### 第4巻 第二章:模倣された旋律
### 第4巻 第二章:模倣された旋律
病院を抜け出した僕は、街の路地裏に身を隠し、奪われた端末の代わりに、廃棄された古いハブ端末を繋ぎ合わせていた。モニターに走るコードは、僕の思考とは裏腹に、かつて僕が書いた音楽の断片を吐き出している。
そんな時、突然モニターの通信ランプが激しく点滅した。管理官たちのセキュリティをすり抜け、匿名の暗号パケットが届いたのだ。
送信元は不明。しかし、そのコード構造を見て、僕は息を呑んだ。
「これは……僕の譜面だ」
それは、かつて僕がシノのために書いた、あの不完全で、しかし感情に満ちた旋律のデータだった。しかし、巧妙に改変されている。僕が込めたはずの「揺らぎ」は削ぎ落とされ、数学的に極限まで最適化された、冷酷なまでに美しいプログラムへと書き換えられていた。
管理官たちは、僕の技術を盗んだだけではなかった。彼らは「シノ」という唯一無二の歌声を解析し、その波形データを完全にデータ化していた。
街のスピーカーから、また別の曲が流れ出す。
それはシノの声だ。しかし、僕が知る彼女の、あの微かな震えや、命の灯火のような温かみは一切含まれていない。何万ものサンプリングデータを繋ぎ合わせ、完璧に調律された「人工声帯モジュール」による、死んだ歌声。
街の人々は、その偽物の声を耳にしても、かつてのように立ち止まったり、涙を流したりはしない。ただ、管理官が設定したリズムに従って、無機質な拍手をするだけだ。
「そんなの……シノじゃない」
僕はモニターを爪で叩いた。
彼らは音楽を支配するために、音楽そのものを『偶像』へと変えたのだ。本物を知っている僕にとって、それは何よりも残酷な拷問だった。
しかし、その偽物のコードを詳しく解析していくうちに、僕は一つの奇妙なノイズに気づく。
偽物の旋律の、ごくごく微細な、耳には聞こえない高周波の領域。そこにだけ、管理官たちのプログラムには存在し得ない「不規則な乱れ」があった。
それは、まるで誰かが内側から、必死に壁を叩いているような信号だった。
シノは、完全に消されたわけではないのかもしれない。
彼女は、この完璧な偽物のプログラムの中に、自分の意志を隠し込んでいるのか?
僕は、その微かな乱れを頼りに、彼らの冷徹なシステムへと侵入する準備を始めた。今度は、音楽を届けに行くんじゃない。この偽りの調和を、内側から破壊しに行くんだ。
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