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番外編:悪魔の二角(ジェイド編)

 今やエスカラーダ帝国の『鋼鉄の二翼』と称されるジェイド・アルフレートとディエゴ・アゾール。

 この二人はかつて同期として国立学園に通っていた。

 果たして彼らは学生時代から英雄としての片鱗を覗かせていたのだろうか。


 答えは『YES』である。当時の彼らは密かにこう囁かれていた。

 けっして関わってはいけない、――『悪魔の二角』である、と。





 齢15歳のジェイド・アルフレートはそれはそれは見目麗しい少年であった。

 その肌は初雪のように白く透き通り、薄い唇の紅だけが僅かに生彩を添えている。アイスブルーの瞳は雪原の中の湖面のようで、白銀の髪が風にまえば、舞い散る氷の結晶が見えるかと思えるほどだ。

 成長期を経てなお、その骨格はほとんど『男』を感じさせず、かと言って女性のような柔らかさはない。

 性を感じさせない潔癖な有様は、人というよりも精巧に作られた人形のようで、生きて、動いているのが奇跡だとさえ思わせた。


 北の最果てを治める辺境伯の長子。

 その特異な身分もあり、ジェイドはその年になるまで北の地から出ることは一度もなかった。

 当然その容姿を知る者もなく、王立学園の入学式に現われた際には、周囲はどよめきに包まれた。


 あれは触れてはならない。きっと神話に出て来る登場人物の類なのだ。


 多くの生徒が畏怖の念を抱き、遠巻きにジェイド・アルフレートを見守っていた。

 しかしどの世の中においても、出る杭を見れば打ちにいかねばならぬと意気込む者は存在する。

 入学初日のジェイドの前に立ちふさがったのは、騎士科に所属する高学年の生徒たちであり、彼らは平和な帝都にあってそれなりの発言権をもつ貴族の出身でもあった。

 しかし残念ながら、彼らはそのバックボーンを持ちながらも『辺境伯』という立場について、いささか穿った見方を、……いくら格式高き辺境伯家とはいえ、帝都の洗練を知らぬ雪深き僻地の軍閥にすぎない『田舎者』だと嘗め切っていたのである。

 無論、いかに残念な頭がガン首を揃えようと、曲がりなりにも貴族の子女である。身分については十分な心得があった。

 真正面からの侮辱がまずいというところまでは察していた。

 故に彼らがどうしたかといえば、お得意の『貴族しぐさ』を発揮したのである。


「これはこれはアルフレート家のご子息と存じ上げます。いやはや北部というのは夜が長いという話は本当のようだ。帝都の女たちがこぞって羨むような色の白さだ!」

「ああ、まさに。女性と見まごうほどの美しさだ。これほど美しい方はお目にかかったことがない」

「帝都の日差しは少々強すぎるかもしれません。宜しければ我々が傘をお持ちいたしましょうか?」


 15歳と、18歳。

 それも騎士科の所属となれば、身長差だけでなく体格差もほとんど大人と子どものようであった。

 そんな男たちが一人を取り囲み、口調こそぎりぎり節度を保ちつつも下卑た視線を投げて来る。世間知らずの貴族の息子であったならば、恐怖に震えながらしばし部屋に引きこもってしまうような出来事だろう。

 最初に遠慮がちに口を開いたのは、ジェイドの背後に控えていた少年だった。


「……アルバ伯爵家、ならびにフロリド伯爵家、ガルバン伯爵家、メリノ子爵家のご子息様と存じ上げます。大変恐縮ではありますが、道を譲っては頂けませんでしょうか?」


 栗毛色の髪に頬に散ったそばかす。眉尻を落としながらいかにも気弱そうに申し出た少年は、声を発するまでまるで存在しなかったかのように完全に気配を消していた。

 彼らはその異様さに気づくべきだっただろう。そして、一目見ただけで家柄を把握されていたことに関しても。

 しかし青年たちは自分たちの都合の良い方向にその言葉を解釈した。

 すなわち、自身の家名は辺境にまで知れ渡るほどに、恐れられているのだと。

 実際にそれは、栗毛の少年――ケネスが、あまりにも優秀であっただけのことなのだが、そうとは知らず青年たちはつけあがった。


「おやおやこれは失礼いたしました。道をお譲りするだけで宜しかったですか? エスコートは不要ですか?」


 ニヤニヤと笑みを浮かべる青年たちに、ケネスはますます眉を下げて弱り切った顔をする。

 その顔は切実に何かを訴えていたが、青年たちはその表情を「自分たちに対する恐怖心」だと読み違える。彼らはどこまでも増長した。


「そんな小坊主では物足りないでしょう。我々がご案内いたしますよ、お嬢さん」


 それが、一線を超える言葉であった。

 次の瞬間、ジェイド・アルフレートは音もなく前に踏み出すと、僅かに屈んだ姿勢のアルバ家の青年に迷いもなく拳を突き出した。

 バキャァッと鼻骨が砕け、鼻血を吹き上げながら青年がもんどり打って倒れこむ。

 ジェイドはすぐさま足先を次なるターゲットに向けると、まずは脛を蹴り飛ばして体勢を崩させ立て続けに二人目の鼻を折る。

 ここに来て残る二人もさすがに異常事態を察知した。

 彼らも曲がりなりにも騎士科である。油断なく構えを取ろうとしたが、その瞬間ジェイドの体が「ふわりっ」と、風に舞う雪片のように浮かびあがり、……次の瞬間には鋭い回し蹴りが三人目の顔面を吹き飛ばす。

 残る一人は顔を真っ青にしながら後ずさった。


「な、……なんて、野蛮なッ!! まさか、決闘の挨拶もなしにッ!!!!」

「――戦場では、死は挨拶もなしにやってくる」


 息一つ乱さず、ジェイドは散歩でもするかのような優雅な足取りで歩み寄る。

 男はもつれる足で逃げようとしたが、無様に床へと転がった。ジェイドはその胸倉を乱暴に掴み上げ、冷徹なアイスブルーの瞳で見下ろす。


「ま、待ってッ! 悪かっ」


 ゴキュっと、鼻が潰れる音が響き、あとには地に伏した男たちの啜り泣きだけが聞こえてくる。

 無言で拳を拭うジェイドの隣で、ケネスは額に手をあてて静かに天を仰いでいた。





 ジェイド・アルフレートの無双劇には、さらなる後日談が存在する。

 貴族の看板とも言える『鼻』を粉砕された青年たちは、学園長室へと駆け込み、ジェイドの野蛮極まりない暴挙を訴え出たのだ。

 貴族社会において、名誉の毀損に対する報復は、まず『決闘』の申し込みという然るべき手続きを経るのが鉄則である。


 学園長は頭を抱えた。


 かたや帝国の国防を担う辺境伯の長子。かたや帝都に根を張る有力貴族たち。身分の序列だけで言えば無論、辺境伯家のほうが上であり、受けた侮辱の内容を考えれば自業自得とも言える。

 しかし、校内で決闘の手順すら踏まずに一方的な暴力へ及んだのもまた事実だった。現に被害者となった四人の青年は、今後の社交界への出入りすら危ぶまれるほど顔面を変形させている。

 学園長は「同じ学び舎の友として、双方互いに謝罪して手打ちとするように」と、もっともらしい妥協案を申し渡した。


 だが、ジェイドはにべもなくそれを一蹴した。


「決闘とは、対等な家格において成り立つものだ。身の程を弁えず不敬を働いた輩に、なぜ私が儀礼を尽くす必要がある?」


 まさか新入生に正面から撥ねつけられるとは思っていなかった学園長は、激しい胃痛に襲われる羽目になった。

 そうして悩み抜いた末、落としどころとして「騎士科の生徒が学園をみだりに騒がせた罰」という名目で、訓練場での素振り100回を言い渡したのである。

 己の手落ちに対する罰には納得したのか、ジェイドはあっさりと首肯した。


 素振り100回。

 基礎体幹を叩き込むために誂えられた両手持ちの素振り用の剣は、下級生であれば50回も振れば腕が上がらなくなる代物である。

 それを、人形のような華奢な少年が振るうのだ。教育的指導としては十分すぎる罰――のはずであった。

 まさかここにきて、怪物の真の恐ろしさを目の当たりにするとは、誰一人として予想していなかった。


 重厚な鋼の切っ先が、ゴウ、と空気を爆ぜさせる。

 ジェイドは訓練用のブロードソードをいともたやすく『片手』で振り続けた。

 100回目を振り抜いた瞬間すら、汗ひとつ浮かべず、呼吸の乱れすらない。


 ――ジェイド・アルフレートは、人の形をした悪魔である。

 その噂が校内を駆け巡るまでに、登校初日から一週間とかからなかった。

次回の番外編ではディエゴ編をお送りいたします。

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― 新着の感想 ―
こんな爪楊枝を振っただけで罰になるのか? 何だったら反対の手でも振ってやろうか? それを聴いた人々は驚愕したという… これで勉強が得意だとならば完璧超人だと……
もし死神さんに決闘を要求されてたら、自分達は最低四肢欠損ぐらいは許容しないといけない結果になってたとは思わないんだね 実家は家の名誉のために、こんな残念さんたちはさっさと廃嫡した方がいいね 猟犬ちゃ…
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