救出作戦開始します!
「やはりジェイド閣下は『コンキスタドール』とともに、『モンテ・マル要塞』の地下に潜伏しているようです」
海軍本部に戻ってきたケネスは、作戦会議室に通されるや否や、疲労の色も見せずにすぐさま報告を開始した。
「騎士を一人伴って来たそうだが?」
ディエゴが問いかけると、ケネスは素早く首を縦に振った。
「要塞からの脱出に成功した『コンキスタドール』の一人です。近隣の村に潜伏し、軍との接触を狙っていたようですが……中央軍部の動きが不穏であると察知し、そのまま身を潜めていたとのことです」
『コンキスタドール』はジェイドが率いる、過酷な辺境を守備している精鋭部隊だ。
ケネス自身もこの『コンキスタドール』の出身であるからこそ、速やかに接触し、信頼を得ることができたのだろう。
「かなり疲弊しており怪我もあったため、先にそちらの手当てを優先させております。状況は私がすべて把握しておりますので、代わってご説明いたします」
ケネスは大黒板の前に立つと、砦の構造や地下浸食洞の出入口の位置関係などを、迷いなく次々と書き込んでいく。
その卓越した記憶力と書き込まれた情報の精密さに、コゼットは彼がいかに優秀な人物であるかを改めて思い知らされていた。
(本当に、凄い人なんだ……。そんな優秀な方を、私の護衛につけてくださっていたんだ……)
胸の奥から湧き上がる感謝とともに、一刻も早くジェイドを助け出したいという思いが増していく。
「……なるほど。入口は見えにくいが、海上からの侵入ルートもあるということか」
「はい。ただ、侵入路はかなり狭いため、進入できるのは斥候船がやっとといったところでしょう」
「フリゲートでギリギリまで接近し、コルベットと揚陸艇で行き来させれば何とかなるだろう。……問題は、沖合に座すグラン・アルスター海軍からの砲撃だな」
「ええ。呑気に停泊していれば、格好の的にされるでしょうね」
海図と浸食洞の構造図を見比べながら、ディエゴはしばし思案に暮れる。
「――問題ない。あの海域はこの時期、三日に一度は濃い海霧に覆われる。その機を見計らって接近すれば、洋上のグラン・アルスターに察知されることはないはずだ」
「残る問題は、中央軍部にどう言い訳を立てるか……ですね」
ケネスの懸念はもっともだった。
中央軍部がジェイドの救出に慎重な姿勢を崩していない。いくら勝算があるとはいえ、単独での先行出動は明らかな軍規違反となる。
――だが、それこそはコゼットが事前に予見し、対策を練っていたポイントだった。
「発言をよろしいでしょうか?」
コゼットが静かに手を挙げると、ディエゴは口元を緩めて頷いた。
「ディエゴ提督が独断で救出作戦を行えば、当然咎められます。ですが、グラン・アルスター海軍を『偵察中』に偶然“救援要請”を傍受したとなれば話は別です。
この順序の正当性を証明するために、暗号解読班が“敵軍になりすました偽の暗号”を作成します。実際の出撃タイミングよりも早い日時で『砦内に残存していた帝国軍より奇襲あり、救援求む』という暗号が敵陣営から打たれたように見せかけるのです。そうすれば書類上は、奇襲が発生した後に海軍が動いたというアリバイが成立します」
「実際には、海軍が出動し奇襲を行う。けれど書類の上では、海軍が出動する前に奇襲があったかのように見せかける……ということか」
「はい、その通りです」
力強く頷くコゼットに、ソファの上のマスティノが「おい……」と低く唸り声を上げた。
ディエゴは肩をすくめつつ、分かりやすく噛み砕いて応じる。
「つまりね、まず俺たちが霧に紛れて浸食洞に侵入し、ジェイドと合流して要塞へ奇襲をかける」
「そこまでは分かる」
「この順序のままだと、海軍は中央軍部の方針に背いて無断で軍を動かしたことになる」
「ああ」
「だから、時間軸を偽装するんだ。例えば俺たちが『15日の朝に出航した』としよう。軍を動かせばその記録は残る。だが、連合軍側が『14日に砦内に残存していた帝国軍から奇襲を受けた』という内容の暗号文を送っていたらどうなる?」
「……海軍が出発するより前に奇襲があったってことになるな。その偽の暗号文を、そこのお嬢ちゃんが仕込むってわけか」
「そうだよ。こうすれば俺たちは『敵艦隊を偵察中に、要塞の異変を察知。救援に向かった』と言い訳が立つ」
「要塞に奇襲をかけたのは、ジェイドってやつが単独でやったこと。俺たちはたまたま通りかかったって事にするわけか」
「その通りさ」
納得した様子で再びソファの中に沈み込むマスティノに、ディエゴは一同へと向き直った。
「では、その作戦で行こう。濃霧の日を狙って決行する。暗号解読班は決行と同時に偽暗号を持って帝都へ戻り、『敵から傍受した暗号文』として本部文書に紛れ込ませてくれ。……何か質問は?」
「……私も救出部隊に加わってよろしいでしょうか?」
まっすぐに手を挙げたのはケネスだった。
ディエゴはその真剣な眼差しを正面から受け止めつつ、静かに首を振る。
「君は作戦決行と同時に、コゼット嬢たち暗号解読班を安全に、かつ秘密裏に帝都へ連れ戻してほしい。彼女がここにいたと知られれば、余計な疑惑を招きかねないからね」
「――承知いたしました。では、くれぐれもジェイド閣下をよろしくお願いいたします」
「ああ、任せておけ。これでも親友のつもりだからね。……あいつはそう思っていないかもしれないが」
「それは……ご本人に直接確かめてみてください」
苦笑するケネスに、ディエゴは軽やかな笑い声で応じるのだった。
四日後、待ちに待った濃霧の朝。
サン・ミゲル湾から出航していく船を見送ったコゼットたち暗号解読班は、フランチェスカが率いてきた商隊の荷馬車に紛れ、港町を後にした。
目指すは帝都。
およそ二週間ぶりの帰還となるが、コゼットの胸のうちは未だ濃霧の中に留まったままだった。
(ディエゴ提督は強い。マスティノさんもロドリゴさんも、大暴れしてくれるはず)
そう自分に言い聞かせても、やはり不安でたまらない。
そもそも、ジェイドが本当に無事であるのかすら、いまだ不確定なのだから。
そして辿り着いた帝都もまた、どこか街全体が息を潜めているかのようだった。
奇しくもジェイドの消息が途絶えたのは、コゼットとジェイドの熱愛物語が劇場で公開されて間もない頃だったのだ。
二人の恋愛劇を見ようと詰めかけた淑女たちは、作中のやり取りに一喜一憂し、あるいはコゼットに自らを重ね合わせて恋模様を楽しんでいた。
ところが、そこから時を置かずして届いたジェイド行方不明の悲報である。
劇に夢中になった者たちにとってそれは、あたかも自らの恋人を奪われたかのようであり、――胸躍らせた恋物語が、最悪の悲恋として幕を下ろすことを予感させるものでもあったのだ。
「帝都から離れていたのは、正解だったかもしれませんね」
そんな裏事情を聞かされたコゼットは、馬車の中で小さなため息を吐き出した。
もし街を歩くたびに周囲から痛々しげな視線を向けられていたら、かえって心を削られて参ってしまっていたことだろう。
アルフレート邸には戻らず、そのまま軍部へと直行する。裏の搬入路から密かに内部へ侵入し、暗号解読班の執務室へと足を向けた。
「コゼット嬢、よくぞ無事に戻ってきた!」
部屋の扉を開けると、マルシオが待ちわびていた顔で勢いよく椅子から立ち上がった。
「ただいま戻りました。戻って早々に恐縮ですが、マルシオさんにお願いがあります」
「ああ、どうした?」
コゼット、コラン、ルーディの三人は腰を下ろすと、作成したばかりの偽の指令書を差し出し、ディエゴたちとの作戦の全貌を説明した。話を聞くうちに、マルシオや留守を守っていたメンバーたちの顔にも、みるみると希望の色が戻っていく。
「そうか……よし、ではこの指令書に書かれている『昨日、モンテ・マル要塞が奇襲を受けた』という報は、今日の昼の軍議にて私から正式に発表しよう」
「はい。これを発表すれば、今朝出航したディエゴ提督の動きが軍規違反に問われることはなくなります」
「カパルディ元帥も、口を差し挟む隙が完全に失われるわけだ」
「そうです。あとは……」
そこから先を言葉にしようとして、コゼットは一瞬だけ口をつぐんだ。
不意に唇が震え、押し寄せる不安に胸が押し潰されそうになる。
だがコゼットは、固く拳を握りしめると、もう一度しっかりと唇を開いた。
「あとは……ジェイド閣下の無事のご帰還を待つのみです」
(そうだ。私が信じなくてどうするんだ。私は信じる。絶対に信じる……! ジェイドさんは、必ず戻ってくる)
小さな手にぎゅっと力を込めるコゼットに、マルシオもまた、指令書を受け取った手を震わせながら深く頷いた。
「ああ、任せてくれ。必ずや『連合軍側が出した本物の指令書』だと信じ込ませてみせよう。あの古だぬきに盛大な吠え面をかかせてやろうじゃないか」
その言葉を聞いて、コゼットはふと、海軍本部でのマスティノの言葉を思い出した。
胸の奥からふっと笑いが込み上げてくる。自分にまだ笑える心の余裕があることが、誇らしかった。
「そういえば……カパルディ元帥と言えばですね、海軍本部にマスティノさんという方がいらっしゃったのですが、その方が元帥のお名前を酷い勘違いで覚えていて……」
コゼットが明かしたその「勘違い」の名称に、暗号解読班の部屋はしばし静まり返った。
そして次の瞬間、その静寂は、大爆笑の渦へと切り変わった。
「待ってくれ、コゼット嬢! そんな話を聞いたら、今日の軍議で元帥の顔を見た瞬間に吹いてしまう!」
「自分も廊下ですれ違った時に笑いを堪えられる気がしません……!」
誰もが揃って腹を抱えて笑い合い、部屋に漂っていた悲壮感は嘘のように吹き飛んでいく。
「よし、それじゃあやってやろうじゃないか! 俺たちがただ部屋に引きこもって、文字に齧りついているだけの文官じゃないってところを見せてやろう!」
力強く拳を突き上げるマルシオに、一同は力強く頷き返すのだった。
いつも作品を応援して下さりありがとうございます。
昨日のPV数が6.5万を超えまして、累計PV数も50万を突破いたしました。
ブクマ数は4000を超え、日間および週間ランキングで総合3位、ハイファンタジーと異世界転生で日間1位にお邪魔させて頂いております。
……正直、作者としては、あまりに意味の分からない数字でずっと宇宙猫顔しております。「怖い話ですね」って呟いております。
ともあれ沢山の方に読んで頂けまして、本当に嬉しいです。最終回は今週の金曜予定ですので、どうぞお付き合い頂けましたら幸いです。




