第三十八話 黒い化け物
見渡す限りの大草原を進む一行。
そこには心地よい風が吹き、野生の小動物達も草原を駆け回っている。
この日は天候にも恵まれ、降り注ぐ日差しと吹き抜ける風が絶妙なバランスで俺の五感を刺激した。
気持ちがいいな……。
俺は能天気にもそんなことを思う。
こんな良い日にのんびりと過ごせるなんて、それだけで贅沢なことであった。
──しかし、そんな贅沢も長くは続かなかった。
アイネルに乗ったままサクハは俺達に横付けした
「報告します。ここから先5キロメートルまで敵影ありません。しかし、気になるものを発見しました」サクハからの報告により、俺は現実へと引き戻された。
「気になるもの?」
「はい。3キロメートルほど先にある森で、何者かに襲われたであろう小動物の亡骸が多数。それに加えて、その付近にあった大木に鋭い爪痕が残されておりました」
「ほう。それはもしかするとグリズリーかもしれんな。この辺りで出没するのは稀なのだが……先の魔物の進行といい、何かが変わりつつあるのかもしれんな」
「おそらくはファティマ様のご推測通りかと思います。ですが、この爪痕に少しおかしな点がございまして……この爪痕は地面から4メートルほどの位置に付けられていたのです」
ファティマが言うには、グリズリーは大きくても2メートルほどであるという。それであれば爪痕はせいぜい2メートル前後の位置に付けられるであろう。
それが4メートルの位置にあったということは、規格外の大きさのグリズリーがこの付近に存在しているということになる。
「そんな巨大な化け物がこのあたりに……そのグリズリーは人も襲うんですか?」
「グリズリーは魔物とは違って、積極的に人を襲うようなことはしない。だが、冬眠前のこの時期だけは目に映ったもの全てに襲いかかる。たっぷりと栄養を確保しようとしているのであろうな」
なるほど、小動物の亡骸もグリズリーにやられたもので間違いないようだ。
しかし、そうなるとミズイガハラの街が気がかりとなる。
ここからミズイガハラまではアイネルで半日ほどだ。グリズリーの行動範囲は不明ではあるものの、たどり着けない距離ではない。
そして俺は決断した。
「──グリズリーを倒しましょう。万一にも街に被害がおよぶ可能性があるのであれば、ここで排除するのが街のためだと思います」
「なにやら領主らしいことを言うではないか」
ファティマはニヤリとしながら、俺を茶化すように言った。
まあ領主であろうがそうでなかろうが、領民に被害が及ぶのだけは避けなくてはならない。
「しかしサクハの話を聞く限り、このグリズリーはオークよりも遥かに大きいぞ。何か策はあるのか?」
ファティマの言うことは最もであった。今現在、戦闘出来るものはファティマも含めて12名のみ。ここからなら街へ戻って応援を求めるとなると、謁見の予定に間に合わなくなる。
もちろんのこと、大掛かりな仕掛けをつくる時間もない。
「──うーん」
時間に終追われたこの状況では打てる手段の選択肢が少なすぎる。
するとその時、俺達の前方からなにやら叫び声のようなものが聞こえてきた。
「ああぁああ……」
「あぁあああぁあああ……」
その声は徐々にこちらへ近付いてくる。
「あぁあぁぁっぁあああっぁあああ!!!」
そしてはっきりと叫び声であることがわかるころには、巨大な黒い熊のような物体に追われるアイネルが確認できた。
「──あれはアイネルと……グリズリー??」
「ふむ。そのようだな」
「人もまたがっているようですね……」
どうやら叫び声の正体はアイネルにまたがっている人間から発せられているようだ。
「さて、どうするかの?」
ファティマは楽しそうに俺に問いかける。
「助けるしかないでしょうね……ファティマさん、戦闘の指示をお願いします」
「ふむ。──弓兵前へ! グリズリーが射程に入り次第、狙撃を開始せよ! グリズリーの前方を走る人間には決して当てないようにのう!」
ファティマは3人の弓兵を展開させた。だが敵はあの巨体だ。弓矢だけでは大きな戦果は期待出来ないであろう。
「今だ! 狙撃を開始せよ!」
その言葉を受けた弓兵はグリズリーに向けて狙撃を開始した。
弓兵から放たれた矢は空中で半円状の弧を描きグリズリーへ直撃した。
しかし、グリズリーの勢いが衰えることはなかった。
「次! どんどん打ち込め!」
二射、三射とグリズリーへと打ち込んでいく。
しかし、これでもグリズリーの勢いは止まらない。
「槍兵、前へ!」
次は弓兵に加えて3人の槍兵も投入する。
「投擲準備! 狙いはグリズリーの頭だ! よく狙え!!」
「──いまだ!!」
槍兵は肩の上で構えた槍を助走をつけて投げつけた。
体の回転を上手に乗せた槍は凄まじい速さでグリズリーを襲う。
「ぐぎゃあああっぁあぐっううう!!」
槍は見事グリズリーに直撃した。
二本はグリズリーの肩へ、もう一本はグリズリーの目へと。




