30 ロシェル ①
不定期投稿です。
宜しくお願いします。
「何だ、ここは·····。」
グレイスはモランに言い、リーヴァを呼びに行ってもらった。
生き残ったニコラス·ヒトラス伯爵令息にも説明を求める為同行させるが、ニコラスは地下室という単語を聞くだけで、顔色が悪くなっていた。
「ニコラス、説明しろ。」
リーヴァも見て分かったのだろう。
それでも説明を求めた。
ニコラスは怯えながらも、母親である伯爵夫人や姉、また父親である伯爵がここを利用していた事、また鉱山を視察に来た貴族にも金をもらい、この場所を提供していた事を告白した。
禁止薬物の使用も認められたので、ニコラスは罰せられる事になった。
「グレイス様より、こちらの遺体を灰にし、埋葬しても宜しいかと許可を願い出ております。」
「許す。人を寄越そう。それでグレイスは?」
「別室にて、生き残った者の治療を行っております。」
「生き残った者がいたのか?」
「はい、少年が1人。かなり難しい治療です。時間がかかるかと。」
「そうか、戦闘後でグレイスも疲れているはず。隙を見てゆっくり休ませてくれ。」
「承知しました。」
◇
少年の目は窪み、頬は痩け、身体もガリガリに痩せていた。
治癒魔法をかけながら、水を含ませた布を口元に置き、少しずつ水を飲ませた。
身体を拭き、衣服を着替えさせベッドに寝かせる。
それから胸のボタンを外し、手をかざして詠唱する。
グレイスの魔法陣が少年の身体に現れる。
グレイスはナイフで手のひらに傷をつける。
流れた血のまま、その手のひらを少年の胸にあてた。
血は少年の身体の魔法陣に吸い上げられ、銀と黒の色を増す。
その上に白い魔石を置くと黒い靄を吸い始める。
「取り敢えずこのままで。ドイナーは私が戻るまでこの子を見ていて。」
「承知しました。」
それからグレイスは戻ったモランと共に牢屋に戻り、残された遺体を全て灰にし、手伝いに来てくれた騎士達と共に埋葬した。
屋敷の外では、魔獣の素材の剥ぎ取りが終わり、死体が集められていた所で、闇の魔法を使い灰にした。
「いい加減グレイス休んでくれ。魔族とどんな会話したかは明日でもいいから。」
リーヴァにそう言われ、少年の部屋に戻るとドイナーが世話をしてくれていた。
少年の胸に置かれていた魔石を見ると、真っ黒に変色していた。
「ドイナーもモランが戻ったら交代して食事をとって休んで。私はここで食べて、休むから。」
「俺もここで取ります。部屋の端でいいですから、休ませて下さい。」
「大変な戦闘だったのよ。あなたの身体が休まらないわ。」
ドイナーにそう言うと、少し表情を緩めながら困った顔をする。
「グレイス様は従者に優しすぎます。ここに居たいと言えば、許してくれますか?」
「ドイナー、1人だけいい顔をするなよ。グレイス様、私も居ますから。」
ドイナーと2人で話していた所でモランが3人分の食事を持って戻ってきた。
普通貴族は従者と共に食事をしない。
ただこれは、グレイスがリーヴァと身分を隠し、村で生活した時から気に入っている事だった。
「ふふふ、私の従者は皆優しいわ。」
結局グレイスに割り当てられた部屋で、2人は床で、グレイスは少年に添い寝する形で休んだ。
◇
身体の中で、何かが巡っている。
いつしか飢えも、喉の渇きも感じなくなっていた。
あれほど痛んでいた身体も何も感じなくなった。
発熱していた身体の、その熱さえ牢屋の床の冷たさに奪われていった。
他の仲間はどうなった?
2日程「助けてくれ」「水をくれ」と叫んでいた声も3、4日程すると呻き声だけになり、やがてそれさえも聞こえなくなった。
やがて空気が淀み始め、もしかしたら誰かが死んだかもしれないと思うようになった。
怖い····。
僕は奥様のお気に入りだった。
お嬢様や、ある時は旦那様にも随分可愛がられた。
でも彼等を好きになれなかった。
身体を求められ、吐き気がした。
でも生きるためには相手をするしかなかった。
ある日鉱石の取引を行っているどこかの貴族の男が、僕と一夜を共にしたいと言い出した。
僕が奥様と居たのを見たのだろう。
大金を積まれ、その男がこの領地にいる間は相手をさせられた。
その時病気をもらったらしい。
男が帰った後、魔導師による鑑定で病がうつされた事が分かった。
奥様達はあっさり俺を捨てた。
たまに治癒魔法をかけられながら、知らない女や男の相手をさせられた。
病は進行した。
治癒魔法でギリギリ身体を保ちながら、いつしか死にたいと思うようになった。
ある日、屋敷が騒がしくなった。
何かが起こったのは分かったが、地下牢に閉じ込められた僕達は、それが何なのか知るよしもなく、結局そのまま放置された。
少しずつ人の気配が感じられなくなっていく。
地下牢にいる僕達も、一人一人と減っていっているのが分かる。
あれから何日経った?
地下牢が、何かの爆音と共に震動する。
消えかけていた意識が一瞬戻る。
僕は最期は何かに食べられて終わるのか?
静かになった······。
「·····」「·····」「·····」
人の声が聞こえる。
その声は、とうとう牢屋の中にいる僕の近くまで来た。
何を話している?
僕の身体が腐ってる?
手遅れ?
苦しみから解放させる為に命を奪う?
そうか·····。
やっと人が来たのに、もう僕は····。
でも····でも····
手に触れる何かを掴む。
「ま····だ·····いき····て···る。」
絞り出した声は届いただろうか。
こんな状況になって、僕はまだ生を望むのか。
「貴方を死なせはしない。」
女の人の声だった。
声が震えていた。
同情してくれたのかな。
ああ····抱き締めてくれている。
今日の僕は汚いよ。
臭いし最悪だ。
いろんな人に抱き締められたけど、今生まれて初めて安らぎを感じた。
あれから、意識を失って····この天井、牢屋じゃない。
いい香りがする。
身体の中に何かが巡っているのが分かる。
魔力だ。
相変わらず足は動かないけれど、今までの痛みや苦しみはない。
手は?
え?
頭を動かし確認する。
手は握られていた。
それも······美しい女性。
こちらに身体を向け、僕の手を握り眠っている。
透き通るような白い肌に、癖のない銀髪が輝いているように見える。
口紅ではない····色づいた柔らかそうな口唇。
静かな寝息。
いつも誰かと寝て、夜中目が覚めると、その人が眠っている事に安堵した。
起きればまた何かされる。
起こさない、起きたことを気付かせない。
そうやって息を潜めて目を閉じていた。
でも今は·····眠っているこの人の瞳を見てみたい。
起きたら、どんな表情をするのか見てみたい。
起きて欲しいと思う事があるなんて·····驚きだ。
寝顔を見つめる。
握られた手から僕の身体の中に魔力が入ってくる。
ああ、なんて気持ちいいんだ。
ずっとずっとこのままでいたい。
そうやってどのくらい見つめていただろう。
その人の瞼が動いた。
そしてゆっくり目を開けた。
澄んだ水のように、透明感のある赤い瞳。
ルビーだ。
綺麗だ。
その人の瞳が僕をとらえた。
じっと見つめ合う。
そしてその人は微笑んだ。
!!
心臓が止まりそうだった。
僕も今まで散々綺麗と言われてきたけれど、これは敵わない。
「気が付いた?苦しい所はない?」
澄んでいて、優しくて落ち着いた声。
すぐに言葉が出なくて、小さく頷く。
その人·····彼女は半身を起こし、片手で僕の頭を撫でる。
「水分を取りましょう。」
彼女はそう言い、手を離し水差しに手を伸ばそうとする。
でも僕が手を離したくなくて、力を込める。
「····大丈夫。傍にいます。水を取らせて。」
微笑みながら言われて、離さない訳にはいかない。
手の力を抜くと、彼女はもう一度「大丈夫。」と呟き、水差しから水を注ぐ。
「グラスで飲めるかしら?」と言われたので頷くと、彼女は僕の背中に手を入れ、少しだけ僕の上半身を起こす。
そしてゆっくり水を飲ませてくれる。
「内臓が痛んでいるの。あなたには申し訳ないけれど、あなたの身体に私との血の契約をさせてもらったわ。身体に私の印である魔法陣の痣が出来ているわ。そこから私の魔力を受け取ってもらってる。その魔力があるから、あなたは生きていられるの。消せば間も無く亡くなるでしょう。あなたの身体がどこまで回復するかは分からないけれど、必要なくなれば、その時に血の契約は解除するから、心配しないで。」
ああ、僕はやはり死ぬ所だったのか?
血の契約····奴隷みたいなものかな?
とにかく僕は彼女に生かされている。
それにこの魔力をずっと感じていたい。
僕は小さく頷き同意を示す。
「食べ物はスープからにしましょう。少しずつ、ゆっくり回復していきましょう。」
僕は小さく頷く。
「私の名前はグレイスというの。あなたの名前を聞いてもいいかしら?」
僕の名前······。
「ロシェル····。」
「ロシェル····綺麗な名前ね。これから長い戦いになるけれど、一緒に頑張りましょうね。」
そう言って頭を撫でてくれる。
涙が溢れてきた。
僕は男娼で、身体も汚れて、病に冒され、身体も腐ってる。
捨てられた僕だけど、身体を治せば、この人に愛してもらえるだろうか。
僕はそんな途方もない希望····今日それは僕の人生の目標になった。
数ある作品の中から見つけて、読んで下さり有難うございます。
もし宜しければ、暇潰しに、本編完結済の「貴方のためにできること~ヒロインには負けません~
https://ncode.syosetu.com/n0868hi/
も読んで頂ければと思います。宜しくお願いします。