[第二章:結成、災祓いのトリニティ]その2
それは、振動を続ける。
周囲にある、同じ性質を持つ二つのものと共に、ただそういうものであるがゆえに、誰に見られるわけでもなく、一塊となって揺れ続ける。
これから長い期間、そうあり続ける。
発生させた災いを持続させる。
…誰かが、それを止めない限りは。
▽―▽
「幸いで満ちた世界出身。…つまりは[幸いの外界]の住民、[サイワセ]…」
ミコは軽く頷き、呟く。
そこに、首を傾げたミルが言葉をかける。
「[幸いの外界]?なんじゃそれは?」
ミルの問いに、彼女に視線を送ってミコは答える。
「…[幸いの外界]というのは、この[マガツイキ]を覆う、[災塊]のほとんどを取り除いた世界の事です。[災塊]の対となる幸いの原因存在、[幸塊]に満ちていることもあり、私たちはそう呼ぶなのですね」
「…なるほどの。こやつはそこ出身…」
頷き、そう言うミルを尻目に、ミコは思う。
(…彼がそうであれば、納得なのですね)
イルカネがこの[マガツイキ]の外、[幸いの外界]に住まう者である[サイワセ]であるのなら、今までの疑問には、ある程度片が付く。
まず、[マガヒー]に特有の突起物に無い事に関しては、当然だ。あれはこの地の人々が[マガヒー]に変じたからこそ生えたものであり、そうでなければ生えていないのが自然のである。
そして、[マガツイキ]の紙幣を知らないのも、[サイワセ]であるのなら、また当然と言える。[幸いの外界]で生きてきたのなら、閉鎖されたこの地の紙幣など目にする機会はないだろう。
「…しかし、そんなあなたがここにいるということは、…わざわざこの[マガツイキ]に、来たのですか?越えれば戻れない[幸災線]を越えて…」
[幸いの外界]に住まう者の行動としては信じがたいイルカネの行動に、ミコは思わずそう言う。
それに彼は腕を組み、答える。
「勿論だ。なにせ俺には、この災いに満ちた場所でやりたいことがあるんだからな。ここだからこそ、できることを、だ」
「やりたいこと…」
ミコは言いながら、ついさっきのイルカネの言葉を思い出す。
(それは…)
それをミコが口に出す前に、彼は言う。
「金儲けだ!さっきも言ったとおり、俺は金儲けのために、そのためだけにこの地に来たんだ!」
「金儲け…」
その言葉を、イルカネはとても嬉しそうに言う。
「ふふふ、俺は昔から金というものが好きでな。紙幣、貨幣、その他金と言えるもの、全てが好きだ、好きなんだ!」
「…なるほど」
(守銭奴という奴ですか…)
生まれてこの方、この街と言う狭い世界にほとんどいたため、今まで見ることがなかったタイプに、ミコは内心で軽く驚く。
「…それほどまでに、お金が好きで?」
「当然だ!いいか、お金は何にでもなる。まず、大抵のものは一定量・額の金と等価になる。食べ物でも、服でも、道具でも、娯楽関連のものでもなんでもだ。だからこそ、金はその量、額と等価のものと換えられる。なんにでも変えられるんだ。まさに万能だ!こんな素晴らしいものが他にあるか!?金と言うのはとても素晴らしいものじゃないか!」
「なるほど?まぁ分からなくはないなのですね」
「そうだろう?そうだろう?金は万能にして至高の存在、俺が好きな金というのはそういうものなのだ。…そして」
イルカネはそこでワンテンポ置き、言う。
「この地では、特にデカい都市なら、金を多く得ることができるらしいじゃないか。噂で聞いたぞ?」
「…?それはどういうことなんじゃ?」
イルカネの言葉に、ミルは再度首を傾げる。
そこに、少し考え、思い当たることがあったミコは、言う。
「…報酬金、ですか」
「ああ、そうだ」
「?」
今、この[マガツイキ]では各地で[奇災]が発生し、多くの[マガヒー]が苦しめられている。
そして、特に大規模な[奇災]に見舞われている都市では、その災いを解決してくれた者への莫大な報酬金が支払われることになっている。
それは、[奇災]に耐えかねた[マガヒー]達の、誰でもいいからこの災いを解決してくれ、苦しみから解放させてくれてという切実な願い故である。
彼らは持ち前の頑丈さで死ぬことこそ滅多にないが、[奇災]のために、ときにはまともに日常生活を送らせてすらもらえない。彼らはその状況を打開してくれる者を、期待薄でありながら心から望む…渇望している。そのために、もしそういった者がいるなら動かすため、あるいは誰かがやる気を起こしてくれるならと、莫大な報奨金が提示されているのだ(なお、誰も[奇災]解決の手段を当然のように持っていなかったために、誰も解決に成功していない)。
そのことをミルに言った後、ミコは言う。
「…確かに、金儲けはできるなのですね。この[マガツイキ]には、[奇災]を能動的に解決する手段はなく、誰も解決を成し遂げれないからこそ、報酬はまだ誰の手にも渡っていない。逆に、解決さえすれば報酬金でガッポ、ガッポ」
「そうだ。それができるからこそ、俺はここに来た。平和過ぎてぬるま湯な世界を捨ててな」
手に力を籠め、イルカネはそう言う。
「…ま、細かな金儲けもする。お前達を有料で助けたみたいにな。そして、お前が羽振り良かったおかげでいい額が手に入った」
イルカネは手の中の紙幣を再び眺め、嬉しそうに言う。
「…最初の一歩としては悪くない」
そんな彼の様子を見て、ミルが小さな笑みを浮かべるのに気づかず、ミコはこれまでの印象からイルカネに言う。
「本当に、イルカネはお金が好きなのですね」
「ああ。そのために、ここに来るまでの準備も欠かしてはいない。何があってもいいように体を鍛え、武器を扱えるようにした」
彼は続けて言う。
「そして、ここで起きているらしい[奇災]を解決するための…ものを」
言いながら、腰の巾着袋に手を伸ばした彼は、固まる。
「…そうだった。不味い、金の話で完全に忘れていていた」
「…何を、なのですね?」
首を傾げるミコに、イルカネは冷や汗をかいた状態で、少し取り乱した様子で言う。
「…俺は、[奇災]とやらの解決のためにここに来た…もちろん、そのために原因の[災塊]をぶん殴れるようにするものも、持って来たんだが…」
「なんですと?」
イルカネの言葉に、ミコは敏感に反応する。
([災塊]を殴れるものを?[リーチュ]…ではないですね。言葉的に、機械的に再現した方のもの…)
[災塊]に接触することを可能にする、より使いやすくなった方のものを、イルカネは持っていると言う。
その話に、ミコは自身の目的から、強い興味を持たざるを得ない。
「[災塊]の接触を可能にするものを、持っていると?本当なのですか?」
「な、なんだ?急に若干押し強くなって」
「あ、ごめんなさいなのですね。少々興味を惹かれてしまって。…それで、本当に持っているので?」
「…あぁ、まぁ、そうなんだが…」
「…?」
これまでの饒舌さとは打って変わって歯切れが悪くなるイルカネに、ミコは眉を顰める。
「…何か、あったなのですか?」
「…いや、な…。今思い出したんだが、さっきお前らを抱えて逃げる時、あのよくわからんゾンビのせいで…」
言いながら、イルカネは二つほど穴の開いた巨大な巾着袋を腰から外し、中のものを取り出す。
「…壊れたんだな、これが…」
「なんと」
ミコは見る。
イルカネの手の中には、双眼鏡にも似た物体がある。
だが、その持ち手となる表面部分には左右一つずつ大穴が開き、相当な範囲に罅が入っていた。
穴は向こう側が見えるくらい大きく、もはや、どうして双眼鏡の形を保てているのか分からない程である。
レンズも跡形もなく砕けており、明らかに、その道具は使い物にならない状態にあった。
「…さて。困ったな。これがないとどうにもできんぞ…[奇災]の解決が…金儲けが出来ん」
「…」
持っているだけでパラパラと欠片が落ちる双眼鏡を見、イルカネは渋い表情を浮かべる。
同時に、[奇災]解決に即時利用できる道具が壊れたことに、ミコは残念な気持ちになり、沈黙する。
「…どうすれば、これでどうやってやればいいんだ……!」
手を震わせ、イルカネは言う。
そのときであった。
「…ふふ、まぁ落ち着けい。手なら、あるわい」
「…ミル?」
少しの間黙っていたミルが、急に口を開いたことに、ミコは少し驚く。
同時に、ミルが嬉しそうな笑みを浮かべていることに、首を傾げる。
「なんだ、急に?…ああ…名前は…」
「ミル。ヤクハライ・ミル。ミルと呼ぶが良い」
「ああ、ミル。それで急になんだ」
「いや、の。お主が困っているようじゃから一つ提案をしようと思っての」
「提案?」
眉を顰めるイルカネに、ミルは右の人差し指を立て、言う。
「そうじゃ。お主、[災塊]に触れる道具が壊れて、困ってるじゃろ?儂が、その問題を解決する提案をしてやろう」
「…なに?本当にできるのか?」
思いがけないミルの提案に、イルカネは期待半分、疑問半分と言った様子で言う。
それに、ミルは笑って返す。
「ああ、本当じゃ。儂の提案を飲みさえすれば、お主はその道具を使うよりもよい、力を得られる」
「…力?」
「そうじゃ、力。力を得られる。お主の大好きな金を儲けるのに有用な、力が…な?じゃからどうじゃ?話を聞いてみんか?」
ミルは少し前のめりに、イルカネに言う。
その行為に、何故か不自然にも彼が半歩下がるのを、ミコは見る。
そんな中、イルカネは数秒の沈黙の後、言う。
「…いいだろう。話を聞かせてもらおうじゃないか」
「よしよし、いい答えじゃ」
ミルはそう言って、笑う。
それから、イルカネを見てゆっくりと彼女は口を開く。
「お主…」
ミルは言う。
「儂の主にならんか?」
「何…?」
その言葉に、イルカネが眉を顰めた直後。
ミルは急に…彼に胸を触らせた。




