恐るべきお茶会
アルフレート邸のガゼボで開かれる極少人数のお茶会は、最近では週に一度ほどの恒例行事となっていた。
メンバーはコゼット、フランチェスカ、そしてビクトリアである。
今日もまた三人がそれぞれお茶菓子を持ち込み、紅茶を飲みながらのお喋りに花を咲かせていた。
無論、今はリヴォルタ連合側との戦いを控えており、軍部は緊張状態が続いている。新しい暗号が届けば、即座に暗号解読班に戻らなくてはいけない可能性も十分にあった。
しかし、暗号解読班のメンバーも、なによりもジェイド・アルフレート自身が、出来る限りコゼットに十代の令嬢らしい時間を楽しんでほしいと望んでいたのだ。
その好意あってこそ、コゼットはこうして隙間時間にお茶会を楽しむことが出来ている。
「あの、……実はお二方に相談に乗って欲しいことがありまして……」
一杯目の紅茶を飲み終えたところでコゼットが切り出すと、フランチェスカとビクトリアは柔らかく頷いた。
「ええ、勿論ですわ。どうなさったの?」
「ええと、その……差し押さえられてしまったマイヤー家の屋敷や領地を買い戻す方法に関して、なのですが……。これからの時期、マイヤー男爵領でも冬への準備に向けて大量の塩が必要になります。そこで、いつも利用しているギルドに働きかけて、本来領地に納められるはずの塩を買い上げてしまえないかと思ったんです。
もちろん、領民を飢えさせるつもりはありませんし、すぐに伯父が口を挟んでくるはずです。その際に適正価格に上乗せした額を請求すれば、家を買い戻せるのでは、と」
「なるほど、考えましたわね」
ビクトリアは感心した様子で頷き、言葉を続ける。
「ですが、今のコゼット嬢の手持ちで、マイヤー領に必要な塩のすべてを買い上げるのは難しいのではないでしょうか?」
「そこなんですよね。私の手持ちだとせいぜい三分の一ほどしか確保出来ないでしょう。それを倍額で売っても……家を買い戻す額には届かないんです。なので、お二方に何かいいアイデアはないかとご相談したかったのです」
コゼットの言葉に二人の令嬢はしばし考え込んだ。
そうして遠慮がちにコゼットの給料や、マイヤー家の差し押さえられた金額などを尋ねられ、コゼットは素直に打ち明けた。
この作戦を思いついたのは、暗号解読の際に『サン・クリストバル要塞』に塩不足との偽情報をバラまいたことからだった。
冬の足音が近づいてくるこの時期は、どこの領地でも塩の確保に躍起になっている。
マイヤー領は、父エラディオが長年積み重ねてきた信用によって、懇意になったギルドから塩の調達を優遇してもらえているのだ。
……つまり、ギルドには太いパイプがある。
コゼットがエラディオを通してマイヤー領に納める塩の一部を買い上げたいと言えば、了承してくれるはずだった。
親族に対して、褒められた手段でないことは承知している。
しかし違法性はないのだ。
伯父がエラディオに対して、借金の肩代わりを申し出た手段もまた違法性はなかった。
……違法性はないが、決して友好的な取引ではなかった。伯父は返済期限を短く切り、父が返済しきれず家を明け渡すしかない状況を作り出していたのだ。
であるならば。
コゼットもまた違法ではない手段で……だが友好的とは言い難いやり方で、伯父から金を絞り上げても文句を言われる筋合いはないだろう。マイヤー男爵家は商人の血筋なのである。
「でしたら、ギルドに対して『マイヤー領に売却予定のすべての塩に対して“手付金”を支払う』と交渉してみるのはいかがかしら?」
ビクトリアは細い指先でテーブルを叩きながら慎重に言葉を紡いでいく。
「手付金を、ですか?」
「ええ、そうよ。手付金であれば全額を支払う必要はないわ。コゼット嬢はすべての塩を買い取る“権利”を有することになる」
「でも、実際にはすべてを買い取るだけのお金は持っていませんよ?」
「その通りね。でも、そうなると貴女の伯父様は金があるのに“塩を買い取る権利”を失うことになるわ。つまり、いくらギルドに対して金を積もうが、塩を手に入れることは不可能になるの」
「なるほど……! つまり私は、手付金で確保した“塩を買う権利”を、伯父に対して高値で売ることができるわけですね」
「そうよ。この時期になって他の領地から塩をかき集めるのは不可能に等しいわ。伯父上はコゼット嬢が仕掛けた交渉のテーブルにつかざるを得なくなる」
「でも、伯父が買い取りを拒否したら……」
「それは出来ないわ。エラディオ卿を追い出して領主という立場を手に入れた以上、領民の生活を維持するのは最低限の務めよ。塩の確保すら出来なかったとなれば信用に関わるわ。それこそ、爵位を奪われかねないほどの失態になるもの」
通常であればこのような強引な手段は使えない。
しかしマイヤー男爵領は状況が特殊なのだ。
伯父はエラディオが治めていた地域に関しての知識が浅く、周辺ギルドとのパイプもない。
周辺ギルドも、そして領民たちも、エラディオが長年にわたって培ってきた信用より、突然現れた新たな領主を快く思ってはいないだろう。
信用という基盤が築けていない今だからこそ、とれる手段である。
「ありがとうございます! 父に相談してやってみます」
「ええ、応援しておりますわ」
にっこりと笑うビクトリアに、フランチェスカも身を乗り出した。
「万が一のことがありましたら、エチェベリア家が確保した塩を買い取りますわ。ですので、万が一、伯父上が他から塩をかき集めてくる事態になってしまった場合でも、破産するようなことにはなりませんから」
「そ、そんな……そこまで良くして頂いて宜しいんですか?」
「何を仰っているの。我がエチェベリア家のテオバルトが捕虜収容所から救い出されたのは、コゼット嬢の活躍あってこそですわ。その御恩に報いることができるのは、我が家にとって誇りでもあります」
「ありがとうございます……!」
恐縮するコゼットに、ビクトリアもまた深く頷いた。
「我がモラレス子爵家も可能な限りの援助を致しますわ。まずはギルドとの交渉の場を設けるための手配を進めましょう」
「本当に助かります……!」
嫌な顔一つせず、むしろ喜んで手を貸してくれる二人に、コゼットは思わず目頭が熱くなる。
いつの間にか、こんなにも心強い味方が増えていたことを、いま改めて実感したのだった。
コゼットが感動に浸っていると、フランチェスカが小さく咳払いをし「ところで」と切り出した。
「――ところで、わたくしからもお伺いしたいことがあるのよ。ずばり、『鋼鉄の二翼』とも名高いジェイド閣下と、ディエゴ提督のお二方の寵愛を欲しいがままになさっているコゼット嬢の、現在の心境はいかがなのかしら?」
不意打ちの一言に、コゼットは思わず口に含んでいた紅茶を噴きそうになった。
ぎりぎりのところで噴出することだけは免れたものの、ゴホゴホと激しく咳き込むことになる。
「ご、……! 誤解です!! 完全に誤解です!!」
「あら、そうなの? 巷ではたいそう熱い噂になっているのよ?」
「噂に!?!???」
思わずガタリと椅子から立ち上がったコゼットに、フランチェスカとビクトリアの二人は、さも楽しそうに揃って頷いた。
「だって、あのジェイド閣下とディエゴ提督ですもの。ねぇ?」
「やっぱり、その……お二人はそんなに人気がおありなのですか?」
コゼットが何気なく尋ねた瞬間、二人の令嬢の目の色が「カッ」と変わった。
唐突にガゼボ内の空気が熱を帯びて変わった気配に、コゼットは思わず身構える。
まず勢いよく口を開いたのはフランチェスカだった。
「それはそうよ! ディエゴ提督と言えば、太陽の寵愛を受けたかのような褐色の肌に、宵闇のごとき黒髪! アゾール家の大鷹を身に宿した琥珀色の瞳は、まるで極上の宝石のように輝いていらっしゃるのよ!
天に二物も三物も与えられたというのに、人前では常に笑顔で謙虚な姿勢を見せられているところも大変素敵ですわ! それでいてひとたび戦場に立てば、荒波の真っ只中、獰猛な悪漢である海賊たちを率いて敵艦隊を完膚なきまでに打ち砕く……!
あんなにも素敵な方が、自分と同じ地上で息をしているというだけで、生きていて良かったと幸せを感じてしまいますわ!」
フランチェスカが一息に熱弁を振るい終えた直後、畳みかけるように今度はビクトリアが身を乗り出す。
「ジェイド・アルフレート閣下と言えば、あの凍りついた湖面のようなアイスブルーの瞳が最高ですわ! あの冷徹な眼差しに見つめられたら、心まで凍りついてしまいそう……でも、あの方の瞳に殺されるのなら本望とすら思えてしまう!
あの風にたなびく銀糸の髪の美しさと言ったら! まるで月光を宿したかのようなあのお姿を一目見ただけで、どれほどの令嬢たちが倒れ伏したことか!
辺境の精鋭部隊『コンキスタドール』を率いて前線に立つお姿は、まるで天界から降り立った軍神のよう……ああ、一度でいいから戦場に立つお姿を生で拝んでみたいものですわ!」
二人のあまりに熱すぎる語りに、コゼットはドン引きして硬直していた。
まさかこの二人が、これほどまでにジェイドとディエゴのガチ勢だったなど、今の今まで夢にも思わなかったのだ。
「「ですので私たち、その噂の真偽がとっても気になっておりますの!」」
声を揃えて迫られ、コゼットは石のように完全に固まってしまった。
「あ、のその、半分ほどは誤解でして……ええと……」
どこまで話してよいものかと戸惑い、控えに立つケネスを振り返ると、ケネスは苦笑しながら「じきに知れ渡る話ですので構いませんよ」と肩をすくめた。
コゼットは頷くと、軍議の機密事項には触れない範囲で、カパルディ元帥の暴言と、それによるアルフレート家との決裂、そしてその裏でディエゴが暗躍していた構図をかみ砕いて説明した。
「まあ……そんなことが。ディエゴ提督、――やはり……素敵すぎますわね!」
一瞬、同情するように目を伏せたフランチェスカだったが、すぐさまうっとりと瞳をきらめかせた。
「あのジェイド閣下すら意図的に巻き込むような、華麗で腹黒い立ち居振る舞い……痺れてしまいますわ!」
「まあ、ジェイド閣下の毅然としたお態度も最高でしてよ! 自分の大切に思う女性を愚弄されることを許さないという、絶対王者のごとき威厳と独占欲……! ああ、なんて素敵なのかしら!」
「あ、あの……おふたりとも、カパルディ元帥との政治的対立に関しては、その……心配などはされておられないのですか?」
コゼットが恐る恐る問いかけると、二人は示し合わせたように肩をすくめて見せた。
「カパルディ元帥が女性に対して極めて無礼で高圧的だというのは、社交界の淑女の間では周知の事実ですもの。コゼット嬢の『真正面からの正論カウンター』は、控えめに言って最高に胸がすく快挙ですわ!」
「ええ、まさにその通りですわ。わたくしもあの男に夜会で挨拶されたことがありますが……思い出すのも不快になるような見下した言葉を投げかけられましたもの。今回の逸話を聞いたら、帝都の淑女たちはこぞってコゼット嬢に熱烈なエールを送るはずですわ」
「そ、そんなに……?」
社交界の裏でそこまで嫌われまくっているカパルディに、コゼットはほんの少しだけ同情心が湧いてくる。
「ご安心くださいませ、コゼット嬢。我がモラレス子爵家は、全面的にアルフレート家に追従いたします。ジェイド閣下は前回の騒動の後にも、我が家の名誉に配慮してモラレス商会を介した大きな取引の機会を与えてくださり、無用な醜聞を完璧に揉み消してくださいました。モラレス家一同、ジェイド閣下の深いご配慮には感謝してもしきれませんわ」
「同じく、エチェベリア伯爵家もアルフレート家に全面的に協力いたしますわ。戦場で負傷した父に新たな活躍の場を与えてくださったのはジェイド閣下です。なによりも伯父のテオバルトを危機から救い出すきっかけを作ってくださったのも、閣下とコゼット嬢の働きがあってこそ。この御恩は生涯忘れません」
二人の令嬢は背筋をすっと伸ばした。その姿は優美でありながら、軍議の場に立つ将軍たちにも引けを取らないほどに凛としている。
コゼットは二人の迷いのない真っ直ぐな眼差しを受け、胸が熱くなるのを感じていた。
そしてその背後では、控えていたケネスが胸に手を当て、二人の令嬢へ向けて恭しく頭を下げていたのであった。




