### 第3巻 第四章:物理的障壁の向こう側
### 第3巻 第四章:物理的障壁の向こう側
モニターの中の波形を追いかけるだけの日々に、限界が訪れた。
どれほどコードを書き換えても、どれほど理論を積み上げても、シノの温もりや、彼女が今この瞬間も息をしているという確信には代えられない。
僕は、管理官たちが構築した「情報の壁」を物理的に突破することを決めた。
街の地下深層。そこには、かつての調律師たちが利用していた『通信の心臓部』がある。管理官たちはそこを起点に、街中の通信を掌握し、音楽の信号を検知しては即座に削除するノイズキャンセリング・システムを稼働させていた。
そこへ行くということは、音楽家としての能力を管理官たちに差し出し、逮捕されるというサインを送るようなものだ。もし見つかれば、僕の聴覚を奪った彼らに、今度は僕の存在そのものを街から消し去られるだろう。
けれど、迷いはなかった。
僕は地下への道を歩み始めた。聴覚を失った僕にとって、街の音は聞こえない。けれど、足の裏から伝わる振動が、街の異常を教えてくれる。管理官たちの重苦しい足音、ドローンの低い唸り。それらが僕の感覚を鋭く研ぎ澄ませていく。
かつてシノと歩いた道。今は管理官のバリケードに阻まれ、通行止めの標識が虚しく並んでいる。僕はそれを無視し、影に隠れながら、マンホールの蓋の裏にある地下への入り口をこじ開けた。
暗闇が僕を飲み込む。
そこは、冷たくて、湿っていて、何よりもシノの気配に満ちていた。彼女がここを通り抜けた証拠となる、微かな結晶の粉末が壁に残っている。
「待っていてくれ、シノ」
僕は心の中で呟く。
物理的な距離という壁を、今、僕がこの手で破壊しに行く。もし僕が心臓部をハックできれば、ネットの回線は再び繋がる。そうすれば、モニター越しの視覚的な共鳴ではなく、僕たちの音楽を直接、街の空へ解き放つことができる。
背後の重い鉄の扉が閉まる音を背に、僕は禁域の奥深く、管理官たちの心臓部へと足を踏み入れた。
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