### 第2巻 第一章:静寂という病
### 第2巻 第一章:静寂という病
結晶の雨が止んだカノンは、かつてない不気味な静寂に包まれていた。
空は皮肉なほどに透き通った青色をしている。結晶という「感情の受け皿」が消え去った街には、どこか作り物のような冷たさが漂っていた。僕は窓辺に立ち、通りを見下ろす。いつもなら結晶を避けて足早に通り過ぎるはずの人々が、今はまるで糸の切れた操り人形のように、その場に立ち尽くしていた。
近所のカフェの店主は、レジの前で立ったまま数時間も動いていない。公園のベンチでは、子供たちが言葉を交わすことも、ボールを蹴ることもせず、ただ虚空を凝視している。
街から「色」が消えた。結晶に触れ、誰かの感情に振り回される恐怖すらも、今の彼らには残されていない。
僕はキーボードに手を置く。
以前なら、街に漂う誰かの切ない記憶や、激しい憎悪の残滓を拾い上げて旋律を紡ぐことができた。だが今は、拾い上げるべき「感情の欠片」すらどこにも落ちていない。
僕のモニターには、何も表示されていない。
この静まり返った街を再び揺らすための音が、どうしても見つからない。自分の中にも、他人の中にも、言葉にするべき衝動が枯渇していた。
「……ねえ、シノ。僕たちは、何のために歌っていたんだっけ」
僕は誰にも聞こえない問いを、空っぽの部屋に投げかける。
結晶を浄化し、街を救った。そのはずだった。けれど、救われたはずの街の人々は、今や抜け殻のように、自らの心で感情を紡ぐ方法を忘れてしまっていた。
これは、結晶の雨よりも残酷な『静寂という名の病』だ。
僕は指先を震わせながら、無音の譜面に向き合い続けた。この静けさを塗り替える、たった一音を見つけ出すために。




