狩りのはじまり
「本日は皆様、貴重なお時間を割いていただきありがとうございます。こうして集まっていただいたのは――カパルディ元帥を徹底的に追い詰める作戦にご協力いただくためです」
明けて翌日。
海軍軍議会議室にて、コゼットは深々と一礼したのち、しかし凛とした強い眼差しで言い放った。
無事にジェイドを助け出した今、コゼットの胸中を渦巻いているもの。
それは純粋で、容赦のない怒りだった。
「これはまた随分とストレートな申し出だね。願ってもない言葉だが……以前の君は、そこまで怒っているようには見えなかったけれど?」
応じるディエゴは、相変わらず真意の読めない“お行儀の良い”笑みを貼り付けている。
コゼットは一度ゆっくりと深呼吸をすると、再び決然と口を開いた。
「はい。以前は個人的な怒りなどありませんでした。仕事の能力が低い上司など珍しくもありませんし、ちょっとした嫌がらせくらいなら目をつぶることもできます。ですが、――個人の私利私欲のために国全体を危機に陥れようとする行為は、到底看過できません。
何より私は……私の大切な人を死地に追いやろうとした人間を、許せるほど寛容ではないのです」
軍議の場で真っ直ぐと言い切るコゼットに、不意打ちの情熱を食らったジェイドが盛大に咳き込んだ。
対してロドリゴが思わず「ヒュウッ」と口笛を吹き、直後にここが会議中であることを思い出して慌てて目を逸らす。
マスティノは相変わらずソファに寝そべり……よほど気に入ったのか、昨夜の晩餐会に出た生ハムの原木を抱え込んでいる。それを時おりナイフで薄く削いでは口に運び「いいんじゃねぇか」とあっさり同意を示した。ディエゴも含め、周囲はすでにマスティノのことを『会議室の床で骨を齧っている大型犬』くらいにしか思っていないのだろう。誰もその自由すぎる行動を咎めようとはしなかった。
「君がそこまで言い出すからには、何か勝算があると思っていいのかな?」
「はい。今からご説明いたします」
コゼットは会議室に集まったジェイド、ディエゴ、ケネス、ロドリゴ、マスティノの顔を順番に見回すと、机の上に今日までに集めた資料を広げた。
「グラン・アルスターが連合国側に加盟した際、興味深い噂を耳にいたしました。表面上は敵対していても、商人たちは裏ルートを使って密かに交易を続けており、グラン・アルスター側もそれを黙認している、と」
「ああ、そうだね。それは他の連合国にも言えることだ。商人たちにとっては国同士の争いなどより、交易の利権の方が遥かに重要だからね」
「はい。それで先日、さらに決定的な情報を入手いたしました。グラン・アルスターからの密輸船はラーガ港を経由しており、そこに『オロスコ伯爵』が噛んでいる、と」
「オロスコ……カパルディの親族にあたる家か」
微かに身を乗り出すディエゴに、コゼットは不敵な笑みを浮かべて頷いた。
「そうです。そこでビクトリア嬢にこの情報をさらに深掘りしていただいたところ、オロスコ伯爵の長男が、このところ頻繁にカパルディ邸に出入りしていることが判明いたしました。
特に……『モンテ・マル要塞』と『サン・ミゲル湾』のどちらかが強襲されるであろうと言われていた時期には、二日と空けずに密会を重ねていたという証言まで入っています」
高位貴族たちは、しばしば身分の低い者たちを「知性の足りない存在」と見下しがちだ。
だが実際には、商人や街の住人たちこそが誰よりも目敏く、耳聡く、陣営のわずかな違和感を察知している。
そして、その情報を「誰に売れば最も高く評価されるか」を正確に理解して動くのだ。
彼らにとって『ただの風景』に過ぎなかった存在こそが、その一挙一動を監視していたなど、思ってもみないことだろう。
「つまり……カパルディ元帥が連合国側へ情報を流しているとすれば、オロスコ伯爵家の裏交易網を経由している可能性が極めて高い、ということか」
静かに口を開いたジェイドに、コゼットは深く頷いてみせた。
「そうです。十中八九、敵軍との窓口はオロスコ伯爵家の密輸ルートです」
「なるほど。つまりお前は、その交易網に罠を仕掛けようというのだな?」
「はい!」
コゼットは背筋を伸ばし、同意をしめした。
「ジェイド閣下救出の報を受け、双方の情報交換はさらに活発になっているはずです。今なら確実に尻尾を掴めます。
……ですので、まずはこの交易網に関わる人物とルートを、より詳細に洗い出していただきたいのです」
コゼットがケネスとロドリゴへ視線を向けると、それぞれの主は深く納得した様子で頷いた。
「反対する理由がないな。ケネス、オロスコの周辺を徹底的に嗅ぎ回ってくれ」
「俺も乗ろう。ロドリゴ、お前はラーガ港に潜り込んで、密輸船についての情報を洗ってこい」
ジェイドとディエゴが同時に命令を下すと、ケネスとロドリゴは即座に直立した。
「「必ずや、三日で吉報をお持ちいたします」」
息ぴったりに重なった声に互いに顔を見合わせ、二人同時にさも嫌そうな顔を作る。
その様子をディエゴが軽やかに笑い飛ばし、ジェイドは呆れたように肩をすくめて見送るのだった。
三日後、約束に違わず朗報を持ち帰ってきたケネスとロドリゴを迎え、再び会議が開かれた。
まず最初に報告を開始したのはケネスである。
「事前の情報通り、オロスコ伯爵の周辺には以前見られなかった不審な人物が出入りしています。オロスコ邸に古くから勤めている者に探りを入れたところ、『グラン・アルスター訛りの者が増えた』と漏らしていました。
実際、数人に目星をつけて尾行してみましたが、ただの商人とは思えぬ不自然な動きが多々見受けられました。
決定打として、カパルディ家の紋章が入った馬車へ乗り込む現場を押さえています。グラン・アルスターとの情報交換のパイプであることは、ほぼ間違いありません」
ケネスが報告を終えると、続いてロドリゴがニヤリと口角を上げた。
「こちらはラーガ港に潜り込んできました。連中の書類上じゃ、輸入品は綿花や小麦、それに酒ってことになってます。だが、港についたばかりの船を見ましたが……明らかに喫水が浅い。ろくに貨物も積まずに入港してるのが丸分かりでしたね。
輸入品の取締官にはオロスコ家が多額の賄賂を渡してスルーさせているようです。港の検査官どもは『麻薬の密輸でもしてるんだろう』と高を括っているようですが……実際には荷の積み下ろしすらロクにしてませんよ」
「ふむ……ラーガ港は戦略上の要所になりにくい立地だからな。海軍も手出し無用とされてきた。それを隠れ蓑に、随分と好き勝手やってくれたものだ」
ディエゴは呆れたように肩をすくめ、深い溜息を吐く。
「どうやら情報は出揃ったようだな。それで――いかにして料理するつもりだ?」
ここ数日の間にすっかり元の毛並みを取り戻したジェイドが、穏やかに、だが眼光を鋭くして問いかける。
コゼットは大きく頷いて立ち上がった。
「現在、連合国側が使っている暗号文について、暗号解読班はすでに正確な構文パターンを弾き出しています」
当初、解読班を翻弄していた日付表記の揺れは解明済みだ。結論としては【day】と【of】を含む表記が正解であり、月や数字の表記は簡略化されていてもこの二語を含む場合は本物であることが確定している。
よって現時点において、敵方の暗号文は問題なく解読・作成ができる状態にあった。
「ですので、連合軍側の暗号を完璧に模した偽文書を作成し、それをカパルディ元帥のもとへ届くよう仕向けるのです。具体的には、ケネスさんとロドリゴさんに、暗号文の差し替えを行っていただくのが一番かと」
コゼットの言葉に、ケネスとロドリゴは「任せろ」とばかりに自信ありげに頷いた。
「して、その偽暗号文には何と記す?」
「――『御身に危険が迫っている。連合軍側で身柄を保証するためラーガ湾へ来られよ』と。会合の場所と時間を併記した文書を届けさせます。そして、この動向をあらかじめ皇子様へ共有し、皇子様ご自身の目で、カパルディ元帥が罠に飛び込む瞬間を目撃していただくのです」
その提案に、会議室はしばしの間、静まり返った。
ジェイドは深く頷き、ディエゴは笑みを深める。ケネスも、ロドリゴも、ソファに寝そべったままのマスティノも、――誰もがいかにも楽しげな、そしてこの上なく悪どい笑みを浮かべていた。
「それは……あの男がどんな言い訳を弄するのか、非常に楽しみな展開だな」
ジェイドが冷徹な笑みを浮かべ、ディエゴは獰猛に鷹の目を光らせる。
「ああ、実に愉しい狩りになるだろう。追い詰められ、怯えた獲物を見るのはいつだって心が踊る」
「不自然さのない呼び出し場所としては、やはりラーガ港になるだろうな」
「ならば、我らが海軍を回して港を完全に封鎖してやろうじゃないか。こんな愉しい終幕を、是が非でも特等席で見物してやらないとな?」
もはや“鋼鉄の二翼”にとって、カパルディ元帥は逃げ場を失った憐れな獲物に過ぎなかった。
剣呑な空気を漂わせる男たちに混じり、コゼットは「ふんす!」と満足げに鼻を鳴らしてみせるのだった。




