89 堕ちたダリウス
不定期投稿です。
宜しくお願いします。
また残酷な表現があります。ご注意下さい。
「あの爆音は何だ?」
ルダリスタン帝国の部隊と別れ、ルーザという女の魔族に案内されている途中、逆方向から何者かが戦闘中なのだろう、数度となく爆音が響き渡った。
「ああ、あなた達の大事な人質が暴れているのでしょう。彼女は見目も魔力も美しいですから、欲しがる魔族も多い。その者達が争っているのでしょう。それに彼女の中の古竜が目覚めて身体をコントロールしています。それが魔族から奪われぬよう身体を守る為に暴れているのかもしれません。 」
駆けつけたい衝動を見抜かれたのか、ルーザは足を止めダリウスに向き直る。
「共に来ていた者達が駆けつけるでしょう。あなたはこちらに集中して下さい。」
他の魔族の様な角も無く、人目を引くような顔立ちでもない、ごくごく普通の女性に見える魔族だが、他とは違う不気味な圧力を感じる。
それにフェアノーレの牢獄に捕らえているルーザそっくりの魔族が人形だったとは·····。
それだけでも相当な実力者だと言える。
戦闘が気になりながらもルーザの指示に従いついていく。
そしてたどり着いたのは一部崩壊した神殿だった。
足を踏み入れる前から感じる圧力。
中に入り、漸くその正体を確認する。
そこには3体の上位魔族が待ち構えていた。
3体共、頭部に立派な2本の角が生えている。
そしてその向こうの祭壇に置かれている禍々しい魔力。
あれが魔王の残した魔石なのだろう。
「お待たせしました。連れてきましたよ。」
ルーザが3体の魔族に話し掛ける。
「さっさと始めろ。」
3体の魔族の中で一際身体の大きい上半身裸の魔族が口を開く。
「人使いが荒いですね。動いているは私ばかりじゃないですか。」
ルーザが少しおどけたようにして不満を口にする。
「果たしてその人間の身体が耐えられるかな?」
黒いローブを着た、長い銀髪の魔族が品定めするようにダリウスに視線を向けている。
もう一人の、少しナルージアに雰囲気の似た短髪の魔族は、ダリウスに関心がないのか、視線をこちらに向けようとはしない。
「まぁ、確かにあのナルージアがあちら側に居ましたからね。こちらに来る前に儀式を終わらせましょう。早速ですが、祭壇の前へ行って下さい。」
ダリウスは言われるがまま祭壇に向かう。
そして魔石に手が届く所で止まるように指示され、魔石と対峙する。
気を抜くと、この位置でも負けてしまいそうな程の魔力だった。
見ると1部欠けている。
確かエリオット様が魔王の魔力を得ていたと聞いた。
あの欠けた部分がそうなのか。
「聞きたい事がある。」
「何でしょう?」
「何故魔王の魔力の器が俺なんだ?お前達の中で、魔力が強い者が受け継げばいいだろう?」
ダリウスの問いに魔族は一瞬押し黙る。
1部であっても、エリオット様が自分の力にしていたのならば、エリオット様と同じかそれ以上の魔力の持ち主なら、魔力を得て制御するのは難しくないだろう。
何か隠しているのか?
ルーザはダリウスの問いに答えず、魔法を詠唱し始めた。
ダリウスの足元に魔法陣が展開する。
「魔王様は死ぬ間際、ご自身に魔法をかけられました。呪いと言ってもいいですが。魔王様の残した魔石に精神攻撃の魔法をかけたのです。ですからその魔力を得ようとすると、精神を攻撃され、自我を乗っ取ろうとしてきます。魔王様の展開する精神攻撃魔法は私以上に強力なものなので、抗える者はなかなかいないのですよ。魔族は基本的に個人主義なので、魔王様からと言えど、そうやって身体を乗っ取られることを好む者は居ません。ですからあなたに器になってもらうのです。」
「その精神攻撃魔法に打ち勝てば·····。」
「勝てないからあなたなのですよ。」
ルーザはそう言って笑った。
エリオット様は制御されていた。
不可能ではない。
「では始めますね。」
そうルーザの言葉を聞いた途端、ダリウスの意識は暗闇に堕とされた。
◇
◇
「グレイス様っ!」
何処かで聞いた声。
ダリウスは暗闇の意識の中、声のする方をぼんやりと振り返る。
そこには水面に写った景色を眺めているかの様な光景が暗闇に浮かび上がっていた。
横転した馬車。
そこで血を吐き、踞る女性·····グレイスだ。
そこに迫る2人の聖騎士。
見覚えのあるその顔は、フィーネの幼馴染みという2人だった。
2人はグレイスに襲いかかるも、ハルが身体を張りグレイスを守る。
その背には既に矢が刺さっていた。
「ハル!!」
ハルはそのまま聖騎士に斬られ、その場に倒れる。
待て、これは·····俺は何を見せられている?
「ああ····ハル·····ハル·····。」
グレイスはハルを抱き締める。
聖騎士達はその様子を冷徹な眼差しで見つめ、躊躇なく剣を振り下ろす。
その剣を受け止めたのは駆けつけたタッカだった。
そのタッカも既に背に矢が刺さっている。
この光景は·····。
ダリウスは手を貸すため向こうの世界に行こうとするが、それは出来なかった。
これはグレイスがルダリスタン帝国へ行く途中襲撃された場面だ。
「グレイス!タッカ!」
ダリウスは呼び掛けるがこちらの声は届いていない。
グレイスは既に傷を負っているタッカを治療しようとタッカを抱き締め魔法を詠唱しようとするが、竜の血の呪いのせいか、グレイスは血を吐き、詠唱が続かない。
「グレイス····。」
その痛々しい光景に何も出来ないダリウスは、ただ歯を食い縛るしかない。
タッカはそんなグレイスを愛おしげに抱き締め返す。
「グレイス様、大丈夫です。無理しないで下さい。ああ、グレイス様に抱き締めてもらえるなんて····こんな時でも嬉しいと思ってしまう俺は、頭がおかしいんでしょうね。」
タッカは微笑みながらグレイスに語りかける。
「こんな時だから言いますが、俺はダリウス様がグレイス様を想う以上にグレイス様を愛しています。·····だからグレイス様、俺の為にも逃げて下さい。」
タッカ·····。
ダリウスは言葉を失った。
タッカのグレイスに対する気持ちを知らなかった訳ではない。
ただタッカは自分の立場をちゃんと弁えていた。
だからダリウス自身、タッカに特に何を言うでもなく見逃していた。
それにあの頃、グレイスがダリウスに愛情を向けてくれていたので、誰かに嫉妬することもなかった。
しかし、今、タッカの命を懸けたグレイスに対する愛を見せつけられて、今更ながらタッカに対し、敗北感と嫉妬を感じていた。
そのタッカも、既に重傷だったこともあり、聖騎士の1人の腕を切り落とすも、最期は身体に剣を突きつけられ絶命した。
タッカ······。
「タッカ!!あぁぁぁぁ······。」
グレイスの叫び声が響き渡る。
しかしそれを無視して、聖騎士はグレイスに再び刃を向ける。
「グレイス!!グレイス、逃げろ!!くそっ!」
ダリウスは向こうの空間に入ろうと身体をぶつけるが、見えない壁が立ちはだかり、ダリウスは近づく事が出来ない。
「くそっ!」
迫る刃がグレイスに触れようとした時、突然真っ黒な魔法陣がグレイスの足元から広がった
まさにグレイスが初めて闇の魔法を展開した瞬間だった。
聖騎士達はその魔法陣から逃れようとするが、既に足が魔法陣に捕らわれ、身動きが出来なくなっている。
やがて2人は絶望と共に、その身は灰と化して消えていった。
グレイスの瞳は赤い色へと変わり、周りに漂う魔力は、銀色の中に漆黒の粒子が踊っていた。
グレイスは無表情のまま倒れているハルとタッカに歩み寄ると、まず2人の刺さったままの矢を抜き治癒魔法を施し、その後その地に2人を寝かせた。
暫く2人の顔を眺めていたが、ふらりと立ち上がり何処かへ歩いて行った。
暫くすると離れた所で戦い、死んでいたグレイスの騎士達を、魔法で1人ずつ運んで来た。
運んで来た騎士達の遺体はハルとタッカの隣に並べられていく。
その騎士達も皆、当時片手と片足を失っていたダリウスの鍛練に付き合ってくれていた、よく知った者達だった。
遺体を運び終えたグレイスは、今度は土属性の魔法を使い地に人数分の穴を掘り、それから1体1体、涙を流し、抱き締め、声をかけながら埋葬していった。
グレイス·····みんな·····。
呪いにより吐いて付いた自身の血と、傷を負ったハルやタッカの血、そして土で汚れたドレス。
何時ものグレイスとは程遠いその姿にダリウスの胸は締め付けられる。
その光景を食い入るように見つめていると、その隣に同じように1つの景色が写し出された。
「ああ、ダリウス。愛しているわ。ずっとそばに居て、放さないで。」
ベッドの上で男の愛撫を受け善がる女·····フィーネだった。
そしてその相手をしている男はダリウス自身だった。
これは·····。
土にまみれ、泣きながら遺体を埋葬するグレイスの隣で映し出されたフィーネとダリウスがまぐわう光景。
時系列としては、グレイスの行方不明が知らされてから、フィーネがグレイスに見える様幻術をかけられ、行った行為。
改めて並べて見ると、自身の愚かな行為に吐き気と目眩がした。
自分自身を殺してやりたい衝動に駆られる。
グレイスとあの日、そう王宮で行方不明から初めて再会した日、 彼女が見せた涙と怒りの訳が、今本当に理解出来たのかもしれない。
あの日グレイスは刺客を送ったのがフィーネなのを知っていたかと聞いてきた。
後から知ったと答えると、彼女は言った。
「何故彼女と一緒に居られたの?私の事を本当に愛していなかったのはいいわ。でも、ハルは手足を失ったあなたの世話を共にしてくれた。タッカは毎朝、義手義足をつけたあなたの鍛練に付き合ってくれていた。他の騎士達もそう、あなたと剣やムチを使った戦闘の練習を共にしてくれていた。そんな彼等が殺されたというのに、あなたは何も感じなかったの?私なら、フィーネの悲惨な過去を見ようが、貴重な力の持ち主だろうが、大切な人の命を奪った人間を許すことはしない。殺すわ。フィーネと同じように、私の記憶を見てみる?彼等がどんな死に方をしたか。」
グレイスの言葉が頭に響く。
これがグレイスの記憶なのか·····。
ダリウスは跪き、グレイスに許しを乞うように俯く。
「俺は本当になんて事を····グレイス·····グレイス·····。」
ダリウスはその場から動けない。
これが魔族の精神攻撃なのだと分かってはいるが、それは夢でもなく、過去に実際に起こった内容だ。
ふふふふ····ふふふふ····
少女の笑い声がする。
「こうして見ると、ダリウスは本当に酷い人ね。」
そちらへ視線を向けると、そこにはフィーネが立っていた。
「フィーネ·····。」
「あの時あなたは私を選んでくれた。あんなに美しくて、聡明で、誰からも尊敬され、愛されるグレイスさんじゃなくて私を選んでくれた。ふふふ····本当に嬉しかったわ。グレイスさんの悲しそうな顔。今でも思い出すと嬉しくて、笑いが込み上げてくるの。」
そう言って暗闇に浮かぶ姿は、出会ったばかりの頃のフィーネだ。
「ダリウス、でも気にしなくていいわよ。グレイスさんはあなたが受けた竜の血の呪いを、勝手に代わりに受け入れてくれたんでしょ?その上片方の手と足を失ったあなたを献身的に支え、再び戦えるまでの身体にしてくれたグレイスさんに、そんなに愛されておきながら、私の不幸な過去をちょっと見ただけで、あっさりグレイスさんを捨てて私に乗り換えてくれた。あなたは思うほど、そんなにグレイスさんを愛してなかったのよ」
鼻歌でも歌っているかの様に、楽しそうに話すフィーネ。
「違う·····。」
「違わないわ。ねぇ知ってる、ダリウス?私の過去を見て同情してくれたんでしょ?でもね、世間には私以上に不幸な子達は沢山いるのよ。確かに村を襲われ、泥水を啜るような悲惨な経験もしたわ。でも私には不思議な力が宿ったお陰で、命が救われた。皆から大事にされ、聖女と呼ばれるまでになり、贅沢な生活が出来るようになったわ。おまけに私が欲しいと思ったものは、ダリウス、あなたの様な英雄も手に入れられた。私は他の人に比べたら、助けもいらない位、随分幸せになったのよ。寧ろこの力を使って役に立たない限り、また貧しい生活に戻されてしまうから、積極的にこの力を使わねばならなかった。本当は私のご機嫌取りなんてしなくても良かったのよ。」
生きていた頃のフィーネとは違って饒舌な物言いなのは、魔族が見せている幻影だからなのか。
しかし今のダリウスには、そう考える余裕が無くなっていた。
「私の様な力を持たない子達はどうやって死んだか知ってる?ある子は魔獣に襲われ、身体を食いちぎられて死んだわ。ある子は飢えて餓死した。村を失い、別の家に引き取られた子も、結局病気になって、薬も与えられず孤独に死んでいったわ。私以上に不幸な子達は沢山いたの。」
フィーネはそう言うとダリウスの傍に近寄ってきた。
「私はあなたに会った時、既にとても贅沢な生活をしていたにも関わらず、勝手に同情して、グレイスさんを捨ててまで善意を示してくれた。立派だわ。」
フィーネの言葉一つ一つが、ダリウスの頭に軋むような痛みを与える。
「あっ、でも私は最期、あなたに首を斬られて処刑されたんだっけ?本当に酷いわ。あなたの愛はどうなっているのかしら?」
「やめろ、フィーネ·····お前は罪を犯した。」
ダリウスは声を絞り出すようにして応える。
「そうね。·····ふふ、ふふふふふ。じゃああなたの罪はどうやって裁かれるのかしら?早く見たいわぁ。」
「フィーネ、消えろ·····。」
「分かったわ、ダリウス。夫の言うことはちゃんと聞くから。」
フィーネの幻影はそう言うと、暗闇に溶けるようにして消えていった。
俺の罪·····俺の罪は、ああ、グレイス·····。
残されたダリウスは暗闇に包まれる。
孤独な闇がダリウスを呑み込んでいく。
「ぐあああああああああ·····!!」
その瞬間、ダリウスの中で、何かが壊れていった。
そしてダリウスは深い闇の底へ堕とされていった。
数ある作品の中から、見つけて読んで下さり有難うございます。
また更新をお待ち下さっている皆様、何時も有難うございます。




