[第二章:結成、災祓いのトリニティ]その3
「…なん?」
イルカネは、空いている自身の左手を見る。
この地で儲けるため、何があってもいいよう鍛えてきたその手。それは今、自身より背が低い、服とも言えない服を着た、少女の右胸に当てられている。
未成熟で、ほとんど膨らみもなく、触っている感の薄い壁の如きその胸に、やや開かれた己の手が、触れている。
接触している。
タッチ状態にある。
密着している。
触れている、触れている、触れている。
そのことに彼は、一瞬思考が完全に停止する。
そして、ほんの一瞬の沈黙の後、彼は…………顔を真っ赤にして叫んだ。
「な、な、なぁぁぁぁぁ!?む、胸、女の子の胸ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「…はい?」
何の前触れなく、突然絶叫したイルカネに、ミコは首を傾げる。
そして、そんなことは一切気にせず、イルカネに自身の胸を触らせたミルは、にやりと笑う。
「…ほう?想像以上じゃな?ではここでもう一つ」
「な、なにっ……!?」
鏡を見ずとも分かるほどに顔が赤く、熱くなり、イルカネが異常なまでに激しく動揺する中、ミルは無防備な彼の手を両手で操り、自身の胸をこねさせる。
「のじゃじゃ、どうじゃ、どうじゃ?儂の未発達の胸は。生後一時間以内のこの特定需要特化型のお胸はどうなんじゃ、ううん?」
「な…、な…、な…!なにを、なにを…!」
(なんでこんなエッチなことをぉぉ!?)
イルカネは内心でも絶叫する。
何故、目の前の少女は自分の体でこんなことをするのか、こんなあまりにもエッチで仕方がない事をするのか。それが分からず、同時に初めての体験に彼の内心は混乱で荒れ狂う。
(だ、ダメだ…刺激的過ぎる…!さっき受け止めた時のはギリギリ耐えきれたが、これは…!)
イルカネの動揺はより激しくなる。
実際に手に伝わる感触は、ミルの胸のなさも相まってほとんどないのだが、そのほんの僅かな刺激に、彼は激しく反応してしまう。軽く興奮すらしてしまう。
…それも当然である。
(お、俺は…こういうのは、こういうエッチなのは早い…早すぎる…!)
初心なのだ。
イルカネと言う男は、外見、肉体の機能においては大人と言っていい状態ではある。纏う雰囲気も、平常時は子どもっぽいところがこれといってあるわけではない。
しかし、しかしである。それでありながら、彼は今ミルがやっているようなこと…つまりは、こういったエッチなことに非常に弱い。その精神には、こういうことへの耐性が全くと言っていいほどないのだ。
まるで、性に関する知識を知って間もない青少年のごとく、エッチなことに過剰なまでに反応し、動揺してしまう。それほどまでに、彼はあまりに初心な者なのである。
故に、ミコが冷静に対応していたミルの淫らな奇行に、イルカネは耐えられない。
落ち着くことなど、できはしない。
(…あ、ああ!や、め…ちょっとでもこれは、俺には刺激的過ぎる!)
「のはははは。想像以上の逸材じゃぞ、これは。我欲にまみれている点も面白くてよいが、なにより儂の貧相系の体にこうまで初心で、びっくびくな反応をするとは。芸人として、ある意味百点じゃ!」
「げ、芸人……?のわ、やめろぅ!」
「ぬふふふ。そうじゃ、芸人じゃ。ミコはこっち方向ではあまりいい反応をしていなかったが、お主は完璧じゃ。まさに、これがよい、儂の求めていた反応の一つなのじゃ!」
ミルはびくびくと体を震わせるイルカネを見上げながら、嬉しそうにそう言う。
そんな彼女を見ながら、ミコはポンと手を叩く。
「なるほど、これがミルの求めていた。今後必要になるかもなので、見て勉強しておくなのですね」
「な、おおい!助けろ!お前…ええと…!」
「ミコ・フチュサ。ミコと呼んでください」
呼び方に一瞬困ったイルカネに、ミコは見物を続けながら素早く言う。
「ああ、ミコ!いいから助けてくれ!こんなエッチなこと…!耐えられん…!」
「…」
ミコは迷っているのか、イルカネの言葉に沈黙する。
「…うーん。分かりましたなのですね」
言って、ミコはミルの肩を叩き、それぐらいでと囁く。
「…ふむ?まぁいいのじゃ。必要なことの確認は取れたんじゃからな」
ミルは言いつつ、すまんのと付け加えてイルカネの手を自身の胸元から話す。
「…っ!はぁ…はぁ…。なんて刺激的な…危うく刺激でやられるところだった」
「ほほう?やっぱり逸材じゃな。いいぞいいぞ、儂の中では百二十点じゃ!」
手に僅かに残る刺激と、それまでの興奮によって肩で息をするイルカネに、ミルはやはり嬉しそうにそう言う。
「な、なにが百二十点だ。こんなエッチすぎることをして…お前、一体なんのために…」
その言葉に、ミルは急に神々しい雰囲気を纏い、言う。
「…勿論、お主の問題を解決する為じゃ」
「…なに…?」
徐々に刺激が消え、興奮が引く中、イルカネは眉をひそめてミルを見る。
「儂も、別に無意味にこんなことをしたわけではない。個人的趣味もあるが、やはりメインは、お主の問題解決のためだ」
「…どういうことだ?」
「儂は、さっき言ったじゃろ?儂の主にならないかと」
「?………ああ、そういえばそんなことを」
イルカネは思い出す。今まで、強制胸触りへの動揺、混乱、興奮で忘れていたが、確かにミルは、そんなことを言っていた。
(主になる。…それが今の超エッチなことと、俺の問題の解決とどう繋がると言うんだ…)
内心のその疑問に、ミルはすぐに答え始める。
「儂はな、イルカネ。そこのミコがやった[リーチュ]でつくられた、この地に満ちる[奇災]の原因、[災塊]を殴れる力を持つ道具なんじゃ」
「…なる、ほど…」
頭の中でかみ砕き、イルカネは数秒かけてミルの言っていることを理解する。
それを見た彼女は続ける。
「そして、道具である儂は、主がいて初めて、その力を行使できる。お主が壊した道具以上の、災いを祓う…止める力を、な。…それで、じゃ」
ミルはイルカネを指さし、言う。
「そして、今の行為はお主を主にしていいかを確かめる行為じゃった。儂の主を選ぶ基準は、面白さがそれなりに関わっておるからな。で、お主が儂のエロネタに面白反応するか、確かめたのじゃ。さっき儂を受け止めた時とか、いい反応しそうな感があったからな。実際、いい反応じゃったぞ?儂の胸にタッチして」
「…へ、変態め」
「そうじゃよ?そう言う風に、儂は出来ておる」
「…おそらく、さっきやった、[リーチュ]の内容を書いた私のご先祖様のせいで、なのですね」
そう付け加えるミコに、イルカネは、
(どんな変態先祖だ)
などと内心でツッコむ中、ミルは続ける。
「で、じゃ。今、儂は完全に、お主を主にしていいと言う気分になった。さっき披露した金への執着、我欲にまみれている面白さと、なにより今の、儂の身を張ったエロネタへの面白反応から、の。お主を、儂の主…この身に宿る力を振るう使い手としてな」
「力…」
ミルは、力の存在を示すかのように神々しい雰囲気を強める。
「お主の問題、[奇災]を解決して儲けるために必要な、[災塊]に接触する手段を失ったことは、儂がおれば解決する。儂の主になると言う提案一つ呑めば、一息に、じゃ」
「…解決、か…」
イルカネは、右手に持ったままの、壊れた道具を見、考える。
(…ここでは、俺が持って来た物の代用品は、まず手に入らない。かといって、壊れすぎていて、修理もできない…。もしここでこの変態の提案を蹴れば…)
金儲けができなくなる。
そのことに、守銭奴であるイルカネは耐えがたい感覚を覚えてしまう。
(儲けるために、戻れないのを承知で来たのに…このままじゃ不味い…)
この小さな変態の主になると言うことは、彼女と一緒になり、先ほどのような変態行為を仕掛けられることになる。
だが、それを避ければなにより大事な金儲けができない。それではよくない、よくないのである。
金儲けは、彼にとって何より大事なことなのだから。
「…」
心が提案を飲む方へやや傾きつつも、イルカネは悩む。
そんなとき、ミルは付け加える。
「…ああ、そうじゃった。一つつけるべき条件があるんじゃった」
「…なに?」
自然と下がっていた顔を少し上げ、そう言うイルカネに、ミルはミコを指さし、言う。
「そこのミコと共に、[奇災]の解決に行くこと。現地人で、生まれたてバブーの儂や、よそ者のお主よりはこの地に詳しいじゃろう、[奇災]解決を強く望む彼女と一緒に行くことが、条件じゃ」
「ミル…」
気を利かせたミルの言葉に、ミコは少し嬉しそうに反応する。
「それを呑んだ上で、儂の主になるか、イルカネよ…?」
「…そうだな…」
イルカネは考える。
現地人であるミコがついてくることは、実際ここを良く知らないイルカネとしては、ありがたいことだ。
しかも、ミコの目的は[奇災]の解決らしく、それによって金儲けを狙う彼と、目的はある程度一致している。となれば、行動していくうえで衝突することになる可能性も低いだろう。
「…」
ミルの提案を呑めば、他では得られないであろう金儲けの手段と、案内人になり得る少女もついてくる。
刺激的に過ぎる小さな変態が一名ついてきてはしまうが…、
(金儲けのためなら…仕方ないか)
イルカネはそう思い、結論を出す。
「…いいだろう。ミル、お前のその提案、飲んでやろうじゃないか」
イルカネは息を吸い、宣言する。
「変態なのはアレだが、俺がお前の主に、使い手になってやる。ミコと一緒になるのもいいだろう。金儲けのために、な!」
「よし、よい答えじゃ!」
右手の壊れた道具を投げ捨て、そう言うイルカネに、ミルは笑う。
「お主は儂の主。災いを祓う、儂の使い手じゃ。そして…」
ミルは、ミコを見る。そして、言った。
「そこなミコと共に、行く者じゃ」
▽―▽
ミコはミルを見る。
わざわざイルカネに、自分と共に行くことを追加したのは、彼女のミコへのの配慮だろう。
(私のやりたいことのために、イルカネが一緒になるようにしてくれた…)
とてもありがたいと、ミコは思う。
そして、だからこそ彼女はミルに言う。
「…ミル、ありがとうなのですね。私のために」
それに、ミルはイルカネから視線を移し、答える。
「気にすることはない。儂がそうしたかっただけなんじゃから」
「…はい、なのですね」
ミルの優しさを感じ、ミコは薄く微笑んだ。
(…さて、と。次は)
ミコはイルカネを見る。
今、彼女と彼は、ミルを通して共に行くことが、思いがけず決定した。
共にこの地に満ちる[奇災]に挑む、仲間になるのだ。
(ミルと同じように、少し変な人なのですけど。が、それはそれとして。仲間となる以上…)
必要なことを。
ミコはそう思い、イルカネに手を差し出す。
「?なんだ、ミコ」
「いえ、私達これから共に[奇災]解決に向かう仲間です。だから、親愛の印として、握手を、と思いまして」
「…仲間、か。確かに、そうだな」
「はい。だから、はい」
ミコはイルカネに差し出した手を示す。
彼はそれを見、一瞬の間を置き、
「…まぁ、いいか。これぐらいはタダで」
「握手にまで金を求めるのは、流石に面白くないと思うぞ」
「やかましい。タダでいいと言ったろ。後面白さはどうでもいい」
半眼でツッコんできたミルにそうツッコミ返しつつ、イルカネはミコに手を差し出す。
その手を、ミコは取る。
「ちょっといきなりになったなのですけど、これからよろしくなのですね」
「ああ、まぁそうだな。よろしくな、金儲けのために」
「はい。まぁ、私は[奇災]解決がメインの目的なのですけどね」
あくまで金が行動の主軸のイルカネに苦笑しつつ、ミコはそう言う。
そんなときだ。
「…さて、じゃ。儂の思い付きで一緒になったところじゃが…早速やることが、ありそうじゃぞ?」
ミルがそう言うと同時、聞き覚えのある声が、三人の前方で上がった。




