番外編:苦労人には理由がある(ケネス視点)
ケネスは完全に“無”の表情になっていた。
例えるならばチベットスナギツネのような顔だった。無論、この国にチベットスナギツネを知る者はいない。だが、もし知っている者がいたならば、10人中8.5人くらいは「そっくりだった」と答えただろう。
「あの、……もしもし、ジェイド閣下? これは、その、どういう状況でしょうか」
「内々に話があった」
「それは察しております」
「他の者に気づかれずにお前を捕獲する必要があった。何か問題があるか?」
「相当に由々しき問題ですね」
問題というより事故だった。いや、事案かもしれない。
ジェイドという男は昔から問題をスムーズに片付けるために、極端な行動に出ることが多かった。しかし当の本人は自身のことを“常識的で面白味の無い男だ”と思っている。
とんでもない。
ケネスの目から見れば上役であるジェイドは、コゼットと同じレベルで歩くびっくり箱だった。
顔の麗しさ補正によってかろうじて頭脳派に思われているジェイドはその実かなりの脳筋であり、不器用なくせに妙なところで思い切りが良い。
その結果、フットワークの軽いケネスを手っ取り早く捕まえる手段として選ばれたのは『壁ドン』であった。
これにはニコニコ笑顔がトレードマークのケネスもげっそりである。表情筋は完全に死滅していた。
「話を戻そう」
「戻すもなにもまだ微塵も進んでもいない筈ですが何でしょうか?」
「コゼット嬢を、……」
「コゼット嬢を?」
「その、……分かるだろう」
分かる筈もなかった。
しかしケネスは出来る男である。なにせジェイドに仕えて幾年月。今までもっとも近い場所で過ごしてきたのはその類まれなる察しの良さ故だった。
「もしや、……コゼット嬢をどこかにお誘いになるつもりですか?」
ケネスの言葉にジェイドは我が意を得たりとばかりに重々しく頷いた。
無関係の第三者が通りかかったならば、てっきり暗殺の算段でも立てているのかと思うだろう。
――壁ドンさえなければ、だが。
「それで、お前からコゼット嬢がどういった場所を好むのかを聞いておこうと思ったのだ。その情報をもとに綿密に予定を組み立て、そこにちょっとしたサプライズを」
「やめておきましょう」
ケネスは食い気味に上役の言葉を遮った。
「サプライズは駄目です。特に初めてのお誘いでサプライズは最悪です。そういう勇み足をした男は大抵自滅します」
「……そう、なのか?」
「ええ。相手の好みを理解する前のサプライズなんて、自分の自尊心を満足させるための安っぽい茶番にしかなりません」
真顔でたしなめるケネスにジェイドは低く唸った。目線が泳いでいるあたりで本気で計画していたらしい。
「……自尊心を満たすための安っぽい茶番」
そして思わず反芻するくらいには傷ついたらしかった。それでもケネスとしてはそこは絶対に止めておきたいところだった。
ジェイドの考えるサプライズは、……最悪命に関わるものなのだ。ジェイドとディエゴという、鋼鉄の二翼と騎士科において同期で過ごした者ならば、首がもげるほど賛同してくれることだろう。
この二人の企画した“ちょっとしたサプライズ”の新人歓迎会は、山賊に扮した上級生がいっせいに襲い掛かり、下級生を一網打尽にするという、語るも涙聞くも涙の大惨事であったのだ。
脳筋に、悪戯心満載の頭脳派があわさるとどうなるか。その答えがそれだった。
可哀そうに下級生の何名かは失神し、なかには失禁したものもいる。あれがどうして歓迎になると思ったのか。小一時間問い詰めたいと思ったのはケネスだけではないはずだ。
「まずは無難に演劇鑑賞でもいかがでしょうか?」
「では『氷の辺境伯と愛おしの男爵令嬢』を」
「それは駄目です」
再び被せるように否定するケネスにジェイドの麗しいご尊顔はさらに険しくなっていく。
「私がそれとなくコゼット嬢から気になっている演劇はないかを聞き出しておきます。初めてだからこそ無難にいきましょう」
「いやしかし」
「ジェイド閣下もいつも言っておられるではないですか。剣術においてもっとも大事なのは基礎である、と」
「なるほど。お前の言い分も一理ある」
良かった。なんとか話がまとまる方向に進んでいる。
後はケネスからそれとなくビクトリアやフランチェスカに接触して協力を要請すればいいだろう。
「という訳で、私は探りをいれて参りますのでそろそろ解放して頂けますか?」
「ああ、ではお前に任せるとしよう」
「お任せください。必ずやご期待に添えてみせましょう。……それにしても、まさかこんな短期間で二度も壁に追いやられることになるなんて、……」
溜息をつくケネスに、ジェイドが不思議そうに首を傾げた。
「お前を追い詰めたものが私以外にいると言うのか?」
「ええ、そうなんですよ。少し前にコゼット嬢に同じことをぉおおおあぁあああ、しまったぁああああッ!」
悲鳴をあげた時には、すでに逃げ場は失われていた。
壁についたジェイドの手から、ミシミシと不吉な音が響く。あきらかに、重厚な石造りの壁が圧壊していく音だった。
「――ケネス。お前には、もう少し詳しく聞いておくべきことがあるようだな」
ゴバァン!と石粉を散らし壁が無惨に砕け散る。
それはまるで、ケネスの哀しき未来を暗示しているかのようだった。
――その後、ケネスは無惨な姿で発見され、……ということはなかったが、しばらくの間は妙に口数が減っていた。
果たしてジェイドとコゼットのデートがどうなったのか。それはまた別の機会に語るとしよう。
『貧乏令嬢はホワイトハッカー 』電子書籍化・コミカライズ決定のお知らせ
いつも『貧乏令嬢はホワイトハッカー ~暗号解読で敵軍を丸裸にしたら冷徹辺境伯に囲い込まれました~』を応援してくださり、ありがとうございます。
このたび、本作の電子書籍化およびコミカライズが決定いたしました!
いつも応援してくださる皆さまのおかげです。本当にありがとうございます。
詳細につきましては、決まり次第、こちらでお知らせいたします。
また、書籍化・コミカライズに向けて、登場キャラクターたちのショートストーリー(SS)も不定期で投稿していく予定です。
さらに、電子書籍・コミカライズの展開にあわせて、本編の続編となるお話も掲載する予定ですので、そちらも楽しみにお待ちいただければうれしいです。
これからも本作の物語を楽しんでいただけるよう頑張ってまいりますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします!
尚、『貧乏令嬢はホワイトハッカー 』に関しまして、一度完結をつけましたが、今後不定期での更新を踏まえ、連載中に変更しておりますこと、ご承知おきください。




