### 第一章:ノイズの海に響く、最初の一音
---
### 第一章:ノイズの海に響く、最初の一音
深夜、午前三時。
街を覆う結晶の淡い光が、モニターに映る僕の顔を青白く染め上げていた。
『――今日、またひとつ、行き場のない心の色が雨のように降ってきた』
僕、レイは、疲弊した吐息と共にキーボードを叩く。
空から降り注ぐ結晶は、かつて誰かが抱いた未練や執着の残滓だ。街の人間は結晶に触れるたび、他人の感傷に塗りつぶされていく。だが、僕にはその結晶を「譜面」として解釈する奇妙な才能があった。
僕の作る曲は、救いでも祈りでもない。ただの、感情のゴミ捨て場だ。
『送信』ボタンを押す。
この曲を聴く人間なんて、この街にはいないと知っている。音楽を失った街で、僕の孤独は誰にも届かないノイズに過ぎない。
しかし、その数分後。
僕の端末が、あり得ない速度で震えた。
『その旋律、少しだけ冷たすぎるよ。……もう少し、熱を加えてみて』
画面に表示されたのは、見知らぬアカウントからの短いメッセージだった。
僕は困惑し、震える指で返信を打った。
『熱を加えれば、結晶は溶けて消えてしまう。そんなことをしたら、君の声だって……』
画面が切り替わる。彼女からの返信は、言葉ではなく、一つの音声ファイルだった。
再生ボタンを押した瞬間、部屋の空気が張り詰める。
「消えてもいいよ。……消えるからこそ、きれいなんだから」
スピーカー越しに響いたのは、凛としていて、どこか脆い歌声だった。
それは、僕の無機質なトラックを貫き、僕の心臓の奥底まで突き刺さった。初めてだ。僕の書いた音が、誰かの熱と混ざり合う。
僕たちの物語は、この深夜の密かな共有から始まった。
誰にも届かないはずだった僕の孤独と、空へ還る場所を探していた彼女の歌が、夜の帳の中で静かに、けれど確実に共鳴を始めたのだ。
「……なら、もう一度だけ」
僕はマウスを握りしめ、新しいトラックを立ち上げる。
この先、僕たちがどんな運命を辿ることになるのかも知らずに。僕はただ、彼女の声に捧げるための旋律を紡ぎ始めた。
---




