### 第2巻 第四章:亀裂
### 第2巻 第四章:亀裂
「もう歌わないでくれ!」
僕の叫びは、地下の空洞に虚しく反響した。
シノの歌声は止まった。しかし、彼女の身体は先ほどよりもさらに透き通っていた。彼女が一つ記憶を背負うたび、その輪郭は薄く、淡い粒子へと変わっていく。
「どうして止めるの!」
シノが僕の方を振り返った。その瞳が、初めて僕を真っ直ぐに見据える。そこには怒りにも似た強い光が宿っていた。
「レイ、あなたは曲を作ることで世界を救おうとしている。でも、曲はただの記号の羅列じゃない。心そのものよ! 私が歌うことで、この街の人たちの欠落した心は再び満たされる。それの何が悪いの?」
「君が消えることが悪いんだ!」
僕は怒鳴り、自分の無力さに打ちのめされた。
僕の作る楽曲は、データでしかない。感情をシミュレートするだけの数式であり、シノが歌う「命そのもの」の代わりにはなり得ない。街を救うために彼女が消えてしまったら、僕が書く音に、何の意味があるというのだ。
「あなたは……私の何を知っているの?」
彼女が静かに、突き放すような口調で言った。
「私が歌うのは、私がここにいる唯一の理由だからよ。レイ、あなたの音楽は孤独の逃げ場かもしれないけれど、私の歌は誰かの生きる証なの。……このままなら、あなたとはもう音楽を合わせられない」
決定的な亀裂だった。
彼女にとって、音楽は「存在の証明」であり、僕にとって音楽は「孤独の逃げ場」だった。この小さなズレが、今まで僕たちを繋いでいた音の回路を焼き切ろうとしていた。
シノは背を向け、一人で澱の深層へと歩き出そうとする。
彼女の背中は、僕がこれまで見てきたどんな景色よりも冷たく、そして遠かった。
僕たちは、同じ地下の闇の中で、完全に一人になっていた。
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