お茶会とは戦場である
かくしてアルフレート邸で開かれた茶会は、それはそれは豪華なものであった。
規模としては最小限に抑えられているものの、茶会のためにわざわざ丸テーブルが新たに購入され、無論それらもコゼットでは値段の想像もつかないほど高価なものだった。
テーブルクロス一つとっても、コゼットのドレスより高価であるに違いない。
無論、そんなお茶会であるならば、テーブルクロスより安いコゼットのドレスは新しく作られる事となった。
コゼットは激しく抵抗した。散歩に行きたがらない犬のように抵抗した。しかし、「アルフレート家の名誉に関わる」と言われてしまえば折れる他にない。
なにせこの茶会はコゼットが希望したもの……ではないが、コゼットの希望が極端に曲解された末に体現されたものなのだ。
準備期間が足りなかった事もあり、ひとまずは既製品を仕立て直したものとなったが、ジェイドの希望により「念のため」と複数のドレスが新調される予定になっている。
そうして訪れた茶会当日。
帝都中の花屋から花が消えたのではないかと思うほど、アルフレート邸の中庭は麗しい生花で彩られ、楽団まで招かれていた。
コゼットもお年頃であったから、お茶会への憧れは当然のように持っていた。
しかし、実際に訪れた人生初めてのお茶会で、彼女はまるで戦地に赴くかのような心持ちになっていた。
お茶会がこんなに恐ろしいなんて、誰が想像しただろうか。
戦々恐々しながら中庭に向かったコゼットは、そこで、コゼットのおおよそ100倍顔色の悪い相手を発見した。
――モラレス子爵令嬢、ビクトリアである。
ビクトリアの顔は、真っ青を越えてもはや死人のようだった。表情は完全に無になっている。
それもそうか、とコゼットは納得した。
ビクトリアにしてみれば、自分はアルフレート家に不敬を働いたと囁かれている渦中の人物なのだ。その張本人が当のアルフレート家に招かれるなど、処刑場に赴くに等しい心境だったに違いない。
(気の毒に……)
そう思った瞬間に、コゼット自身の緊張は少しばかりおさまった。
コゼットはまっすぐにビクトリアの元に赴くと、にっこりと微笑んで挨拶を交わす。
「ようこそおいで下さいました、モラレス子爵令嬢」
「……マ、…マイヤー男爵令嬢、このたびは、お招きいただきまして光栄です」
ビクトリアは緊張のあまり、コゼットに声をかけられて慌てて椅子から立ち上がった。
簡単な挨拶を交わして席につく。
他の招待客と言えば、アルフレート家初のお茶会であるために、アルフレート家と縁のある令嬢たちも招かれていた。しかしどの家もあまりに名門過ぎて、コゼットにはまるで面識のない人たちばかりだった。
挨拶もせずにいるのは気が引けるものの、格下の貴族から声をかけるのはマナー違反ともされている。大人しく席に座っている他ないのだが、周囲の令嬢たちはチラチラとコゼットに視線を投げてくる。
令嬢たちからしてみれば、コゼットは「あのジェイド・アルフレートが屋敷に囲い込んでいる噂の人物」なのだ。
しかも今回の茶会がコゼットのために開かれたことも明白であり、そうなれば好奇の視線はますます熱を帯びていく。
(い、……居たたまれない!)
ビクトリアほどではないかも知れないが、コゼットもまた完全に針の筵であった。
あまりに緊張しすぎて、ティーカップを持つ手すら震えそうだ。頭に叩き込んだはずのマナーも完全に真っ白になっている。
――その令嬢が現れたのは、ちょうどそんな折りだった。
中庭に入ってきた令嬢は、艶やかな黒髪の巻き毛で、つり上がった目元は高貴な猫を思わせる。
しなやかに伸びた背筋、その立ち姿は自信に満ち溢れ、深緑のドレスは色こそ控えめながらも白い肌を引き立てていた。
令嬢はコゼットを見るなり、ふわりと顔を綻ばせた。
それまでのどこかきつい印象が一瞬にして消え失せ、悪戯な少女の顔を覗かせる。
「初めましてマイヤー男爵令嬢。私はフランチェスカ。エチェベリア伯爵家の長女ですわ」
挨拶を受け、コゼットは慌てて立ち上がった。
「初めまして。マイヤー男爵家のコゼットと申します」
戸惑うコゼットに、フランチェスカは親しみを込めた笑みを向けてくる。
「父から貴女の事はよく聞き及んでおります。とても素晴らしい女性だと。……ああ、私の父はマルシオ・エチェベリアですわ」
「あッ!! ……ええええ?」
マルシオと言えば、あの暗号解読班のリーダーである。どちらかと言えば冬眠前の熊に近いマルシオと、目の前の洗練された令嬢とが結びつかず、コゼットは大いに戸惑った。だがよく見てみれば、目元の意志の強さがよく似ている。
「ジェイド卿にお願いをして、一緒のテーブルにさせていただいたのよ。宜しいかしら?」
「も、勿論です!」
相変わらず緊張した様子のビクトリアもたどたどしく挨拶を交わし、三人が再び席につく。
だがフランチェスカが席についた事で、場の空気は明らかに良くなった。あからさまに好奇の視線を向ける者はいなくなり、フランチェスカの堂々とした振る舞いにより、コゼットも、そしてビクトリアも少しずつ緊張がほぐれていく。
「マイヤー男爵令嬢、貴女にはとても感謝しているの。以前の父は暗号解読がなかなか上手くいかずに、ずっと塞ぎ込んでいたのよ。でも最近は違うわ。新しい刺激をたくさん得て、まるで若返ったみたい」
「それは、その、……嬉しいです。私もマルシオ卿にはいつも助けていただいていて」
暗号解読とは、ただ机に向かうだけの仕事ではない。そこに秘められた真実を掴むには、社交界の囁きや商人たちの噂といった『生きた情報』も不可欠となる。マルシオが娘に正体を明かしているのも、彼女の社交界での情報収集能力を期待しての部分があるのだろう。
そしてアルフレート家に足繁く通うビクトリアは、すでにコゼットに関わる者としてコンキスタドールが目を光らせている。
ケネスが何も言って来ない事も踏まえれば、このテーブルは『秘密の共有』が許されているのだろう。
それもまた、厳しい監視を前提としつつも、ジェイドが作り出してくれたコゼットのための場なのかもしれない。
「マイヤー男爵令嬢、いえ、コゼット嬢とお呼びしていいかしら。私、貴女とはお友達になりたいのよ。だからそんなに畏まらないで。私のこともフランチェスカと呼んでほしいわ」
「あ、っと、では、フランチェスカ嬢」
フランチェスカはにっこりと微笑むと、今度はビクトリアに顔を向ける。
「貴女も、ビクトリア嬢とお呼びしていいかしら?」
「はい……もちろんです。あの、……マイヤー男爵令嬢、わたくしも貴女をコゼット嬢とお呼びしても?」
恐る恐る尋ねてくるビクトリアには、以前にあったような刺々しさが見当たらない。
それはこの場所に気圧されているというだけではないだろう。コゼットの立ち回りによりモラレス家が救われた事に心から感謝し、彼女の中にあった敵愾心が崩れ去った証でもあった。
「勿論です、ビクトリア嬢。そういえば、お互い領地も近かったですね」
「ええ、そうね。マイヤー男爵領で採れる林檎は質がいいと父が話しておりましたわ」
はじめこそ会話はどこかぎこちなかったが、さばさばとしたフランチェスカのおかげで、少しずつ三人は打ち解けていく。
三人のテーブルの周囲では、なんとか会話に割り込んで話しかけようとする令嬢たちがいたものの、ケネスをはじめとするコンキスタドール達がさりげなくガードを固めていた。
周囲の令嬢たちがやきもきしている間にも、お茶会は平和に進んでいく。
そうして、そろそろ終わりの頃合いといったところで、ふいに入口付近のテーブルにいた令嬢たちから息を呑むような声があがった。
颯爽と中庭に現れたのは、ジェイド・アルフレートその人であった。
普段の見慣れた軍服姿ではなく、はじめて見るような白を基調とした正装である。
緩く束ねた白銀の髪を靡かせるジェイドに、中庭の視線が吸い寄せられるように集まった。
主催者であるジェイドは、本来ならば会のはじめから出席しているべきであったが、彼が多忙であることは誰しもが知っている。むしろ最後まで姿を現さないだろうと思っていた者の方が多かったはずだ。
ジェイドの登場に令嬢たちは色めき立ち、彼が高位貴族に挨拶に向かえば、誰もが頬を赤らめる。
コゼットはその様子をとくに感慨もなく眺めていた。
(あの美貌だもの。モテない方がおかしいわよね)
しかし不思議だったのは、令嬢たちの言葉に応じるジェイドの返答が、「ああ」「そうか」程度でどれもこれもやたらめったら短かったことだ。
時には無言で頷くだけの事さえあり、長くても三文節ほどで終わってしまう。
「どうなさったんですか、コゼット嬢」
不思議そうに眺めているコゼットに、フランチェスカが問いかける。
「いえ、その、……ジェイド閣下は、普段はびっくりするくらいお話が長いのに、今日はやたらこざっぱりしてるなぁ、と」
その言葉に、フランチェスカとビクトリアが顔を見合わせる。
何やら二人だけで通じ合ったように頷いているが、コゼットにはまるで意味が分からなかった。
やがて挨拶を終えたジェイドは、コゼット達のテーブルへとやってくる。ビクトリアは再び蒼白になっていたが、ジェイドは咎めることもなく、ただ茶会に出席してくれた事への礼を述べた。
そうして、改めてコゼットに向き直る。
「……変わりはないか、マイヤー男爵令嬢」
「はい。お陰様で楽しませて貰っています。お菓子もどれも美味しくって感動しました」
「お前が、レモンの風味の効いた菓子が好きらしいとケネスより報告を受けている。時節柄、気候も暖かくなり、ただ甘いものよりも酸味が強いものが良いだろう。口当たりも軽いものを選んだが、味の変化を楽しんでこそと料理長からの進言があった。故に、甘味の強いものも作らせたが……口に合ったのなら何よりだ」
ジェイドは満足げに頷くと、仕事が立て込んでいるため長居が出来ないことを謝罪し、来た時と同じように令嬢たちの視線を独占しながら去っていった。
後に残されたコゼットは、何とも言えない、繕いきれない表情になる。
局所的に鈍感な部分のあるコゼットでも、こうまであからさまな違いを見せつけられれば、それに気付かないほどに鈍くはない。
過保護にされている自覚もある。
しかし実際に他の令嬢とのあからさまな対応の違いを目撃すれば、流石に驚くし動揺もする。
助けを求める視線を向けると、フランチェスカとビクトリアは、匙を投げる医師の顔で首を横に振ったのだった。




