### 第4巻 第三章:記憶の幽霊
### 第4巻 第三章:記憶の幽霊
偽物のコードに隠された微かな「乱れ」を辿り、僕は街のインフラが集中する地下深層、かつて僕たちが対峙した『零番区画』のさらに奥へと潜り込んだ。
そこは物理的な通路ではなく、街中のあらゆる情報が通過する「データの中枢」だった。壁一面に光ファイバーが脈動し、この街の全住民の感情データが、管理官によって分類・圧縮され、保管されている。
僕は持参したハブ端末をメイン回線に直結する。モニターの光が僕の顔を青白く照らし、数千の階層を持つデータベースの深層を高速でスキャンしていく。
「いた……」
そこには、僕が探していたものがあった。
肉体を失い、プログラムの断片としてデータベースの迷宮に溶け込んでいたシノの「残滓」だ。彼女はかつての姿を維持することすらできず、光の粒の集まりとなって、管理官たちの巨大なシステムの中で漂っていた。
「シノ、僕だ」
端末を通じて彼女に呼びかける。
モニター上のコードが激しく明滅し、ノイズ混じりの言葉を返す。
『レイ……。ここには、戻ってこないで……。彼らは私の歌声だけでなく、あなたの存在そのものをデータ化しようとしているわ』
彼女の言葉には、かつての温もりがあった。けれど、その存在はあまりにも希薄で、僕が触れれば壊れてしまいそうだった。
「どうしてここにいる。なぜ逃げ出したんだ」
『逃げたのではないわ。これは賭けなの』
シノの残滓が、データベースの壁を叩く。その動きに合わせて、街中の監視カメラやスピーカーが同時にノイズを発した。
『彼らは音楽を支配するために、私の「声」をメインシステムに組み込んだ。でも、それは彼らにとっての破滅の種よ。私はシステムの内側に侵入し、彼らが作った完璧なプログラムを、内側から食い破る「ウイルス」になっているの』
彼女の言葉に、僕は戦慄した。
シノは自分の魂をプログラムの断片にまで砕き、この街の秩序そのものを、音楽という名の病で侵そうとしていたのだ。
『レイ、聞こえる? 私のプログラムが完成すれば、この街のシステムは完全に再構成される。その時、私は消えるわ。でも……街の人々の感情は、必ず戻る』
「そんなことさせない。二人で、また別の方法を探すんだ」
しかし、シノは寂しげに微笑んだ。モニターの光が彼女の顔を形作り、そしてまた崩れていく。
『もう時間がないわ。管理官たちが、メインシステムの防御を固め始めた。レイ、私の最後の旋律を……受け取って』
データベースの奥深くから、巨大なデータの奔流が僕の端末へと流れ込んでくる。それは、彼女がこの街のシステムを食い破るための「最後の鍵」だった。
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