### 第三章:視線と調律
### 第三章:視線と調律
二人の共鳴は、カノンの街に小さな異変をもたらし始めていた。
「レイ、気をつけて。……誰かに見られている気がする」
シノからのチャットが、普段とは違う緊迫感を孕んで届いた。彼女は灰の区画で、最近「黒い制服」の影を頻繁に見かけるようになったという。彼らは、街の結晶を厳格に管理する『沈黙の管理官』と呼ばれる組織の人間だった。
彼らの目的は、結晶の安定した管理だ。感情を増幅させ、結晶を「物語」へと変えてしまう僕たちの音楽は、彼らにとって秩序を乱す何よりのノイズだった。
『気にしないで。ただの気のせいだよ』
僕は努めて冷静に返信した。だが、僕自身も気づいていた。
作業中、端末に走る微かな遅延。あるいは、送受信の合間に割り込む、機械的なノイズの残響。僕たちがネットの海で繋がっている場所へ、誰かが追跡を試みている。
「ねえ、レイ。もし私たちの音が、この街を壊してしまったらどうする?」
シノの問いかけに、僕は言葉に詰まる。
音楽は結晶を浄化する。しかしそれは、街を支配する「静寂という秩序」を否定することにもなる。
「……僕たちはただ、音がしたいだけだ。それが誰かにとってのノイズだとしても」
僕はキーボードを叩きながら、彼女の声を保護するように多重のプロテクトを施した。
画面上の波形が、まるで彼女の鼓動のように脈打っている。
物理的には数キロ離れているはずの僕たち。けれど、回線を通じて感情を同期させることの密やかな快楽は、監視の恐怖さえも麻痺させていた。ノイズが増せば増すほど、僕たちは互いの音を求めて激しく共鳴する。
僕たちはまだ、この繋がりがどれほどの代償を払うことになるのか、本当の意味では理解していなかった。
---




