47 グレイスの怒り ①
不定期投稿です。
宜しくお願いします。
「1つお願いがございます。」
「何だ?」
「全てが片付きましたら、ミジェルの成長を見守る為、私もルダリスタン帝国へ赴く事をお許し願います。」
ダリウスからの突然の申し出にグレイスは言葉を失う。
「何だって?」
瞬時に怒りを表したのはロシェルだった。
ドイナーもダリウスに対し、鋭い眼差しを向ける。
「却下だ!」
一際大きな声で諌めたのはアーレンだった。
「勝手を言うな!そなたはこのフェアノーレに忠誠を誓った者。やるべき事を全うしろ。それが贖罪だと思え!逃げ出すことは許さない!」
アーレンの厳しい顔は、グレイスが一度も見たことのない表情だった。
アーレンはずっとグレイスの為に、ダリウスを怒ってくれていたのかもしれない。
ミジェルの言う通り、ダリウスは子供の事を放置していたのだろう。
2人に全く似ていない事で、神殿は当然フィーネの不貞を疑っただろう。
ミジェルを表に出せなかったのは、皆が信じている美しい聖女と勇者の物語に傷をつけると思ったのかもしれない。
生まれてきたミジェルには何の関係もないのに。
正直、フィーネとダリウスの血をひいた子を見たら、自分がどんな感情に苦しむのかと、グレイスは不安だった。
2人から愛され、皆から祝福を受け、笑顔の可愛い子に育っていたなら、その時自分はフィーネに復讐を望めるのかと。
子供から母親を奪えるのかと。
しかし今、グレイスの腕の中で助けて欲しいと泣いて縋るミジェルを見て、この子も被害者だと、苦しみから救ってやりたいと思った。
「聖女の乱入で話が逸れたが、今日ここは魔族討伐を祝う場だ。今宵の宴は、今後再び現れるであろう魔族討伐に際し、ルダリスタン帝国との更なる協力体制を築く為、親睦を深める事を目的としている。皆、そう心得て楽しむがよい。」
「「はっ。」」
アーレンは他の魔導師と騎士にフィーネ達を任せると謁見の間を後にした。
フィーネは激しく抵抗したが、最後は猿ぐつわをされ、連れていかれた。
ダリウスはそれをただ黙って見つめているだけだった。
ミジェルは一旦王宮が預かることになった。
グレイスやドイナーと離れ難い様子だったが、聞き分けがいい子だった。
そしてグレイス達も与えられた離宮へ移動することになった。
「スルーガ様、帝国とは関係ない話に時間を費やし、申し訳ございません。」
「いや、皇帝陛下やリーヴァ様からフェアノーレの現状と聖女の様子を調べるように言われていたのです。今日の謁見の間での出来事は、とても分かり易かった。しかし、聖女の子のミジェルを引き取られて大丈夫なのですか?差し出がましいようですが、公爵のお気持ちが心配です。」
「スルーガ様有難うございます。あの子は強力な闇の魔力を有しています。あのままですと、いづれ魔力暴走を起こしたでしょう。フェアノーレでの生活を考えると私が引き取るのが一番いいと判断しました。」
「何かありましたら、私も微弱ながらお力になりたいと考えています。遠慮なくご相談下さい。」
「有難うございます、スルーガ様。」
そう言ってグレイスは優しく微笑んだ。
◇◇◇
謁見の間から人が退き、1人残されてもダリウスは暫く動く事が出来なかった。
『聖女フィーネ、聖騎士団隊長マルス·スタード、そして神官長の3名は極刑を言い渡す。』
アーレン国王陛下からの下知。
そして······
『その者達の刑の執行ですが、勇者ダリウス·ノーラ卿にお願いします。』
グレイスのあの言葉。
この俺にフィーネを処刑しろと言った。
俺にフィーネの首を······。
フィーネは、俺がきっと助けてくれると信じて疑わない目をしていた。
そんな思いに反して、俺が本当に処刑するとなったら、フィーネはどうするだろう。
きっと泣き叫び、目の前で助けてくれと俺に懇願するだろう。
俺は失った手足をフィーネに回復してもらう時、彼女の魔力から彼女の過去を見た。
目の前で親が殺されるのを見ている姿、餓えて泥をすする様な生活を送る姿。
そして魔獣に襲われ、次々と仲間が殺されていく中逃げ惑う姿。
どれを思い出しても痛ましい。
しかし、きっとフィーネにとって、過去のどれよりも、この俺に処刑されるのが一番残酷かもしれない。
グレイスはそれが分かっていて、俺に処刑を命じた。
フィーネに復讐しようとしている。
いや、俺に対しても恨みを持っているだろう。
グレイスへの襲撃を防げなかった事。
フィーネと子を成した事。
そう、グレイスは俺との子を欲しがっていた。
御膳試合で、無事騎士としての復活を果たせたら、子供を作ることを決めていた。
そして無事試合に勝った時、涙を流して喜んでくれた。
彼女は俺との子を心から楽しみにしていた。
それを裏切ってグレイスの元を離れ、フィーネを選んだ。
そしてフィーネと子を成した。
グレイスはミジェルを見て、どう思っただろう。
今は痩せこけている姿を見て同情しているのかもしれない。
今は似ていなくてもやがて年頃になり、フィーネや俺の面影が表れてきた時、グレイスはあの子にどんな感情を抱くだろう。
もし、グレイスの中で、ミジェルを殺してやりたいと、そんな感情が生まれたら、俺が守らなければならない。
ミジェルの命と、そしてグレイスの心を。
だから少し離れた所で、目の届く場所で、グレイスやミジェルを見守りたいと思った。
今更ながら思う。
例えフィーネの悲惨な過去を見ようとも、同情はすれ、グレイスと離婚してまで傍に居ようとしなければ。
グレイスとの幸せを選んでいたなら、今、こんな状況に陥ってはいないだろう。
フィーネに対する恩返しは他にもあったはずなのに。
俺は······。
いつの間にか、謁見の間を出て、王宮の人気のない場所を歩いていた。
日はいつの間にか落ちていて、宮殿からは祝勝の宴の音楽が聞こえてくる。
ふと通りかかった庭園を眺める。
月光が優しく包んだ空間。
同じように、当時2人の寝室で見た、月の光に照らされたグレイスを思い出す。
その銀髪は光を受けて淡く輝き、白い肌は更に透明感を増し。
そして水気を帯びたような美しい水色の瞳は、優しい微笑みと共に俺を見つめてくれていた。
互いに何度も愛を囁き、寝台を揺らし、俺達は2人溶け合うように愛し合った。
今でもグレイスを思うと、身体が熱くなる。
俺はどうしてあの幸せを手放せたのだろうか?
フィーネの傍にいて、満ち足りた思いなど感じた事はない。
グレイスと久しぶりに会って正直何かを期待していた。
苦しげに、憎しみの表情を浮かべてくれていたなら、俺はそれを受け止める事が出来た。
しかし、彼女の俺に向けた眼差しは、一切の隙もない、何処までも冷静で冷たい眼差しだった。
グレイスの中に俺への愛は欠片も残っていないのだろう。
それでも、今は2人きりになって言葉を交わしたい。
これまでの俺の決断が、グレイスを愛していないのでなく、自分が犠牲になることでフィーネの力により、俺と同じように辛い傷を負った者達を救う為だったと。
俺もハルやタッカの死を悼んでいると。
それを言葉で伝えたい。
そして俺が受けた竜の血の呪いを、グレイスが代わりに引き受けてくれた事への感謝を伝えたい。
グレイスが滞在している間、断られても何度でも面会を申し出よう。
そう思い、王都の屋敷ではなく、王宮にある部屋に戻ろうとした時だった。
通路の向こうから来る人の気配に気づく。
現れたのはグレイスだった。
グレイスは謁見の間に現れた時のローブ姿ではなく、ドレス姿だった。
アーレン様の側妃だった頃の様な襟の詰まったドレスで、使われている薄いグレーの布地は地紋が美しく、その上に銀の刺繍が施されていた。
装飾は少ないが気品が溢れた装いだった。
流れる様な繊細な銀髪は後ろで纏められ、控えめな宝石が散りばめられていた。
美しい·······。
今や帝国の公爵となったグレイスに相応しいオーラを放っていた。
そしてその隣には、若く女性のように繊細な美しさを持った恐ろしく容姿の整った男性····グレイスの夫と名乗った男だ。
エルフの血を受け継ぎ、恐らく今この世に1人であろう聖属性の魔力を持つ者。
その能力を守る為に、グレイスの夫となったのであろう。
しかしこの男の方は、グレイスに想いを寄せている様に見えるが。
そして2人の後ろには、何となく自分に似た帝国の騎士。
ミジェルから父親になって欲しいと駆け寄られた男。
もしかしてグレイスは、俺を懐かしみ、俺に似た騎士を傍に置いているのだろうか?
グレイスは俺に気がつくと、その足を止めた。
周りも俺に対し厳しい目を向ける。
「ヴァーバル公爵、少し2人だけで話したいのだが、宜しいだろうか?」
思いの外、すんなりと言葉が出た。
グレイスは暫し考えている。
「その庭園で少しの間なら。」
そう答えてくれた。
「待って、グレイス1人では駄目だ。僕とドイナーも立ち合わせてもらう。」
そう言われ、しかしそれを断ると、グレイスと話せない事が予想出来た。
俺は頷き、庭園に誘う。
通路から少し離れ、白い花が咲き乱れる場所で、俺達は向き合った。
「ミジェルの事だか、ルダリスタン帝国にいる間、何度かは会わせて欲しい。」
「お断りします。ミジェルが闇の魔力を制御出来る様になり、フェアノーレへ帰国を望んだならお返ししましょう。」
即答だった。
「俺は····心配なんだ。ミジェルは俺とフィーネの子だ。今は似ていなくても、成長すれば似てくるかもしれない。そうなった時、ミジェルを見て苦しむのはあなただろう?」
そう言うと、グレイスは少し目を見開く。
「あなたは、ミジェルの容姿があなた達に似てきたら、私がミジェルに何かすると思っているのですか?」
グレイスは少し語彙を強めた。
「あなたの心を心配している。ルダリスタン帝国へ共に赴きたいと言ったのは、それが理由だ。俺はあなたの心を守りたい。」
「私を守りたい?」
「ああ。俺達は憎しみ合って離れた訳じゃない。俺があなたを手放したのは、フィーネが俺と同じように苦しむ者達を救う為に、精神的に俺の支えが必要だと思ったからだ。そしてフィーネに関わる事から、あなたを守る為でもあった。市井では、あなたはフィーネを苦しめる悪女と言われていたから。」
「······それを今さらあなたが私に言う理由は何?フィーネの事であなたが私に何かしてくれた?」
「っっ····。」
「私がミジェルを傷つけることはないでしょう。それは約束します。それに····ずっと聞きたかった事があります。あなたは気づいていたのでしょう?私達を襲ったのがフィーネ達だった事を。」
「それは·····。」
「フィーネのあの発言を聞くに、彼女は幼馴染みの聖騎士を私が殺した事を分かっていた。それは襲撃する事を知っていたから。あの2人はいつもフィーネの傍にいたわ。突然いなくなって、あなたは不審に思わなかったの?私が襲撃されたと聞いて、フィーネ達を疑わなかったの?」
「·····アーレン様に呼ばれて、あなたが襲撃された話を聞いて、フィーネを含め自分も疑われた。その後フィーネの養父であるルクスト子爵の仕業だと知らされた。」
「それで、あなたはフィーネに対し怒りの気持ちは沸かなかったの?」
「こんなことを招いた事に対し、怒りを感じた·····。」
「沸いたのに何故彼女と一緒に居られたの?私の事を本当に愛していなかったのはいいわ。でも、ハルは手足を失ったあなたの世話を共にしてくれた。タッカは毎朝、義手義足をつけたあなたの鍛練に付き合ってくれていた。他の騎士達もそう、あなたと剣やムチを使った戦闘の練習を共にしてくれていた。そんな彼等が殺されたというのに、あなたは何も感じなかったの?私なら、フィーネの悲惨な過去を見ようが、貴重な力の持ち主だろうが、大切な人の命を奪った人間を許すことはしない。殺すわ。」
「······。」
「フィーネと同じように、私の記憶を見てみる?彼等がどんな死に方をしたか。」
「グレイス·····。」
グレイスの目から涙が止めどなく流れた。
グレイスの涙は未だ枯れていなかった。
数ある作品の中から見つけて、読んで下さり有難うございます。
もし宜しければ、暇潰しに、現在連載中の「貴方のためにできること~ヒロインには負けません~
https://ncode.syosetu.com/n0868hi/
も読んで頂ければと思います。宜しくお願いします。




