### 第4巻 第一章:空虚な再起動
### 第4巻 第一章:空虚な再起動
白い天井。消毒液の匂い。
僕の意識は、底なしの深い泥の中から引きずり上げられるようにして浮上した。
集中治療室のモニターが、一定のテンポで僕の心拍を刻んでいる。規則的で、無機質で、何の感情も含まれていない「音」。聴覚を失った僕の耳には聞こえないはずなのに、その光の波形が、僕の脳内で不快なノイズとして響く。
看護師が僕の様子をチェックしに来るが、彼女の顔には表情がない。この街の人々がかつて持っていた、あの不安げで、でも温かい人間味のある眼差しは消えていた。
「……シノ」
掠れた声で呼びかけた。
けれど、返事はない。僕の端末も、通信機器も、すべて管理官たちによって没収されていた。
僕は病院を抜け出し、街へ出た。そこは、僕が知っているあの街とは別の場所だった。
街の広場には、かつて結晶が降り注いでいた面影はない。その代わり、街中を覆うスピーカーから、絶え間なく音楽が流れていた。
完璧なリズム。誤差のないピッチ。冷徹なまでの調和。
それは確かに音楽だった。けれど、そこには「揺らぎ」がない。誰かが誰かを想って紡いだ旋律ではなく、管理官たちが計算し尽くした、魂のない「死んだ音楽」だ。
街の人々は、その音に合わせて整然と歩いている。誰も立ち止まらない。誰も空を見上げない。彼らはその音楽に陶酔しているのではない。ただ、その旋律に支配され、思考を奪われているだけだった。
シノは、どこにもいない。
彼女の歌声も、彼女の気配も、そして僕たちが共に闘った記憶さえも、この街からきれいに消去されていた。
「これが、君たちが望んだ秩序か」
僕は広場の中央で立ち尽くす。
僕の記憶の中には、あの地下空間で彼女が流した涙の熱さが、まだ鮮明に残っている。けれど、この街のスピーカーから流れる、シノに似せて合成された電子音声は、どれほど聴いても氷のように冷たかった。
僕の音楽は奪われた。彼女も奪われた。
管理官たちは、僕たちの記憶から「音楽の構造」だけを抽出し、それを都合の良い道具として再利用していた。
僕の胸の奥で、小さな、しかし確かな怒りが燃え上がる。
これは終わりじゃない。彼らが僕の音楽を解析し、複製したというのなら――そこにこそ、彼らの唯一の隙があるはずだ。
僕は、無機質な調和が支配する街の中で、たった一人、静かに次の旋律を編み始めた。




