氷の辺境伯と愛おしの男爵令嬢
コゼットとフランチェスカ、そしてビクトリアは恒例のお茶会を開いていた。
防衛作戦が見事に成功したことに対しての、小規模な祝賀会も兼ねている。
テーブルは普段よりも鮮やかな生花で彩られ、そこに並ぶお菓子も、まるで宝石箱を開いたかのように色とりどりの輝きで見る者の目を楽しませていた。
無論、その味もまた至高である。コゼットはドライフルーツがたっぷりと練り込まれたクッキーを齧ると、そのあまりの美味しさに頬を押さえた。
ガゼボを囲む樹々の上では小鳥たちが楽しげにさえずり、柔らかく穏やかな日差しが降り注いでいる。
「今回もジェイド閣下の采配、……凄すぎて言葉になりませんわ!! 各地に潜んでいた連合軍を一網打尽、完膚なきまでに叩き潰すあの冷酷にして完璧な手腕……! 奇襲を仕掛けに来たつもりの兵たちが、逆に閣下の絶対的な手中で踊らされ逃げ惑う惨状……ああッ、想像しただけで紅茶が何杯でも飲めてしまいますわ……! はぁ、尊い……無理……」
うっとりと熱っぽく語るビクトリアに、フランチェスカもまた負けじと口を開いた。
「それを言うならディエゴ提督の、あの神がかった電撃的な補給路確保ですわ!! 兵站が滞った瞬間の『すべて見抜いていた』と言わんばかりのあの迅速なご判断、そして敵本体を壊滅せしめた鮮烈極まる艦砲射撃……! 荒波狂う船上で、冷徹に大砲の火蓋を切る提督のお姿……! むしろ提督の打った砲弾になりたい! いえ、いっそわたくしを砲撃していただきたいッ!!」
相変わらず熱量の高い二人の様子に、コゼットは苦笑を漏らす。
推しが発覚して以来、二人は「強火ファン」であることをまったく隠さなくなっていた。
おそらく他のご令嬢たちとのお茶会では淑女の皮を被って我慢している分、ここぞとばかりに想いを爆発させているのだろう。
「……それにしても、兵站を遅らせていたのは、やはりカパルディ元帥の企みだったのかしら」
ビクトリアが不意にぽつりと呟きを漏らすと、コゼットは小さく唸った。
確かに、表向きはそう見るのが一番分かりやすい構図だ。
軍も、そして帝都の貴族たちの多くも、カパルディがジェイドを窮地に陥らせるために卑劣な策略を弄したと見ているだろう。
しかしこの策略において、本当の意味で『もっとも得をした者』は誰か。
――それこそが、ディエゴ・アゾールなのである。
すでに帝都では「カパルディ家とアルフレート家の対立」は逃れようのない決定的なものとして広まっている。
そんな中において、今回の事件は両者の溝をより決定的に深める結果となった。
ディエゴ自身は「独断で兵站を送り届けた英雄」というファインプレーによって全軍からの圧倒的支持を集めた上に、彼の真なる狙いである『両家の対立構造』をより強固なものへと書き換えたのだ。
さらに此度の事件は、軍の防衛線を阻害したとして、カパルディの求心力を著しく低下させることにも成功している。
もちろん、カパルディが関与したという証拠は何一つ存在しない。
にも関わらず誰もが「カパルディの策略だ」と信じ込んでいる。
それこそが、あの男の恐ろしいところであった。
とはいえ、この一連の動きにおいてジェイド・アルフレートが直接的な被害を被った部分は存在しない。
元より対立は避けられない状況にあり、そんな中で敵対勢力であるカパルディの求心力が勝手に落ちたことは、むしろ追い風と言えるだろう。
途絶えた兵站にしても、結果的にディエゴによって迅速に届けられたことで損害には至っていない。
つまり大枠の政治的損益としては、むしろプラスに働いているのだった。
コゼットも、そしてジェイドもまたその事実に勘づいているからこそ、あえて口には出さなかった。
戦うべき相手は、ディエゴ・アゾールではないからだ。
――まあ、政治的な思惑や暗闘については良い。
そこはまだ冷静に対処できる範囲だったのだが……コゼットはいま、それとは全く別の次元の『重大な問題』に直面していた。
「それにしても、お聞きになりまして? 『氷の辺境伯と愛おしの男爵令嬢』という題名の新作舞台が、帝都の大劇場で公開されるんだとか……!」
フランチェスカの楽しげな言葉に、コゼットは「がばっ」とテーブルに突っ伏した。
そうなのだ。そうなのである。
それこそが、いまコゼットが直面している、恐ろしく悩ましい……いや、顔から火が出てそのまま爆発してしまいそうなほど恥ずかしい事態であった。
タイトルから察せられる通り、冷徹な辺境伯として知られるジェイドと、女騎士爵を賜ったコゼットの恋物語である。
無論、コゼットが暗号解読の名人であることを知られるのは国家機密をばらまくようなものだ。そこは優秀な士官候補生というカバーストーリーが用意されていると聞いている。つまりこの話は、世間で注目を集めているコゼットの隠れ蓑としても機能する仕組みにもなっているのだ。
だが、それはそれ、これはこれである。
「やめてください……! もう、なんでそんな……公開処刑みたいなことに……っ!」
「仕方ありませんわ。いま帝都ではお二人の純愛劇は一番の噂の的ですもの。演劇化なんてむしろ時間の問題でしたわ」
「ジェイド閣下も反対なさらないのですものね。閣下が『不快だ』と一言おっしゃれば、劇団など一発で潰れて取り下げるしかありませんのに」
「反対は……してないですけど……。ただ、多少の『意見』は言ったらしいです……」
コゼットがその演劇化の件を聞きつけた時は、泡を喰ってジェイドの執務室へと突撃したものだった。
しかしジェイドと言えば、普段通りの涼しい無表情で、事もなげにこう宣ったのだ。
『ああ、承知している。こたびの一件もまたディエゴの策略だろう。あの男自身の英雄劇もまた、あやつが世論煽動を目的に作らせたものだ。今回も、私とお前の純愛物語を世間に広めることで、それを引き裂こうとする無粋な悪役として、カパルディを密かに貶めることが目的なのだろう』
『だったら……!』
『無論、私からも劇団に強い口利きはしておいた。私を演じる者はどうでもいいが……お前を演じる役者については、ただ見目が良いだけではなく、芯が通った、心根から真っ直ぐで美しいと思える者を起用するように、とな』
(そこじゃない!! 絶対にこだわりぬくポイントはそこじゃないと思うんですがぁあああ~~~~~!???)
コゼットの内心の激しいツッコミなど知ってか知らずか、その時のジェイドは妙に満足げで穏やかな顔をしていた。
(……もしかしてこの人、演劇が大ヒットすることで、世間一般に二人の関係を、その将来を既成事実化しようとしてるんじゃ……!?)
そんな恐ろしい疑惑すら湧いてくる。
唯一の頼みの綱であった父エラディオは、全力で反対してくれるかと思いきや、――『コゼット役の選考会に審査員として参加できる』と聞いた瞬間、あっさりと懐柔されていた。
「うちの可愛いコゼットを演じるのに相応しいお嬢さんを、この僕の目でしっかり見極めねば……!」などと鼻息あらく意気込んでいる。
もともと情に流されやすい人ではあるけれど、ちょっとチョロすぎではないだろうか。
さらに伯父のリカルドに至っては、「この話題作を我がマイヤー男爵領に誘致できれば、素晴らしい経済効果を生む」と、方々に手回しを始めていると聞いている。
姪っ子の恋物語で金儲けをするのはやめてほしい。
そういった思わぬ経緯により、コゼットはなぜかアルフレート邸において『孤立無援』の状態に陥っていた。
……もっとも、コゼットが本気で嫌がって泣きつけば、ジェイドは即座に演劇にストップをかけるだろう。
つまるところ、コゼット自身としても、世間一般にふたりの未来が『既成事実』として定着していくことを、少なからず歓迎している部分があるのだ。
「開幕初日公演のチケットは、我が家のあらゆるコネを駆使してでも絶対にゲットしてみせますわ!」
目の前で鼻息も荒く拳を握りしめるビクトリアに、コゼットは恨めしげな視線を向ける。
「わたくしも負けませんことよ! 人脈と財力を惜しみなく注ぎ込み、必ずや最前列の特等席を勝ち取ってみせますわ!」
フランチェスカもまた、メラメラと情熱の炎を燃やしながら力強く扇を握りしめた。
そんな二人に対し、コゼットは深々と溜息を吐くと、呆れたように告げた。
「……お二人とも、チケットなら初日の最上位ボックス席を差し上げますから安心してください」
コゼットのその言葉に、二人の令嬢は「……はッ!?」と息を呑み、目をこれ以上ないほど爛々と輝かせて振り返った。
もしや推し活に入れ込むあまりに、当事者が目の前にいることを一瞬で失念していたのではなかろうか。
コゼットはよろよろと身を起こす。
そうして、大きく息を吸い込んだ。
「ですがッ!!!! 私は! 絶対に!!!! 見に行きませんからねッ!!!!」
ガゼボ中に響き渡るコゼットの声に、令嬢たちの歓喜の笑い声が重なり合う。
頭上の樹々からは小鳥たちが驚いて飛び立ち……それはそれは、どこまでも穏やかな午後の一幕であった。
今回のお話にて第二部は終了、明日から第三部がスタートします。第三部は一気に急展開となりますので楽しみにして頂けますと幸いです。
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昨日は一日のPV数が32,000を超え、デイリーランキングでも総合6位、ハイファンと異世界転生で3位に入る事が出来ました。一重に皆さまの応援のお陰です。心より感謝申し上げます。




