息しているんです。それこそ北の大地の近くであったり。それなので、この辺りにはいないはずなのです」
「──もしかすると魔物達の動きが関係しているのかもしれないですね」
魔物達に追い出されるようにしてグリズリーの生息域が南下してしまった可能性が高いと俺は推測した。
「ふむ。その可能性が高いのう。──まあ普通のグリズリーであれば何ら問題はないが、あの大物だけはなんとかしなくてはのう。カズトよ、何か策はないのか?」
旅団一同からの視線が俺へと注がれる。
「滑車とロープを使って罠をつくりましょう」
--------
そして俺達はレイミやアイリスなどの非戦闘員を平原に残し、罠を仕掛けるべくグリズリーの潜む森の中へと進んだ。
そこは昼間であるにも関わらず、薄暗くなるほどの密な森林に覆われた森で、グリズリーの巨体では素早く動くことは困難ではあるが、その身を隠すには適していた。
「いまグリズリーと遭遇したらやばいのう」
「……縁起でもないことを言わないでください」
しかし、ファティマの言うことは正しかった。準備の出来ていない状態でグリズリーと遭遇しても苦戦は必至であったからだ。
──俺達は警戒を厳にし、罠の設置を進めていった。
グリズリーの片足が落ちる程度の穴を掘り周囲に沢山落ちている小枝や落ち葉でその穴を隠す。
そして輪っか状にしたロープに先端を鋭利に削った大きな丸太を取り付けた。その先端側には重りとして複数の丸太を束ねる形で括り付けておく。
そして別のロープを落とし穴のはるか直上にある大木の太い枝へと縛り付ける。縛り付けた真横に定滑車を設置し、ロープを垂らすような形にして定滑車へとロープを通す。
丸太に取り付けたロープを動滑車に縛り付け、その動滑車は枝から垂らされたロープのU字型の場所に設置した。
簡易的な人力揚重装置を作成したのであった。
そして枝から垂れ下がったロープの先端を警備隊員三人で引っ張ると、丸太が宙に浮きあがる。
「「「おおっ!」」」
警備隊員から歓声があがる。普通では5人は必要であろう巨木をたったの3人で軽々と持ち上げてしまったことに驚いたようであった。
「おおぉ。すごいですねぇ。この滑車というのは物を軽くするんですかぁ??」
クウネルから率直な質問があがる。
「うーん、それはちょっと違うんです。丸太の付近に取り付けた動滑車というものは、物を引っ張る力をおおよそ半分にしてくれる効果があるんです。それによって、物が軽くなったと感じるということですね」
「なるほどぉ。これも良いですねぇ」
そう言いながらクウネルはねっとりとした笑みを浮かべていた。
こんな状況においてもクウネルはクウネルであった。
非常に簡易的な罠ではあるが、こうして罠が完成した。
しかし、俺には一つ不安があった。
この罠で利用している滑車は木製の試作品であることだ。
滑車としての機能は問題ないものの、強度が持ってくれるかどうか……。
そんな不安をよそに、ファティマが次の行動を開始した。
「さて、それではグリズリーをここまで誘導してくるとしようかのう」
この作戦にはグリズリーを誘導するおとり役がどうしても必要であった。作戦の肝となり、最も危険の及ぶ役回りであったが、ファティマが率先して引き受けてくれた。
「ファティマさん、お気をつけて」
「この程度のこと、気を付けるまでもないがのう」
ファティマはそう言うと、笑みを浮かべながら森の中へとアイネルを走らせた。




