90 抗うダリウス
投稿大変遅くなり申し訳ありません。
更新をお待ち下さっている皆様、何時も有難うございます。
身体の中で静かに巡る神力。
先程とは打って変わり、何かを傷つける為に荒ぶるのではなく、只ひたすらに漂うだけ。
それにグレイスの銀色の魔力が包み込むように寄り添い、アグリスは監視する。
【グレイス。】
『ええ、分かっているわ。この沸き上がるような力。これが神力なのね。上手く共存出来そう?』
【最早この力自体に自我はない。上手く使いこなすだけだ。グレイス、この力を得たという事は·····】
『人とは違う何かになった感じかしら?』
【不安はないんだな?】
『だってあなたが居るじゃない。暴走することはない。頼りにしているわ。』
【ああ、我等はずっと一緒だ。】
『有難うアグリス。』
◇◇◇
暗闇が支配する空に、何処かで何かの咆哮が響き渡る。
『グレイス、ゆっくりしてはいられないぞ。』
「そうみたいね。あれはダリウスなの?」
『多分な。』
ナルージアは声が聞こえた方向を見ながら、そう答えた。
あれが人なら、最早理性を無くした獣の様だ。
「この場所に転移した後、ノーラ卿は魔族に連れられ、逆方向に歩いて行かれました。あれから随分時間が経っています。間違いなく魔王の魔力を移す儀式は始まっているでしょう。」
スルーガ卿から説明を受けながら、破れたドレスを隠すため、ロシェルから渡された羽織をグレイスは纏った。
「有難う、ロシェル。」
「うん。これから向かう?」
「そうね。スルーガ卿、皆怪我の治療は終わっているかしら?」
「概ね。ロシェル様の魔力は温存しておく必要があります。戦闘が難しい者はここで帰らせます。」
「そうね。今から始まる戦いは、熾烈を極めるでしょう。ここで抑えられるかで、我々の平和が守られるかが決まります。」
魔王の力は幾分削がれてはいるだろうが、脅威であることには変わらない。
そして人間の世界に不満を持つ魔族達が、一丸となって立ち向かって来るだろう。
「ナルージア、あなたが新しい魔族の王になりなさい。私が後ろ楯となりましょう。そしてあなたが魔族を統制するの。それが我々が出来る共存の第一歩よ。」
「俺ガ魔王カ。」
「魔王よりも強かったのでしょう?ここで力を発揮して。上位魔族を制圧して見せて。」
「アイツハドウスルノ?殺シテイインダロ?」
「ダリウスは·····私が殺すわ。」
「ヘェ。トウトウ殺スノ?イイネェ。」
グレイスの迷いのない応えに、周りの者達は一瞬戸惑うも、その思いを呑み込んだ。
「僕はグレイスの判断に従うよ。後方の支援は任せて。」
「ロシェル有難う。お願いするわ。」
そうして体制を整え、出発しようとした時、ドイナーがグレイスの元で跪いた。
「ドイナー?」
「グレイス様、お願いがございます。私の身体に直にあの魔法陣を刻んで下さい。」
「魔法陣?あの魔石に刻んで渡してあるのと同じものかしら?」
「はい。直接身体に魔法陣を刻めば、血の契約と同程度の効果が得られるかと。魔石を通じてとなると、多少外に漏れ出てしまいます。直接グレイス様の魔力を受け取る事が出来れば、より有用だと思います。」
血の契約に代わり、魔石に刻まれた魔法陣を通じて魔力を送る方法は、最近になってグレイスが作り出したものだった。
「痛いわよ。」
「気になりません。」
ドイナーはそう言って笑みを見せた
◇
『あの人間は魔王様の魔法に堕ちたみたいだな。』
『ええ、こうも簡単にいくとは。』
そう言ってルーザは笑う。
『あの獣の様な状態は続くのか?それにあの鎖は何だ?』
『ここまでは予想通り。あの鎖は魔王様の魔力の1つです。あれが消えたら、身体の乗っ取りに成功したことになります。これからは私の魔法も加えて、見せる夢で動きを操ります。』
『結局魔石による魔王様の復活はどうなるんだ?』
『必要ですか?』
意外な言葉に聞いた魔族は驚く。
『何だ?始めから復活させるつもりはなかったのか?』
『魔王様という存在が、我々の傀儡だったら面白くありませんか?倒されても痛くも痒くもない存在。人間は必死にあの獣と戦えばいいんです。』
『ククク·····あの獣が人間達を襲うのを楽しんで見ていればいいのか?』
『そう言うことです。結果的に魔王様の仇を取ることになりますから。』
魔族達は楽しげに笑う。
その時突然、壊れた建物の入口付近で人の気配がした。
『あら、以外と早かったですね。それに認識阻害の魔法までかけて来るとは。』
『あれはナルージアか?何だ、すっかり人間に溶け込んでいるな。』
ルーザ達魔族の前に現れたのは、グレイス達一団だった。
「アー、見タコトノアル顔バカリダナ。彼奴ラモ眠ッテイタノカ?」
小人の魔族に案内させたどり着いたのは、元は神殿だったのだろうか、祭壇のある崩壊した建物だった。
ここも既に天井はなく、至る所に瓦礫が見て取れる。
そしてルーザを含め4体の魔族がグレイス達を出迎えた。
上級魔族だと、見て直ぐに分かる程の魔力量だ。
そしてその向こう、祭壇の前には鎖に繋がれた獣·····の様に、我を忘れ鎖から逃れようと暴れ、咆哮をあげるダリウスの姿があった。
「何てことを····。」
まるで包帯の様に雁字搦めに巻かれた鎖は、おそらく魔法でも付与されているのだろうか。魔力を感じた。
「スゲェ、ミットモナイ姿ダナ。」
ナルージアは鼻で笑う。
「魔王の魔力に抗っているのか?」
スルーガ卿がナルージアに問いかける。
「意識ハモウ無イダロウ。彼奴ノ身体ガ魔力ヲ制御出来ナインダロ、多分。身体ガ持チ堪エテモ、彼奴ノ意識ハ魔王ノモノダロウナ。」
「そうか·····やはり殺るしかないのか?」
「覚悟シロ。オ前ガ殺ラレルゾ。」
ダリウスの姿を見て、スルーガ卿はじめ他の騎士達は、戦うことに躊躇しているように見える。
確かに、ダリウスはかつて古竜を倒した英雄である。
皆心の何処かで、ダリウスが魔王の魔力の支配に打ち勝ち、再び英雄となる姿を想像していた。
しかし目の前の有り様に、自分達が抱いていた希望が見事に打ち砕かれたことを悟った。
「オ前達ハ、彼奴ガ魔王ノ魔力ニヨル支配ニ打チ勝テルトデモ思ッテイタノカ?」
ナルージアの言葉に騎士達は俯く。
「ヨク考エテ見ロヨ。彼奴ハ古竜ノ呪イヲ受ケテ、ソレニ打チ勝テテイタカ?違ウダロ?呪イヲ自分ノ身体ニ移シ代エ、解呪ニ至ッタノハ、グレイスダロ?古竜ノ呪イニ勝テナカッタ奴ガ、魔王ノ魔力ニ勝テル訳ナイ?」
まるでこうなることを分かっていた様な口振りに、ダリウスが始めから生け贄の様な立場だったことを理解する。
「では始めから······。」
誰かが呟く。
「フェアノーレの王も我がルダリスタン帝国の皇帝も、ノーラ卿を倒すことを了承している。だから躊躇うな。己の役割を果たせ!」
ナルージアの言葉に合わせるように、スルーガ卿が檄を飛ばす。
「安心しなさい。英雄殺しは私がしましょう。あなた達は他の魔族を倒すことに集中しなさい。」
グレイスの言葉に皆頷く。
ダリウスとグレイスが離婚してから随分時が経つが、2人が夫婦だったことは、まだ皆の記憶にあった。
グレイスがダリウスの命を奪う役割を担うことが最善の選択の様に思えた。
「ナルージア、頼んだわよ。」
『ああ、任せてくれ。久しぶりに思いっきり力を解放出来る。それに血の契約紋からグレイスの新しい魔力を感じられる。』
「上手く使いこなしてね。」
聖属性の魔法さえも弾くほどの神力が、魔法の発動にどう影響するか試すのがこの戦いだなんて。
本当に無茶な話よね。
グレイスは自嘲しながら、呼吸を整え気持ちを落ち着ける。
やがて目の前で抗い暴れるダリウスの鎖にヒビが入り始めた。
誰よりも先にダリウスの身体を抑える必要がある。
あれが暴れだしては、手がつけられなくなる。
「行きましょう。」
「「はっ!!」」
グレイスの掛け声に騎士達が応じる。
「ロシェル、私がダリウスに近づいたら、私達を結界に閉じ込めて。」
「わかった。」
「モランはロシェルの護衛を。ドイナーとスルーガ卿はあの女の魔族を。目を見たら幻術をかけられるので注意して下さい。ナルージア、あなたは3人の魔族を抑えて。騎士達は集まってくる魔獣を倒すこと!」
「「オー!!」」
騎士達の声が暗闇に響き渡る。
そして戦いは始まった。
グレイスは、魔法を詠唱しながらゆっくりとダリウスに近づく。
目は真っ赤に染まり、歯を剥き出し叫び声をあげている。
皆の憧れとされた端正な顔立ちも、堂々とした姿も見る影は無く、頭の狂った野生の獣と化していた。
ダリウスを縛っている鎖は、とうとうボロボロと崩れ始めた。
そして最後は一気に砕けるように弾け飛んだ。
自由になったダリウスは、一瞬辺りを見回し、こちらに近づくグレイスに視線を合わせると、迷うこと無く襲いかかってきた。
「グレイス!」
ロシェルは思わず叫ぶ。
襲いかかってきたダリウスが、魔法で展開した防御壁にぶつかった所でグレイスは叫んだ。
「ロシェル、結界を!」
グレイスの掛け声と共にロシェルは、2人を閉じ込める結界を展開した。
結界が下りたことを確認すると、グレイスは足元に魔法陣を展開した。
銀と漆黒が混ざり合う魔法陣の光の中から、黒い触手の様なものが伸び、ダリウスを拘束していく。
抗うダリウス。
凄い力だわ。
グレイスの魔法による防御壁もヒビが入り壊れていく。
「ガアアアアアア!」
ダリウス本来の美しい剣技もなく、本能のまま素手でグレイスの首を絞めようと手を伸ばす。
本当に、こんな姿であなたは·····。
簡単に自我を乗っ取られ、騎士としての誇りさえ失ってしまったの?
「ダリウス·····ダリウス聞こえる?返事をしなさい。私が分からないのですか?」
グレイスはダリウスに呼び掛ける。
「始めから魔王の魔力による支配に負けるつもりで来たわけではないでしょう?」
グレイスの防御壁がボロボロと崩れ始める。
グレイスの魔法陣からの触手はダリウスの下半身を完全に拘束するまで伸びていた。
しかしそれをも引きちぎろうと抗う。
「ダリウス、しっかりなさい!私の声に集中して!」
ダリウスはグレイスの声を無視して、首筋に噛みつこうとする。
魔王の魔力がダリウスの意識を乗っ取るなら、当に魔王の自我が出てきていてもおかしくない。
にもかかわらず、このような獣と化しているのは、あの儀式を行った魔族達が、始めから魔王の力を有した殺人鬼を作るつもりだったのかもしれない。
魔族のことだから、自由に戦わせて、その様子を見て楽しむつもりなのだろう。
やがて防御壁は完全に破壊され、ダリウスの手がグレイスに伸びる。
そしてそのまま引き寄せたグレイスの肩に、ダリウスは噛みついた。
「っっ······ダリウス·····また私を殺そうとするの?」
グレイスがそう、ダリウスの耳元で呟いた途端、ダリウスの動きが止まった。
「私の大切な人達を死に追いやっただけでなく、私をも喰らおうとするのね。」
グレイスの肩は血に染まっていく。
その血の味を感じたのだろうか、ダリウスの身体は強張り、噛みつく力は弱まっていく。
やがてガタガタと身体を震わせ、硬直した。
「ダリウス、私を見て。あなたにまだ騎士の誇りがあるなら、それを証明して見せなさい。」
「ガ、ガウ····ガ····ガ·····。」
明らかに、何かに抗おうとしているのが目に取れる。
「ダリウス·····あなたが私に許しを乞うなら、その魔力に抗って見せなさい。」
「ガアアアアアアア!!」
その瞬間、咆哮を上げながら、ダリウスはグレイスとの距離をとった。
◇
◇
周りは暗闇に包まれ何も見えない。
足元は膝まで泥に埋まり、身動きすら取れない。
このまま沈んでいくのだろうか?
ダリウスは絶望のまま、ただ立ち尽くしていた。
何も思い出したくない。
何も考えたくない。
虚無と化すなら、それはそれで楽なのかもしれない。
過去の輝かしい日々を取り戻したくても、もうそれも叶わない。
愛する人を失い、信頼も失くし、期待に応えることも出来なくなった。
存在価値すらない。
俺はどうしてここまで堕ちてしまったのだろうか。
悪人になりきれたのなら、もっと楽だったろう。
『·····ウス、ダリウス。』
この声は·····。
振り向くと暗闇に浮かぶ銀色の少女の姿。
まだエリオット様の婚約者だった頃の幼いグレイスがそこに居た。
『ダリウス·····助けて。』
怯えた様子のグレイス。
あんな言い方で助けを呼ぶことはなかったと思いながらも、その姿から目が離せない。
『助けて、ダリウス。あの影が襲ってくるの。お願い、倒して。』
涙目で懇願するグレイス。
違和感を感じながらも、グレイスが指差す方に視線を移す。
そこには、ゆっくりとこちらに近づいてくる黒い影があった。
腰に手を当てるが剣がない。
「くそっ。」
素手で戦うしかないか。
手に魔力を込め、影に向かう。
足元は泥に囚われながら、力ずくで立ち向かう。
手を伸ばすが、何かに阻まれ影を掴めない。
『ダリウス、噛みついてでも何でも、倒して!お願い!』
幼いとしても、グレイスはそんなことを言わない。
そう思うのに、グレイスの姿を見てしまったら、今は騎士の誇りを捨て、獣の様になってでも、グレイスの為に倒さねばと考えてしまう。
そう思い、影に噛みついた。
刹那、口に血の味が広がる。
うっ·····。
本当に獣になった気分だ。
ああ······獣でもいいか·····。
本能のまま、ただひたすらグレイスを守るために戦うのもいい。
そう思い、噛み砕こうと構える。
その時。
「ダリウス·····また私を殺そうとするの?」
はっきりと耳元で聞こえたグレイスの声。
影は銀色に光だし、やがて人の形となった。
この声は間違いなくグレイスだ。
「私の大切な人達を死に追いやっただけでなく、私をも喰らおうとするのね。」
ああ·····。
噛んだ箇所から広がる血。
「ダリウス、私を見て。あなたにまだ騎士の誇りがあるなら、それを証明して見せなさい。」
『ダメよ、ダリウス、惑わされないで!早く殺して!』
幼い姿のグレイスが後ろから叫んでいる。
「ダリウス·····あなたが私に許しを乞うなら、その魔力に抗って見せなさい。」
その声と共に後ろに飛び退けば、目の前には肩から血を流しこちらを見つめるグレイスの姿があった。
俺はまた傷つけたのか?
そう思うと、身体の中から怒りが涌き出て、咆哮を上げていた。
俺は、俺は······。
「ダリウス。」
グレイスは静かに俺に呼び掛ける。
「ダリウス·····私はあなたのしたことを忘れないし、許すこともないわ。」
静かで落ち着いた声。
それが尚更、グレイスの揺るぎ無い気持ちを表しているかに思えた。
あああああ·····俺は·······。
身体が熱い。
自分に対する嫌悪感で、焼け死んでしまいそうだ。
「·····でもね、ダリウス。あなたと結婚して、ノーラ領で過ごした日々は、本当に幸せだったわ。その事も忘れることはないでしょう。」
グレイスはそう言って儚げに微笑んだ。
その言葉と笑みを見た瞬間、ダリウスの中で何かが弾けた。
グレイス·····。
片方の手足を失い、義手義足で生活していた日々。
思うように身体を動かせるまで、グレイスを始め、義手義足の職人達から、屋敷で働く侍従や騎士達、皆に支えられながら過ごした充実した日々。
グレイスと身体を繋げ、愛し合った日々。
朝、目覚めて傍に眠るあなたを見て、幸せを感じ、愛の言葉を囁く日々。
ああ、何て穏やかで、幸せに満ち溢れた毎日だったろう。
当時を思い出すダリウスの目に涙が溢れる。
自分の立場に自惚れ、失う日常の尊さを何一つ分かっていなかった。
何時でも取り戻せると過信していた。
何をしても、いつまでも愛されていると勘違いしていた。
自分の行いが、善なるものだと疑わなかった。
グレイスは私を憎んでいる。
そして彼女は強い。
本来なら、魔王の魔力が身体に馴染まず、上手く操れない時点で、彼女が本気になれば、俺の命を奪うことは容易いだろう。
だが、俺を信じて、こうして語りかけ、魔王の魔力に抗う機会を与えてくれる。
グレイス、あなたという人は·····。
「ダリウス、あなたの役割を果たしなさい。」
魔王の魔力を制御が出来ない俺に出来ることはただ一つ。
ダリウスは片手に自身の持つ雷属性の魔力を溜める。
そして一気に自分の胸を貫いた。
数ある作品の中から見つけて読んで下さり、有難うございます。




