第三十二話 ファティマの過去
「……え? どういうことですか!?」
「なんだかぁ、最近の私達の行動がぁ、気に入らなかったみたいなんですよぉ」
あれだけファティマのことを恐れていた領主が直接手を出したとなると、それは相当な出来事であると言わざるを得なかった。
「そ、それでファティマさんは??」
「領主の私兵程度がファティマさんに敵うわけがないのでぇ、撃退はしたのですがぁ、報復をすると言ってきかないんですぅ」
今は魔物達の迎撃準備で問題を起こしている時間などない。まして、このいざこざによってファティマが戦列から離れてしまえば、戦力の損失としては大打撃となる。なんとかファティマを落ち着かせなければ……。
俺はそう考えながらこう答えた。
「わかりました。すぐにファティマさんの所へ向かいましょう」
そして俺達がファティマの屋敷に到着した時、ファティマはちょうど出立しようとするところであった。
「ファティマさん!」
「ん? カズトか。どうかしたのか?」
ファティマはとぼけた顔で俺の呼びかけに応える。
「ファティマさん、今は抑えてください……! 街を、領民を守るためにも今は!!」
「……ふむ。まあお主にそう言われれば、そうしたい所ではあるのだが……」
ファティマはそう言いながら道の先へと視線を移した。
その視線の先には武装した兵隊とともに、御輿に担がれる領主の姿があった。
「なんでこんなところに領主が!?」
「私兵をボコボコにしたのが相当癇に障ったようだのう」
「これはやっかいなことになりそうですねぇ」
異変を感じ取ったのか、次第に領民も集まりだす。
領主がファティマの屋敷に辿り着いたころには既に人だかりが出来ていた。
「ファティマァアアァ!! 今日こそは許さんぞおぉぉお!!!」
「ふん。何の話をしておる? 全く身に覚えがないのだが」
「貴様アァアああ!!! 毎日のように食糧をくすねおって! シラを切るつもりか!!」
「ああ、あれか。そもそもあれは孤児院に寄付されたものであろう? それがなぜお主の館にあるのだ? まずはそこを説明するがよい。──まあどうせ出来ぬだろうがな」
「はああぁぁああ?? 孤児院のものを我が管理して何が悪い! 所詮は孤児だ。いなくなっても誰も困らん。あんなもの死なない程度に餌を与えてやればいい」
「なんだと? 今何と言った?? もう一度言ってみよ」
ファティマは鬼気迫る表情で領主を見つめる。
「──そう言えば貴様も孤児であったな? ははーん、なるほど。それで孤児院に肩入れしているのだな? 貴様は子どものころから顔だけは秀でていたから側室候補として養子に迎え入れ囲ってやったというのに。恩知らずも甚だしいわ!!」
「つくづく阿呆なやつだのう……」
「もうよい!!! ものどもかかれええぇえぇえ!!!」
領主の合図により、私兵の集団が飛び出す。
ファティマへの対策なのであろうか、盾兵、剣兵、槍兵で構成された集団であった。
そして近くの建物の屋根からは弓兵がファティマ目掛けて狙いを定めているのがわかる。
盾兵がファティマ目掛けて突っ込む。その背後には剣兵が控えている。ファティマが交わした所を狙っているのであろうことがうかがえた。
「ファティマさん!」
俺の叫びがファティマへと届くころには、盾兵もまたファティマの眼前へと迫っていた。
そしてファティマは盾兵を交わした。
──だが、剣兵の動きはない。それどころかむしろファティマを見失っているようにも見える。
それもそのはず、ファティマはこの時、上方へと回避していたのだ。
高く飛び上がり、盾兵を一撃を加えつつ交わしたファティマは剣兵の背後へと着地する。
そして小刀を一閃。
盾兵と剣兵は脆くも膝から崩れ落ちた。
「──なっ」
一瞬の出来事に動きが固まる槍兵と弓兵。
ファティマはその一瞬を見逃さなかった。
剣兵を倒した勢いそのままに、槍兵へと一足飛びで駆け寄ると、今度は槍兵の後頭部へと蹴りを見舞った。
槍兵が崩れ落ちる前に、ファティマは槍兵の肩へと飛び乗り、そのまま屋根へと飛び上がる。
「ひ、ひいぃいい! こ、こんなの割りに合わない!!」
ファティマのあまりの速さにここまで矢の一つも放つことが出来なかった弓兵は、弓矢を捨て、逃げ出していく。
そしてファティマは弓兵が捨て去った弓矢を拾い上げ、下にいる剣兵へと狙いを定める。
弓が限界までしなり、ミシミシと音をあげる。
直後、それが開放され弓が空気を切り裂きながら元の形状へと戻っていく。その反動によって、凄まじい速さの矢が放たれていった。
矢は剣兵の足元の地面へと突き刺さった。
剣兵は驚きのあまり腰を抜かし、その場へへたり込む。
「ふん」
ファティマはそう言うと弓矢を投げ捨て、建物の下へと飛び降りた。
「お、おい! お前ら!! 早くあやつをなんとかしろ!!」
領主は領民に向かって怒鳴りつける。しかしその叫びはあたりにこだまするだけで、応えるものは既にいなかった。
「これだけの人だかりでもお主を助けようと思う者は誰もいないようだな。クソ虫が、早くここから去るが良い」
「──くそがぁあぁあああ!!!」
領主はそう叫びながら逃げ去っていった。




