### 第5巻 第四章:レイの選択
### 第5巻 第四章:レイの選択
街の崩壊が加速する中、僕とシノの間に、かつてないほど鋭い緊張感が漂い始めた。
「レイ、聞いて」
シノの声には、迷いのない響きがあった。彼女は僕を見つめ、システムの中枢で光の粒子となって揺らめく。
「このまま私たちが旋律を奏で続ければ、街は確実に消失する。けれど、私たちが黙り込めば、システムは制御不能に陥り、街の人々はただの『動く死体』として機能を停止する。……選択肢は一つよ。私たちが、このシステムそのものに『同化』するの」
「同化……? それはどういうことだ」
「私たちの感情を、この世界の論理に強制的に組み込むの。私たちが奏でてきたあの不器用な旋律を、最初からこの世界の物理法則そのものとして再定義する。そうすれば、街は消えることなく、この歪んだ論理のまま、新しい形で存続できる」
「そんなことしたら、シノ……君の『個』が消えてしまう!」
僕は声を荒らげた。同化するということは、僕たちの感情や記憶を、街という広大なシステムの中へ均一に希釈し、溶け込ませることを意味する。それは、僕が知る「シノ」という存在の死に他ならない。
「いいえ。個なんて、最初から幻想よ。レイ、あなたが教えてくれたじゃない。私たちは、音楽を通じて誰かと繋がることができた。私たちが消えても、私たちの奏でた旋律が人々の心の中に残り続けるなら、それで十分じゃない」
シノは僕に近づき、その冷たいはずの光の掌を僕の頬に重ねた。
僕の脳内に、彼女の全ての記憶と、僕たちが出会ってからの刹那的な時間が流れ込んでくる。
「私はね、レイ。この歪んだ世界でも、人々がただ一度だけ、心から笑って音楽を聴けるなら、それでいいの」
「僕には……そんな未来は選べない。君を失ってまで、この街を残すことに何の意味があるんだ!」
僕たちの言い争いが、仮想空間に激しいノイズを引き起こす。
僕の旋律は「破壊」を呼び、シノの論理は「保存」を求めて衝突する。僕たちの「音楽的な対立」が、空間に亀裂を走らせ、周囲のデータ構造が崩壊の音を立てて砕け散っていく。
僕は選ばなければならない。
彼女を救うためにこの街を滅ぼすか。それとも、僕たち自身が消えることで、この冷徹な世界に「心」という名のバグを永遠に刻み込むか。
僕の指先が、プログラムの核心に触れる。
その時、僕の背後に、影のような存在が忍び寄る気配がした。
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