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鷹の目を持つ将

「初めまして、マイヤー卿。ディエゴ・アゾールだ。どうぞお見知りおきを」

「は、……はじめまして、……コゼット・マイヤーと申します」


 中央軍事司令部の会議室にて、ディエゴと対面したコゼットは小さな体をより小さくして縮こまっていた。

 ディエゴ・アゾール。

 大鷹の紋章を持ち、かつて海軍の名門として名を馳せていたアゾール家の血を引く男であり、一時期は「アゾールの鷹は地に落ちた」とまで揶揄されていた家系を、再び表舞台の頂点へと引き戻した男でもある。

 二十代中盤という若さながら、先の海戦での大逆転によって今や海軍提督の地位にまでのし上がった超絶的な実力者だ。


 ディエゴの見た目は、ジェイドとはあらゆる意味で真逆であった。

 ジェイドは白磁の肌に白銀の髪、そして色素の薄いブルーの瞳という、凍りつくような美貌の持ち主だ。存在そのものが厳かな冬景色を思わせる。

 対してディエゴの肌は精悍な褐色で、髪は軽い癖のある黒髪。その瞳は獲物を捉える猛禽類のような眩い琥珀色(アンバー)であった。そしてこちらも、息を呑むほどの美形である。

 エスカラーダ帝国は軍部に入るために美貌審査でもあるのかと疑いたくなってしまうほどだった。


「まァ、そう固くならないでくれると嬉しいな。噂の暗号解読の名人に、一目お目にかかりたかっただけなんだ」


 ディエゴは琥珀色の目を細め、低く甘さのある声を転がすように笑う。

 穏やかな物腰。気さくな態度。

 しかしコゼットの本能は、目の前の男が極めて危険な肉食獣であることをひしひしと感じ取っていた。

 その証拠に、コゼットの背後に控えているケネスは凄まじい緊張感を孕んだ、……殺気に近い空気を静かに醸し出している。そしてディエゴの背後に立つ赤毛の男もまた、何とも言い難い密やかな圧を宿していた。


「それに此度の敵の攻撃目標が、我が軍の居を構えるサン・ミゲル港である可能性も高いと聞いたからね。打ち合わせを兼ねて出向いたという訳さ」


 その言葉に、コゼットは思わずケネスを振り返った。

 サン・ミゲル港がターゲットである可能性は、まだ暗号解読班の内部だけで出ている分析結果であり、外部に漏れているはずがないのだ。

 コゼットの困惑と警戒を感じ取ったのか、ディエゴは静かに目を細めて笑う。


「俺たちは同じ帝国軍同士。そう警戒する必要はないさ。ただ俺が少しばかり耳ざといだけの話だ。……軍を預かる者としては大事な資質だろう?」


 温かみのある人懐こい笑みなのに、ヒヤリと冷たい刃を突きつけられているように感じるのは何故だろうか。

 コゼットが恐怖で黙り込んでいると、ディエゴは「んん」と喉を鳴らした。


「どうやら突然の訪問で驚かせてしまったようだね。レディに対して性急であったことを謝罪しよう」

「いえ、……その、……」

「また改めて、正式にお誘いしたら会ってくれるかな?」

「は、はい……」


(出来ればお会いしたくないですね!!!!)


 内心では全力で叫んでいた。

 これほどの美形である。遠くから眺めるぶんには万々歳であるが、面と向かって対峙するのは怖すぎた。

 何よりも目が怖い。あの琥珀色の瞳が、自分を「観察すべき獲物」として捉えているようで恐ろしいのだ。


 丁寧な別れの挨拶をして去っていくディエゴを見送り、彼らの姿が見えなくなった瞬間、コゼットは机にガバッと突っ伏した。


「こ、……怖かっ、たぁ……! なんですかあのディエゴ提督って人! 圧迫感が半端ないんですけど! もうやだ美形の圧怖すぎる……!」


 情けなくぼやくコゼットを見て、ケネスもようやく深々と息を吐き出した。


「まぁそうですね。ディエゴ提督は、ジェイド閣下とはまた違う凄みがあると言いますか。……何を考えているか分からないと言いますか」

「あ、やっぱりケネスさんもそう思います!?」

「ええ。実際、あの御方が単なる気まぐれでマイヤー卿に会いに来たはずはないと思うんですよ。何か裏が、……え?」


 ガタリと勢いよく席を立ったコゼットが、ずいずいとケネスに向かって詰め寄る。

 ケネスは困惑し、慌てて後ろに距離をとった。

 構わずにさらに距離を詰めれば、ケネスの背中が壁にぶつかる。


「あの、もしもし、マイヤー卿……?」


 ドンッ!と、コゼットの手が壁を叩いた。

 いわゆる『壁ドン』の状態である。

 とはいえ、コゼットの身長がかなり小さいため、突き出された手はケネスの胸の横あたりを押さえているに過ぎないのだが。


「『コゼット嬢』と、お呼びください」

「あ、の、……」

「『マイヤー卿』はやめてくださいって言いましたよね。……コゼット、嬢、です!」

「いやあの、その、距離がその……近すぎるかと思うんですが、その」

「そうですね。万が一、ジェイド閣下に見られたらケネスさんの首が飛んじゃうかもしれないですねぇ」

「え? もしかしてそういう脅しですか!? ああ、はい、分かりました! コゼット嬢! コゼット嬢とお呼びいたします!」


 ケネスが観念して両手を上げると、コゼットはようやく満足そうに手を離した。


「それにしても、さっきのケネスさん、やけに殺気立ってましたね。ディエゴ提督の後ろに立ってた人も、顔は穏やかなのに何となく怖いオーラが出てたし……空気がちょっとケネスさんに似てました」

「……コゼット嬢は、本当に勘が鋭いですね。あの男はロドリコ・アマドールです。我がナバロ家と並んで、エスカラーダ帝国では『暗部』を担う家系として知られています」

「そうなんですね。なるほど暗部を、……暗部を!!????」


 驚いて目を丸くして聞き返すと、ケネスは何でもないような顔で頷いた。


「はい、そうですよ。ナバロ家は代々アルフレート家に仕えて、裏の仕事も任されている家系なんです」

「えええ!? な、なんでそんな凄い人が私の護衛に!?」

「え? 本気で仰っていますか? 歩く国家機密である貴女を単独で守り切るためには、当然の配役だと思いますが?」

「……知らなかった、ケネスさんそんな怖い人だったなんて」

「いえいえ、そんな常日頃から暗殺三昧とかはしてないですよ。命令があった時だけです」

「十分怖い!!」


 コゼットは悲鳴を上げたが、それでも先ほどまでディエゴと向き合っていた時の異常な緊張感はすっかり薄れていた。


 後に残ったのは、微かな疑問。

 ――なぜ、ディエゴ・アゾールは自分に会いに来たのだろうか。


 その本当の理由が判明する日が、来てほしいような、来てほしくないような。

 コゼットは複雑な心地のまま、小さく溜息をはきだした。





 翌日、コゼットはアルフレート邸のガゼボで、ビクトリアとお茶を楽しんでいた。

 今回はビクトリアから「ぜひ話したいことがある」と申し入れがあり、こうして席を設けることになったのだ。


「単刀直入に申し上げますと、貴女のお父様に、我が家の商会にお力を貸していただけないかと思ってお願いに上がったのです」

「私の父に、ですか?」


 ハーブティーを飲みながら色鮮やかなお茶菓子に舌鼓を打っていると、ビクトリアがどこか遠慮がちに切り出してきた。


「ええ、その……お父様がマイヤー家を出て、帝都にいらっしゃったとお伺いしまして」

「あ、そんなにお気遣いいただかなくて大丈夫ですよ。借金が返済できなくて追い出されただけですので!」


 コゼットがカラリとあっけらかんと言い放つと、ビクトリアは困ったように微笑んだ。

 ビクトリアとしても、繊細な話題にどう触れるべきか悩んで、遠回しな言い方をしてくれたのだろう。


「我がモラレス子爵家は最近、新たに服飾関連の事業を始めたのですが、それを近隣の領地へ広めていきたいと考えておりますの。それで、周辺の運輸ギルドなどに顔が利く方を探しておりましたのよ。……マイヤー男爵領は、その対象地域と非常に近い場所にありますでしょう? 貴女のお父様は現場のギルドの皆様からとても覚えが良いとお聞きしましたので、ぜひ事業にご協力いただけないかとお話をお持ちしましたの」

「それは……大変ありがたいお話ですが……」

「もちろん、事業が安定したあともお父様さえ構わなければ、引き続き提携をお願いしたいと考えておりますわ。無事にご実家に戻られたあとも良好な関係を続けていければと思うのですが、如何かしら?」


 コゼットとしては、有難い限りの申し出だった。

 アルフレート邸を仮宿としている父のエラディオは、家を失ったショックですっかり意気消沈してしまっている。

 自分にやれる仕事があればさぞ喜ぶだろうし、将来的に実家の屋敷を取り戻したあともモラレス子爵家と提携を続けられるというのなら、マイヤー男爵家にとっては有難いこと尽くめだった。


「本当にいいんですか? その……モラレス子爵家としては、そこまで恩恵があるとは思えないのですが……」

「まぁ、コゼット嬢ったら。そんなに謙遜なさらないで。今の貴女と縁を結びたいと考えている有象無象からすれば、喉から手が出るほど羨ましいお話ですのよ? それに、貴女のお父様がギルドの方々にとても信頼されているというのは、嘘偽りのない事実ですわ」

「……そうですね。父は仕事が丁寧で、誰とでも分け隔てなく接するので、とても好かれているんです」


 エラディオは決して仕事ができないわけではなかった。

 マイヤー領が困窮に陥ったのも、長引く戦争による経済的な打撃が大きいのだ。そんな苦しい状況下で、領民への増税という苛酷な道に踏み切れなかった優しさこそが、借金の本当の原因だった。

 戦争さえなければ、大金持ちとはいかずとも平和に暮らしていけたはずなのだ。


「本当にありがとうございます、ビクトリア嬢。父に話してみますね。きっと飛び上がって喜ぶと思います」

「良かったわ。こちらではいつでも受け入れ体制を整えてあるから、話がまとまったらモラレス商会に来ていただけると助かるわ」

「分かりました。できるだけ早くお返事をさせていただきます!」


 コゼットが深々と頭を下げると、ビクトリアは優雅に、けれど温かく微笑んだ。


 その夜、コゼットがエラディオにモラレス商会の件を伝えると、エラディオは一も二もなく大きく頷いた。居候の身分で何の仕事もなく過ごす毎日は、根が真面目なエラディオにとってもかなりの苦痛だったらしい。


 翌朝、昨日までの暗さが嘘のように晴れやかな表情で出かけていく父の背中を見送りながら、コゼットはほっと胸を撫で下ろしたのだった。

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最初は悪口から始まった関係なのに、ここまで密接な関係になるなんて予想付かなかったね。 大原さやか女史の声で「モラレス子爵家は、あなたを強く希望しています」
犬(狂犬)を飼っているという意味ではジェイドと共通点のある人ですね。 名前は前から出ていたのにあちらと共通の世界だと気づくのに遅れました。 もしかして現場監督とかも出てきたりして…
普通(?)の成り上がり令嬢物語ならば、新たな逆ハーレム要員登場! 修羅場ってきたぜぇ~! で済むんですが悲しい(?)けどこれ軍記物なのよね。 暗号、艦隊、戦争、秘密作戦。このドシリアスな状況で提督が動…
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